(6)国教会の醜聞
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「聖女様――――マーティア様」
その頃、国教会ドラコ支部。
教会の廊下を急ぎ足で歩く“聖女”を後ろから呼び止める者がいた。
“聖女”の倍以上、あるいは三倍近い年齢になるだろうか。
傷つきふさがれた片目に眼帯をした、赤褐色の髪の大男である。
マーティアと呼ばれた“聖女”は足を止めた。
その美貌のなかでも特に濡れたような光を放つ大きな瞳で、彼をまじまじと見つめ返して、
「どうされましたか、団長様」と問い返す。
その眼に一瞬気おされた大男、否、聖騎士団長デメトリオ・エセキエルは、しかし持ち前の胆力でその怯みを抑え込み、ずずい、と聖女の前に寄った。
そして圧力をかけるように見下ろす。
「またしても街中で女性に狼藉をはたらかれたと。
いかなるお考えですか?」
「あら聖騎士団長様とも思えぬお言葉。
過ちに男も女もございませんでしょう?
少しでも温情のある罰をと、考えたまでですわ。
その場で処刑しましたほうがよろしかったでしょうか?」
「冒険者とて、生きるためその生業を選んでいるのです。
異性装など、誰に迷惑をかけるのです?
人を殺したり物を盗んだりしたなど、人に明確に害を与えた咎のある者たちは目こぼしして、あげくのはてに婦人の肌身を貶めるような罰を施すなど」
「異性装『など』?
貴方は神がお決めになった禁忌を『など』と軽んじるのですか?」
「軽んじてはございませぬ。
量刑は公平公正を期さねばならぬと申しております」
「貴方の基準でおっしゃらないで?
全能の神のお知恵の下に決めることでございましょう?」
「恐れながら!
『神の御意思』であるとうそぶいて己が肉欲を正当化する不届き者どももおるのです!
ろくに教育も受けず心身の鍛錬もなされておらぬ聖騎士たちを家柄のみで集め、魔法で身体を強化し数ばかりそろえた今の聖騎士団は、統制も取れぬ野犬の群れのごとき」
「口を慎みなさい、下郎が」
急に冷たい声で吐き捨てる聖女。
途端に2人の間に光の球が発生すると、デメトリオの体が弾き飛ばされ、廊下の壁に背をぶつける。
「……ッ」
息がとまるほどの痛み。
鍛え上げた身体のおかげで骨はかろうじて折れてはいないが、一瞬、すぐには動けないほどだった。
「統制は貴方の仕事でしょう。
神のご意志をかなえるべく、穢れた世俗権力をまずはこの地から駆逐するために、最大限の人員を集めたのです。
このドラコから、再び歴史は始まる。
どれほど歴史的で感動的な場に立ち会えるのか、己の幸せを再確認し、頭を冷やしなさい」
「…………」
デメトリオは、ようやく身体を動かし、聖女の前にひざまずいた。
「……この身命、神の御心のままに」
それを己の良いように解釈したのか、“聖女”マーティアは再び微笑む。
「国教会の醜聞を気にしてくださったのかしら。
ご心配なさらないで。
本日、聖騎士団の顔に泥を塗った不届きな冒険者たちは、日付の変わらぬうちに狩りつくされるでしょう。大人数を転移魔法で移動できるような魔力のもちぬしについても」
デメトリオの背に冷たいものが走る。
「では、わたくし、急ぎますの」
“聖女”は、すっとドレスの裾をひるがえし、去っていった。
少年の頃から40年近くも神に命を捧げてきた聖騎士団長は、立ち上がれないまま、深く息を吸い、吐いた。
脳裏に浮かぶのは、異端の神判をもとに、己が手にかけてきた男女、そして子どもたち。
18年前、産み終えたばかりの我が子の将来を案じながら、乳の一滴も与えることができずに首をはねられた異世界人の女。
(あのときに、踏みとどまるべきだったのではないか……?)
殺人を決して悪とはしない社会であった。
だが、教えのなかには明確に定められているのだ、『殺すべからず』と。
最後に浮かんだのは、自分たちがこれまで何度となく暗殺を謀り、すべて退けてきた少年の顔だった。
転生者の母親から産まれた『異端』でありながら、建国史上最強と言われる魔力を持ち、とうとう、真正面からの暗殺をあきらめた相手。
神のご意志によりいずれ除かれるであろうと思われていたのに、何の因果か王にまで上り詰めてしまった、若干18歳の男。
今自分は、殺そうとしたはずのその男に、かの“聖女”を止めてくれるようにと願っている。
あの男の力以外、“聖女”を止めることはできないだろうと確信している。
何という皮肉だろう。
「――――神よ。貴方は、何をお望みなのですか?」
神の名のもとに血で汚してきたその手を見つめ、デメトリオは静かにうめいた。
***
「あっりがとうメサイア!!
助かったよう!!」
酒場でレイナートたちが引き続き話しているところに、いきなり乱入してきた女が、メサイアの体を後ろから抱きしめた。
先ほど聖騎士たちに『異性装』認定され囲まれていた、女冒険者だった。
「無事でよかったよー! ごめんねぇ! 先に逃げちゃって!!」
「残って足手まといになるよりはよかったわよ」
「さすがメサイア! あたしの英雄!! 」
メサイアの腕を取り、横に割り込むように座る、女冒険者。
そして押しのけられるドレイク。
なるほど、彼女とメサイアは知り合いだったのか。
そういえば、どうやらメサイアとドレイクはここにいる冒険者たちとすでに顔見知りのようで、先ほどから色々な人間たちが通りすがりに姉弟に声をかけていく。
ずいぶん慕われているようだ、と、レイナートが思った時。
ニコニコしながら、女冒険者が言った。
「で、なんで奴隷がメサイアと同じテーブルに座ってんの?」
全員の表情がその場でひきつったことに気づかず、そのままレイナートの手元にあった酒を奪い取って飲み始めた女冒険者。
その場で、首筋に烙印があるのは、レイナートただ一人である。
「最近は、逃亡奴隷が冒険者になってイキる奴が多くって、むかつくんだよねー。
メサイアが優しいからって勘違いしないでよ?
冒険者相手なら『転生者』でも対等に扱ってもらえるとでも思ったの?
さっさと自分のいるべきところに帰れば――――」
――――無言で、ベルセルカが女冒険者の後ろに立っていた。いつの間にか。
「え?
ちょ、マジ、何?
あ、あの、痛い、痛いんですけど。
な、な、ごめん、ごめんなさいッ……許してッ
ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」
自由な町だからと言って、平等な扱いを受けられるとは限らないよな、と思いながら
「……ベルセルカ、それぐらいで」
とレイナートは声をかけた。




