第15話 やっぱり
二日目は中層十四階で前に出たのはセレスだった。
魔術師が前に出る隊列は普通ではないが、ジークは口を挟まなかったし、文句を言う者もいなかった。昨日の板の数字がまだ効いている。
合同の板は朝の時点で剣姫の石 二千四百/白銀の石 千六百だった。
昨日の夜に千八百で分かれた剣姫の神々に朝のうちに六百が足されて白銀の翼は千六百まで落ちた。二日目の合同はもう対等ではなかった。
≫戦神ガルヴァ:今日は魔術師が前か
≫知恵の女神アウラ:セレス。白銀の翼で一番頭のいい子よ。何をする気かしら
≫迷子の神:剣姫の石を見てれば分かる
分かるというのだからこの神は本当に見るところを見ている。
◇
十四階は水の階で、床の半分が浅い水に沈んでいるので足音も剣の音も反響して遠くまで届く。
水の奥からは冷たい流れが来ていた。十四階にはないはずの深い水の匂いで、セレスは一度だけ杖を止めてから何も言わずに進んだ。
杖の先で水面を叩くたびに水が凍って足場になる。前に出て道を作るのが白銀の翼の魔術師の本来の仕事だ。
「エド」
前を向いたまま彼女が言った。配信中なのでこの声は神々に届く。
「あなたの石は剣姫を映すのよね」
「契約です」
「では剣姫を右へ。わたしは左の通路を見る」
隊列が割れて、左にセレス、右にティナと俺が分かれ、白銀の翼の四人とロロはその間でどっちつかずになった。
わざとだ。
彼女はティナと俺を、狭くて横穴が多く、石の画角が一方向にしか向かない一本の通路に押し込んだのだ。そこで俺が何かをすれば画面の外は一つしかないので、何かが起きたと分かる。紙に書いたとおりに試している。
「ティナさん。横穴は三つ。左・左・右の順で。見えるでしょう」
「見えます!」
彼女は横穴を数える目を持った。
一匹目は前足から首へ斬り、左から来た二匹目は俺が言う前に「左!」と自分で言って斬った。
三匹目は俺の側に来た。魔物には俺が見えるので狭い通路で餌が二つ並んでいれば近いほうへ来る。
俺が半歩下がると、蜥蜴の顎は俺のいた場所を噛んで空振りし、岩に当たった。その音でティナが振り向いた。
「右! 後ろの右!」
俺の声に彼女は振り向きざまに斬って、蜥蜴は俺の足元で死んだ。
斬ったのはティナで、俺は半歩下がっただけだから短剣は鞘の中にある。
画角は彼女の正面にあって、振り向いた彼女の剣とその先の蜥蜴が映っている。俺は映らないが、俺の立っていた場所の何もない床が、画面の中にある。
≫冥府の神ネル:三匹死んだ。剣姫が三匹斬った
≫知恵の女神アウラ:三匹目は何もない床の前で止まったわね。何を噛もうとしたのかしら
≫雷神ドゥル:剣姫が速いだけだ
≫迷子の神:床の前で止まった。見た。あそこに何かいる
何かいると迷子の神は三柱のときから言い続けている。今はその一行を二千四百柱が読んだ。
◇
そのとき、セレスとジークと盾役がいる左の通路で、水の音が変わった。
何かが水の中を走ってくる、重い音だ。
「ジーク! 下がって!」
セレスの声が反響した。俺にも見えた。
左の通路の奥から水を割って来るのは岩蜥蜴より大きい、全身が黒い鱗の、水の階にしかいない大蜥蜴だ。中層の十四階で出るものではなく、深層から上がってきた個体だ。
ジークは下がらなかった。下がれと言われて下がる男ではないので剣を抜いて正面から受けた。
三千柱の分の加護はまだ厚く残っていたが、大蜥蜴の尾は加護の上から鎧を叩いて、ジークを水の中に転がした。間に入った盾役は盾ごと押し戻された。
セレスの氷が尾を一度だけ止めたが、二度目は割られた。ロロの石は揺れながらそれを映している。
≫戦神ガルヴァ:大蜥蜴。深層のだ。白銀の翼やれるか
≫雷神ドゥル:ジーク! 立て!
≫豊穣の女神メルティア:撮影係さん。契約は契約。ですが
ですがと書いて、この女神は今日の一度をここで使った。
俺は板から目を上げた。
左の通路では、ジークが水の中で膝をついていて、その真上に大蜥蜴の頭がある。盾役は転がっていて、セレスの杖は次の氷を作りかけているが、間に合わない。
契約外だ。白銀の翼の伏兵は白銀の翼のもので、ジークが噛まれても俺は何もしないと言った。
確かに言った。
だが、起き上がれない者がいれば出ると、三柱の頃に決めたのだ。相手がジークでも同じで、隠し事と命なら比べるまでもない。
「ティナさん。石を持っていてください」
石を彼女の手に渡した。画角は彼女が決めて俺は動く。
狭い通路を抜けて膝までの水に入った。音は消せないので大蜥蜴がジークの上で顎を開いた音に紛れる。
深層の魔物でも、生き物である限り継ぎ目はある。黒い鱗の継ぎ目は顎の下と、前足の付け根だ。
前足の付け根に短剣を入れて抜き、顎の下へ入れた。それで大蜥蜴の頭はジークの横の水に落ちた。
ロロの石はジークを映している。
画面の中では、膝をついたジークの真上で大蜥蜴の頭が開いて、それから崩れた。ジークの剣は水の中で、セレスの氷は届いていないのだから、誰も剣を振っていない。
二度目だった。画角の中で何もしていないのに魔物が死んだのは。今度は、四千柱の前で。
神託欄は今度は止まらなかった。
≫雷神ドゥル:出た!! 勝手に倒れた!! 白銀の翼で!!
≫戦神ガルヴァ:今のは剣姫の配信のあれと同じだ
≫迷子の神:言った! 何かいるって言った! 剣姫の後ろにいたのが今あっちへ行った!
≫冥府の神ネル:一匹死んだ。誰も斬っていない
≫知恵の女神アウラ:……剣姫の石がさっきから撮影係の手を離れているわね
見るべきものを見ているのはアウラだけだった。剣姫の石が動いていないのはティナの手にあるからで、持ち手が替わったことに神託欄で気づいたのは一柱だけだった。
俺は水から上がって狭い通路に戻ると、石を両手で持って俺を見ているティナから石を受け取り、何もなかったように画角を戻した。
◇
地上でジークは口を開かなかった。
鎧は水で濡れていて、脇腹の古い傷の上に新しい傷があった。大蜥蜴の頭が落ちたとき、彼は目を閉じていたらしい。開けたときには終わっていた。
人間には俺が見えるがジークは見ていなかった。盾役は転がっていて、ロロは石を持って震えていた。
見ていたのは一人だけだ。
セレスが俺の前に立った。
今日は本の背を叩かず、代わりに俺の濡れた膝を見て、それから顔を見た。
「やっぱり」
一言だった。
二週間と六日、この人が確かめたかったことの答えが、その三文字だ。




