第28話 数えるのをやめます
順番を決めた。
先頭は松明を持って道を照らすセレスで、氷は出ないが、道は覚えている。次が白銀の翼で、盾役と斥候がジークを担ぎ、治癒師が足を支えて、ロロが石を抱えてその横につく。横穴でミラの組を拾ったら、歩ける者が腕の折れた男を支え、ミラが燠の代わりに松明を持つ。オルドはその後ろだ。
ティナは黒い石を胸に、列の真ん中にいる。
俺は最後尾だ。
黒いものは底から来て、底は後ろにある。狙われる者が十一人、前にいて、狙われない者が一人その後ろに立つだけのことだ。
「戻ります。今から線まで。……エドさんが一番後ろです。エドさんの後ろから、来てます」
ティナが石に言った。
来ている水の音はもう数えられない。
◇
最初の十匹は数えた。
通路は狭くて一列でしか通れず、それは黒いものにとっても同じなので来るのは一度に一匹か二匹だ。一匹か二匹なら四秒もいらない。
短剣で顎の下を、首を、腹を斬ると、冷たい水が出て次が来る。それで十になった。
「エドさんが十匹。わたしは数えてます。今は数えられます」
ティナの声は前から聞こえて、振り向くなと言ったので振り向かずに言っている。
二十、三十と斬った。
列は進んでいてセレスの松明がずっと前で揺れている。横穴でミラの組を拾うと、ミラは燠を踏み消して松明を受け取り、受け取るとき俺を見て「後ろ、任せた」と言った。三柱と八柱の人間は言葉が短い。列が三人長くなって長くなった分、俺の後ろの水音も増えた。
四十になったとき、腕に初めて爪が届いた。左の二の腕で浅いが血が出て黒いものの水と俺の血が一緒に水に落ちた。
爪が届いた一瞬で二匹が俺の横を抜けた。
一匹はセレスの杖に向かい、鉄が黒い頭を水に叩き込んだ。もう一匹はティナが重い剣を両手で振って首を落とした。
「……二匹。わたしとセレスさんで。見えないと思うので言います。エドさんの横を抜けたのは、二匹だけです」
「……エドさんが血を流しました。初めてです。左の腕。浅いって言ってます。見えないと思うので言います。エドさんは止まってません」
止まってはいない。
五年、俺は三秒で殺して隠してきて、長くて八秒だった。今はどれくらいになるのか、半刻か、もっとか。
腕が重いのは加護が消えたからではない。加護は元からなく、ただの疲れだ。疲れというものを三秒の男は知らなかった。
上限を試したことはなかったが、今、試している。
五十で列との間が十歩開いて、開いた分を詰めるのに二匹ぶん遅れた。
六十で足場が崩れて膝まで沈んだが、沈んだまま斬った。
「……数えるのをやめます」
ティナが言った。
「数えるとエドさんの後ろばっかり見ちゃうので。前を見ます。前を見て線まで行きます。エドさんは後ろにいます。それだけ言います」
それでいい。
数える神はここにはいないし、数える配信者もやめた。ティナが前を見ると決めたときに、俺も数えるのをやめていた。
◇
水の音が変わった。一匹や二匹の音ではなく、水そのものが動く音だ。
振り向くと通路の奥の闇が闇より黒かった。
通路いっぱいに大きくて、黒いものの群れではなく黒いものそのもので、目も形もないものが水の上を水と一緒にこちらへ来る。
井戸の神が見えないと言った底が、上がってきていた。
「──走れ!」
初めて大きな声を出した。
前で列が走って、走れる者は走り、担がれる者は担がれて、松明が前へ飛ぶように揺れた。
俺は走らない。
走れば後ろのものが十一人に届く。届かないように俺が間にいて、黒いものは俺を狙わないが、狭い通路を塞いでいる俺の体をすり抜けることはできない。
短剣では足りないが、足りないなら足りないなりにやる。来るものを斬っても減らないなら、遅らせる。遅らせた分だけ、前が進む。
背中に、ティナの声が当たっていた。
「エドさんが後ろにいます。一人で。……わたしたちは走ってます。線が見えました。線が──」
線が見えた。
向こうから見ると黒い線だが、こちらから見ると光の線だった。松明の光ではなく神様の目が届く向こう側の光だ。
セレスが越えて、越えてから振り向いて、俺とティナの間の距離を数える顔をした。白銀の翼が越えてジークが担がれたまま越え、ミラの組が越え、オルドが越えた。
ティナは線の手前で止まっている。
「ティナさん!」
「エドさんが越えるまで越えません!」
理屈になっていないので、俺は走った。
走って彼女の背中を押して、一緒に線を越えた。
◇
光の中に転がった。
光といっても暗い十六階の通路だが、黒くはなく松明が照らして岩が岩に見える。
振り向くと線の向こうで黒いものが止まっていた。
通路いっぱいの黒が、線の手前で壁に当たったように止まって、越えてこない。越えられないのか越えないのかは分からなかった。
分かったのは神様に見られる場所にそれは来ないということだけだ。
オルドが水の中で帳面を開いて、濡れた紙に書いた。あとで読むと「線の向こうで、無加護の男が十一人を守った。神殿はそれを見た」とだけ書いてあった。
ティナの胸で石が光った。
黒ではなくなった石が、熱いどころではなく熱い。
彼女は板を見て声が出なかった。俺も見た。
神眼 一万二千
三日、声だけを聞いて一万二千柱が黒い画面を見ていたのだ。
神託欄は流れすぎて読めず、「エド」の字だけが目に入った。
≫雷神ドゥル:エド!! エド!! エド!!
≫戦神ガルヴァ:見えた。見えたぞ。剣姫が見えた。後ろに何だあれは
≫迷子の神:線の向こうに黒い。でかい。何だあれは
≫知恵の女神アウラ:……越えてこないわね。わたしたちが見ているから?
≫冥府の神ネル:十二人。生きている
≫豊穣の女神メルティア:おかえりなさい
十二人が生きている。
ネルが全員の人数を書いた。
ティナは三日分の声の最後に、神々へ返す言葉を石に向かって探して、見つけたのは一つだけだった。
「……ただいま」
俺は線のこちら側の水の中に座っていた。
最後に線を越えて何も変わらない。五年神様に見られなかった男が、見られる場所に戻っただけのことだった。
画面には相変わらず俺は映っていない。映っていない場所に、一万二千柱が「エド」と書いていた。




