(5)ドラコの“聖女”と魔女狩りの歴史
「で、あんたたちは、何でドラコに?」
「えっと……?」
「……なんて、無粋なこと聞かないわよ、大体察したわ」
どう言い訳をして逃れようか?と、ベルセルカが頭を巡らせた瞬間、メサイアが聞き捨てならない言葉を吐いた。
「えー、あの、メサイア様……?」
「先日王城で王族が襲われる大事件があって、うちの両親と兄が亡くなったのは聞いているわ。
国王も交代したとか。王族と貴族の再編が必要よね。
ということは2人とも、結婚を押し付けられそうになって駆け落ちでもしたんでしょう」
ブワッ! と、壁を向きながら飲めない酒を一生懸命飲んでいたレイナートが、思い切り吹いた。
一方でベルセルカは安堵の上で吹き出した。
王族全滅のことや、レイナートの国王就任については、一冒険者のメサイアはまだ知らないようだ。
ここは隠し通すべきだろう。
さすがに“国王”だなどと、メサイアの仲間から情報が洩れかねない。
「まさか、そんなことするはずないじゃないですか!」
「違うの?」
「違いますよー。
たまったま休日が重なったので、冒険者の町が見たくて一緒に来ただけです。
ねぇレイナート様?」
ベルセルカが隣に座ったレイナートに声をかけるが、彼はずっと壁を向いたままだった。
「……レイナート様?」
「さっきから何でずっと壁のほう向いてるの?」
「腹でも痛いのか?」
「大丈夫ですかにゃ?」
「……いや、別に……」
先ほどから妙に無口で。
顔の向きを動かさず。
かたくなに店の中のほうを、もっと言えば酒場にいる女冒険者たちを、見ようとしないレイナート。
女冒険者の服装は、やはり皆自由気ままだ。
ズボンスタイルの女。
メサイアと同じようにひざまで見えるような短いスカートの女。
踊り子のように、上半身は胸周りのみ覆ったようなスタイルで肌を見せる女もいる。
様々な格好の女性たち。ベルセルカとしては見ているだけで楽しいのだが、そういえばレイナートはさっき、目のやり場がどうとか話していたような?
そしてそっぽ向いてる耳が赤い。
「そっ、それより」壁を向いたままレイナートは話し出した。
「メサイアたちはずっとドラコに?
それとも、戻ってきたんですか?」
「……完全に顔そむけながら聞かれてもって感じだけど」
メサイアは、レイナートの顔をぐぐっと掴み、自分側に向けさせた。
「後者よ。
王城で起きた大虐殺のことを聞いて、ドラコがどうなっているか気になって来たわ。
もっとも、いまの国王がちゃんと配慮してくれているのか、治安も問題なく町は動いているようだけど……」
「ああ、それなら良かった」(←いまの国王)
「?
でも、そんな中、聖騎士団が来たの。1週間ほど前のことよ。
見た目のカッコよさで信奉者をずいぶん獲得しているけど、やってることは、本当に最悪」
「しかもあいつら、ビシッとキメながら『神の御意思に逆らう者を罰した』とかなんとか、しれっとそれを正当化してみせるもんだから……だんだんみんな『そういうものかな?』って洗脳されて、自分でも『異端』を虐げ始めんだ。
はたで見ていても、ゾッとするぜ」
はぁぁッ、と、メサイアとドレイクがため息をつき、それぞれおかわりの酒を飲み干す。
この2人、ものすごくペースがはやい。
「彼らのなかに“聖女”を名乗る、上級魔法を使う女性がいましたが」
レイナートは、気になった点を口にした。
「俺の認識するところでは“聖女”とは、『宗教的な大事業または奇跡』をなした女性――――その多くが世俗権力や国教会の中央に処刑され『殉教者』となった女性を、俗にそう呼んでいる言葉です。
女性の聖職者もいないレグヌムには、公式には“聖女”は存在しない」
「ああ、それね?
そうあの“聖女”も信奉者を獲得するために用意された偶像なのよ」
偶像、という言葉に力を入れながらメサイアが返す。
「ドラコでは……かつての原始宗教の祭祀をとりしきっていた長の女性のことをそう呼んでいたのよ。だから私は“ニセ聖女”って呼んだわけ」
「原始宗教の長?」
「一神教がレグヌム全土を支配する前は、レグヌムの至るところで原始宗教のもとに、政教一致の政治が行われていた……とか、あー、そのへんの歴史はレイナートの方がよく知ってるわよね?
ドラコの“聖女”は“女王”であり、同時に、原始宗教の神の声を聞くシャーマンだったのよ」
「………なるほど。
異国でもそういう形態の女王が存在したとは聞いています」
「それが、一神教が入ってきて、虐殺に遭ったわけよね――――優れた知識をもった人々が皆、『異端』と言われ、魔女と言われて、教会から魔女狩りという名の虐殺を受けたのよ」
そのメサイアの言葉は、レイナートの認識とは、少し違った。
この世界で当たり前に存在する技術、魔法。
そのはじまりは、怪我を治すとか腹痛を治すといった原始の医学や、人々のちょっとした困り事を解決するためのものだった。
それを扱う知識人たちが、古来、魔女や魔法使いとして尊敬を集めてきた。
2000年前に、テュランヌス家がこの地に成立した。
その後500年かけて各地の王を討伐、あるいは支配下におき、それらの王が貴族として臣従していく。
領主として改めて封じられる者もいれば、攻め滅ぼされていく者もいた。
もしもドラコの“聖女”が殺されたとしたら、その折りであろう。
そうやってレグヌムが領土を拡大する過程で、一神教が広がった。
生まれや民族を限定しないその教義は、その時点では人々に自由と平穏をもたらすものであったのだろう。
急速に信仰を拡大、それを国が追認するような形で、約1500年前に国教として定められる。
だが、それ以降も、魔女たちや原始宗教は、並行して、人々の信仰を集めていた。
もちろん、(国教会が分裂する前の)大陸正教会の権威のもとに、定期的に異端審問にかけられ処刑される犠牲者はいたが、それでも『絶滅』させられるほどのものではなかったのだ。
……しかし、数百年前、唐突に魔女狩りの動きが盛り上がる。
教会主導ではなく、民衆の中から。
魔女であると少しでも噂がたった者。
魔女であると嫌がらせの密告を受けた者。
死と紙一重の拷問と、有罪ありきのイカサマの神判を受けて、魔女認定された者は無惨に焼き殺された。
大小様々なかたちで集団ヒステリーのごとく魔女狩りは百年以上続き、最終的に『魔法』を、生まれもって魔力の強いとされる王族貴族と教会が支配下におくことで、収束にむかった。
しかし、その形態やノウハウは、そのまま国教会の手に渡り、現在の『転生者狩り』に引き継がれている。
『転生者』を異端とするのは一神教の教えであるし、担い手は民衆の手から国教会へと変わったが、その根底には、いまだ魔女狩りの頃と変わらない、民衆の『異端』への憎悪、残虐への支持がある。
―――近年は、すぐ処刑されるのではなく奴隷として生かされるのだから、転生者たちはその慈悲深さに、感謝すべきだ。むしろ甘い。
レイナートの目には、この国のほとんどの自由民たちの態度はこのように映る。
実際は魔女狩りの頃同様酷い“精度”であり、いつ自分が狩られる側に回るかわからないということも知らずに。
残虐は、すべての人間の中にある。
その自分の考えをレイナートは口にすることなく、話を進めた。
「その、古の聖女のことを、ドラコの民は知っているんですか?」
「さすがに一神教に駆逐されたとか、魔女として焼き殺されたことなんかは知らないわよ。
かつてこの地を治めていた、神秘の存在。
それぐらいの認識じゃない?」
「いずれにせよ、本来、ドラコの“聖女”は、国教会にとっては異教のはずということですか」
「そうよ。
なのに、国教会はいま、ドラコに勢力を伸ばすために“聖女”の歴史を利用してるわけ」
吐き捨てるように、メサイアは言った。
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