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『異名持ち』と『不退転』


 目が覚めても悪夢の中にいる。何度夜を繰り返しただろう。その夜は寝苦しかった。いつもとは空気が違うような、蒸し暑いような気もして、何か大事なことを見落としてしまったような。


「て、敵襲!!!」


 千堂(せんどう)くんの声だった。眠りの浅かった私はすぐに状況を確認する。前回のあの惨劇とは違い、モンスターたちはまだ攻撃を仕掛けてはいなかった。違いは明確でその手には亡くなった生徒たちの魔剣を装備している。こちらを静かに、殺気を飛ばしながら……突如モンスターたちが二列に別れ、真ん中から他のモンスターとは明らかに装備の格が違う大鬼が歩み出てきた。両手に魔剣を持ち、腰には挑発するように亡くなった生徒の頭を括り付け、嗤った。はっきりとこちらを嘲り、侮蔑するように嗤い続けていた。


「……っ! 戦闘用意!!」


 我に返った山城(やましろ)先生の声は、固まっていた身体を、停止していた頭を再起動させることには成功していた。だが動きが悪く、へたり込んでしまった生徒もいる。これは怯え、恐怖だろうか。私たちは傲慢だった。モンスターをいつだって狩る側だと、知能があるとはいっても、少しだけ知恵が回るくらいだとか、あれだけの惨劇があったのに、私たちは必死に目を逸らしていたのだ。


 意外にもモンスターたちが突撃してくることはなく、密集隊形でゆっくりと距離を詰めてくる。


「魔術が使える!」


 後方にいたウィザードの一人が叫ぶ。魔術の妨害がない! それは朗報だった。魔術が問題なく使えるのであれば、近接戦闘が得意な亜人系のモンスターたちに負けることはないはずだ。加えてモンスターは密集している。


「よし! ウィザードは全員、最大火力用意! カウント十!」


 私たちのパーティの小夏(こなつ)ちゃんも弥生(やよい)ちゃんの補助を受けながら、最大火力を準備し放つ。


『炎槍!!』『火玉!』『水槍!!』『風刃!!!』


 色とりどりの魔法がモンスターたちに殺到する。


「グオオオオオオーーー」


 モンスターたちが動かなかった。ただ敵指揮官が魔剣を掲げ、咆哮しただけだ。それだけで魔術が掻き消える。溶けるように、夢幻だったようにあっけなく消える。


 敵指揮官が再び咆哮し、突撃を再開、モンスターたちは亡くなった生徒の力任せに魔剣を振りおろしてくる。モンスターの魔剣は魔力が込められ、圧倒的な破壊力を持って私たちを蹂躙する。なぜ相手の魔剣は魔力を込められるのか。こっちも今は込められる。考えなければ、考えなければ。


 魔術の妨害は常時じゃなく、回数に制限があるのか。敵味方の区別ができるのか。再度、敵指揮官の咆哮、魔剣に込めた魔力が抜けていく。


「咆哮で! 魔術の妨害を指示してる!」


 (しずく)ちゃんが気づき、周りへ伝える。指示ということは魔術の妨害をするモンスターは別にいる。正面から突撃してくるモンスターたちは除外していいだろう。いるならどこに、私たち含め効果範囲に収めるのであれば、よほど近くにいるはずだ。視覚と聴覚を最大限強化する。見つけた。天井に何かがいる。洞窟の色に溶け込むように天井に張り付いている。形状はウミウシが一番近いだろうか。背中に小さな殻を背負っている。


「天井!」


 山城(やましろ)先生や他のパーティも天井にいるウミウシを認識したが、余裕もなく、遠距離の攻撃手段である魔術は消えてしまう。高い天井に届かせる方法は一つ。


「レオ! 私を飛ばして!」


「なっ……面白い! 行ってこい!」


 さすがのレオくんもその提案には驚いた様子だったが、すぐに意図を理解してくれたようで、レオくんは魔剣の側面を使い、私を天井に向け撃ち出す。体格に恵まれない私だったがこのときばかりは役に立った。


 ウミウシは驚いたように蠢き、保護色だった黒色を解除する。白と赤の混ざったマーブル模様で、私は優菜(ゆうな)ちゃんが亡くなったときを思い出し、魔力の強化が途切れてしまう。ウミウシが触角をこちらに向けて伸ばし、迎撃の構え。再度強化を行うが、接触までに最大火力を叩き込むことはできないだろう。取り返しのつかないミス、自分が嫌になる。こうなった以上刺し違えてでも、せめて地面に叩き落す!


 触角が私の頬を掠めていく。魔剣をただ真っすぐウミウシに突き刺す。勢いがあったおかげか深く刺さるが、重要な臓器を外した。しかもウミウシは天井に張り付いたままで、触角を再度こちらに向けて放ってくる。


 結局、何もできなかった。心の弱さが露呈してしまった結果だ。動揺し勝機を逃してしまったのだ。


「諦めるな!」


 稲妻が走り、触角を切り刻む。鳴神メイちゃんだった。どうやってこの天井まで……いやそんなことはどうでもいい。メイちゃんの作ってくれたこの好機、逃したら一生顔向けできない! 予備の剣でウミウシの魔力が集中している部位に突き刺す。片腕の筋力では足りない。魔力の消費を惜しむことなく、全力で足に魔力を込め何度も何度も剣を蹴り込んでいく。三度目の正気とはよくいったもので大事なものを砕いた感触があった。

 ウミウシは怒りを表すように一瞬身体を黒く染め上げたが、力尽き抵抗はそれだけだった。ウミウシと共に私も落下していく。この高さからの落下だ。私もただでは済まないだろう。わずかばかりの魔力を使い衝撃を最小限に抑えなければならないと身構えていたが、(しずく)ちゃんが上手く衝撃を緩和し、受け止めてくれた。


「無茶しすぎよ」


「ごめん」


 (しずく)ちゃんに叱られるのは久しぶりだったけど、今はそれが嬉しい。いけない。まだ戦闘は続いている。


「ゴアアアアアア」


 敵指揮官の咆哮は怒り一色で、我を忘れたように吶喊、突撃を敢行する。それを阻むは頼もしい山城(やましろ)先生だ。


「よくやった! 魔術の妨害はもうない! 押し返せ!!!」


 全体に号令を掛けつつ、敵指揮官に一撃を畳みこむ。怒りで隙ができていた右肩から左わき腹まで大きく切り裂く。魔術の妨害をしていたウミウシと、敵指揮官に大きなダメージを与えたことにより、モンスターたちは浮足立つ。


「ここで仕留めるぞ!」


 もう勝てると、この場にいるみんなが思ったはずだ。一度私をねめつけてきた敵指揮官が大きく後退し、手に持っていた魔剣を噛み砕く。ついでと言わんばかりに周りにいたモンスターと魔剣を砕き、呑み込んでいく。膨大な魔力の奔流を肌で感じながら敵指揮官が大きく、二回りほど膨張し、額からは巨大な角が一本生えてくる。さらには全身の至る所から蒼白い炎が噴き出し、この空間を侵食していく。付近の味方であるはずのモンスターをも燃やし、焼き尽くしていく。


「……総員撤退しろ。こいつは俺が殺す」


 いくら国から認められたAランクの聖騎士である山城(やましろ)先生であっても、周囲を焼き尽くす、あの一本角に一人では勝ち目はないだろう。


「先生! 一人で残るなんて!」


「いいからお前たちは撤退だ。最後まで守れなくてすまない」


 よくよく観察すれば先生の右足はひしゃげて切れかかっている。決断するしかない。先生と共に一本角と戦うか、先生を置いて撤退するかを。


「撤退するわよ」


「本当にいいの? 先生なしでこれから」


 (しずく)ちゃんの判断は先生を置いて撤退、小夏(こなつ)ちゃんの確認にも判断は変わらないようだ。


「それでいい。それとここは『悪夢迷宮』(ナイトメア)だ。最下層の階層主を倒せ」


 最期に見た私たちは見る山城(やましろ)先生の表情は、厳しくも温かみのあるあの顔は、まるで父親のようであったと今では思う。

 私たちパーティが一番最初に撤退を開始する。それにつられるように他のパーティも撤退を選択していく。何度も振り返りながら、蒼白い炎に包まれながらも、一本角と死闘を繰り広げるその姿を、目に焼き付ける。もう二度と会えない勇姿を私は忘れない。


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