↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々の配信で俺だけ映らない ~撮影係の俺が画角の外で全部倒していることに、視聴者の神様だけが気づき始めた~  作者: おはぎだんご
第三章 盲層

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/27

第21話 エド、角度

 名前が出て変わったことが一つある。神様が俺に命令するようになった。


≫雷神ドゥル:エド、寄れ。剣姫の顔が小さい

≫迷子の神:エド、角度。右の横穴が見えん

≫戦神ガルヴァ:エド。今日は中層の下へ行け


 五年の間、命令はジークから来ていた。今は神様から来る。

 断るのは同じで、石は動かさず、寄らず、中層の下へは行かない。


≫知恵の女神アウラ:エドは答えないわよ。声が届かないんだから

≫雷神ドゥル:分かってる。言いたいだけだ

≫迷子の神:三柱のときから言ってる。慣れてる


 慣れているのは俺も同じだ。慣れすぎている。三柱の頃から「角度」と書かれて、一度も戻したことがない。

 名前で呼ばれて命令されて無視するだけのことが、少し可笑しかった。四千柱の板で誰も俺に何も言わなかったのは、言う相手がいると思っていなかったからだ。今は五千三百柱がいない相手に向かって書いている。


 石の横では、オルドが三日目の帳面を開いている。


「今日も押さないでください」

「転ばなければ」

「転びません」

「床は転ばせますよ」


 白い服の男は床を見てから俺の短剣の柄に目を戻した。


「何を書いているんですか」

「あなたが何もしなかったこと」

「それを三日」

「三日分」


 何もしなかった記録が三日分、神殿の棚に俺の名前で並ぶ。悪くない記録だと思った。


 ◇


 中層十三階は安全な階だ。ティナは横穴の並びを全部自分で見つけて五匹斬り、俺は一度も口を開かなかった。開かなくていい日が、三週間で来た。

 神眼は五千四百で、上がらないが下がらない。名前が出てからの三日、数字は「エド」の祭りの余熱で持っている。熱は冷めるので冷める前に次の何かが要る。

 その次の何かを俺は用意しないと決めている。


≫冥府の神ネル:五匹死んだ。剣姫が五匹斬った

≫豊穣の女神メルティア:エドさん。届け方を考えております。もう少しお待ちになって


 今日の一度だった。

 三日前に「考えます」と書いて、届け方を三日考えている。神様が三日考えることがどれほどのことなのか、俺には分からない。


 そして見慣れた名前が、見慣れない書き方をした。


≫井戸の神:剣姫。下の水が冷たい

≫井戸の神:井戸の底が見えない。こんなことは初めてだ


 井戸の神は三柱のときからいるのんびりした神様で、「よかった」と「無事か」しか書かない。その神様が二行続けて書いた。

 水が受け持ちの神が「見えない」と書いたのだ。


≫知恵の女神アウラ:井戸の神。見えないって、どこが

≫井戸の神:下。この迷宮のずっと下。水が冷たくて、その先が見えない

≫戦神ガルヴァ:深層の水か。大蜥蜴が上がってきたのもそのせいか


 十四階の冷たい流れは、セレスが杖を止めたあの水だ。

 加護が届かない場所と、神殿が知っていて言わない場所と、井戸の神が「見えない」と書いた先が、同じものを指しているのかどうか、俺にはまだ分からなかった。

 オルドの帳面を書く手が止まっていた。この男は神託欄が読めないが、俺の顔を見て何かが流れたのは分かったらしい。


「何か?」

「井戸の神が、下の水が見えないと」

「……そうですか」


 それは信じていない「そうですか」ではなく、知っている「そうですか」だった。


 ◇


 地上に戻って、ティナは窓口で奨励金の十枚を受け取った。

 窓口の横には「中層十五階以深、注意。石の映りの不良の報告あり」とギルドの印の押された新しい紙が貼ってあった。彼女はそれを一度読んでからバルトの帳場へ行った。

 奨励金の十枚は、これで五日目だ。


「五十枚。元金に」

「……五十」


 バルトの眉が二度目に上がった。彼は帳面に書く前に一度閉じて、開けてから書いた。


「二百三十六が百八十六。今期の六十は、前の四枚と合わせて五十四。あと六枚ですな」

「あります」


 ティナは財布を出して、銅貨を数え始めた。素材を売った分をひと月近く貯めていた、六百枚だ。数え終わるまで、バルトも俺も待った。


「六枚。……今期分、六十枚。完済です」

「冬至はまだひと月以上先ですが」

「完済です」


 バルトの眉が三度目に上がって、帳面には百八十と書かれた。


 バルトは帳面を見下ろしてから帽子を取って、頭を下げる前に言った。


「配信、毎朝拝見しております。お嬢さんの剣はまだ担保です。……中層の下に妙な噂がありますので」

「噂?」

「水が冷たい。大蜥蜴が上がる。十五階より下で石の映りが悪いと。担保が迷宮で死ぬのはこちらも困ります」


 この男の「困る」は二回目で意味が変わった。一回目は剣を取る話だったが、二回目は剣を持った人間に死ぬなという話だった。


「お父上も、四十柱のときにわたしの前で同じ顔をなさいました」

「……父を?」

「お客様でしたので」


 それ以上は言わない。帳面の男は、帳面に書いていないことを言わない。ティナは帳面を見たまま、しばらく顔を上げなかった。

 借金とはそういうものだ。帳面の男の目が変わるほうが、数字より先に来る。


 ◇


 夜のギルドの酒場で、ティナは大水晶の隅を見ていた。

 真ん中には剣姫の枠があって、隅には今日も神眼三柱の誰かがいる。足元しか映っていないのは、石を腰にくくりつけて走っているからだ。


「あれはわたしです」

「あなたは真ん中です」

「三週間前のわたしです。……エドさん、あの人にも撮影係がいたら」

「いません。撮影係はいくらでもいるので」


 石を持って後ろを歩くだけの撮影係なら、いくらでもいる。

 俺がいなければ彼女も今あの隅にいたということは言わない。言わなくても、たぶん知っている。

 ティナは少し黙ってから、二度目の「むう」を言った。


 酒場の戸が乱暴に開いた。石を抱えて息を切らしたロロが、俺を探して見つけた。


「先輩! 十六階の先で石が黒くなるって! 三組戻ってません!」


 石は映すものがなくても黒くはならない。暗い階でも暗い岩が映る。黒くなるのは神様が見ていないときだけだ。

 見ていないのではない。見えない。井戸の底が見えない。

 酒場の隅で白い服が立ち上がったのは、オルドだった。帳面を閉じて、走るでもなく戸口へ向かった。走らない足の速さが、この男が驚いていないことを言っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。