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神々の配信で俺だけ映らない ~撮影係の俺が画角の外で全部倒していることに、視聴者の神様だけが気づき始めた~  作者: おはぎだんご
第四章 神様が宿にいる

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第31話 宿代は加護で

 昨夜、神様は「よろしくないです」と言われたあとで、宿の戸を開けて入ってきた。止め方が分からなかったので、誰も止めなかった。

 翌朝の宿の食堂に、神様がいた。

 窓際の卓に座って、両手を膝の上で重ねている。背筋はまっすぐで、卓の上には何もない。注文の仕方を知らないのだと思う。

 俺が階段を降りると、神様はこちらを向いて笑った。


「おはようございます。エドさん」

「……一晩そこに?」

「はい。眠り方を存じませんので。窓の外がだんだん明るくなっていくのを見ておりました。地上の朝は上から見るより遅いのですね」


 比べたことがないので、遅いのかどうかは分からない。

 厨房から五十くらいの腕の太い女将が出てきた。俺がこの宿に泊まって五年になるが、その間一度も笑ったところを見たことがない。無加護の客を黙って五年泊めた人でもある。


「ホルストさん。この人、あんたの連れかい」

「……まあ」

「夜中に入ってきて朝までそこに座ってた。部屋は取ってない。宿代はどうするって聞いたら」


 女将が神様を見ると、神様は丁寧に頭を下げた。


「加護で払います」


 女将は俺を見たが、俺は天井を見た。


「どうやって」

「お手を」


 女将が警戒しながら右手を出すと、神様はその手を両手で包んだ。

 光らないし音もしない、それだけのことだった。

 女将の顔が変わった。眉が上がって口が開き、それから右の腰に左手を当てた。


「……腰が」

「十年ほど痛んでおられましたね。立ち仕事の方の腰です」

「治ってる」

「治っております」


 女将は腰を二度ひねって三度目に屈むと、俺を見た。この人の目が丸くなるのを、初めて見たのだ。


「宿代は」

「俺が払います」


 俺が銀貨を一枚置くと、女将はそれを取ってから、神様に向かってもう一度腰をひねってみせた。笑ってはいなかったが、笑うのとあまり変わらない顔だ。


「朝飯を四人分出すよ。あんたと、連れの子たちの分も。……あんた名前は」

「メルティアと申します」

「メルティアさん。朝飯は食べるのかい」

「食べたことがございません」


 女将は少し考えてから厨房に戻り、戻りながら腰を叩いた。叩いて痛くないのを確かめる叩き方だ。


 ◇


 ティナとセレスが降りてきたのは、粥が四つ並んだあとだった。

 セレスは昨夜、この宿で一つしか空いていなかった部屋を取ったので、ティナの隣になった。白銀の翼の宿には戻らなかったが、理由は聞いていない。


「……おはようございます」


 ティナは昨夜の「むう」の顔のままで神様を見て、俺を見て、粥を見た。


「メルティアさんはここに泊まったんですか」

「座っておりました」

「一晩?」

「一晩」

「……寝台は使わないんですか」

「使い方を存じません」


 ティナは何か言いかけてやめて、粥を食べた。

 セレスは粥に手を付けずに、メルティアをじっと見ている。


「神様。粥を食べたらどうなるの」

「分かりません。試したことがございませんもの」


 メルティアが匙を持ったが、拳で握るという違う持ち方だった。

 ティナが黙って自分の匙の持ち方を見せると、メルティアはそれを真似て一口食べ、そのまま口をきかなかった。


「……温かいものですね」


 言い終えると、二口目を食べた。

 セレスは何かを考える顔で、自分の粥を食べ始めた。


 ◇


 配信は上層七階にした。

 ギルドは中層十六階より下をまだ封鎖していて、線は止まったまま、オルドの石灰の印は四つで終わっている。


「メルティアさんも来るんですか」

「見に行きます。この目で」

「神様が迷宮に……」

「わたくしは剣を持ちませんので、エドさんの後ろにおります」


 俺の後ろというのは、石の外側だ。ずっと俺一人の場所だったのが、今日から二人になる。狭くなるのか広くなるのかは、まだ分からない。


「配信、始めます」


 ティナの声で俺の手の石が熱くなった。熱いどころではない。昨日の一万二千から少し減っただけの、一万で始まった。


≫雷神ドゥル:剣姫! エド!

≫戦神ガルヴァ:昨日のは見た。見えなかったが聞いた。今日は見せろ

≫迷子の神:豊穣はどこだ。昨日から名前の欄にいない

≫知恵の女神アウラ:……豊穣がいないのは初めてよ。百年書かないことはあったけど、いないことはなかった

≫冥府の神ネル:豊穣は、地上にいる


 神々は神託欄から消えた神を探している。その探している神は、俺の左に立っていた。


「メルティアさん。何か言ってみてください。石に」


 ティナが言うと、メルティアは子どもが井戸を覗くのに似た覗き込み方で石を覗き込んだ。


「皆さま、おはようございます。豊穣です。地上におります」


 神託欄は流れたままで、誰も返事をしない。届いていないのだ。


「……届いていませんね。わたくしの声は」

「エドさんと同じだ」


 ティナが言った。

 俺は隣に立っている女神のほうへ石をわずかに左へ振った。

 画面の中には七階の岩壁と、松明の光と、何もない空間が映った。メルティアはそこにいるのに、石はそれを映さない。


≫知恵の女神アウラ:撮影係。今、何を映したの

≫迷子の神:何もない。何もないところを映した

≫冥府の神ネル:豊穣は、そこにいる


 神託欄は一瞬止まってから、崩れた。


≫雷神ドゥル:そこ!? 何もないぞ!?

≫知恵の女神アウラ:……豊穣。あなたは映らないのね。エドと同じ

≫戦神ガルヴァ:剣姫の画面の外に何もないところが二つある。そういうことか


 一つは五年分で、もう一つは昨夜からだ。

 ティナは剣を抜いて狼の出る通路のほうを向きながら、小さく言った。


「……映らない人が二人いる配信って、初めてです」


 初めてだろう。この都市で、たぶん百年ぶりだ。

 メルティアが俺の顔を見た。


「エドさん。これがあなたの見ていたものですのね」

「何がですか」

「誰にも見られずに、全部を見ている場所」


 俺は答えなかった。答えないのが答えだと、この人ももう分かっている。


≫雷神ドゥル:映らないのが二人。二人で何をする気だ

≫知恵の女神アウラ:見ていれば分かるわ。見えなくても


 見えなくても。明日から神々は、何もない空間を二つ見張ることになる。


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