第六十四話 桜色の都へ
その頃、ジェイは街外れのホテルに戻ってきていた。
…ミラーの姿で。
『永幻術』が解け、耳飾りが戻ってきた直後に流転の國へ『転移』してしまったので、フランシスやホテルの従業員が心配するかもしれない、とマヤリィが案じていたのだ。
それに、もうあの場所に戻ることはないのだからと、マヤリィはフランシスへの挨拶とチェックアウトをジェイに頼んだ。『宙色の魔力』を取り戻した今は、ジェイを「ミラー」の姿に『変化』させ、あの街外れのホテルに『長距離転移』させることなど造作もなかった。
ジェイは言われた通り、チェックアウトを済ませると、フランシスの店へ向かった。準備中の札がかかっていたが、ドアをノックするとすぐに彼は出てきた。
「フランシス、忙しいところに悪いわね」
「そんなことないさ。今日はひとりなのか?」
ジェイムズの姿が見当たらないのに気付いてフランシスが聞く。それと同時に、ミラーの荷物が多いことにも気付く。
「ミラー、もしかして君は…」
「ええ。また旅に出ることにしたの。…急な話でごめんなさいね」
「いや…旅立つ前に会いに来てくれて嬉しいよ」
フランシスはそう言うと寂しそうに笑った。
「ジェイムズはひと足早く発ったわ。フランシスによろしくって言ってた。…せっかちよね」
そう言ってミラーは微笑む。
「フランシス、今まで本当にありがとう。貴方に出会えてよかったわ。お店のことも、デートしたことも、一緒にエアネ湖まで旅したことも、絶対に忘れない。…貴方がくれたドレスも一生大切にするわ」
ミラーの言葉を聞いたフランシスは、出会ってから今までの日々を思い出し、思わず泣きそうになる。
「俺の方こそ、ミラーに会えてよかったよ。君と過ごした日々は俺の宝物だ。君がいなければ、あの美しい景色を見ることもなかったと思う。…プリンセスミラー、幸せな思い出を本当にありがとう」
フランシスはそう言うとミラーを抱きしめた。
「…身体に気を付けてな。ジェイムズにもよろしく伝えてくれ。君達の旅が素晴らしいものとなるよう、祈ってるよ」
「ありがとう、フランシス。貴方も元気でね。…またいつか会いましょう」
ミラーは美しい微笑みを残して、フランシスの店を後にした。
そして、周囲に人がいないのを確認すると『長距離転移』の宝玉を取り出し、流転の國に帰還する。
《姫、任務完了です…!》
そういえば、中身はジェイだった。
一方、桜色の都の王宮では、侍従がヒカル王を呼んでいた。
「陛下!どちらにいらっしゃいますか!?」
「そんなに慌ててどうした?私ならここにいるよ」
「陛下…!たった今、王宮の前にマヤリィ様と思しき御方が…!」
「それは本当ですの!?」
ヒカルよりも早く反応したのはシャドーレだった。
「二人を呼んで参りますわ!」
シャドーレはヒカルの返事も待たず、ミノリとクラヴィスを呼びに向かった。
「では…私はマヤリィ様をお迎えするとしよう」
ヒカルはそう言うと、マヤリィがいるという場所まで急いだ。
果たして、彼女はそこに立っていた。
「マヤリィ様でいらっしゃいますか…?」
ヒカル王が声をかけると、彼女は振り向く。
「ええ。お久しぶりね、ヒカル殿」
マヤリィはそう言ってお辞儀する。
「私が不在の間、貴国には随分と迷惑をかけてしまったようで、本当に申し訳ないことをしました」
「いえ、とんでもございません…!貴女様がご無事で何よりです!」
ヒカルは突然現れたマヤリィを前に、緊張と動揺と安堵が入り混じった表情で頭を下げる。
「我が國の為に力を尽くして下さってありがとう。…これは、私を探してくれた白魔術師部隊の人達に渡して頂戴」
そう言ってマヤリィは数え切れないほどの『宝玉』が入った箱を侍従に渡す。
「せめてものお礼にと思って」
それは『全回復』の宝玉だった。今の桜色の都に宝玉を作れる者はいないので、今回動員した白魔術師部隊の隊員ひとりひとりに渡せるほどの数の宝玉を見て、ヒカルは驚愕する。
「これは…貴女様が作られたのですか…?」
「ええ。他にお礼の品が思い付かなかったから」
ヒカルには、彼女がこれらを容易く作り出したことが分かった。
(やはり、この御方こそが流転の國の主様…!)
その時、ヒカルの頭の中からルーリという存在が消え、流転の國のマヤリィ女王が何らかの理由で行方不明になっていた、という事実だけが彼の記憶に残った。『宙色の魔力』濫用はまだ続く。
「よろしく頼むわね」
「はっ!畏まりました」
マヤリィから大量の『宝玉』を託された侍従は頭を下げると、すぐに白魔術師部隊を結集し、任務完了の報告とともに「報酬」を与えるのだった。
(この御方は…やはりとてつもない魔力をお持ちでいらっしゃる…)
ヒカル王が偉大なる宙色の大魔術師を前にして何も言えずにいると、
「マヤリィ様…!ご無事だったのですね…!」
後ろからシャドーレが姿を見せる。
「シャドーレ…!」
マヤリィは駆け寄ってきた彼女を抱きしめる。
「ごめんなさいね、シャドーレ。心配かけたわね」
「とんでもございません、マヤリィ様。私の方こそ、貴女様を守ることが出来ず、申し訳ないことにございました」
それから少し遅れてミノリとクラヴィスが現れた。
「ミノリ…!クラヴィス…!」
「マヤリィ様ぁ…!!」
ミノリは泣きながらマヤリィの傍まで来ると、跪いて頭を下げた。
「此度は貴女様のお役に立てず、誠に申し訳ありませんでした!書物の魔術師であるにもかかわらず貴女様の魔力を探知出来なかったミノリをどうかお許し下さいませ…!」
「ミノリ、貴女が悪いわけではないわ。私はある禁術にかけられていたの。そのせいで『魔力探知』が阻害されてしまったのよ」
…まぁ、嘘ではない。
「心配かけてごめんなさいね、ミノリ」
「マヤリィ様ぁ〜!!!」
泣き叫ぶミノリを抱きしめながら、マヤリィはその隣で跪いているクラヴィスに声をかける。
「クラヴィス。私がいない間、流転の國を守ってくれてありがとう。…シロマの『蘇生』は成功したから、早く流転の國に帰りましょう」
「マヤリィ様、それは本当にございますか?」
「ええ。ミノリが『永久凍結』魔術を施してくれたお陰で、シロマは生き返ることが出来たのよ」
マヤリィがそう言うと、ミノリは涙に濡れた顔を上げる。
「ミノリは…お役に立つことが出来たのですか?」
「ええ。貴女の完璧な魔術のお陰で仲間が救われたのよ。本当にありがとう、ミノリ」
それを聞くと、ミノリだけでなくクラヴィスも泣き始めてしまった。
「陛下、これでひと安心にございますわね」
皆の様子を見て、シャドーレがヒカルに声をかける。
しかし、彼は既に次のことを考え、難しい顔をしていた。
「陛下、いかがなさいましたか?」
シャドーレは心配そうにヒカルを見る。
すると、彼はとても哀しそうな顔で言った。
「マヤリィ様がご無事で帰られたのはこの上なく喜ばしいことですが…。流転の國が元通りになったら、シャドーレは桜色の都からいなくなってしまうのですね……」
桜色の都の白魔術師部隊が総出で自分を探してくれていたことを知ったマヤリィは、そのお礼にと、全員に『宝玉』を渡すよう(ヒカルの)侍従に託しました。
今の桜色の都に宝玉を作れる人物がいないことを考えると、破格の報酬です。
マヤリィとの再会を素直に喜ぶミノリとクラヴィスですが、この後ルーリの記憶に合わせて多少の『操作』が行われることでしょう。
因みに、ヒカルは既に「ルーリ」という存在を忘れてしまっている模様。
そして、安心したのも束の間、ヒカル王は次の心配をしていました。
果たして、シャドーレの今後は…?




