第六十二話 宙色の魔力
「ルーリ!お願い!!目を開けて頂戴!!」
氷のように冷たいルーリの身体を抱えてマヤリィは泣き叫ぶ。
「私、帰ってきたのよ!!どうして…どうして死んでしまったの!?」
残酷な事実を突き付けられ、マヤリィは絶望する。
「ルーリ!!あの日と同じ、私を忘れたままの貴女でもいい!!だから…生き返って頂戴!!」
しかし、ルーリは目覚めなかった。
ジェイは泣き叫ぶマヤリィを傍で見ていたが、何も言うことは出来なかった。
代わりに、先ほど自分達の身に起きた不思議な出来事を思い出す。
(そうか…ルーリが死んだから『宙色の耳飾り』が戻ってきたのか…。お陰で姫の『永幻術』が解けたけど…。死ぬなんてひどいよ、ルーリ)
ジェイはその場の状況から、ルーリが自殺したことを悟った。ここには、三つの棺が置かれている。
(ランジュが殺されたことは聞いてたけど、まさかネクロやシロマまで死んでしまったなんて…)
そこまで確認すると、ジェイは膝をついた。
「一体何があったんだ…」
彼は力なく呟く。すぐ傍ではマヤリィが泣き続けている。
最後に流転の國の状況を聞いたのは、ミノリと『長距離念話』した時だったから、かなり前の話だ。シャドーレの邸を出てからは、何の連絡も取っていない。
「ルーリ!!貴女に何があったの!?どうして自殺なんかしたのよ!!私を置いていくなんて許さないわ!!」
マヤリィはいつもの冷静な彼女らしくもなく、死んだルーリを責めては泣き続けていた。
「お願い!!目を開けて…!!私は今でも…貴女を愛しているの…!!」
その時だった。『宙色の耳飾り』が光り始める。
「姫!それって…!」
ジェイの言葉で我に返るマヤリィ。
自分の身体に『宙色の魔力』が漲っていくのを感じる。
「『宙色の魔力』よ……」
マヤリィは泣きながら魔術を発動しようとする。
「我が愛する者の命を甦らせ、その魂を永遠に我が元に結び付け給え…!」
彼女がそう言い終えた時、耳飾りは目も眩むほどの光を放ち、夥しい魔力が二人を包み込んだ。
「大好きよ、ルーリ…」
マヤリィは泣きながら、願いながら、冷たくなったルーリの唇にキスをする。それでも、ルーリは動かない。
「ルーリ……」
これが最後のキスね………。
マヤリィがそう思って、もう一度ルーリに顔を寄せた刹那、
「マヤリィ様……?」
彼女はゆっくりと目を開けた。
「ルーリ…!」
「マヤリィ様…。ここは…あの世でしょうか…?私は確かに死んだはず…」
ルーリは不思議そうにマヤリィを見る。
「流転の國は…崩れてしまったのですね……」
「何を言っているの?私は生きているわよ?」
マヤリィはルーリが生き返ると、いつもの調子で話し始める。
「私は流転の國に帰ってきたの。そして、ここで死んでいる貴女を見つけて『宙色の魔力』に願いをかけた。…貴女の命が戻ってくるようにと」
見れば『宙色の耳飾り』はマヤリィの元にある。
ルーリはそれに気付いた。
「マヤリィ様…本当に、帰ってきて下さったのですね……」
「ええ。『宙色の耳飾り』も受け取ったわ」
そう言うとマヤリィはルーリを起こし、温かさを取り戻した身体を抱きしめる。
「私の愛するルーリ…」
マヤリィの涙は止まらない。
「よかった…。貴女を呼び戻すことが出来て本当によかった…」
ルーリはそんなマヤリィを前にして、
「マヤリィ様、本当に申し訳ございませんでした。私は…貴女様に対してなんということを…」
そう言いながら涙を流す。
「私は貴女様を追放したばかりでなく、流転の國の皆を傷付け、沢山の人を殺してしまいました…」
一度死んで生き返ったところで、罪悪感も後悔も悲しみも消えはしない。俯く彼女に対し、マヤリィは優しく接する。
「…ルーリ。貴女は記憶を封じられ、強制的にこの國の女王に仕立て上げられただけなのよ。操られていたと言った方が正しいかもしれないわね」
ルーリの記憶を視ながら、マヤリィは言う。
シャドーレの邸で目覚めた日にジェイの記憶を視たように、今マヤリィはルーリの記憶を辿っている。
「流転の國が今こうなっているのは貴女のせいではないの。だから自分を責めるのはやめて頂戴、ルーリ。私は…ずっと貴女に会いたかったのよ」
マヤリィは一生懸命ルーリに語りかける。出来るなら、今すぐ抱きしめて欲しい。…しかし、ルーリの方はそういうわけにもいかないらしい。
「されど、マヤリィ様…。私は取り返しのつかない過ちを犯しました…。たとえ操られていたとしても、私は私の意思で行動してきたはず。その所業は決して許されるものではございません」
そう言うと、ルーリはマヤリィの前にひれ伏す。
「畏れながら、マヤリィ様。私の最後の我儘をお聞き届け下さいませ。今一度、私を死の世界へ送って頂けないでしょうか…」
ルーリは涙を流しながら懇願する。
「どうか、この愚かな悪魔を断罪して下さいませ。伏してお願い申し上げます」
「ルーリ……」
それを聞いたマヤリィはしばらく黙っていた。
(姫…大丈夫ですか…?)
ジェイはただ姫の心配をしていた。この状態のルーリを前にして、マヤリィは今どんな心境なのだろう。しかし、ジェイが口を挟むことは出来ない。
「マヤリィ様、どうか…」
黙り込む主を見上げてルーリが何かを言おうとした途端、
「ふざけないで頂戴。私が何の為に貴女を生き返らせたか分からないの!?」
マヤリィは今までに見たことのない表情で捲し立てた。
「私はこんなにも貴女に会いたかったと言うのに!離れないって約束したのに!私を残してひとりで死ぬなんて、それこそ許されないことだわ!!」
彼女は勢い余ってルーリの頬を引っ叩いた。
「貴女がその気なら、私だって死ぬ!いいえ、むしろ貴女を置いて死んでやる!今の私には貴女と違って『宙色の魔力』があるのだから、簡単に死ぬことが出来るのよ!?」
「姫、落ち着いて下さい!!」
ようやくジェイが声をかけるが、怒りのあまり我を失っているマヤリィには届かない。
しかし、意外とマヤリィは冷静だったようだ。指を鳴らし、呆気に取られているルーリの身体に一瞬でマジックアイテムを装着する。
「『魔術具装着』『取外不可』」
「っ…!?」
「それはかつて流転の國に侵入した天使に付けた物と同じ。『自傷不可』のマジックアイテムよ」
マヤリィは勝ち誇ったような顔で言う。今日はいろんな表情のマヤリィ様が見られます。
「そのマジックアイテムは私にしか取り外せない。そして『自傷不可』には『自殺不可』という意味も含まれているの。…残念だったわね、ルーリ」
「マヤリィ様…!」
先ほどの慈悲深く優しい彼女から一転、怒るだけに留まらず、自分を置いて逝こうとしたルーリに復讐するかのような行動を取るマヤリィ。
「『宙色の魔力』発動せよ」
その時、宙色の耳飾りが輝き始める。
それが輝く時、マヤリィの魔力は急激に高まる。
それが輝く時、マヤリィの魔力は全てを動かす。
そして、今にもマヤリィの身体を貫こうとする光の槍が…
「お待ち下さい、マヤリィ様!!」
出現する前に、ルーリが叫んだ。
「私が…間違っておりました。…何もかも」
「…………」
それを聞いたマヤリィは『宙色の魔力』を引っ込める。
「…間違っていたのなら訂正して頂戴」
「はっ。畏れながら、私は生きて罪を償わせて頂きたいと存じます」
ルーリの言葉に、マヤリィは鋭い視線を向ける。
「…今の貴女の言葉は、これから先何があっても私から離れず、流転の國で私と一緒に生きていく、という解釈で合っているわね?」
「はっ!」
「…そう。それならいいわ」
マヤリィがそう言った瞬間、光り輝いていた耳飾りも大人しくなった。
「…で、どうやって罪を償うと言うのかしら?」
そう簡単にマヤリィ様の怒りは解けない。
「そ、それは…」
ルーリは初めてマヤリィの怒りに触れ、その剣幕に恐れ慄いていたので、それ以上考える余裕はなかった。
「仕方ないわね…」
次の言葉がなかなか出てこないルーリに、マヤリィは微笑みながら言う。
「思い付かないなら、私が教えてあげましょう」
しかし、目は笑っていない。
(ルーリ…。君が姫をここまで怒らせるなんて思わなかったよ…)
ジェイは自分に矛先が向いていないのをいいことに、今の場面を落ち着いて見学している。
「そうね…。あの記憶と、この記憶と、あとは…」
マヤリィは再びルーリの記憶を視ていた。
(姫、まさか……)
ルーリは黙ってそこを動かずにいたが、マヤリィの呟きを聞いたジェイにはこの先の展開が読めてしまった。
「『宙色の魔力』発動。この者の記憶を『部分消去』せよ!!」
それは『忘却』魔術の一種だが、発動する側が指定した部分の記憶だけを消すという、とても都合のいい禁術である。
「マヤリィ様……」
『部分消去』魔術を食らったルーリはその場に倒れた。目を覚ます頃には『マヤリィが指定した部分』の記憶を失っていることだろう。
「…ルーリは私を抱きしめてくれなかった。あのまま死んでいた方が幸せだったとでも言うの…?」
マヤリィは寂しそうな顔で倒れたルーリに近寄った。
と思ったら。
「覚悟しなさい、ルーリ。私が正式に流転の國の最高権力者に復帰したら、再び貴女を側近にして絶対に私の傍から離さないわ!私が眠っている間も働いてもらうわよ!!」
物凄い剣幕でそう言ったかと思うと、気を失っている彼女にキスをした。
「今のうちにゆっくり眠るがいいわ」
「姫……」
ジェイはようやくマヤリィに近付く。
「大丈夫…なわけないですよね」
「ジェイ…!」
その瞬間、マヤリィは糸が切れたかのようにジェイにしなだれついた。
「もう嫌…!私、ホテルに帰るわ!」
生き返ったルーリが素直に自分の愛の言葉を受け入れてくれなかったのがよほど悲しかったのか、マヤリィはジェイの腕の中で泣き続けた。
その後、ジェイはマヤリィから『蘇生』魔術の術式が刻まれた宝玉を受け取った。たった今、マヤリィが作り出した物だ。
「成功するかどうかは分からないけれど、使ってみて頂戴。…今の私が直接『蘇生』魔術を発動するよりは良いと思うのよ」
ルーリの言葉を聞いて感情を爆発させたマヤリィの心は疲れ果てていた。そのせいで、今は『宙色の魔力』も安定しない状態である。
(精神疾患に効く白魔術はないのかしら…。あるなら助けて欲しいわ…)
…そう。元いた世界(現代日本)で精神病を患ったマヤリィ様は今もまだ寛解していないのです。だから、さっきの自殺宣言はわりと本気でした。危ない危ない。
「姫はこれからどうするんですか?」
「私?私は……」
ジェイに聞かれたマヤリィは、
「ルーリを連れて自分の部屋に戻るわ。後は頼んだわよ」
「分かりました。ルーリは…もう大丈夫ですよね?」
「ええ。今度つまらないことを言ったら記憶を『完全消去』してやるから心配しないで頂戴」
そう言い残して『転移』してしまった。
(『完全消去』って…。姫は本当に疲れてるな…)
今日のマヤリィは過激な発言が多い。
(…さて、僕は自分のやるべきことをしないと)
ジェイも疲れていたが、マヤリィほどではないので、彼女に代わって『蘇生』の宝玉を使う。
彼女から託された宝玉は三つ。
ミノリの『永久凍結』魔術によって身体の時を止められている、ランジュ、ネクロ、シロマの三人の為に用意された宝玉だ。
「皆、マヤリィ様が帰ってきたよ…」
ジェイはそう言うと、順番に『蘇生』を発動する。『成功するかどうかは分からない』と言ったマヤリィの言葉を念頭に置きつつ、願いを込めて宝玉を使うのだった。
今までになくマヤリィの感情の起伏が激しい回でした。
しかもそれを残らずルーリにぶつける希少なシーンの詰め合わせ。
後にも先にもこんなことはないでしょう。
死んでいるルーリを見たマヤリィは『蘇生』魔術を使うことも頭に浮かばないほど取り乱していましたが、宙色の魔力(と真実の愛のキス?)によってルーリは生き返りました。
しかし、マヤリィの愛の言葉は届かず、愚かな自分を断罪して欲しいと言うルーリ。…気持ちは分かるが、マヤリィ様が怒り狂うのも無理はない。
ずっと寄り添ってきたジェイも口を挟めないほど、マヤリィは(ルーリの死に)悲しみ→(彼女が生き返ったことに)喜び→(愛の言葉を受け取ってくれない彼女に)怒り、挙げ句の果てに自分は『宙色の魔力』を持っているから簡単に死ねると言ってルーリを脅し、感情を大爆発させていました。
……感動の再会にはならなかった。
ここにきて拗らせまくってるマヤリィ様が『部分消去』したルーリの記憶は一体どれくらいあるのか…。それはジェイにも分かりませんが、ルーリが目覚めるまで自分の部屋で見守ろうとするマヤリィはやはり優しい…のでしょうか?




