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流転の國 vol.7 〜幻と記憶が交差する宙色の物語〜  作者: 川口冬至夜


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第七十一話 秘密の計画

「…そう。分かったわ、使い魔さん。…これをヒカル殿に届けて頂戴」

その日、久しぶりにヒカル王から首脳会談を開きたいという内容の書状が届いた。彼の使い魔である白い鳩はマヤリィから返事をもらうと、再び桜色の都へ向かって飛び立った。

「姫、さっきの話は本当なんですか?」

使い魔を見送った後で、ジェイが訊ねる。

ちょうどシャドーレの話をしていたところだったのだ。

「ええ、本当よ。今のシャドーレはルーリの存在を完全に忘れているわ」

ルーリは『マヤリィ様の切り札』と呼ばれる流転の國の国家機密。

本人も「流転の國以外に私の存在を知る者はひとりとしてございません」と断言するほどである。

とはいえ、シャドーレはかつて流転の國の仲間だったし、書物の魔術師ミノリが嫉妬するほどルーリと親しかった。

「姫、なぜですか?」

ジェイは納得出来ない様子でマヤリィに問う。

「なぜ、そこまでしてルーリの存在を隠そうとするんですか?流転の國を完全に元通りにする為に、彼女が女王を務めていた頃の記憶を桜色の都国民から消したのは理解出来ます。でも…シャドーレはルーリと仲が良かったんですよ?」

マヤリィが女王に復帰する際、ヒカル王を含む全ての桜色の都の住人の脳内から「ルーリ」に関する記憶とその存在を消し、他にも必要に応じて『記憶改竄』を行ったことはジェイも知っている。しかし、シャドーレの記憶まで『操作』していたとは思わなかった。

「貴方の言う通り、ルーリはシャドーレと親しかったわ。けれど、これは彼女が流転の國に戻らないと言った時に決定したことなのよ。…だから、貴方もヒカル殿やシャドーレと話す時は気を付けて頂戴。いいわね?」

マヤリィは有無を言わさぬ態度でそう言った。

「はっ。畏まりました、姫」

結局、なぜルーリの存在を隠しているか、という質問には答えなかったマヤリィ。ジェイは不思議に思ったが、珍しく厳しい顔を見せるマヤリィを前にしては黙るしかなかった。


「ご無沙汰しております、マヤリィ様。本日はお越し頂き、ありがとうございます」

マヤリィとジェイが『長距離転移』すると、ヒカル王が直接出迎えた。

「お久しぶりね、ヒカル殿。それに、シャドーレも」

「はっ。マヤリィ様にお目にかかることが出来て光栄にございますわ」

ヒカルの後ろに立っているシャドーレがお辞儀する。

「ジェイ様もお変わりありませんか?」

「はい。私も流転の國の皆も変わっていませんよ」

「それは何よりですわ」

《ジェイ、気を付けなさい》

流転の國の皆、というワードに引っかかったのか、マヤリィから『念話』が飛んでくる。

《はい。うっかり話題にしないよう気を付けます》

その後、二人で話したいというヒカル王の意向で、ジェイとシャドーレはしばらく別室で待機することになった。

「では、参りましょうか。ジェイ様、こちらですわ」

ジェイは長身の黒魔術師に導かれて、別室へと移動した。


初めてシャドーレに会ったのも、桜色の都の王宮のこの部屋だったな、とジェイは思い出す。

「ジェイ様、ミノリ殿はご息災でしょうか?今も書物の魔術師として活躍されていますの?」

他人行儀にシャドーレが言う。

「ええ、勿論です。彼女の魔力は汎用性が高いですから、何かと便利ですよ」

そう言ってジェイが微笑む。

「シャドーレ殿は『クロス』の特別顧問を務めていらっしゃると伺いました。それに、レイヴンズクロフト家を継がれたとか」

「ええ。現在『クロス』の隊長を務めている男を婿養子として迎えたのですわ」

「婿養子…?」

「私の夫で、名をウィリアムと言いますの」

「えっ!?シャドーレ、結婚したの!?」

そこまで聞いてなかったジェイは驚きのあまり、彼女が流転の國にいた頃の言葉遣いに戻ってしまった。

「あら、ご存知ありませんでしたか?」

「マヤリィ様も知らないかも」

「…そうでしたか。陛下にはご報告申し上げたのですが、流転の國にも私から直接ご連絡するべきでしたわね」

今は『長距離念話』も出来なくなってしまったので、両国が書状を交わすには使い魔が頼りである。

「シャドーレ。凄く遅くなっちゃったけど、結婚おめでとう。君が桜色の都で幸せに暮らしてるなら僕も嬉しいよ」

「ジェイ様、ありがとうございます…!」

シャドーレは嬉しそうに微笑む。

会うのは本当に久しぶりだが、彼女の美貌は全く変わっていない。

ジェイとシャドーレは首脳会談が終わるまで、途切れることなく会話を続けていた。


「畏れながら、マヤリィ様。少しお時間を頂けないでしょうか…?ご相談申し上げたいことがございますの」

会談が終わった後、シャドーレはマヤリィを呼び止めた。

「ええ、構わないわ。ヒカル殿にはもうご挨拶したから…」

マヤリィはそう言いかけて少し考える。

「…そうね、今から貴女のお邸に行ってもいいかしら?」

「私の邸…にございますか?」

「ええ。貴女の相談の内容は、そこにいる人と関係があるのでしょう?」

(姫がまた記憶を視てる…)

一時、幻系統魔術しか使えなくなったマヤリィは、今でも時々人の記憶を『視る』ことがある。

「はい、その通りにございますわ。私の邸にいるメイドのことですの」

「…それは、前にここで貴女と話していた時に挨拶したミノリさんのことかしら?」

「はい。大変畏れ多いことにございますが、彼女の為に、マヤリィ様のお力をお借りしたいのです」

シャドーレはミノリ嬢のこととなると押しが強い。

「分かったわ。では、これから貴女のお邸にお邪魔するわね。…ジェイは先に帰りなさい」

《私がまだ桜色の都にいる理由に関しては、適当に誤魔化しておいて頂戴》

《畏まりました、姫》

最近のマヤリィは隠し事が多い上に『記憶操作』を簡単に発動するので、ジェイはそれが少し怖かった。

「『長距離転移』は使えるわね?」

「はっ。問題ございません」

ジェイはそう答えると、

「それでは、マヤリィ様。お先に失礼致します。…シャドーレ殿、本日はお会い出来て嬉しかったです。どうか、末永く幸せにお過ごし下さい」

笑顔でシャドーレに挨拶する。

「ありがとうございます、ジェイ様。またお目にかかれる日を楽しみにしておりますわ」

シャドーレは美しい所作でお辞儀する。

「…では、私達も行きましょうか」

ジェイを見送った後、マヤリィはシャドーレの記憶を頼りに、新しいレイヴンズクロフト家に『空間転移』するのだった。


「あ、貴女様は…!マヤリィ様にございますか…!?」

いきなり部屋の中に『空間転移』の魔法陣が現れたと思ったら、かつて一度だけお会いした麗しき女王様が立っていた。

「ごきげんよう、ミノリさん。突然お邪魔して悪いわね」

「と、とんでもございません…!お会い出来て光栄にございます!」

ミノリ嬢は頭を下げると、これはどういうことなのかとシャドーレを見つめる。

「ミノリ、今日マヤリィ様に無理を言ってお越し頂いたのは、この間話していたことをご相談する為ですわ」

「それは…私の魔術適性のことにございますか?」

ミノリ嬢は雷系統魔術の適性を持っているが、訓練中に魔力事故を起こして以来、魔術は一切使っていない。

シャドーレは頷くと、マヤリィの前に跪く。

「畏れながら、マヤリィ様。ミノリは魔力事故以来、一度も魔術を使っておりませんし、恐らく今後も使うことはないでしょう。…そこで、魔術適性を手放す方法はないものか、貴女様にご相談申し上げたいと思った次第にございますわ」

「…成程ね。確かに、数ある魔術適性の中でも雷系統は特に危険な魔術に分類されるわ。使わないとはいえ、そんな適性なら手放したいと思うのは当然よね」

その時、マヤリィはルーリとシロマが行ったという『魔術適性の交換』を思い出した。しかし、あんな大変な方法を取らなくても、今のマヤリィにならば『魔術適性』を取り上げることくらい簡単に出来る。

「けれど、一度手放してしまったら、貴女はもう二度と魔術を使えなくなる。それでも良いと言うのかしら?」

マヤリィはミノリ嬢の目を見て話す。

「雷系統魔術は言うまでもなく攻撃魔法よ。つまり、適切な訓練を経てきちんと習得すれば、国の危機を救う為の力となる。そういう意味では、黒魔術と存在意義は同じね」

自分に黒魔術の適性があることを願い、叶うならばシャドーレに教えを請いたいと思っていたミノリ嬢。

「…とはいえ、この国に教えられる人がいない以上、険しい道のりになることは間違いないでしょうけれど」

マヤリィ様、どっちを推奨してるの?

ミノリが困っていると、シャドーレが口を出した。

「畏れながら、マヤリィ様。彼女の代わりに、主人である私に決定権を下さいませんか?」

シャドーレは言う。

「これまでずっとミノリの傍にいて思いました。万が一にもミノリを脅かすことにならないよう、その魔術適性を取り上げる方法はないものかと、真剣に考えておりました」

「シャドーレ様…」

「勿論、努力次第で桜色の都の戦力となる可能性もあるでしょう。されど、ミノリに危険な道を歩ませたくないというのが主人である私の願いにございます」

マヤリィはそれを聞くと、改めてミノリに言った。

「ミノリさん、私は今すぐにでも貴女のご主人様の願いを叶えることが出来るわ。…それが貴女の願うことと同じだと良いのだけれど」

『宙色の耳飾り』が揺れている。宙色の魔力を使うべき時が迫っている。

「はい。わたくしの願いもシャドーレ様と同じにございます」

ミノリはマヤリィの前に跪いた。

「マヤリィ様、わたくしから雷系統魔術の適性を取り上げて下さいませ。二度と魔術が使えなくなっても、決して後悔は致しません。どうか、よろしくお願い申し上げます」

「…そう。それが貴女の出した結論ね」

マヤリィがそう言った瞬間、耳飾りが輝き始めた。

「では、始めましょう」

その後のことをミノリ嬢はよく覚えていない。


気付いた時には夜だった。

そこにマヤリィの姿はなく、シャドーレが心配そうにミノリを見ていた。

「わ、わたくしは……」

「ミノリ、ここは貴女の部屋ですわ。魔術適性を取り上げた後、一時的に意識がなくなるとマヤリィ様がおっしゃっていましたの。…もう大丈夫そうですわね」

「はい…」

ミノリ嬢は本来ここにあるべきものがなくなった感覚に陥っていた。

「最初は違和感があるかもしれないけれど、心配は要らないとのことでしたわ」

「はい…。ありがとうございます、シャドーレ様」

まだ少し意識が朦朧としていたが、安心したシャドーレが絶え間なく話し続けるので、ミノリもいつしか安堵の表情を浮かべていた。


「お帰りなさいませ、マヤリィ様」

マヤリィが流転の國に帰還すると、玉座の間にはルーリが待機していた。

「待たせたわね、ルーリ」

「とんでもございません、マヤリィ様。帰還された貴女様をお迎え申し上げるのは当然のことと心得ております。首脳会談のお伴をすることは叶いませんが、流転の國においては私が貴女様の第一の側近にございます」

ルーリは跪き、頭を下げる。

「そうね。貴女の言う通りよ」

マヤリィはそう言ってルーリを立たせると、何かを手渡した。

「マヤリィ様、これは『宝玉』にございますか…?」

「ええ。発動してご覧なさい」

「畏まりました。…では、失礼致します」

ルーリは言われた通りに『宝玉』を使い、そこに込められた魔術を発動する。

…が、何も起こらなかった。

「マヤリィ様、今の宝玉は一体…?」

ルーリは不思議そうに訊ねる。受け取った時は確かに何かが込められていると感じたのに、いざ発動してみると何も起こらなかった。

「…ふふ。ご苦労だったわね、ルーリ」

「えっ…」

「それを使えるのは貴女しかいなかったのよ」

ルーリは何が何だか分からなかったが、マヤリィが微笑んでいるのを見て、安心した。

「マヤリィ様。貴女様のお役に立つことが出来ましたならば幸いにございます」

「ええ。貴女のお陰で計画は完遂したわ」

(…そう。私が宙色の魔力を使ってノーリスクで『雷系統魔術適性』の宝玉を作り出し、同じ適性を持つ貴女に無効化してもらう。…という計画をね)

ルーリとシロマが『魔術適性の交換』を行った際はそれなりに大変だったし危険を伴ったが、宙色の魔力を持つマヤリィにしてみれば、ミノリ嬢から魔術適性を取り上げ『宝玉』に移す作業など容易いことだった。その場を見ていたシャドーレでさえマヤリィが何の魔力を用いたか分からなかったほど、一瞬で終了した。

「身体に負担はかかっていないけれど、一時的に意識がなくなってしまうの。目が覚めるまで、傍にいてあげて頂戴」

マヤリィはシャドーレに訊ねる隙を与えず、違和感を感じることがあっても心配は要らないと言い残して、すぐに『長距離転移』してしまったのだ。

そして、流転の國に帰還後、同じ適性を持つルーリに『雷系統魔術適性』の宝玉を発動してもらえば、彼女の力でそれを無効化することが出来る。一度しか使えない宝玉の性質を活かして、マヤリィはミノリ嬢の魔術適性を完全に消し去ったのだ。


数日後、一通の手紙がシャドーレ邸に現れた。

使い魔が運んできたのではなく、手紙が『空間転移』したかのようにその場に出現したのだ。

しかも、それを開いてみると音声が流れ始めた。マヤリィの声だ。邸には誰もいなかったので、とりあえずひとりで聞くことにした。

「シャドーレへ。先日は言い忘れたけれど、あの件に関してはヒカル殿にも話していないの。だから、貴女も黙っていて頂戴。…よろしく頼むわね」

シャドーレがマヤリィの言葉を聞き終えると、手元には白紙の便箋が残され、一瞬だけ「返信不要」という文字が浮かび上がったかと思うと、封筒ごと消滅してしまった。

「マヤリィ様…」

その時、シャドーレはマヤリィがとても遠くにいることを痛感した。流転の國にいた頃は玉座の間に行けばお目にかかれた御方だが、今となっては気軽に会うことも出来ない。今回だって、陛下が王宮に呼んでくれなければ会えなかった。

「ミノリが帰ってきたら、手紙の内容を伝えなければなりませんわね…。でも…せめてもう一度マヤリィ様のお声が聞けたらよかったのに…」

レイヴンズクロフト公爵夫人はそう呟いた後、流転の國で出会った人々と在りし日の出来事に想いを馳せるのだった。

…しかし、その思い出の中にルーリはいない。

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