第12話 久しぶりね
六日配信したら一日休むのは、白銀の翼にいた頃からの決まりだ。
神様は毎日同じ顔を見ると飽きるが、一日空けると「今日はないのか」と書く。書かせてから戻るほうが数字は伸びる。
「休みの日って何するんですか」
「寝ます」
「もったいない! 一日ですよ、一日!」
もったいなくはないのだが彼女は俺を宿から引っぱり出した。奨励金の銀貨四枚が懐にあるからだ。立て替えの最後の一枚を俺が受け取って残りが四枚で、初めて自分の金で装備を買うと彼女は朝から三度言った。
迷宮通りを歩くと、店先の小さな水晶にも昨日の録りが映っている。休みの日に見るとこの都市がどれだけ配信でできているかが分かる。
パン屋の前で子どもが「剣姫だ」と言った。
ティナが立ち止まると、子どもは母親の後ろに隠れて、隠れたままこっちを見ていた。ティナが手を振ると、子どもは振り返さなかったが、母親が会釈をした。
「エドさん。今の」
「見ました」
「剣姫だって」
「言っていました」
それから防具屋まで彼女は一度も地面を見ない。
◇
防具屋は迷宮通りの角にあって、店主の小柄な老婆はティナを一目見ると「胸当てだけ新しいね」と言った。目がいい。
「革鎧を一式。予算は銀貨三枚で」
「三枚ねえ。四枚なら鉄を入れた胸当てが付くよ」
「三枚で。一枚は残します」
「エドさん?」
「残すんです。金は溶けないところに使うものですが全部使うものでもない」
老婆は俺を見てから値踏みの鼻を鳴らした。
「撮影係に金の話をされるとはね。あんた白銀の翼にいた子だろ」
「いました」
「あそこの撮影は綺麗だったよ。最近は揺れるけど。……無加護の撮影係ってのはあんたかい。噂になってるよ。揺れない石の」
人間の側でも噂になっている。この老婆も大水晶を見ているのだ。迷宮都市の人間は神眼を持たなくても配信を見る。
試着は奥の布の仕切りの向こうだった。
老婆が寸法を取る声と、革の擦れる音と、ティナの「きつい」「ゆるい」「これは?」が聞こえるあいだ、俺は入口に背を向けて壁の鉤に掛かった盾を眺めていた。
「エドさん、どうですか」
振り向くと、仕切りの布が開いていた。
新しい革鎧は胴が体に沿って締まり、肩口は動かしやすいように開いている。開いているので、肩から首にかけての線が出る。老婆の仕立ては正直で、似合うように作ってある。
俺は見た。見てから見たことに気づいて、壁の盾に目を戻した。一瞬だったが、一瞬で十分だった。
「どうですかって聞いてるんですけど」
「……見ていません」
「今は仕事中じゃないですよね」
そうだった。仕事中は見ないが、仕事中でないときの決まりを俺は作っていない。
「似合います」
「本当ですか」
「ただ肩口は覆う型を。映す側としては」
「映らないほうがいいんですか」
「映していいものと映したいものは違うんです」
ティナは少しの間黙ってから「それ、前にも言ってました」と言った。
老婆が奥から「覆うのもあるよ」と出してきたのは、肩口まで革が来る型だった。線は出ず、動きは少し重くなるが、酸にも糸にも強い。溶けないところに金を使う、の続きだ。
ティナはそれを着て俺を見た。
「こっちのほうがエドさんは安心ですか」
「安心です」
「じゃあこっちにします」
老婆が笑ったが何を笑ったのかは聞かなかった。
◇
銀貨三枚を払って、古い革鎧を包んでもらっているときに、店の戸が開いて客が入ってきた。
黒い外套で本を小脇に抱えているのは、セレスだった。
「久しぶりね、エド」
「……どうも」
「二週間と三日ぶり。数えてたわけじゃないけれど」
数えていた言い方だったが、この人はそういう言い方しかしない。
彼女は店の中を見回してティナを見た。大水晶で見た顔が目の前にいるのだから、ティナが包みを抱えたまま固まるのも無理はない。
「ローウェルさんね。配信、見てるわ」
「ありがとうございます! あの、白銀の翼の──」
「セレス。魔術師。あなたの撮影係の前の雇い主の一人」
雇い主。仲間ではなく、そう言った。
「返してもらうつもりはないから安心して。今のところは」
「い、今のところ?」
「冗談よ。半分」
セレスは本の背を指で叩きながら、俺のほうへ向き直った。この癖は変わっていない。
「石、動かなくなったのね」
「……何の話ですか」
「あなたの画角。前は剣を追って右へ流れた。今は流れない。剣が真ん中にあるまま画面は動かない」
店の中の空気がわずかに重くなった。老婆は包みを結ぶ手を止めないが、聞いている。
「癖を直したのね。誰かに見られてると分かったから」
俺は答えなかった。答えないのが答えだと、彼女は分かっている。
誰かに、と彼女は言って、神様にとは言わなかったが、言わなくても分かっている顔だった。
画角の癖を見抜いた人間は、神々より先にいたのだ。それもこの人で、俺が隠した先を、この人はいつも一つ前で待っている。
「いいわ。今日はそれだけ。顔を見に来ただけだから」
そう言って、彼女は本当に何も買わずに戸口へ戻った。戻る前に、ティナの革鎧に目をやった。
「肩口は覆うほうを選んだのね。撮影係の趣味?」
「え、あ、はい」
「そう。前のうちの人は寄れって言えば寄ったわよ」
戸が閉まると、ティナが長い息を吐いた。閉まるまで止めていたらしい。
「……あの人、知ってますよね。エドさんのこと」
「たぶん」
「たぶん、じゃなくて」
「知っています。どこまでかは分かりませんが」
ティナは包みを抱え直してから、聞かれてもいないのに言った。
「綺麗な人ですね」
「そうですか」
「そうですよ。……エドさんはああいう人が好きなんですか」
「仕事の話をしましょう」
「仕事の話じゃないです!」
老婆が、今度は声を出して笑った。
「残した一枚、何に使うんですか」
「決めていません。決めていない一枚があると、人は落ち着くんです」
「……そういうものですか」
「そういうものです」
銀貨は一枚残って、その一枚の重さが、帰り道でやけに軽かった。




