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(3)国王の帰省

   ◇ ◇ ◇



 国王と姫騎士がカバルスについた瞬間、



「わぁ!

 今日も青いですねぇ」



という言葉が、ベルセルカからの唇からもれた。



 彼女の艶やかな肌と赤髪を輝かせる太陽。

 セルリアンブルーにきらめく海。

 どこまでも果てしなく広がる空の青。

 王城からカバルスに到着した時は、一番最初にそれらが目に入るのだ。


 潮のにおいがレイナートの肺を満たした。



「くそ、泳ぎたい…」

「それか海岸を思い切り、馬で飛ばしたいですねー」



 そんな時間はありません。今回は。



 ―――征魔大王国レグヌムの南端にあるカバルス。

 バシレウス家が領主を務める土地だ。



 王都から普通に移動すれば、駿馬を乗り継いでも5日かかる。

 ならば、レイナートの得意な〈転移魔法〉で瞬間移動をするわけだが、その際、ひとつ、裏技がある。


 王城に植わった神樹のわけ樹から力を借り、そのもとになった樹の下へと転移するのだ。



 『神樹』といっても雲をつくような大木というわけではない。

 かつてこの地で信仰されていた土着の多神教の名残りとして領民に大切にされている木で、高さはせいぜい7、8馬身というところだろうか?

 海辺の崖の上にどっかりと植わり、濃緑の葉と太い枝を天へと広げ、レイナートの生まれるずっと前から、海と漁民を見下ろしていた。



 海辺には忙しく働く漁民たち。

 気づいた漁民がこちらに手を振る。


 遠目に映る鮮やかな色は、オレンジをはじめとした果樹園。


 海と真逆の方向を見れば、高台を利用して作られた古城・カバルス城が鎮座し、その周囲には、城壁に守られた街。


 その城の中で、そしてこの街とこの海で、国王レイナート・バシレウスは育った。



 海をしばらく見つめてから、城に向かう道を2人が歩きだしたそのとき。


 城壁から続くその道を猛然と、こちらに駆けてくる馬が目に入った。

 土をつぶすような激しい(ひづめ)の音が、遅れて耳に届く。



「……()()()()



 黄金色に輝くその身体は、遠目でもいったい()()一目でわかる。


 馬に振り回されるように乗っている、レイナートよりも長身の若い男が、叫んだ。



「……ちょっと若! じゃなかった陛下!!

 あとベルセルカ様!!

 帰ってくるなら事前に言ってくださいよ!!」


「察知が早いな相変わらず」


「俺じゃないっス。

 コイツがいきなり暴れだして!!」


「そっか。……てっ!痛!!

 クサントス、わかった、ごめん、痛いやめてハゲる」



 瞬く間にそばに駆け寄ってきた、黄金の馬が、憤然としてレイナートの黒髪の頭をがじがじかじってきた。


 本当にからだが大きい馬だ。

 肉付きも毛並みも麗しく、ひとめで素晴らしい馬だとわかる。


 だが、主が最近帰ってこないせいで不満だったらしい。

 ベルセルカに引き剥がされるまで、主人をかじり続けていた。



 この美しい黄金の馬の名は、クサントス。

 レイナートの四頭の愛馬の一頭である。



「で、どうしたんスか? 急に。

 新鮮な魚が恋しくなりました?」



 馬の唾液の臭いに閉口するレイナートに、苦笑いするベルセルカがそれを拭いていると、乗ってきた若者が、下馬しながら声をかけた。


 山吹色(やまぶきいろ)の短い髪を、上のほうだけハーフアップのように縛っている。



「わりと重要な用だ、ファラン」

「そうなんスか?」



 軽い口調だが、バランスのいい美男子だ。

 彫刻のような美しさ、というよりも、芸術家がこぞって模したくなるような、野趣と生気溢れた美貌である。


 レイナートより少し年上、22歳のこの若者は、剣闘騎兵隊の一員でファランクスという。


 彼もまた転生者である。

 たくましい首筋には、くっきり烙印が刻まれている。


 幹部のなかではわりとレイナートに対して結構失礼な口をきいてくるほうなので

(見た目でモテるから調子に乗っているのだと思う。()ぜればいいのに)、

そのたびにいろいろな面々から制裁を受けるが、本人は決して懲りないのだった。



「父の遺体で少し、改めたいことがある。

 聖職者を、呼んでくれるか?」


「はい!!

 ……はい!?

 え、国教会の奴をッスか!?」



 彼が目をむいたのは当然の話で、国教会とレイナートは不倶戴天の敵だと、部下たちはみな認識している。



「ああ、心当たりはあるだろう?」

「いやまぁ、あるッスけど……

 いいんスか? ほんとにいいんスか?」



 素直で単純な性格のファランクスは、まったく隠さずに心配げな顔をした。



   ◇ ◇ ◇




「「「「おかえりなさいませ、陛下」」」」




 城壁のなかでは衛兵たちに出迎えられ、城の建物の中に入ると使用人たちが待ちかまえて、頭をそろえて礼をする。



「ご苦労さま。

 すまん、急に戻って」


「大丈夫でございますよ。

 さぁ、まずはご入浴を。

 湯を、近くの温泉よりいま取り寄せております」



 レイナートからの言葉に、60歳前後の女性がにこやかに答える。


 シンプルながら仕立てのよい上品なドレスを身につけている彼女が、いまのバシレウス家の執事だ。

 長年この城に仕えたメイド長だったが、先代の執事が引退するにあたり、講義と訓練を受けて彼女が次の執事に就任したのだった。



「取り寄せまでしなくても」


「沸かすことを考えましたらそこまで時間も費用も変わりませんわ。

 特にベルセルカさまは、長いおでかけからお戻りになられたところでございましょう?」


「え! なんでわかるんですか!」


「メイドを何年やってきたと思いますの?

 お着替えも、必要な身の回りのものも、すべてお好みに合わせてそろえてございますわ。

 陛下がお帰りになっても、ベルセルカさまだけでも何泊でも滞在いただけます」



 執事の言葉に、なんとなく含んだものを感じたが、レイナートはそれをスルーすることにした。



「では、入浴の支度と、ベルセルカの部屋の支度を頼む。ファランが戻るまでは、俺も休む」


「かしこまりました」



 女執事は柔らかな笑みで一礼した。



   ◇ ◇ ◇



 ───そしてその、しばしのち。

 城の、主郭に当たる建物の最上階にて。




「───海が、あいかわらず綺麗ですねぇ」



 レイナートが彼女のために増築した専用の浴室で、ベルセルカは温泉の湯につかりながら、鮮やかなエメラルド色の瞳で、外を眺めていた。


 バスタブどころではなく、まるで古代の公衆浴場かというぐらい広い湯船にひとり浸かり、水を珠のように弾く白い肌を湯で温める。



 通常、レグヌム国内はどこも水が潤沢にあるわけではないので、入浴などそうそうできない。

 貴族でさえ、入浴用のバスタブに水をはって浸かるのがせいいっぱいである。


 だがカバルスは、そもそも比較的水資源に困らない地である上に、近年一部の転生者が地中にある湯の水脈……“温泉”なるものを掘り当てたため、高台にある城という防衛重視の不便な立地でも、比較的短時間で、かつ、たっぷりの湯を準備することができるのだ。



「それにしても、部外者の私がここまでしてもらうと、ちょっと気が引けますけどね。。。。」



 ドラコでの激戦からは日数は経っていたが知らず知らずたまっていた疲れが、ほぐされるようだ。


 顔の美しさばかりを讃えられることの多いベルセルカだったが、二次性徴と鍛練の成果がせめぎあう身体のほうも、それなりに綺麗だと自分では思う。


 胸は以前より少し大きくなり、くっと上向きのふくらみの線の美しさは、背筋をのばすとさらに引き立つ。

 ウエストのくびれは、コルセットがなくても一切の無駄な肉なくきゅっと締まり、腹はうっすらと筋が走る。

 大臀筋が発達した尻から、これもレイナートほどではないが、すらりと長い足がのびている。



(……まぁ、見せることもないですけどね)



 大体、見せたら〈加護〉で恐ろしいことになるのだ。愛する人にそんなことはできない。


 ベルセルカは再び、外へと目を向け、少々はしたないが身を乗り出した。

 城の中もその外も、そして城まわりの町も一望できるが、何より美しい海が見える。


 浴室はかなり開放的な造りの空間で、南と西に開けるように作られており、夕暮れには、海に沈みゆく夕日も見ることができる。


 レイナートが生まれ育ったこの地を、ベルセルカもまた深く愛していた。



「それにしても、レイナートさまは、今回いったい何を?」



 急いでいるらしいレイナートにつづいて、珍しく話をしっかり聞かずに来てしまったベルセルカの目に、城に入る馬車が見えた。


 どうやら必要な客――――聖職者が来たようだ。



   ◇ ◇ ◇

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