授業(午後編)
午後は体力づくりだった。てっきり模擬戦闘とか迷宮で魔物、モンスターと戦わされると予想していた。
「騎士であるならば、まずは体力が重要だ! 前衛型は言わずもがな、後衛型であっても常に魔力で肉体強化できるわけではない。むしろ肉体強化していない時間の方が多い。最低限動けるように、しばらくは体力づくりだ!」
山城先生の言葉はまさに目から鱗だった。魔力は無尽蔵ではないし、迷宮を探索するのではあれば数日間地上に戻らないこともあるという。納得していない生徒も多かったが、小夏ちゃんや暗密雫さんも真剣に耳を傾けている。体力を疎かにしてはならないと、しっかりと心に刻む。
体力づくり!孤児院では駆けっこやかくれんぼに加え木登りは少し得意だったし、外で遊んでいる時間も多かったから自信はある――
◇◇◇◇
甘かった。長距離走は何とか十位に入ったが、他の短距離走や筋力トレーニング、腕立て伏せや腹筋ではすぐに力尽きてしまった。よくよく考えれば中央都市で騎士を目指していた人が集まっているのだ。孤児院で遊んでいたり、栄養も十分取れていなかった私が勝てると思ったのは大きな勘違いだった。切り替えるしかない。
体力づくりの後は、魔力の鍛錬方法の授業だ。正直へとへとで限界が近い。
「まずは深呼吸、自らに流れる魔力を意識して、体の中心から末端まで流れを常に意識しろ!」
みんな集中し鍛錬を始めている。私も先生の説明を聞き、自らに流れる魔力を意識するが、全くと言っていいほど魔力の流れを感じない。ここは質問した方がよいだろう。
「先生。魔力を感じ取れません。どうすればよいでしょうか」
周りにいた生徒たちがギョッとしたようにこちらを見てくる。担任の山城先生が神妙な面持ちで
「全くか。何となくでも流れている認識はないのか」
「ありません」
腕を組み考えこんでいるようだ。魔力を感じ取れないのは、かなりの異常事態なのか五十嵐先生もやってきて先生同士意見を交わす。
「荒療治になるが、やるしかないのではないでしょうか」
「それは負担が大きすぎないか。もう少し様子を見るのは」
「魔力を使えない状態である方が危険では?」
五十嵐先生に説得され、山城先生は覚悟を決めたようにこちらを振り向いた。私は何の覚悟もしていないのに、そんな目で見つめないでほしい。
「天羽! 手を出せ!」
そっと手を出すと山城先生の大きな手が私の手を掴む。とても固い、所々ごつごつしている部分は剣ダコだろう。それに熱い。筋肉量の多さからか、風邪を引いたときのような体温が私の手を包みこむ感覚に落ち着かない。
「先生やめてください!!」
これから起こることを予感した小夏ちゃんが止めにかかる。先生は一顧だにせず強行した。
「これから魔力を流す。他人の魔力は拒絶反応が出やすいが、仕方がない。耐えろ」
その瞬間掴まれていた手から熱い何かが流れてくる。指先から手のひら、腕、肩を通り全身へ。体中が熱くなっていく。これが魔力、大きな力を感じる。先生から送られた魔力と自身の内から流れる魔力を知覚したと同時に私の身体の中で大きな歯車が動いた音がした。
「何ともないのか? 他人の魔力を流すと激痛が走り、酷ければ体中の血管が破裂するんだが」
……え? それは訓練場のど真ん中でスプラッタ映画さながらの光景が再現される可能性があったと仰っている? 騎士であればモンスターと戦って流血沙汰も日常茶飯事かもしれないけど、生徒に対して容赦がなさすぎる。
「これは、素晴らしい結果になりましたね。ではついでに」
興奮を抑えきれない様子の五十嵐先生はおもむろにもう片方の手を取ると、魔力を流し始めた。山城先生よりは熱くはないが、少しだけ爽やかな感覚が身体を通り抜ける。
「天羽さん、身体に異常はありませんね? それに魔力の違いも感じている。ではこのまま全身に肉体強化を掛けてもらいましょう。血管一つ、神経一本、細胞の一つ一つに魔力を染み渡らせるイメージです」
五十嵐先生は知的なイメージだったのに、狂気的な色を感じる。面白い実験材料を見つけたといわんばかりの視線、口角は上がっているのに、目が笑っていない。優菜ちゃんに紹介するのは辞めておくことにした。
「わかりました。やってみます」
例え先生の様子がおかしくても、せっかく魔力を感じることができた現状、使ってみたい気持ちは私にもある。深呼吸をし精神を落ち着ける。問題ない。肉体強化は基本であり、騎士養成学校に選ばれた生徒であれば誰でもできる。血管はイメージできる。神経は先ほど魔力が通った部分だろうか。細胞は一つ一つはイメージできないが、染み渡らせるイメージといった言葉を信じて、魔力を水のように浸透させていく。
「見事だ」
どれくらい時が経ったのだろうか。山城先生の声を聞き、瞼を開ける。
「魔力の扱いは完璧だな。より精度を向上できるよう鍛錬を欠かさないように」
お前たちも見てないで自分の鍛錬に戻れと他の生徒に先生が声を掛ける。
五十嵐先生はまだ手を掴んだままだ。
「あの五十嵐先生……いつまで」
「他人の魔力をここまで使えるのは珍しい。もう一度魔力流します」
そうして魔力を流されては、肉体強化を繰り返し、私は授業の終わりまで解放されることはなかった。
◇◇◇◇
放課後は約束通り、雫ちゃんと小夏ちゃんとの特訓だ。なぜか五十嵐先生もいる。よほど私の身体を実験材料にしたようで、監督という名目でついてきたらしい。
「では天羽さんの鍛錬を始めるわ」
暗密雫ちゃんの宣言から始まった特訓は、改めて魔力を意識する瞑想、肉体強化を行った後、感覚強化や果ては魔術の実践までに及んだ。初日の感覚では肉体強化と感覚強化がやりやすいと感じた。私は恐らく前衛型ということだろう。
魔術のやり方は後衛型の魔術師である五十嵐先生や小夏ちゃんも手伝ってくれたが、肉体強化と違いなかなか感覚が掴めず、苦戦していた。
「ググっと集めて、ワーっと出すイメージだよ」
炎の玉を出しながら小夏ちゃんが説明してくれたが感覚派だったようで、説明は下手そうだ。対して五十嵐先生からは
「基本は肉体強化と同じです。世界を己の一部と認識してください。そうすれば魔力を通せるはず」
少しだけわかった気がするが、残念ながらこの日は魔術を放つことはできなかった。そして魔力も残り少なくなってきて、そろそろ特訓も終わり気配を感じていたところ雫ちゃんは一言。
「いい考えを思いついたの」
初めて雫ちゃんの笑顔……というか、悪だくみを思いついたような、邪悪な笑みを浮かべていた。
「他人の魔力を受け入れられる。それを利用すれば無限に練習できるわね?」
気づいてはいた。雫ちゃんは自分にも厳しいタイプだが、他人にも厳しいタイプだったと。
「無限って? 無限?」
「そのオウム返しは何? 具体的には訓練場が閉まるギリギリまで。あなたをクラスの平均くらいにはしてあげる……いえ私が鍛えるからには総合で上位十人くらいには入ってもらわないと」
私は空を見上げて、星を眺めた。一等星が眩しい。
「何してるの? とりあえず魔力を流すわよ」
雫ちゃんの魔力はとげとげしているような、冷たいような……日が沈んで気温も下がっている状況でこの魔力は身体に悪そうだ。
「なら私も~」
小夏ちゃんも私の手を取ると魔力を流し込んでくる。温かい魔力で冷えてきた身体には心地よい。しかし先生や雫ちゃんとは違い、小夏ちゃんは自身の魔力のほぼすべてを渡してきたようで、私の身体は耐えきれず血を噴いて気絶した――。




