第六十三話 宙色の魔力②
「…目が覚めたかしら、ルーリ」
美しい声に導かれるように目を開けると、そこには心配そうな顔をした愛しい人の姿があった。
「マヤリィ様……?」
「間に合ってよかったわ。…貴女、霊安室で倒れていたのよ?」
マヤリィは優しい声で言う。
あたかも死ぬ寸前のルーリを助けたような口振りだが、実際は既に死んでいたルーリを生き返らせたのだ。
「私の元に『宙色の耳飾り』が戻っていなかったら貴女は助からなかったでしょうね」
ルーリが死んだから『宙色の耳飾り』はマヤリィの元に戻ってきたのだが、そんな説明はどうでもいい。
「マヤリィ様…」
ルーリはそう言いかけて涙ぐむ。
「申し訳ございません、マヤリィ様。私は流転の國の女王としての役割を果たすことが出来ませんでした。水晶球に惑わされて貴女様を追放してしまったばかりでなく、この國を守ることも出来ず、仲間達を死なせてしまいました…」
まだ身体は動かないので、ルーリは顔だけをマヤリィに向けて、涙を流しながら謝罪する。
「私さえ消えてしまえば流転の國は元通りになるのではないかと思ったのですが…。結局、私は何の役にも立てなかったのですね。それどころか、マヤリィ様の御手を煩わせてしまうなんて……」
「ルーリ、そんなに自分を責めてはいけないわ。貴女自身も気付いている通り、貴女は水晶球に記憶を封じられて操られていただけなの。…今はこうして私も帰ってこれたのだし、もう何も気にすることはないのよ」
マヤリィは優しく微笑む。今は目も笑っている。
「今の私は『宙色の魔力』を持っている。それは、私が再び流転の國の女王になるべきだということよ。…私がいない間、流転の國の最高権力者として、よく頑張ってくれたわね。ご苦労だったわ、ルーリ」
「マヤリィ様……!」
ルーリの涙は止まらない。
「貴女が自分を許せないというならそれでもいい。けれど、私は貴女を許すわ。それだけは忘れないで頂戴」
罪悪感と後悔に襲われるルーリの心を見透かしたようにマヤリィは言う。
「…それに、貴女が思っているほど流転の國は酷い状態ではないのよ?」
これは嘘ですね、マヤリィ様。
っていうか、さっきから思ってたけどマヤリィ様もルーリの記憶を『操作』してませんか?
(だって仕方ないでしょう?彼女をこれ以上苦しませない為には、記憶を『部分消去』してところどころ『改竄』して多少は『操作』しなければならない。これは流転の國を元通りにするのに必要なことなのよ)
ある意味、水晶球よりも『操作』してるマヤリィ様。
「全ては流転の國の為。…つらい記憶は忘れなさい、ルーリ」
そう言ってマヤリィがキスをすると、彼女は再び眠りに落ちた。
もう少し『忘却』する必要がありそうだ。
《こちらジェイ。姫、報告です》
眠っているルーリを見守るマヤリィの所にジェイから『念話』が届く。
《こちらマヤリィ。…それで、どうだったのかしら?》
マヤリィはここに来る前、霊安室で『永久凍結』状態で安置されていたランジュ、ネクロ、シロマの三人に『蘇生』の宝玉を使うという役割をジェイに任せていた。その結果報告だ。
《結論から言うと『蘇生』出来たのはシロマひとりです。後の二人は『永久凍結』は完璧だったものの、死んでから長い時間が経過した為か、既に身体から魂が離れてしまったようです》
ジェイは平静を装って報告を続ける。
《現在シロマは目覚めたばかりで意識が朦朧としているようですが、まもなく自分が死んだ理由やその時の状況なども思い出してしまうでしょう。その前に…》
《彼女の記憶にも干渉する必要があるというわけね?》
《はい。その通りです》
生き返ったルーリがあんな状態だったのだから、シロマも全てを思い出したら落ち着いてはいられないだろう。彼女がなぜ死んだのかジェイには分からないが、ルーリと同じように記憶の『部分消去』をしなければまた死にたがるかもしれない。そうなれば、先ほどと同じことが起きる。ジェイはこれ以上マヤリィを悲しませたくなかった。その一心で、元凶である水晶球と同じことをしていると分かっていても、マヤリィに記憶の『操作』をするようそれとなく進言したのだ。
《了解。すぐにシロマを迎えに行く。そして、ルーリに会わせるわ》
《ルーリに…ですか?》
《ええ。ルーリが気を失っている間に色々と視させてもらったのだけれど、ルーリとシロマは『魔術適性の交換』をしたらしいの》
マヤリィの幻系統魔術は本当に便利である。
《『魔術適性の交換』…ですか?それって、もしかしてこの部屋に落ちてる魔術書と関係があるんでしょうか?》
ジェイはルーリが自殺する直前まで手にしていた『能力強奪』について書かれた魔術書を拾い上げる。
《そうかもしれないわね。…とりあえずそちらへ行くわ》
《畏まりました》
そして、マヤリィは霊安室に『転移』した。
「まさか『能力強奪』魔術の宝玉を作るとは思わなかったわ。…だから、ルーリの髪があんなことになっていたのね」
髪に魔力が宿りやすいということはマヤリィも知っている。
「…成程。ルーリの髪型が変わったのはそういうわけだったんですね」
二人はなぜルーリの髪が短くなっているのかとても不思議に思っていたが、ここでようやく納得した。二人とも、実は凄く気になっていたのだ。
その時、
「マヤリィ様…でいらっしゃいますか…?」
甦ったばかりで意識が朦朧としていたシロマがしっかりと目を開けた。
「シロマ…!目が覚めたのね…!」
マヤリィはシロマを抱きしめる。
「マヤリィ様…!申し訳ございません、私は…」
「もうこのやりとりは嫌よ」
シロマの台詞を遮って、マヤリィは『宙色の魔力』を発動する。
その後で、シロマに事情を聞いた。
「実は、ミノリ様が体調を崩されまして、その際にルーリ様と私は『魔術適性の交換』を行ったのでございます。その時、ルーリ様は自らの雷系統魔術の適性と御髪を引き換えに、私の持っていた白魔術の適性を得られました。逆に、私はルーリ様の魔術適性を受け取り、雷系統魔術が使えるようになりました。されど…使い方が分からず、訓練中に魔力事故を起こしてしまったようで…。先ほどマヤリィ様の宝玉によって『蘇生』が成功したとジェイ様から伺いました。私は貴女様の御為に何も出来なかったというのに、貴女様はこんな私の命を救って下さいました。本当に、感謝の言葉もございません。このご恩は必ずお返し致します。…今一度、マヤリィ様に絶対の忠誠をお誓い申し上げることをお許し下さいませ」
ルーリとの会話に比べれば遥かにましなのだが、マヤリィはシロマの台詞を聞くだけで疲れてしまった。それでも、懸命に彼女の気持ちに応える。
「シロマ。貴女の言葉、然と受け取ったわ。再び『宙色の魔力』を得た私はまもなく流転の國の女王に復帰する。これから先の貴女の働きに期待しているわよ」
「はっ!有り難きお言葉にございます、マヤリィ様」
《もう嫌~。疲れた~》
《姫、無理は禁物ですよ!》
シロマに対する言葉と直後の『念話』の落差にジェイは頭を抱えたくなるが、流転の國を元通りにする為に頑張っている姫の助けとなれるのは自分しかいない。ジェイはそう思うと、自分が次に何をするべきか考えるのだった。
「『魔術適性の交換』発動せよ」
マヤリィがシロマを連れて部屋に戻ると、ちょうどルーリが目を覚ました。
白魔術の適性を持つルーリと、雷系統魔術の適性を持つシロマ。
二人の魔術適性を元に戻すべきだと判断したマヤリィは『宙色の魔力』を発動し、一言で『魔術適性の交換』を成功させたのだ。そして、ルーリは雷系統魔術の適性を取り戻し、シロマは最上位白魔術師に戻ることが出来た。
こんなにも『宙色の魔力』を濫用…もとい有効活用しているというのに一向にマヤリィの魔力値は減らない。お陰で魔力切れに陥る心配はないのだが、先に気力と体力が限界を迎える気がしてきた。
「マヤリィ様、ありがとうございます…!」
魔術適性を交換したことに関する記憶はそのままにしてあるので、流転の國が元通りになろうとしている今、二人は本来自分が持っていた魔術適性を取り戻せたことを喜んでいた。やはり、最上位の回復魔法はシロマにしか発動出来ないし、雷系統魔術を扱いこなせるのはルーリだけだ。
「『ダイヤモンドロック』…!」
気付けば、どこからか『ダイヤモンドロック』が現れ、シロマの所に戻ってきた。彼女が流転の國に顕現する前から持っていた回復魔法のマジックアイテムである。
「ってことは、私も…?」
そう言ってルーリが自分の身体を意識すると、その腕に雷の渦が巻き付いてきた。ルーリの身体に直接宿っていた『流転の閃光』も帰ってきたのだ。
「よかったです、本当に…」
「ああ。マヤリィ様のお陰で、本来の自分を取り戻せた気がする」
ルーリとシロマが嬉しそうに話しているのを聞いて、マヤリィは安心する。
「…貴女達はもう大丈夫そうね」
そう呟くと、マヤリィは『長距離転移』の魔法陣を展開した。
「マヤリィ様……?」
「これは私からの命令よ」
不思議そうな顔をする二人にマヤリィは命じる。
「私にはまだやらなければならないことが残っているの。その間、貴女達は自分の部屋に戻って待機していて頂戴。何もせず、私が帰ってくるまで待っているのよ」
そして、二人が部屋に帰ったのを確認した後、マヤリィは魔法陣の中央に立ち『長距離転移』を発動するのだった。
現在の流転の國
・ルーリをこれ以上苦しめない為にマヤリィが記憶を『操作』。→さらに『忘却』?
・恐らくルーリは前話のやりとりを覚えていない。つまりガチギレマヤリィを覚えていない。
・宝玉を使った『蘇生』魔術によって甦ったのはシロマひとり。
・ジェイの『念話』を受けたマヤリィはシロマと対面する。
・マヤリィはルーリとシロマを会わせ、再び『魔術適性の交換』を行う。
全ては流転の國を元通りにする為。
…とはいえ『宙色の魔力』を使いすぎじゃないですか?マヤリィ様。




