悪夢
隣クラスと合同で『天樹迷宮』下層に長期間滞在し、回復薬の素材を収集する。迷宮での長期間滞在訓練だった。今後、騎士養成学校を卒業すれば、難易度の高い迷宮にも潜ることになる。規模やモンスターの強さが難易度に比例し、滞在期間も伸びる。今後のためにも必要な訓練ではあったはずだ。
山城先生が全体指揮を担当。五十嵐先生や隣クラスの先生、生徒全員合わせて総勢八十四名の大所帯である。
上層、中層と問題なく踏破し、下層で予定されていた滞在期間の一週間も大きな問題はなかった。
それは下層からの帰還の道すがら、休憩に適した開けた空間であり、先生方も同様な判断を下したのだろう。
「総員!」
そこで言葉は途切れた。地面が光っている。赤く、赤く、全員がすっぽりと収まるサイズの魔術の陣。誰も動けなかった。先生方は恐らく退避の命令を出そうとしたと思う。ただ遅かっただけだ。この大広間に着いた時点で手遅れだったのだと……
先ほどまで立っていた場所とは景色が違った。緑が多かった『天樹迷宮』とは違い、壁も地面も光を通さぬ、漆黒に染まっている。
「傾注! 転送トラップと推定! 全周警戒!」
不幸中の幸いと言うべきか、転送でバラバラになるといったことはなく、先生、生徒含めこの場に全員いるようだ。山城先生の指示の元、警戒しつつパーティメンバーの様子を伺う。一番動揺しているのは弥生ちゃん、次に小夏ちゃん、レオくんの順、いざという時の優先順位をつけつつ、警戒していたが、何分経っても敵が出現することはなかった。状況の整理と今後の方針を決めたのであろう山城先生より行動指針を示した。
「敵の姿を確認できないのは不気味だ。拠点に適した地形まで移動し、どのような敵がいるか、迷宮の難易度を推測する。戦闘は我々に任せろ」
頼もしい宣言を聞きつつ、移動を開始。不安の声は所かしこから上がっていたが、山城先生の宣言を聞き、落ち着きを取り戻したようで、さすがは騎士養成学校の生徒たちといったところか。
近くにいた私たちパーティには聞こえてしまったが、ぼそりと「……『悪夢迷宮』かもしれん」と、先生にしては珍しい陰りのある表情で――
拠点はある程度敵の侵攻方向が限定でき、かつ退路も確保できれば素晴らしいが、そうそう都合のいいところはない。特に未探索の迷宮ではいつまでも彷徨い続けるのは体力の消耗の激しく、ある程度で妥協し、決断を下さねばならない。結果的に三十分ほど彷徨い、少し狭く正面に二つの道、左側面にが一つ通路が開けている空間を選定した。三つの通路を警戒しなければならないが、生徒主体のローテーションとウィザードの五十嵐先生の風系上位魔術『風王結界』で防衛を固める。
五十嵐先生の『風王結界』は、触れた敵を切り刻む効果があり、『天樹迷宮』に出現するモンスターであれば瞬殺でき、彼がいるだけでその場が砦の如く、安心できる場を形成する。生徒全員も結界が張られたことにより、精神的な支柱にもなった。
五十嵐先生は拠点の防衛、山城先生、隣クラスの先生は周辺の確認と役割分担し探索へ向かう。その後の情報を合わせると出現モンスターは亜人系統であることが発覚、主に小鬼や大鬼が出現し、稀に半魚人が出現したことから水場があることも推定された。
私たちパーティメンバーの休憩時間になり、食事をとる。
「現状を整理するわ。私たちは転送トラップに引っ掛かり、『天樹迷宮』より数段上の迷宮に転移してしまったこと、転送トラップがなぜあったかは不明。出現モンスターは群れでなければ私たちパーティでも討伐可能なこと、救助の見込みは今のところないわ」
雫ちゃんが状況整理してくれたが、出現モンスターはそこまで強くないこともあり、パニックにならなければ自力での脱出が叶うはずだ。
「先生が呟いていた『悪夢迷宮』ってなんでしょうか」
弥生ちゃん言う通り、そのような迷宮は知らない。
「『悪夢迷宮』って都市伝説のやつじゃん」
「俺も話には聞いたことはある!」
都市伝説の一つに『悪夢迷宮』というものがある。
曰く、人の悪意で生まれた迷宮である
曰く、生きて帰ったものはいるが、遠からず呪い殺される
曰く、最下層にいる階層主を倒すまで帰られない
陸くんやレオくんたち男子の間では、都市伝説で盛り上がったことがあったらしく詳しく教えてくれた。
「そんな都市伝説信じているの?」
「実際に今、いるじゃねえか!」
「ここがそうとは限らないでしょ」
周囲で話を聞いていたクラスメイトも参加し、肯定派と否定派で議論が始まってしまった。さっきまで張りつめていた空気が霧散し、非日常を楽しむような浮ついた空気に嫌悪感を感じ、私はその輪から外れ、優菜ちゃんを探していた。同じ休憩時間だったはずなので、少し話したいなと思っていたのだ。
「優菜ちゃん、今いい?」
「大丈夫よ。大変なことになっちゃったね」
「本当に、でも先生たちも動いてくれているし大丈夫だと思う」
「そうね。未探索の迷宮で時間はかかるかもしれないけど、帰れるよね」
優菜ちゃんの右隣に座り、そっと手を握る。恥ずかしながら不安で人恋しかったのである。優菜ちゃんもきゅっと握り返してくれて、私たちは笑いあった。帰ったら何をしようとか、また一緒に遊びに行こうとか、不安を消したくて、いつもは口数の少ない私がいっぱいいっぱい話していた。そんな私の心情は優菜ちゃんに見抜かれていたと思う。優しい目で、仕方がないなという目で私を見つめてくれていた。




