別れ
突然ゴォーと風が吹き抜ける音が聞こえた直後
「総員! 警戒いいいい!!!」
五十嵐先生の山城先生より、声が高い、焦ったような上擦ったような声が聞こえた。正面の通路から大きな戦闘音が聞こえてくる。
そのときはわからなかったが、先ほどの音は五十嵐先生の風の結界が解除された音であったことを後に思い至る。
気を抜いていた。先生の結界、索敵や警戒をしていた生徒もいる。それでも多くの者は気が緩み、ちょっとしたピクニックの最中ににわか雨が降ったくらいの感覚で――
黒い、漆黒の大鬼がすぐ傍に立っていた。結界の解除と同時に背を屈めて、左側の通路からぼろ布をまとって忍び寄っていた。休憩している生徒を狙ったのか、単に乱戦を狙い、人の集まっている場所ならどこでもよかったのか。
漆黒の大鬼が優菜ちゃんに棍棒を振り下ろしてくる。
「任せて! 『障壁』」
優菜ちゃんは無系中位魔術『障壁』を展開し、攻撃に備える。間近で見ていた私にも魔力が集まり、『障壁』が展開され、十分に棍棒の一撃を防ぎうる強度を有していると判断。まさに緊急時の対処として完璧なものだったといえる。
棍棒が『障壁』に触れる寸前に消えなければ、私の準備していた一撃を持って、大鬼は討伐することができたはずだ。
『障壁』は上部から溶けるように、消えていく。なぜ、とさえ思う暇さえなかった。優菜ちゃんも想定外の事態に思考が追い付いていなかったと思う。直後、棍棒は優菜ちゃんの頭を叩き潰し、その勢いのまま上半身まで真っ二つ、というにはグチャグチャで、世界を血と骨の赤白の二色に染まる。周辺では同じような惨劇が再現されていたのだろう。私はその後、数分間の記憶は抜けていたが、いつの間にかパーティメンバーに囲まれていて、口の動きから話し掛けられているとは思うのだが、上手く聞き取ることができない。
「・・―・・―・ろ! コト!」
小夏ちゃんのびんたでようやく耳が聞こえるようになった私は、周囲を確認する。
みんなが目元を潤ませ泣きそうにも見える目でこちらをみている。
「琴乃。今は生きることだけを考えて」
厳しい言葉だったけど心配している表情を隠せていないよ……雫ちゃん。
「それと……持っているものは仕舞いなさい」
持っているもの? 今は何も……優菜ちゃんの腕だった。無意識のうちに拾ったらしい。もしくは私は手を放していなかったのだろうか。
「『収納袋』に入れなさい。多分入るから」
『収納袋』は生きている人間やモンスターを入れることはできない。例外として死体であれば入れることができる、そう雫ちゃんは言っているのだと。辛そうに、でも耐えるように私に時間を使っている。この惨劇が私だけに起こったこととは思わない。当然、私にとって大切な人が亡くなったように、みんなも大切な人を亡くしている。そんな状況でこれ以上駄々をこねている時間はない。
私はできるだけ丁寧に『収納袋』に優菜ちゃん腕を仕舞う。仕舞えてしまう。
「……索敵開始」
役目を果たす、それ以外考えている時間はない。パーティの目は私なのだから――
◇◇◇◇
撤退とはお世辞にもいえないような、逃走だった。周りの混乱しているパーティを見捨て、統制のとれている理性的な動きをしている集団を探し、合流する。正面通路付近にいた先生たち周辺はちょうど混乱が収まりつつあった。
「異常事態発生! 撤退する! 交戦はするな!」
頼もしい声が聞こえる。山城先生は無事のようで安心する。他の先生方はどこだろうか。
「この場にいる者のみで撤退を開始する! ついてこい!」
周囲には私たちを含め三十名弱といったところ、バラバラに逃げ回っている生徒も複数確認できたが、救助する余裕はなく、見捨てていく判断を下す。動揺がなかったといえば嘘になる。何人かからの「助けにいきましょう」という声に心が揺れたのは許してほしい。一つのパーティが救助に動いていく姿を、私は必死に目を逸らし、一部包囲が薄い部分に向け突撃を開始した。
山城先生が大盾を使い敵を轢きながら、強引に道を作る。私たちは隙間を縫うように走る。包囲を抜けた頃を見計らい進言する。
「先生、私が索敵します。他にも何名か選んでください」
山城先生は索敵は苦手なはず、いつもは五十嵐先生か隣クラスの副担任が担当していたはずだ。ここにいないということは、そういうことなのだろう。役目が欲しかった。考えてはいけない。
「頼む! あと千堂! お前もだ!」
隣クラスのスカウトだろう。千堂くんと先頭をいく。
戦闘の音が聞こえなくなるほど、遠くへ。私たち以外が何もいない場所へ。
「天羽! 千堂! 止まれ! ここでいい」
長い通路の途中だった。人数が減ったことでこんな通路の途中でも、全体を把握できる。
「今のうちに状況を連携する。質問は各パーティリーダーのみだ」
回復薬を飲んでいる山城先生の姿を確認すると左目も潰れ、右胸部と左わき腹付近の鎧はへこみ、出血の痕跡が見て取れた。
「状況は非常に悪い。拠点では『風王結界』が突如解除された。その後、正面通路からモンスターの大群が出現したと同時に別口から側面攻撃を受け、壊滅的被害を受けた。まず結界が解除されたのは何らかの魔術を妨害する手段を行使されたと推測できる。」
魔術の妨害、優菜ちゃんの『障壁』も消えてしまったことから、先生の推測は正しいのだろう。他にもみんなの報告をまとめると、身体の内側にかける肉体強化についても影響がないようだが、武器や防具に付与した魔力は大幅に効果を失ったようだ。
「さらにモンスターの動きから、知能があることが推測される。そして指揮官もいる。魔術の妨害、指揮官ともに『異名持ち』だろう」
魔術の妨害をするモンスターや知能のあるモンスターは聞いたことがない。通常のモンスターは人間を見ると本能のまま襲い掛かってくるのが常識で、受け入れがたい事実を突きつけられている。
『異名持ち』はそういった特殊な異能を得ている者や知能が異常に高いものが国に報告され与えられる。
「魔術の妨害と知能あるモンスターが指揮官、以上二点は確定事項をして扱う。戦闘は極力避ける。迷宮からの脱出のために特に致命的な魔術の妨害については、対抗手段を何としてでも探す。意見があれば受け付ける」
「逃げ回るってことか」
「ただ殺されるところ、見てることしか」
「後衛型は役に立たないよな」
「……もう嫌」
「夢?」
「何もできなかった」
「先生たちは何やってたんだよ!」
「こんなところに連れてきやがって」
窮地を脱したからか、理性的な集団と思えた人たちも、脆いものだった。私自身もそうだ。今も必死で索敵という役目に没頭することで、何とか普段通りに振舞えている。
「非難は帰ったらいくらでも聞いてやる! よし! 移動するぞ!」
先生も辛い、声を上げた生徒も感情の折り合いのつけ方がわからなかっただけだ。先生に当たりたかったわけではなかったと信じたい。
亜人系統のモンスターとの散発的な戦闘はあったが、魔術の妨害をしてくることはなく、戦闘はあっさり終わる。
その事実から魔術の妨害は、常に使えるわけではないと推測された。
戦闘は避け、出口を探し彷徨い続け、どれくらいが経ったのだろう。みんなの疲労も濃く、口数は少ない。私もほぼ索敵のために先頭にいるせいでパーティのみんなと会話ができていない。
いくつか階段を下り、少しずつではあるが出口に近づいていると、自分に言い聞かせ、歩みが止まらないように、心が折れないよう歩み続ける。先生が下に下る選択を指示しているのは、『悪夢迷宮』の噂は真実だったのか。しかしいつまでの進み続けることはできない。どこかで睡眠をとる必要がある。できる限りあの惨劇の戦場から離れはしたが、知能のあるモンスターであれば追ってくるかもしれない。眠れば次目覚める保障なんてどこにもなかった。
久しぶりにパーティのみんなの近くに来れた。お疲れ様と労いの言葉をもらい合流する。時間はない。すぐに眠って備えなければならない。
「お願いがある。みんなでくっついて眠りたい」
私の我儘である。一緒に眠ることに抵抗がある人は多い。男女の問題もある。
「……仕方ないわね」
雫ちゃんが折れてくれて
「それがいいな」
小夏ちゃんは肯定してくれて
「私も、お願い」
弥生ちゃんは恥ずかしそうに
「僕もかい?」
陸くんは遠慮がちに
「パーティだからな!」
レオくんは笑顔で応えてくれた。
今回が最後の睡眠かもしれない。それでもみんなと寝られるなら、もう目覚めなくていいかなって。
(´;ω;`)




