第六十一話 死
「起きろ、朝だぞ」
ルーリに声をかけられ、白い鳩は籠の中で目を覚ます。
「私から託すものは何もない。悪いが、ひとりで帰ってくれ」
鳥籠の扉は開いている。しかし、鳩は躊躇う。
「『強制転移』が必要か?」
そう言われると仕方なく籠から出て、ルーリの肩に止まって鳴く。
彼女を心配しているみたいだ。
「使い魔、私なら大丈夫だ。早くヒカル王の元へ帰れ」
それでも鳩は鳴き続ける。
「仕方ないな…」
意地でもひとりでは帰ろうとしない使い魔を見て、ルーリは『長距離転移』の魔法陣を展開し、鳩を抱いて桜色の都の王宮に空間転移する。
すると、使い魔は安心したようにヒカル王がいる方向へ羽ばたいていった。
「やれやれ。起こすんじゃなかった…」
ルーリはそう呟きながら、展開したままの魔法陣の上で再び『長距離転移』を発動する。
「元気でな、皆…」
その瞬間、彼女は流転の國に戻った。
「陛下、使い魔が戻って参りました!」
「遅かったじゃないか。ルーリ様は夜が苦手なのか?」
昨日のうちに転移してくると思っていたヒカル王は疲れた顔で使い魔を迎えた。
「それで、ルーリ様は…」
ヒカル王が辺りを見回すと、鳩は何かを訴えかけるように鳴く。
「一体何があったんだ?」
書状を持っていないところを見ると流転の國には行ったらしいが、ルーリの姿がない。
そこへ、
「陛下、使い魔は確かに『長距離転移』で帰ってきたようですわ。…されど、ルーリ様はどこにもいらっしゃいません」
シャドーレが現れて説明を始める。
一國の女王を呼び捨てにするわけにもいかず、今はルーリ様と呼ぶ。
「恐らく、ルーリ様は使い魔を連れて我が国まで『長距離転移』した直後、再びそれを発動して流転の國に戻られたのでしょう。あの方の魔力が僅かながら残っておりました」
それを聞いたヒカル王は頭を抱える。
「…ということは、結局ルーリ様は流転の國に留まられるということですか!?」
「ええ。私の知る限り、彼女は…そういう人ですわね」
シャドーレがそう言うと、鳩は彼女の肩に止まってしょんぼりとうなだれる。
「貴方のせいではありませんわ。ルーリがそう決めた以上、私達に出来ることは何もないのです」
落ち込む使い魔に言い聞かせるシャドーレだったが、その言葉はヒカル王の心にも響いていた。
その頃、流転の國ではルーリが様々に考えを巡らせていた。
結果、最悪の選択をすることとなる。
「全ての元凶が私だとするならば、私さえ消えれば流転の國は元通りになるのではないか?」
ルーリは『宙色の耳飾り』を授けられ、流転の國の女王となった後に自分がしてきたことを振り返る。
「私はマヤリィ様にお会いしたい。しかし、数多の過ちを犯してきた私の願いだけが叶うなど、あってはならないことだ」
全ての記憶と、本来の優しい心を取り戻したルーリにとって、マヤリィを追放した後の流転の國を思い出すのはあまりにも悲しいことだった。
何度感じたか知れない後悔の念がルーリの心を抉る。
決して消えることのない罪悪感がルーリの魂を蝕む。
「私は『元の世界を持たない者』。死んだところで、何も残りはしないだろう」
今のルーリに雷系統魔術は使えない。
だが、方法は幾つでもある。
死への道を選んだ彼女は、自分を殺す武器を探す為、宝物庫に向かった。
「これは…私の靴?なぜこれがここに…?」
マジックアイテムが多く眠っているとされる宝物庫に入ったルーリが最初に見つけたのは、前に自分が履いていたピンヒールだった。
「そうか…これは……」
ルーリは試しに履いてみる。恐怖政治を行っていた頃によく履いていた、必要に応じてナイフが出てくるピンヒールの靴だ。これで人を殺したことはないが、脅したことはある。
しかし、自殺に使うにはナイフが小さくて心許ない。
他にも色々と探してみたが、使えそうな武器はひとつも出てこない。
「意外と自分を殺すって難しいのか…?」
はい、その通りです。ルーリ様。
結局、宝物庫ではルーリを殺せるようなマジックアイテムは見つからなかった。たとえそういう魔術具が存在したとしても、望む物が何でも出てくる衣装部屋の逆で、ルーリを死なせない為に出てこなかったのかもしれない。
「武器はない。宙色の魔力もない。雷系統魔術も使えない。…とすれば、他にどんな方法があると言うんだ?」
その時、ルーリは思い出してしまった。
「そうか…あの方法ならば確実だ……」
何の系統にも属さない魔術ならば、今のルーリにも発動出来るだろう。
今日のルーリは黒いスーツに黒い靴。
前の彼女は毎日違うドレスを着ていたが、シロマを失った日以来、黒い服しか着ていない。それも、毎日ほとんど同じ服装だ。
短く切られた金色の髪は彼女の身体に寄り添うこともなく、風を受けたところで優雅に靡くこともない。
「…まぁ、この際どんな姿でも構わないか」
最後まで服装や髪型を気にする自分を嘲笑いながら、ルーリは皆の遺体が置かれている霊安室に向かった。
「ランジュ…ネクロ…シロマ……」
皆の名前を呼びながら、ルーリはその前に跪いた。そして、一冊の魔術書を開く。
(死んだ者から魔術を奪い取れるかどうかは定かでないが…確実に死ねるとしたらこの方法だろうな)
そう思いながら『能力強奪』魔術の頁を読む。これは、何の系統にも属さない禁術。かつてクロネに対して使役する為に習得し、シロマと魔術適性を交換する為にその術式を『宝玉』に刻んだ禁術。もはや魔術書がなくても発動出来る気がする。
「マヤリィ様、流転の國の女王としての役割を果たすことが出来ず、申し訳ございません…」
ルーリは自分の主であるマヤリィに謝罪した。
「願わくは、私の死によって流転の國が元通りになりますように…」
ルーリはそう呟くと、『能力強奪』魔術を発動した。
『既に何らかの魔術適性を持っている者が、能力強奪魔術によって二つ目の魔術適性を得ようとした場合、例外なく命を落とすことになる』
警告文を逆手に取った自殺の方法だった。
(皆…すまない……)
魔術書にある通り、白魔術の適性を持ったルーリが『能力強奪』を発動した瞬間、彼女はその場に倒れた。
即死だった。
「っ……」
それと同時刻。例のホテルにいたマヤリィは身体の異変を感じ取った。
「姫、どうしたんですか!?」
「身体が……熱い……」
ジェイはすぐに駆け寄る。
ルーリの姿をした身体から物凄い熱を感じる。
「フロントに行ってきます。白魔術師を呼ばないと…」
「待って!ジェイ、行かないで!!」
ルーリの声でジェイを引き留める。
「でも…このままでは……」
ジェイは立ち止まったまま考える。
(どうしたら良い?どうしたら姫を楽にしてあげられる?…考えろ、ジェイ!)
気付けば彼女の身体は靄に覆われ始めている。
ジェイは慌てて彼女の手を握った。
「姫……!」
身体が溶けてしまいそうなほど激しい熱を感じる。でも、絶対に離さない。
今何が起きているのか全く分からないが、ジェイは誰に向かうともなしに叫ぶ。姫をこの世に繋ぎ留めたい一心で叫ぶ。
「ここは『元いた世界』じゃない!ここには姫を苦しめる者はいない!きっと流転の國が…!僕達をこの世界に顕現させた流転の國が必ず姫を助けてくれる…!」
その時、驚くべきことが起こった。
『宙色の耳飾り』がジェイの目の前に姿を現したのだ。
「えっ…」
同時に、彼女の身体から『宙色の魔力』が感じられることに気付く。
「姫…!耳飾りが…!」
宙に浮いている耳飾りを片手で慎重に受け止め、ジェイはマヤリィを呼ぶ。
「ジェイ……」
靄の中から返事が聞こえる。
「ジェイ…私は大丈夫よ……」
それは、紛れもなくマヤリィの声だった。
「姫!声が……!」
声だけではない。
彼女の身体を包んでいた靄の中から現れたのはマヤリィだった。ルーリの姿ではなく、本物のマヤリィだ。
「ジェイ…!」
「姫……!」
靄が消えると、ジェイはマヤリィを抱きしめた。
僕より小さい姫。華奢な身体。綺麗な高い声。
ジェイは今までになく彼女を強く抱きしめた。
『永幻術』が解け、それに伴って『幻影』魔術も解け、マヤリィは完全に元の姿に戻ったのだ。
「ジェイ…!『宙色の魔力』を感じるわ…!」
ジェイの腕の中でマヤリィがそう言うと、ジェイは耳飾りを差し出した。
「ついさっき、これが目の前に現れたんです」
「『宙色の耳飾り』…!?どうしてここに…」
驚いていると、耳飾りの方からマヤリィに近付いてきた。
「…そう。私の元に戻ってきてくれたのね…!」
『宙色の耳飾り』を装着したマヤリィは言う。
「これで帰れるわよ、ジェイ!」
マヤリィはジェイの手を取る。
「私達、流転の國に帰れるわ…!」
その瞬間、二人は『転移』した。
「姫…!」
「ジェイ…!」
ここは流転の國。
二人が顕現して最初に顔を合わせた玉座の間。
禁術は解け、本当の意味で二人は再会し、流転の國に帰ってきた。
あの日と同じで、何が起きたか分からず理由も分からないが、流転の國に帰ってこれたことと『宙色の耳飾り』がマヤリィの元にあるということは揺るぎない現実だ。
「…けれど、考えてみたら不思議ね。確かにここは流転の國だと言うのに誰もいない。それに、耳飾りを持っていたはずのルーリはどこにいるのかしら」
マヤリィがようやくひとつの疑問に辿り着いた時、再び『転移』が発動した。
「ここは…霊安室…?」
ジェイがそう呟いた次の瞬間。
マヤリィは目の前に倒れている人物を見て悲鳴を上げる。
「ルーリ!!!!!」
呼んでも反応はなく、マヤリィはルーリを抱き起こす。
「ルーリ!!目を開けて!!!」
しかし、その身体は氷のように冷たかった…。




