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流転の國 vol.7 〜幻と記憶が交差する宙色の物語〜  作者: 川口冬至夜


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第六十五話 別れ

「ヒカル殿。此度は本当にお世話になりました。私の配下達を保護して下さって、どうもありがとう。このお礼はまた改めてさせて頂くわね」

マヤリィはそう言ってお辞儀する。

ヒカルはその美しい所作に見とれながら、

「もう帰ってしまわれるのですか?…せめて、今夜は我が国でゆっくりなさってはいかがでしょう?」

まだマヤリィと一緒にいたいと思った。

彼はいつもこうだ。年上の美しい女性に弱い。

「お気持ちは嬉しいのだけれど、流転の國には私を待っている者達がいるの」

「そ、そうですよね…。貴女様が帰られれば、流転の國の方々もさぞかし喜んでくれることでしょう」

ヒカルはそう言うと、シャドーレの方を見た。

シャドーレも、ヒカルの方を見た。

何が言いたいかはもう分かっている。

「畏れながら、マヤリィ様。少しだけ私にお時間を頂けないでしょうか?…お話したいことがございますの」

それを聞いたミノリは予想の範囲内だったとはいえ、複雑な表情を浮かべた。

「…そうね。私も貴女とは話さなければならないことがあると思っていたわ。…ミノリ、クラヴィス、少し待っていてくれるかしら」

「はっ。畏まりました、マヤリィ様」

ミノリは動揺を押し隠して、頭を下げる。

「では、すぐに貴賓室までご案内します。…待っている間、クラヴィス殿とミノリ殿はもう少し私とお話しませんか?」

「はい…!私もぜひ陛下とお話させて頂きたいと存じます」

ヒカルの言葉に、クラヴィスは嬉しそうに答える。

そして、案内された部屋でマヤリィはシャドーレと向き合うのだった。


「シャドーレ、また貴女に会えて嬉しいわ。…あの日貴女に助けてもらったというのに、きちんと挨拶もせず姿を消してしまったこと、申し訳なく思っているわ。本当にごめんなさい」

「マヤリィ様、私などに謝らないで下さいませ。貴女様を保護させて頂いたのは配下として当然のことにございますわ。あの日、流転の國の皆様は完全に水晶球に支配されておりましたから」

シャドーレは言う。

「水晶球の暴走に関しては私もミノリから少し聞いただけですので詳しくは存じ上げませんが、それが全ての元凶となったことは間違いないようでございますね」

「ええ。そして、水晶球の脅威が去った後も、私は禁術に縛られて長らく『宙色の耳飾り』を手にすることが出来なかった。…私が貴女の邸を出なければならなかったのは、その禁術がすぐ近くまで迫っていた為よ。他に方法が思い付かなかったの」

マヤリィ様、また嘘の説明してる。

「…そうだったのでございますね。私が近くにいたにもかかわらず、結果として貴女様を守ることが出来ず、申し訳ありませんでした」

いつの間にかシャドーレはマヤリィの置き手紙の存在を忘れていた。

「…では、本題に入りましょう。貴女が話したいのは私の禁術の詳細ではなく、貴女の今後に関することよね?」

「はっ。その通りにございますわ、マヤリィ様」

シャドーレは悲しそうな表情に変わる。

「貴女様がいらっしゃらない間、私は『クロス』の特別顧問を務めたのち、隊長に任命されました。それだけでなく、様々なことがありましたの。例えば…」

その時、ドアをノックする音がした。

「どうぞ、入っていらっしゃい」

マヤリィが返事をすると、遠慮がちにドアが開く。

「失礼致します。流転の國の主様、シャドーレ様」

「ミノリ…!」

現れたのは、シャドーレの邸のメイドであるミノリ・アルバ男爵令嬢だった。今はツキヨとともに王宮に来ていると聞いていたが、シャドーレがその姿を見たのは久々のことだった。

「畏れながら、お飲み物をお持ち致しました」

ミノリはそう言ってコーヒーを置くと、マヤリィの前に跪く。

「お初にお目にかかります、流転の國の主様。わたくしはミノリ・アルバと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます…!」

(傷痕が消えている…!)

ミノリ嬢は魔力事故で負った怪我を完治させる為にツキヨの治療を受けていた。シャドーレが知らないうちに傷痕は完全に消えたらしい。

「初めまして、ミノリさん。ご存知の通り、私は流転の國の女王。名はマヤリィよ。『宙色の魔力』を司る魔術師であり、ここにいるシャドーレの本来の主。此度は貴女にも心配をかけてしまってごめんなさいね」

実際はシャドーレの邸にいた頃、ミノリはマヤリィの顔を見ているのだが、その辺りの記憶が……まぁいいか。

「とんでもないことにございます!わたくしなどにそのようなお優しいお言葉をかけて下さるなんて…やはり宙色の大魔術師様は慈悲深き御方なのでございますね」

この時、既にミノリ嬢の脳内に「閃光の大魔術師ルーリ」は存在しなかった。雷系統魔術を自在に操る彼女の存在は、ミノリ嬢の頭から『消去』されたのだ。

ミノリ嬢だけに留まらず、桜色の都の住人も同じだった。彼等の認識は、マヤリィが譲位してルーリが女王になったのではなく、何らかの理由で「マヤリィ女王」が行方不明になった為に「代わりの者」が一時的に流転の國を支配していたというものに変わっていた。

マヤリィは若いミノリ嬢を可愛いと思いながら、つい言及してしまう。

「ミノリさん、貴女のその髪の毛…」

「は、はいっ!」

ミノリは何を言われるのかと身構えてしまったが、

「とても似合っているわ。私も刈り上げショートは大好きよ」

美しい笑みをたたえたマヤリィに褒められ、頬を染める。

「勿体ないお言葉にございます、マヤリィ様…!貴女様の御髪も…」

そこで初めてマヤリィの髪型をよく見るミノリ嬢。

「ええ。私も貴女やシャドーレと同じ。…ふふ、貴女とは気が合いそうね♪」

「マヤリィ様…!」

ミノリ嬢は麗しき断髪の女王マヤリィにそう言われ、嬉しいやら畏れ多いやらですっかり心を掴まれていた。マヤリィの方も、思いがけずショートヘアの可愛い娘が現れて嬉しくなってテンションが上がってそのヘアスタイルについて聞きたくなったのだ。

「貴女はどこで髪を切っているの?」

マヤリィはなおも話を続けようとする。

「はっ。わたくしは王都の理髪師様に切って頂いた後、少し前まで滞在していたエアネ離宮の近くの理髪店に行っておりました」

(ちょっと待って。その話、初耳ですわ!)

完全に話に乗り遅れたシャドーレに構わず、マヤリィは微笑む。

「そうだったのね。私はいつも側近に手入れさせているの。とても上手なのよ」

ジェイのことである。

「さようでございますか…!マヤリィ様の御髪に触れられるとは、側近の方が羨ましくなります…!」

「あら、触りたければ触っていいのよ?」

マヤリィがそう言うと、ミノリ嬢は耳まで真っ赤になる。だって、高貴な人の御髪に触れるなんて許されないことだもの。

「流転の國では、私が許したことは言葉通り受け取ってもらうようにしているの。桜色の都の常識とは違うかもしれないけれど」

そう言いながら、マヤリィはミノリ嬢に顔を寄せる。きめ細やかな白い肌がすぐ傍にある。

「で、では…失礼致します…」

ミノリ嬢はそっとマヤリィの髪に触れた。

細く柔らかく手触りの良い美しい髪だ。

「柔らかい…です……」

「ふふ、生まれつき軟毛なの」

二人が仲良く喋っているせいで、本題は一向に進まない。やっとそれに気付いたマヤリィは椅子に座り直す。

「ミノリさん、私コーヒーが大好きなのよ。有り難く頂くわね」

「はっ!勿体ないお言葉にございます、マヤリィ様!」

ミノリ嬢の方も、ようやく我に返る。

「では、わたくしはこれで失礼致します。何かございましたら、いつでもお申し付け下さいませ」

そう言って部屋を出るミノリ。

胸の高鳴りがいつまでもやまない。

(流転の國のマヤリィ様…。なんて素敵な御方なのかしら…)

シャドーレさん、このままだと貴女の可愛いミノリ嬢がマヤリィ様に連れて行かれますよ。

「話が脱線してしまってごめんなさい、シャドーレ。…彼女、とっても可愛いわね」

「はい、ミノリは私の邸でメイドとして働いてくれていたのです。彼女は都では珍しい雷系統魔術の適性を持っているのですが、訓練中に魔力事故を起こして顔に怪我を負ってしまい、それを治療して頂く為にエアネ離宮のツキヨ様を頼ったのですわ」

シャドーレが説明する。

「ツキヨ様とともに王宮に来ていることは知っていたのですが、私も会うのは久しぶりでした。酷かった傷痕もすっかり消えたようで、安心致しましたわ」

「それにしても、桜色の都の令嬢がショートヘアにしているなんて、思ってもみなかったわ。貴女の影響かしら?」

「…マヤリィ様には敵いませんわね」

そう。ミノリ嬢はシャドーレに憧れて断髪を望んだ。元々は貴族の娘に相応しい美しい長い髪の持ち主だったが、エアネ離宮に行く直前にシャドーレにお願いしてバッサリと切ってもらったのだ。

「しかし、エアネ離宮の近くの理髪店に行っていたことは初耳でしたわ」

桜色の都の女性が理髪店に行くなど、本来ならば有り得ないことである。…シャドーレの例があるからマヤリィは特に驚かなかったが、結構凄いことをやってのける娘だと思った。

「彼女、只者ではないわね…」

マヤリィは可愛らしいミノリ嬢の姿を思い出し、また会いたいと思うのだった。

シャドーレさん、このままだと貴女の可愛いミノリ(以下略)。


その後、桜色の都での今の自分の立場や、国を改革していこうとしているヒカル王の存在、父親の死によって和解した実家との関係などを聞いたマヤリィは訊ねる。

「…貴女の現在については分かった。その上で、聞かせて頂戴。貴女は桜色の都に留まりたいの?それとも、再び私が女王となる流転の國に帰ってきてくれる?…どちらを選んでも、貴女と私の関係は変わらないわ。そして、必ず貴女の選択を受け入れる」

「マヤリィ様……」

マヤリィならばきっとそう言ってくれるだろうと予想はしていたが、いざ選択するとなるとシャドーレは悩んでしまう。

マヤリィは黙って考えているシャドーレをしばらく見守っていたが、彼女の心を読んだかのように、

「何が一番貴女を迷わせているのかしら?…流転の國のミノリの存在?」

「っ……」

図星を突かれ、シャドーレは頷く。

「はい。マヤリィ様のおっしゃる通りにございますわ。ミノリと私は、貴女様から認めて頂いた恋人同士です。私の彼女への想いが変わることは決してありません。…されど、今の私には置いていくことの出来ない大切な人達がいるのです。…この桜色の都に」

自分を助け、支えてくれている桜色の都の人達の顔を思い浮かべながら、シャドーレは言う。

そして、結論を出す。

「畏れながら、マヤリィ様。今の私は流転の國に帰るわけには参りませんわ。…どうか、お許し下さいませ」

シャドーレはその場に跪き、深く頭を下げる。

マヤリィは少し間を置いてから、

「分かったわ。それが貴女の選んだ道なら、私は遠くから見守るだけよ」

そう言って微笑むのだった。


(シャドーレ、マヤリィ様と何を話してるのかしら…。っていうか、この間ヒカル様がおっしゃってたミノリ・アルバ男爵令嬢って誰なの!?)

やっぱり気になりますよね、流転の國のミノリさん。

ミノリが落ち着かない気持ちでいると、マヤリィが現れた。

「…ミノリ。貴賓室まで行ってきなさい。シャドーレが待っているわ」

その言葉で全てを理解したミノリ。

「はっ。畏まりました、マヤリィ様。お時間を設けて下さり、感謝致します」

ミノリはお辞儀すると、部屋を出てシャドーレの元へ向かった。

(シャドーレ。貴女は、戻ってこないのね…)

彼女が出した結論はもう分かっている。


ミノリが貴賓室に現れると、シャドーレは何も言わず彼女を抱きしめた。何もかも分かっているミノリは、背伸びして彼女の耳許でささやく。

「シャドーレ…愛してるわ」

「私だって…ミノリのことが大好きよ」

二人は抱き合ったまま、キスを交わした。

ともに過ごした日々が頭の中を駆け巡る。

「あの日の約束、守れなくてごめんなさい」

「…いいの。シャドーレがここで幸せに暮らしてくれるなら、それでいいのよ」

ミノリは言う。

「でも、ミノリのこと…忘れないでね」

「絶対に忘れないわ。忘れられるわけない…」

シャドーレは言う。

「いつまでも貴女を愛してるわ、ミノリ…」

「シャドーレ…!」

初めて会ったのは桜色の都の王宮だった。

黒魔術師と書物の魔術師。

とても友好的と言える第一印象ではなかったが、そこから二人の運命は始まった。

「今までありがとう…」

桜色の都で出逢い、流転の國で愛し合った二人は、互いの幸せを願いながら、笑顔で別れを告げるのだった。

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