全員で、生きて
取り返しのつかない犠牲を払いながら、戦場から離脱できた。生き残ったのは、十八名、私たち雫ちゃん率いるパーティ、鳴神メイちゃん率いるパーティ、不破くん率いるパーティに既にパーティが壊滅的被害を受けた幾人かの生徒。
「ちっ、こんだけかよ。でどうすんだ? そっちのクラスは雫が代表か?」
口火を切ったのは隣クラスの不破くんだ。紫色の髪に凛々しい顔立ちをしている。成績もよく、『天樹迷宮』攻略も私たちより早かったと聞く。
「……そうね。クラスの垣根を越えて協力しましょう」
「それができないって話だろ? 先生の命令だったから今まで従ったが、同じ生徒の命令に命を懸けるのか?」
その通りだと思ってしまった。雫ちゃんのことは私はよく知っている。でも全員がそうではない。もし不破くんが今後リーダーになった場合、私はその命令に心から従うことができるだろうか。しかしリーダーを決めない選択はないだろう。リーダー不在のまま戦闘にでも入ったら、最悪足を引っ張り合って、致命的な隙を晒すことになるかもしれない。
「なら多数決しかないわね。私か不破くん、他に立候補はいる?」
意外と思うのは失礼だろうか。メイちゃんはこういうときに必ずと言っていいほど、雫ちゃんに張り合うのは常だったから。命を懸けたこの場では、冷静な判断ができるということだろうか。メイちゃんにもリーダーの素質はあり、現にパーティリーダーとして実績を残している。先ほどから人の輪から外れ集団から顔を背けているのも気になる。周囲を警戒しているといえばそれまでだが……
「……いないわね。棄権は認めないわ。自分で命を懸ける相手を決めなさい」
結果は十票を獲得した雫ちゃんに決まる。私は当然として、勝敗を分けたのは生き残っていたクラスの人数差だと思う。
「ちっ、やっぱりこうなったか」
「多数決の結果よ。いいわね」
不満を隠さない不破くんであったが、不承不承うなずく。
「最終目的は全員生きて帰ること、そのためには最下層の階層主を倒すこと、肝に命じて」
雫ちゃんはそれからフォーメーションの確認を行い、出立する。何度か休憩を挟み、迷宮の奥へ奥へ進む。
後方からあの一本角が追ってくることはなく、信じていた通り山城先生が討ち取ってくれたのだろう。
◇◇◇◇
生徒たちだけの初めての夜がくる。
「もうあの『異名持ち』どものことは考えなくていいんだよな?」
「魔術の妨害をしていたウミウシは琴乃が止めを刺したし、一本角は先生が殺してくれたと信じましょう」
「じゃ、拠点を築ければゆっくり寝ていいのか?」
「五十嵐先生の『風王結界』はもうないし、私たちの中に結界を張れる人はいないわ」
雫ちゃんと不破くんが議論する中、気になるのはメイちゃんだ。休憩のときも今も人の輪から外れ背を向けている。
「あの、メイさん。先ほどはありがとうございました」
「……何のこと?」
「ウミウシのときです。助けてくれなければ死んでいました」
「別に雫のお気に入りのあんたを助けて、恩を売ってやっただけ……もういいでしょ」
しっしっと私を手で追い払う。
「!! その火傷は」
袖が捲れ、メイちゃんの白い腕に無数に刻まれたミミズがのたうち回ったような火傷痕。
「そういえば目はいいんだったっけ」
「えっと、もしかして私のせい?」
「何でそうなるのよ。行って」
上手く聞き出せなかった。私とメイちゃんは仲良くないし、私を助けた理由だって嘘をついている気がする。火傷だって何かを隠している気がするのに、拒絶されてしまった。
交代しつつ睡眠を取る。結界もなく、先生もいない中、眠るというのは勇気がいる行為だったが、パーティメンバーの人肌を感じながら、眠りに落ちる。寝ても覚めても悪夢であるなら目覚める必要なんてないんじゃないかって、思いながら。
幾つ夜を越えれば、外に出られるのか。私たちは進み続ける。モンスターの種類は大鬼のような亜人系は少なくなり、半魚人や魚を模したものが多くなった。強さは私たちがぎりぎり勝てる範囲だったが、二度目の『位階昇華』をした生徒も現れ、戦力差は逆転していく。特に不破くんは凄まじく、レイピア型の魔剣でモンスターの弱点を的確に突き、一撃で屠り去っていく。たった数ヶ月で二度目の『位階昇華』は異常だ。『悪夢迷宮』という環境が私たちを変質させてしまったのか。
だが別の問題が浮上する。食料と回復薬だ。不測の事態に備えて食料や回復薬は多めに『収納袋』に格納してあったが限度がある。数日分しかない食料を細かく分け、節制する日々。回復薬を温存するために攻撃は消極的になりモンスターに苦戦することも増え、長引く専用に集中力も途切れがちになる。
「っ! しまった!!」
正面の敵の排除に手こずっている中、後方からも新手が出てしまった。みんな目が虚ろで飢えと重圧で意識が朦朧としていた。サメ型のモンスターが、隣クラスのウィザードである朝雛ちゃんに食らいつく。朝雛ちゃんは噛みつかれた直後、抵抗する素振りを見せたが何かを諦めたように全身の力を抜いた。
「フォローして!!」
近くにいた前衛型総出でモンスターを叩きのめす。噛みついているおかげで攻撃はすべて命中し、あっさり撃破する。
「雛っ! 雛っ!」
朝雛ちゃんのあだ名だろう名前を呼びかけるが、反応はない。正面の敵を排除し、私も状態を確認する。生きてはいる。出血はあるが回復薬を飲めば治療可能だ。ただ朝雛ちゃんの目にはもう生きる意志はない。
「もう……死なせて。疲れちゃった」
周りの友達が必死で回復薬を飲ませようとするのを遮りながら朝雛ちゃんは首を振る。
「回復薬も残り少ないでしょ。本当に必要なときにだけ使って」
自己犠牲といっていいのか、命を諦めたが故の聖人の如き行為だった。このまま死なせることが今なら正解であったのだと私は思う。
「全員生きて帰る! 回復薬を使うわ」
雫ちゃんは当初の目標に従い、強引に回復薬を押し込んだ。
「ゴホッゴホッ……どうして」
「言った通りよ。生きて帰るの」
誇るべき決断だった。私は朝雛さん願いを聞き届けてもよいのだと思ってしまった。助けられる命を諦めるのは正常な思考ではないはずだ。そのはずなんだ。
改めて目標を共有した私たちだったが、問題を解決する手段はなく、ついに食料も回復薬も尽きてしまった。最下層にはまだ着かず、戦闘はより慎重になり、探索は遅々として進まない。絶望、その二文字が何度も頭に過っては振り払う。この繰り返しだった。




