(3)異端審問と空から降ってきた女
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「……“ご挨拶”、しなくて大丈夫ですよね?」
「ああ。
俺たちのドラコ入りも気づいていないだろう。
こちらだけ“聖騎士様”の素行を見させてもらうさ」
狭い路地の物陰に身を隠した主従は、言葉を交わす。
今日2人がドラコ入りした一方、〈聖騎士団〉への対策として必要な決定を下し、人員もすでに動かしてある。
気づかれないうちに準備を終わらせたい。
できれば準備が整うまで何事も起きないでほしい。
「……レイナート様は、大丈夫ですか?」
「ん? うん」
ベルセルカが、レイナートの頬に手を伸ばして、触れる。
「もし彼らを見るのつらかったら、私だけで監視してますよ?」
気づかわしげな幼なじみの表情に、思わず口のはしで微笑った。
以前、トラウマ、という言葉をイヅルから教えられたが、確かにレイナートにとってはトラウマとなるべき連中ではある。
まず、産まれた直後に母親を“処刑”したのが聖騎士団だ。
続いて、幼い頃から記憶している限り6回、聖騎士団の者からの暗殺未遂に遭っている。たぶん物心つく前にもあったのだろう。
最初の3回は父やイヅルに助けられた。4回目、8歳になったばかりの頃、父とイヅルが不在の時に襲われ、初めて自分の手で人を殺した。
5回目と6回目は、生かして捕まえた。
しかし蜥蜴の尻尾を切るように、その人物だけ処刑されて、命じたのが誰かはわからなかった。処刑の直後、王城ですれ違った聖騎士団から鋭い目でにらまれたのを覚えている。
トラウマといえばトラウマだ。
だが、もはや脅えるような相手ではない。
「あとナルキッソス。
使い魔も『異端』だ。
聖騎士団がいなくなるまで、一言もしゃべるなよ」
「にゃ! 了解にゃ!
ただの猫のふりは得意にゃ!!」
返事が元気すぎて若干心配だが。
さて、町の中は騒然とした様子が続いていた。
出歩いていた冒険者たちの多くは大体そそくさと、どこかの建物の中に入っていく。
どうにか隠れてやり過ごしたい、という気配が見受けられる。
しかし一方で、聖騎士団を出迎えるがごとく、道の左右で目を輝かせて待機する人々もいた。
(……………?)
“聖騎士”たちに『異端』として狙われるはずの、荒くれ冒険者たちも、その中にいたのだ。
それも、男ばかりが。
(どういうことだ。〈聖騎士団〉が何かを知らないのか?
それとも、自分たちが『異端』に該当すると思っていないのか?)
疑問が頭に浮かぶ中、視界の端に、白い者が入ってきた。
「……来た」
ものものしい、教会の紋章入りの軍装をした、長身の屈強な男たちが槍と剣をもって先導する。
聖騎士団が雇用する歩兵たちだ。
騎士団の手足となり、情け容赦なく、転生者の嫌疑がかけられたこどもを虐げる。
続いて、“聖騎士”たちが練り歩く。
白く輝く、紋章が入った重厚な装束に、マント。
絵に描いたような『英雄らしい』装備。
その『雄壮』な姿に、待機していた者たちからの歓声があがる。
確かに、見た目に、少年心をくすぐる格好良さではあった。
どんな戦時にあっても国境に姿を現さず、もっぱら国内の『異端』を殺し続ける彼らであったが。
そんなことをレイナートが考えていると、聖騎士団が十数人前を通り過ぎたところで、異質なものを目にした。
「聖女さま―――!!」
「聖女さま、今日もご機嫌うるわしゅう!!」
人々が口々に、この国に存在しないはずの存在を呼ぶ。
歓声の中、まるで聖騎士団を率いるように、ひとりの女が、白馬の横鞍に座って現れたのだ。
―――女の聖職者さえ認められていない、この国で。
人々が彼女を“聖女”と呼んでいる。
そんな存在は国王でさえ関知していない。
レイナートと同じぐらいの歳だろうか?
最高位の聖職者が式典で着るような、最高級の白絹に金糸銀糸の刺繍と装飾で、贅をつくして仕立て上げられたであろうドレスだった。
ベルセルカとは比較にならないが、たぐいまれな美貌の持ち主である。
貴族の間でもてはやされる、瀉血したような白さの肌。
微笑みながらも、感情が読めない琥珀色の瞳。
飴色に輝く長い髪はさらりと背に流され、ヴェールがその上を覆っている。
美貌と光を反射するドレスとが相まって、人々には『神々しく』うつるだろう。
実際、建物に入らず外にいた人々は、男女問わずひざまずきながら、その美しさに見とれているようだ。
聖騎士とともに居るが、修道女のようには見えない。
そもそも修道女は、聖職者ではない。
聖騎士にかしずかれるような地位ではないのだ。
ドラコは、いまは国王が領主の代わりに統治する地である。
聖騎士団がドラコに入ったと言っても、それはドラコにある国教会支部に入ったということにほかならず、治安維持の権限は引き続き、ドラコの官吏たちが持っている。
しかし、聖騎士団および“聖女”が、信奉者たちをすでに獲得している様子が、見て取れた。
そんな中、事件は起きた。
「……え、あれ、なにこれ?」
一行が町をしずしずと歩んでいることに気づかずに、建物から一人の小柄で細身の若い女冒険者が出てしまったのだ。
前述したように、確かに冒険者たちの服装は奇抜である。
だがこの女冒険者は武装重視であったようで、固めのシャツにズボンに革の鎧に防具といった姿。胸元も足もきっちり覆われ、露出はない。
髪が肩の上で切りそろえられていた以外は、ベルセルカの普段の格好と変わらない。
男の冒険者であれば特に何も言われなかったであろう服装だった。
そう、男の冒険者であれば、何事もなかった。
聖騎士と兵たちが、女に向けて恫喝する。
「貴様!! どういうつもりだ!!!」
「神が定めし禁忌を、堂々と破るなど!?」
女冒険者を、大柄な男たちが瞬く間に取り囲む。
「堂々と昼日中から『異性装』をしおって!!」
「女が短髪にズボンなど、けしからん!!
聖女様の御前で、不届き至極!!!」
「いますぐ、成敗してくれる!!!」
―――突然の路上異端審問開始。
「にゃ、にゃ!?
なんで服装点検なのにゃ!?
ベルセルカ様の服と、そんなに変わらないにゃ!!」
ナルキッソスもただの猫のふりを忘れてそんな言葉を吐いている。
ベルセルカが、ずい、と前に出た。
「確かに国教会の教えのなかでは、『異性装』を禁じてはいます。
そうはいっても、ここ最近私やカバルスの女性軍が、軍装で前線に出ていたことが、耳に入っていないわけはないでしょう。
単に弱い立場の冒険者たちを、いたぶる口実ですね」
しかも、だ。
仲間のはずの冒険者の男たちが“聖女”の元に駆け寄り、馬の前でひざまずく。
「聖女さま、申し訳ございません、わたくしどもの仲間が…!!」
「神の教えを知らぬ、無知ゆえの所業にございます」
「どうかどうか、命ばかりはお助けを……!!」
三文芝居のような台詞。仲間の命を請う嘆願のはずなのに、彼らは下衆な笑みを浮かべていた。
“聖女”は微笑みで応えて、「困りましたね」と口にする。
そうして、騎士たちに命じた。
「ならば慈悲を以って、その女性の肌に傷一つつけぬかたちでの罰を与えなさい」
「はっ! 承知いたしました!!」
「この娘の罪は、忌まわしきこの服装のみ!
いまからこの場で、罪深き衣服を剥ぐ!!」
――――そういう系統の『人気取り』の手法か、とレイナートとベルセルカは察して、げんなりする。
聖女にひざまずいた男の冒険者たちは、これを期待していたのか。
聖騎士たちが女冒険者を拘束し、「ちょ、っと……いやぁッ!!」彼女が悲鳴を上げた。
「悪い、ベルセルカ」
「問題ありません、私が出ます」
レイナートは顔を知られている可能性がある。
当然ベルセルカも服装を異端と言われる可能性はあるが、倒してしまえば同じこと。
この人数なら彼女ならまったく問題ないし、問題があればレイナートも援護する。
ベルセルカが、首巻で顔の下半分を隠し、出ようとした、その時だった。
「――――ふっざけんじゃないわよ、この破廉恥騎士どもがぁぁぁッッ!!」
空から女の大音声が降ってきた。
かと思うと、丈の短い鎧を着た若い女が鬼の形相で、大きな剣を振りかぶりながらどこか高いところから飛び降りてきて、騎士の一人の頭に、重い一撃を振り下ろした。




