第18話 加護に見合わない
ギルドの窓口の前に白い服の男が立っていた。
白は神殿の色で、迷宮都市で白い服を着て歩く人間は神殿の者しかいない。
「ティナ・ローウェル殿。配信者の」
「は、はい」
「神殿監察官のオルドと申します。少しお時間を。二階の部屋を借りてあります」
声は柔らかいが目は柔らかくない。四十くらいの痩せた男だった。
「何のご用でしょう」
「加護に見合わない戦果について、お話を伺いたく」
加護に見合わないというのは、神殿の言葉だ。配信者の強さは神の加護で決まるので、加護の薄い者が強すぎればそれは神の秩序の外にある。外にあるものを神殿は調べる。
奇跡を調べる者はいないと思っていたが、間違っていた。奇跡を調べるのが神殿の仕事だった。
ティナが俺を見たので、俺は見るなと目で言った。監察官の前で撮影係を見る配信者は、撮影係に何かがあると言っているのと同じだ。彼女はすぐに前を向いた。覚えが早い。
◇
二階の部屋には、机が一つと椅子が三つあった。ジークが報酬を半分にすると言った、あの部屋だ。
監察官とティナが一つずつ座り、残りの一つにセレスが座った。
「わたしは白銀の翼のセレスティア・ヴァーン。今はローウェルさんの組で道を作っています。同席します」
「ヴァーン殿。白銀の翼の件も、別途伺うことになるかと」
「どうぞ。ジークがお待ちしていますわ。奇跡の話をしたくてたまらないので」
監察官は少し笑った。神殿の笑い方だ。
俺は壁際に立った。撮影係に椅子はないしそれでいい。椅子に座った撮影係は、話を聞かれる側になる。
「まず、こちらを」
監察官が机に広げた紙には、見覚えのある並びの文字があった。
≫冥府の神ネル:四匹死んだ。誰も斬っていない
≫知恵の女神アウラ:……剣姫の石がさっきから撮影係の手を離れているわね
中層十一階の日と、十四階の日の神託欄だ。
「神殿は神託欄の写しを取ることができます。神々の言葉は本来神殿のものですから」
知らなかった。
配信者と撮影係の板にしか流れないはずの神託欄が、神殿には残るのだ。四千柱の板を持っていて知らなかったのは、神殿がそれを使うところを見たことがなかったからで、使うのはこういうときだけなのだろう。
この男の口ぶりでは、写しは全部残る。なら俺が石を持っていた五年分の神託欄も、どこかの棚にあるのだろう。「伏兵が出ない」と書かれ続けた日々の分が。
「ローウェル殿。十一階で四匹の魔物が誰も斬っていないのに死んでいます。神々がそう仰っている。あなたはその場にいた。何が起きましたか」
「……目をつぶってました」
「神々にもそう仰いましたね。記録にあります」
監察官が紙をめくった。
≫知恵の女神アウラ:……そう。目をつぶっていたのね
「知恵の女神は、信じておられないようですが」
ティナが膝の上で手を握った。
神様についた嘘を、神殿が紙で読んでいる。嘘をついた相手より嘘を読む相手のほうが、人間には怖い。
「本当につぶってたんです。糸で引っぱられて怖くて」
「そうですか」
信じていない「そうですか」で、この街の頭のいい者はみな同じ言い方をする。
「では、もう一つ。こちらが本題です」
監察官は紙を替えた。
≫豊穣の女神メルティア:百柱になったら名乗ると決めていました。三柱目はわたくしです
【加護】豊穣の女神メルティアより「癒しの実り」
「豊穣の女神は百年、地上の配信に加護を投げておられません。神殿の記録にある限り。それが神眼百柱の剣士に投げた。三柱のときから見ていたと仰って」
百年と聞いて、ジークが一度だけもらって一週間自慢した加護が、百年に一度のものだったと分かった。それが今はティナの左腕の薄い跡になって残っている。あの男は知らなかったし、知っていれば一か月は自慢しただろう。
「なぜあなたなのですか。ローウェル殿」
「……分かりません」
「分からない」
「神様に聞いてください」
ティナは震えてはいたがそう言った。監察官は笑わなかった。
「聞けるものなら、神殿が百年前に聞いています」
◇
聴取は一時間続いた。長い一時間。
加護の中身と、父親の配信と、借金と、剣のことを聞かれた。
「お父上の剣は、どなたから」
「父が、父の父から」
「加護持ちの家系では?」
「違います。父の最高は四十柱です」
「四十柱で、その剣」
剣の話だけは三度聞いて、あとは全部を紙に書き、全部に「そうですか」と言った。
セレスは三度口を挟んで、三度とも話をジークの奇跡のほうへ押し戻したが、監察官は三度とも丁寧に押し返した。
「最後に」
監察官は紙をまとめて立ち上がりかけたところで止まり、俺を見た。
「撮影係の方。お名前は」
同じ問いだ。
神殿の人間が、豊穣の女神と同じ言葉で同じことを聞いた。違うのは、俺の声がこの男には届くことだ。
「エドガー・ホルスト」
「ホルスト。……ああ」
監察官は、ギルドの登録簿の写しを別に出した。
「無加護、とありますね。白銀の翼の撮影係を五年。現在は剣姫の撮影係」
俺が並べられるのを恐れていた三つが、神殿の紙の上で、監察官の声で並んだ。
「無加護は映し石に映らない。声も届かない。撮影係本人の姿と声は、配信の記録のどこにも残らない」
男はそこで初めて、柔らかくない目で笑った。
「好都合ですね。隠したいことがあるなら」
俺は答えなかった。答えないのが答えだと、この男も分かっている。
「明日、神殿へお越しください。ホルスト殿。無加護の方にはお話を伺う決まりがあります」
「決まりですか」
「百年前からの」
監察官は帽子を取って頭を下げてから、部屋を出た。
バルトと同じ頭の下げ方だった。帳面の男も神殿の男も、丁寧なのが一番悪い。
ティナが椅子から立って俺のところへ来たが、何か言おうとして言えなかった。言えないので俺の袖を掴み、掴んだまま離さなかった。
代わりに、セレスが言った。
「行くの?」
「行かなければ、ティナさんのところへ来ます」
「そうね」
今度の「そうね」は、信じている声だった。




