(2)王女から来た使い
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ドラコにやってくる3日前のこと。
国王と姫騎士は執務室ではなく、隣の私室にいた。
それもふだんはとらない、3時のお茶の休憩である。
「良かったです~。
苺の季節の間に手に入って!」
「おまえ、こういう食い意地だけは絶対忘れないんだな」
「何言ってるんですか?
私が声をかけなかったら、レイナート様は今年苺のタルトを一口も食べられなかったところですよ?」
タルト、といっても、すごく簡易なものだ。
クッキーに近い生地を型に入れ、手のひら大の皿の形に焼いた土台。
卵と牛乳をじっくり火にかけてつくったカスタードクリームも、陶器のボウルに準備してある。
(いずれもこっそり国王が厨房で用意してきた)
もうひとつのボウルには、ベルセルカが手にいれてきた、小ぶりだが瑞々しい苺が山盛りに入っていた。
まずはタルトの土台に、カスタードクリームをスプーンでたっぷりと盛る。
さらにその上に、苺をそのままのせる。
これで、簡易版の苺のタルトのできあがりだ。
食べるときは手にもち、大胆にかじる。
サクッホロッとしたクッキー地の食感。
新鮮な卵と牛乳のコクと甘み。
その中に弾けるのは甘酸っぱい苺の果汁。
ひとつめのタルトを食べきって、レイナートはクリームのついた指をぺろりとなめる。
「こんなざっくりした作り方でも、意外と美味いんだよな」
「はい、おいしいです~。最高ですね!」
「菓子はおまえの方がいろいろ作れたような?
それこそちゃんとした苺のタルトも…」
「何言ってるんですか国王が作ったお菓子なんてこの国で他に誰が食べられると思ってるんです?」
確かに。
もっと言えば、国王に菓子をつくらせる騎士はたぶん建国以来目の前の女騎士ぐらいしかいない。
即位以降、レイナートたちの生活が一番変わったのは、戦場にいかなくなって自分で料理をする機会がほぼなくなったことだ。
なにせ王城には料理人がいる。
決まった時間にいつも食事が用意される。
料理人の腕も良く、材料もいい。
希望もまぁまぁ反映される。
つまりレイナートにはまったく不満はないのだが、ベルセルカはなぜか物足りないようで。
今回など、突然、
『以前にレイナート様がつくってくださった苺のタルトが食べたいです!』
と言いだした。
国の小麦不足も解消されたのだし、こっそり菓子ぐらい作っても許されるかと、気分転換もかねつつレイナートはタルトをつくることにしたのだ。
そう、国王はこの時気が緩んでいた。
少し前まで頭を悩ませていた食糧問題が片付いた解放感に、久しぶりにベルセルカに菓子をふるまう高揚。実際、とてもとても気を抜いていた。
だからだろう。
「ベルセルカ、口のはしにクリームついてる」
「ん、どっちですか?」
「えと、こっち……」
と、指先でそのクリームをぬぐった。
そしてそのまま、小さな頃に彼女の世話をしていたときのように、反射的に自分の口にいれてしまったのだ。
――――それが、年頃の男女の間でやるにはわりと不適切な域だと気づいたのは、一瞬あとだった。
さらにまずいことに。
「……失礼いた……あのっ、こ、国王陛下ッ………」
ちょうどそのタイミングでこの部屋に〈転移魔法〉で入ってきた国王親衛隊の女兵士レマに、しっかりばっちり見られるという最悪の事態になっていた。
「し、失礼いたしました、オクタヴィア王女様より至急かつ、内々に陛下にお伝えしたいことがあり、ろ、廊下を移動するのも、発覚のもとなので、転移魔法で移動するようにと……」
おかげで、蜂蜜色の目をぐるぐるさせて、かわいそうなほど動揺してしまっているレマに「悪い、あの、どうか、気にしないでくれ」と謝罪する国王。
オクタヴィア王女から、至急で伝えたいこと。
かなりそれだけで気になる。早く話を聞きたいのだが、まずはレマを落ち着かせないと。
と、レイナート自身もまったく落ち着いていない間に、ベルセルカは至って冷静に、タルト土台にカスタードクリームと苺をのせた。
その苺タルトをすっと差し出して、微笑んで一言。
「レマも食べます?」
「……いただきます」
あっさりその場の空気をおさめたのだった。
***
「さきほどオクタヴィア王女様のもとに、国教会の枢機卿様がいらっしゃいました。
といっても、王女様がお呼びになられたのですが」
なぜかいつもより食欲旺盛で、ベルセルカが差し出すタルトを4つも平らげたレマは、改めて長椅子に座って居ずまいをただし、報告を始めた。
レマたち国王親衛隊は、現在、交代でオクタヴィアの警護についているのだ。
「どうして枢機卿を?
オクタヴィア王女の最大の政敵のひとりだが」
「王女様は独自の諜報網をおもちらしく、国教会が〈聖騎士団〉を再編しているのをつかまれたそうです。それで枢機卿様に探りをいれたくて、お呼びになったと」
「〈聖騎士団〉が?」
「はい。国教会領で『転生者狩り』の戦力となってきた者たちです。
国教会の中に領地を与えられ、あるいは扶持を受けて、〈聖騎士〉を代々名乗ります」
ふだん穏やかな性格のレマが、若干の憎しみを込めて『者』と呼んだ。
代々、ということはつまり妻帯しているということなので、聖職者や修道士とは異なる。
「先日国教会領での『転生者裁判』が停止されたので、聖騎士たちの仕事が大幅に減りました。
それで組織を再編し、領主不在になっている地に送り込み、力を伸ばそうとしているのだと……。
そのことを王女様がお尋ねになられたら、枢機卿様は逆に、王女様に自陣営に入るように勧誘したのです」
「教会が、オクタヴィア王女を?」
政敵であり、考え方もまったく異なる王女を勧誘する?
なりふりかまわず、何かの企みに邁進しているのはわかるが、それにしてもどうして?
レマは、眉をひそめ、続けた。
「その際、枢機卿がおっしゃったのです。
世俗権力者が大勢死んだ先日の惨事こそ、教会の力を取り戻すために神が与えた好機。
聖騎士団の再編によって、転生者だけではなくこの国の見逃されている『異端者』をすべて駆逐するべしと」
「……―――内戦でも起こす気か?」
「その手始めは、ドラコに集まる冒険者たちなのだと」
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