(7)“裏”聖騎士団襲来
「……忠告しておいてあげるけど。
あんたをぼこぼこにしたのは、3年前にあたしがまったく歯が立たなかった相手。
で、あんたがこき下ろした相手は、ざっとその10倍は強いわよ」
「ふぇぇぇん……ごめんなさいぃ……!
痛いぃぃぃぃぃぃぃ」
「これに懲りたら、気軽に人を見下した言葉を言わないことね。
冗談としても面白くないわ。
あと奴隷じゃないからね、こいつ。
〈深治癒〉」
床に転がり痛がる女冒険者。
その足に手をかざし、治癒魔法をかけるメサイア。
こういう時、さらりと上級治癒魔法が出てくるあたりが王族らしい。
ちなみに、レイナートの開発した治癒魔法〈治療〉は、人体を細胞単位で操り、精密に止血し傷をふさぎ再生していくものだが、通常この国で使われる治癒魔法、〈癒〉や〈治癒〉は、人間自身の持つ回復能力を強め、速めるものだ。ケガの大きさによっては、ある程度の寿命と引き換えになる。
メサイアは女冒険者の足を、慎重に触りながら力を注いでいく。
「――――ちょっと、町の入り口が騒がしいにゃ」
ナルキッソスが、耳をぴん、と立て、ぴくぴくと遠くの音を拾った。
「妙な人間たちがこの街に入ってきたようだにゃ」
「なんでしょうか。。。
ちょっと透視して見てみますね」
「え、ベルセルカ?
だって、この場所で、いったい何を透視……」
メサイアが床から上げた疑問の声にもかまわず、ベルセルカの右目が赤い光を宿した。
彼女の髪と同じように、美しい赤。
しかし、いつもより深い赤。
その眼が、“透視”を進めていく。
「ベルセルカ、あんた、ソレ……」あることに気づき、メサイアは目を見開いた。
しかし、姫騎士の視界には、この店の中の誰も映っていなかった。
「……レイナート様、奇襲です」
「奇襲?」
「―――――― こ の 店 に い る 方 々 !!!!」
少女のものとも思えぬ大音声が、酒場の中をびりびりと制圧した。
ベルセルカは大きく息を吸い、つづける。
「私たちが出た後、絶対に外に出ないでください!!!!」
「な、なんだって!?」「どういう意味だ?」
口々に疑問を口にする店の中の冒険者たちには一切答えず、ベルセルカは酒場を駆け出る。
首巻で顔の下半分を隠すのに一瞬遅れたレイナートが続く。
ナルキッソスがテーブルからシャープな放物線を描いて床に飛び降り、猫の四つ足で地面を必死で駆ける。
そうして2人と1匹が外に走り出て、目にしたものは。
昼間に目にした聖騎士団と同じ服を着た者たちが、夜の大通りを埋め尽くしていた。
いったい何十人いるだろう?
その服には、国教会の紋章が入っていない。
しかしながら、“同じつくり”なのである。
さらに異様なことに、彼らは皆、目の周りに穴をあけた白い布袋のようなもので顔を隠している。
大きな体は確実に男のソレと思われるのだが………。
異形の者たちは、冒険者たちを、特に女を狙い、次々に襲っていた。
死神が持つような大鎌。
鎖で振り回される棘つきの槌矛。
モンスターの絵が彫られた恐ろしい戦斧。
凶悪な武器を振り回し、罪もない冒険者たちが血しぶきをあげる。
昼間ベルセルカが見かけた、短いスカート型の鎧を身に着けていた少女が、そのスカートから下の両足を切断されている。
腕を出していた女冒険者が、腕を切り落とされている。
胸元の開いた服を着ていた女の胸乳まで血に染まっている。
苦悶の声で泣き、地を這う彼女らを、覆面の者たちは嘲笑し、踏みつける。
「肌をさらした己の自己責任だ」
「冒険者になった己の自己責任だ」
「腕や足を切り落とされるのが嫌なら、切り落とされぬような恰好をすればよかったのだ」
「われらに襲われるのが恐ろしいなら、おとなしく家にこもり女の仕事をしていればよかったのだ」
――――ベルセルカは気がつけば一番近い袋覆面の喉を刺し貫き、隣の袋覆面の首を刎ね、その隣の人物を串刺しにしていた。
しかしさらに隣の人物が楯にしてきた、腕を切られた瀕死の少女に、一瞬息をのむ。
「落ち着けベルセルカ」
彼女の耳に、主の声がいつもりより低く響いた。
「殲滅最優先だ。行け!」
「はッ!!」
「ナル、ベルセルカの援護を!!」
(そうだ、一瞬でも早く敵を鏖殺にすれば町の人を守れる)ベルセルカは楯にされた少女の頬すれすれに剣を突き、袋覆面の頭に貫通させた。
同時にナルキッソスが、突然化け猫のような凶暴な牙をむくと、「失礼しますにゃ!」と言って、レイナートの首筋にかみついた。
頸動脈をさけた箇所に牙を立て、ごくん、ごくん、とのどを鳴らして主の血をのみ、魔力を補充する。
そして。ぷはっ、と、猫の口を肌からはなした、次の瞬間、
「〈創造身体!!〉」
変姿魔法の呪文を唱え、ナルキッソスの身体は七色の光に包まれる。
瞬く間にそれは膨らみ、黒猫は、二十歳ぐらいの人間の男の姿へと変異した。
掛け値なしの美男だが、冒険者たちのなかでも目立つような怪奇な衣装と不思議な髪型をしている。
特徴的な大きな剣を両手に持ち、かまえる。
「巻き添えは気にするな。俺が全員治す!!」
「「はっ!」」
二人は縦横無尽に駆ける。
ベルセルカの戦闘能力の高さは言うまでもないが、ナルキッソスもまた速い。
人間の体のはずなのにまるで猫そのままかのように身軽に跳び、袋覆面たちに斬りかかる。
一方、足を切られ、激痛と死の恐怖に苦しむ少女のそばに、レイナートはひざをつく。
「大丈夫。傷一つ残さずくっつけてやる。
<最上治療>!」
断ち切られた少女の足を合わせ、魔力を流し込むと、切断面の肉が動き始め。断ち切られた部位を埋めつなぎだした。
肉がつながり、骨がつながり、皮膚がその切れ目を覆う。
表面上は、なんとあとかたもなく綺麗に足はつながった。
しかし、血を大量に失って気を保つ限界だったのだろう。
少女はそのまま意識を失った。
レイナートはそのまま次の重傷者のもとにとび、切り刻まれた体を治していく。
怪我人のみならず、すでにこときれた者たちも、幾人かいた。
「<捕魂!!>」
ベルセルカは戦闘しながら、死者に気づき次第、骸に向けて指先から〈捕魂魔法〉を撃つ。
蘇生魔法が有効になる要件は二つ。
心臓が無事であること。
魂が体から離れず、まだとどまっていること。
いずれかが欠ければ、死者を蘇生することはできない。
より確実に死者を復活させるための判断だ。
「え、何、何なのこれは!!!」
「話しは後だ、メサイア、ドレイク、覆面を駆逐しろ!!」
遅れて酒場から出てきたメサイアとドレイク。レイナートは治癒魔法をつづけながら指示を出す。
それでも状況を把握したらしいドレイクは、反射的に駆け出した。
しかしメサイアは、倒れている人間たちの惨状にショックを受けたか、足を止めてしまった。
「メサイア」
治療の手を止めず、レイナートはメサイアに声をかける。
「ぇ………」
「誰も死なせない。だから安心して、闘え」
「あ、ああ、うん!」
メサイアはひるんでいた自分のほほを一発ぶん殴ると、剣を構え走り出した。
一方。
“千人殺し”の乙女は、いつのまにか〈転移魔法〉で槍を手もとに取り寄せていた。
それぞれ、自分たちよりも体の大きな屈強な相手に健闘するナルキッソス、メサイア、ドレイクだったが、飛び回るベルセルカの動きは異次元だった。
血が夜空に描き出す美術。
断末魔の旋律。
斬り結ぶ金属音すらしない一瞬の殺戮。
何十人の死体が折り重なるさまは、地に何かの模様を描いていくようにさえ見えた。
最後の一人の首を、ベルセルカが刎ねる。
噴出した血を頭から浴びて、その姿は月下に赤く照らされる。
髪色の赤さか血の赤さか区別がつかないほどに。
「合計八十六人、鏖殺完了です」
ベルセルカが、いまなお治癒魔法にかかりきりの主を振り返り、数字を淡々と報告する。
その顔に興奮の残り香はあれど、いつもの笑顔はない。
ナルキッソスが、力が尽きたように、ポンッ、と煙を放ちながら猫の姿に戻った。
武器をおさめたメサイアが、あわてて治癒魔法をかける側に回る。
重傷者らを完治させたレイナートは、メサイアが怪我人の手当に回ったのを見て、蘇生魔法のほうに回ることにした。
こちら側の死者は五人。蘇生のほうが治癒魔法よりも、時間がかかる。
「こいつらは、いったい……?」
ドレイクが怪我人の横にひざまずき、うめくようにつぶやく。
「おそらく“裏”聖騎士団だ」
「裏?」
「人員はほぼ同じなんだが。
聖騎士団の名においてはとてもできないような工作活動を、あくまでも聖騎士団ではない集団を装って、担う」
「ということは……?」
治癒魔法をかけた怪我人の少女にすがりつかれて背中をなでるメサイアが、怪訝そうな顔でこちらを見ている。
ようやく死者一人目を蘇生できたところで、レイナートはドレイクの言葉に返した。
「おそらく、このあとまた来るな」
「来るって……」
そのとき、誰かが大きな声で叫んだ。
「聖騎士団様が、“聖女”様が、いらっしゃったぞおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッッ!!!」




