第五十一話 結実
「シロマ、準備は良いか?」
「はっ。いつでも始められます」
二人は流転の城で一番強固な結界が張られている玉座の間で『魔術適性の交換』を行うことにした。
ルーリは髪をひとつに束ね、シロマはいつでも渡せるよう『ダイヤモンドロック』を手にしている。
まずは『雷系統魔術適性』の宝玉を作るところからだ。
「では、始めるとしよう。…『魔術具無効化』」
ルーリがそう言うと『流転の閃光』が彼女の身体を離れ、実体のない光と化してその場に漂い始めた。
そして、宝玉を手に取り、詠唱を始める。
「『宝玉』よ、雷の魔力が宿りし我が身の一部を受け取り、我が魔術適性の全てを残らず取り込み給え」
すると、雷系統魔術が可視化したようにルーリの身体が輝き始め、その光は彼女の長い髪に集まっていった。
同時に、宝玉が宙に浮かび、魔術書通りに事は進んでいく。
(そろそろか…?)
ルーリはタイミングを見計らって髪を切り落とし、宝玉に取り込ませるつもりでいた。
しかし、その必要はなかったようだ。
「っ!?」
突如として宝玉がルーリの背後に回ったかと思うと、一瞬で彼女の髪を断ち切り、自分の中に取り込んだのだ。
雷の魔力が宿った髪の毛はあっという間に宝玉の中に消え、ルーリは身体から魔力が抜けたのを感じた。
「…確かに、私の魔術適性はこの宝玉に取り込まれたらしいな」
宙に浮かんだままの宝玉を手に取ったルーリは、そこから雷系統魔術の波動を感じ取り、魔術適性の宝玉が完成したことを確信した。
ルーリは満足そうに頷いたが、シロマは別のことが気になって仕方がない。
「ルーリ様、御髪が…!」
「ん?」
悲鳴にも似たような声を上げるシロマを不思議そうに見るルーリ。
「あ、貴女様の御髪が…!!」
宝玉はひとつに束ねていたルーリの髪を根元からざっくりと断ち切って自身の中に取り込んだ。そのせいで、残されたルーリの髪は見るも無惨な状態になっている。
自分の姿を見ていないルーリは涼しい顔で、
「ああ。自分で切るのかと思ってタイミングを見計らってたら、宝玉が勝手に持って行ったらしい。手間が省けたよ」
「て、手間が省けたとか…そういうことではございません!!ルーリ様ぁ!!」
美しかったルーリ様の御髪がこんな風に切られてしまうなんて…。シロマは取り乱すが、ルーリは次の段階へ進もうとしていた。
「シロマ、私の髪は後回しだ。次は『能力強奪』を発動する。…いいか?お前の白魔術をもらうぞ?」
「は、はい…!」
ルーリの言葉を聞いたシロマはその場に跪く。
「いつでも大丈夫です。私の魔術適性をお受け取り下さいませ」
シロマは目を閉じ、姿勢を崩さずに、禁術が発動されるのを待った。
それを見て、ルーリは『能力強奪』の宝玉を発動する。
「『宝玉』よ、刻み込まれし禁術を発動し、この者が持つ白魔術を奪い取り我に与えよ」
詠唱を終えた瞬間、宝玉は光り出し、シロマの魔術適性はルーリの身体に取り込まれた。
その時『ダイヤモンドロック』が白魔術の力に引かれるように、ルーリの元へやってくる。
「『ダイヤモンドロック』…!」
ルーリはそれを手に取ると、
「よろしく頼むぞ」
そう言って初めての白魔術を発動した。
「『全回復』発動せよ」
「っ…!」
その瞬間、シロマは身体が癒されるのを感じた。自分に対して白魔術をかけることはほとんどなかったので、不思議な感覚に陥る。
「ルーリ様…!もう魔術を使えるのですか…?」
シロマはいつも容易く発動していたが、本来『全回復』は回復魔法の中でも上位魔術に位置する。まさか初めて発動したのが『全回復』だなんて…!
恐らく、ルーリは高い魔力値を持ち、魔術師としての力も強い為に、今得たばかりの魔術適性であっても自在に扱うことが出来るのだろう。
さらにルーリは間を置かずに、
「次はお前の番だ、シロマ。これを使え」
そう言って『雷系統魔術適性』の宝玉をシロマに手渡した。
「はい…!ありがとうございます、ルーリ様…!」
シロマが受け取った途端、何も言わないうちに宝玉は光り始め、あっという間にその身体を光で包んだかと思うと、すぐにその光は消失。そして、実体のない光と化していた『流転の閃光』がシロマの身体に吸い込まれるように入っていった。
「…………!」
身体が熱い。身体に違和感を感じる。
物凄い勢いで自分の中に入ってきた『雷系統魔術適性』を必死で受け止めようとするシロマ。
「シロマ、大丈夫か?」
ルーリは心配そうにシロマを見る。
シロマは少し間を置いてから、笑顔で宣言する。
「はい…!『魔術適性の交換』は成功にございます!!」
そう言ってシロマが指先を見せると、雷の渦が巻き付いていた。『流転の閃光』が彼女の身体の中に落ち着いたのだ。
ルーリはそれを見て満足そうに頷き、
「よし、行けそうだな。『悪魔のチョーカー』はここにある。私の魔力値も問題ない。…シロマ、すぐにミノリの所へ行くぞ」
シロマの手を取って『転移』しようとした時、思わぬ人物が玉座の間に現れた。
「貴方は…シェルさん…!?」
「はっ。帰還が遅くなりまして誠に申し訳ございません。シェル、只今戻りました」
そう言って頭を下げるのは、流転の國の一員であり、エルフ種に属する青年シェルだった。まだマヤリィが女王だった頃、彼は桜色の都領内に存在するエルフの村を訪ねていたが、盟約が破棄されたことにより流転の國に帰れなくなってしまい、今まで帰ってこられなかったらしい。…勿論、ルーリはシェルのことを完全に忘れていた。
「ルーリ様、流転の國の事情は王都から遠く離れたエルフの村にも伝わってきております。国交断絶の為に長らく帰國が叶いませんでしたが、再び盟約が交わされたと聞き、帰って参りました」
「そうか…!お前にも大変な思いをさせてしまったな。…本当にすまない」
ルーリが謝ると、シェルはその場に跪いた。
「とんでもございません。こうして再び流転の城へ帰ってくることが出来まして、私は幸せにございます」
「シェル…」
それを聞いたルーリの心には消えない罪悪感と後悔が渦巻くが、シェルの次の言葉で別の現実を突き付けられた。
「ところで、大変申し上げ難いのですが…。ルーリ様、その御髪は一体どうなさったのですか?」
宝玉によって断ち切られたルーリの髪は、シェルも驚くほどひどい状態である。
「今は気にするな。私はすぐにミノリの身体を治さなければならない。…シロマ、一緒に来てくれ」
今のルーリはミノリのことで頭がいっぱいだった。
しかし、シロマは静かな声で言う。
「ルーリ様、お待ち下さいませ。ミノリ様が今の貴女様を見たら、ショックを受けることでしょう。…ちょうどシェルさんが帰ってきてくれたことですし、御髪を整えてからにした方がよろしいかと存じます」
シェルは流転の國唯一のスタイリストであり、城の中には彼が管理する美容室もある。
まぁ、マヤリィがそこに行きたがらないお陰でジェイのヘアカット技術が向上しているのだが。
シェルは跪いたまま、ルーリに言う。
「シロマ様のおっしゃる通りです。早急に支度致しますので、今少しお待ち頂けませんか?」
「…分かったよ」
ルーリは渋々承知する。
さっきからシロマが騒いでいるくらいだから、よほど変なのだろう。ならば、さっさと整えてもらった方が良いかもしれない。
一刻も早くミノリの所へ行きたいが、ルーリは仕方なくシェルが用意した椅子に座り、カットクロスを巻かれる。
「今どうなっているかは知らんが、適当に整えてもらえればそれでいい。よろしく頼む」
完全に自分のことは後回しなルーリさん。
「はっ。畏まりました、ルーリ様」
シェルは一礼すると、ルーリの髪に鋏を入れた。ざっくりと無造作に切られた髪は短くするより他なく、真ん中で分けていた横の髪も後ろに合わせて短く切られた。
「失礼致します、ルーリ様」
そう言ってシェルは途中でバリカンに持ち替えた。
(ああ、シャドーレがよく使っていた器具か…)
今は大人しく座っている以外に何も出来ない状態なので、ルーリは黙って現実と向き合うことにした。
(言われてみればやけに頭が軽い気がするし、シロマがあんなに取り乱していたところを見ると、宝玉の奴は一体どんな切り方をしたんだ…?)
考えても分からないので、シェルに全て任せることにした。
(やはり…物凄く短くなってしまうのか?)
昨夜考えていたことを思い出し、ルーリは初めて悲しくなる。
後頭部にバリカンの振動を感じる。かなり上まで刈られているのが分かる。もしかして、今の私にドレスって合わないんじゃないか?
もしかしなくても、髪と服のミスマッチは甚だしい。
「終わりましてございます、ルーリ様」
「ありがとう、シェル」
ルーリにとってはとても長い時間に思えたが、実際は二十分もかかっていなかった。
これでミノリの所へ行けると安心したのも束の間、仕上がりを見せてもらったルーリは絶句した。束ねた髪の根元から断ち切られた髪を綺麗に整えるには短くするしかなかったらしく、美しいロングヘアは見る影もなかった。予想以上に短くなった髪にショックを受けるルーリだが、泣いている暇はない。
「…シェル、突然のことですまなかったな。お陰で助かったよ」
ルーリはやっとの思いでそう言うと、
「シロマ。ミノリの所へ行くぞ」
何も言えずにいるシロマの手を取って、自分の部屋に『転移』した。
「ミノリ…!」
ルーリがそっと傍まで行くと、ミノリは眠っていた。
「よかった…眠っているみたいだな…」
安心したルーリは、毒系統魔術を専門とするユキが使っていた『悪魔のチョーカー』を取り出し、自分の首に装着すると、シロマの『ダイヤモンドロック』を両手で持つ。
すると、ルーリが何も言わないうちに二つのマジックアイテムは呼応し『ダイヤモンドロック』はミノリの身体を光で包み『悪魔のチョーカー』はミノリの身体からあの傷痕のような模様を取り出し吸い込んでいった。
「『解毒』『状態異常全解除』『全回復』発動せよ」
まるでマジックアイテムに言わされているかのようにルーリの唇が動く。
眩い治癒の光が降り注ぐと同時に『猛毒』の紫色の液体が抜け出てゆく。
その時、ミノリが目を覚ました。
「ルーリ……?」
「もう少しだ。動くな」
ルーリはそう言うと『完全治癒』魔術を発動し、毒の痕までも完全に消し去った。
(さすがはルーリ様…。『宙色の魔力』がなくとも、この御方は間違いなく世界で一番の魔術師…)
シロマは自身に宿った『流転の閃光』を感じながら、ルーリの魔術師としての力と綿密に立てた計画の成功に感動していた。
「ルーリ、身体が動くわ!」
『完全治癒』魔術が終わると、ミノリは起き上がった。
「最初に毒を受けた左腕も問題ない。気持ち悪い毒の痕も消えてる!」
「よかった、ミノリ…!本当によかった…!」
ルーリはそう言ってミノリを抱きしめる。
「もう大丈夫だ。お前の身体から毒は消えた」
「ルーリ、ありがとう…!貴女を信じて待っててよかったわ…!」
ミノリもルーリを抱きしめる。
身体に力が入るのを感じる。
命の危機が去ったのを感じる。
「本当にありがとう、ルーリ…!」
ミノリはそう言ってから、初めてルーリの姿をまじまじと見る。
「っ!?ルーリ!?そ、その髪どうしたの!?」
彼女の美しいロングヘアがなくなっている。
「嘘でしょ?なんで?どうして??ルーリの髪の毛、どうしちゃったの…!?」
激しく動揺するミノリに、ルーリは優しい声で話し始める。
「今の私は白魔術師であり、毒系統魔術のマジックアイテムを身に着けている。そして、雷系統魔術の適性はシロマが持っている。詳細は後で説明するが私達は『魔術適性の交換』を行った。その為には髪を捧げる必要があったんだ」
ルーリの説明を聞いたミノリは泣き出す。
「…ってことは、ミノリのせいでルーリの髪がなくなってしまったのね!?綺麗な髪だったのに…ごめんなさい!」
「いや、ミノリのせいじゃない。他にも方法はあったのかもしれないが、私にはこれしか思い付かなかったんだ」
ルーリは優しく語りかける。
「言っただろう。何としてでもお前の身体を元通りにしてみせると。…ずっと苦しい状態で待たせてしまって本当にすまなかった。お前が元気になってくれてよかったよ」
「ルーリ…」
「泣かないでくれ、ミノリ。…ほら、私は意外とベリーショートが似合うと思わないか?」
ルーリは精一杯強がってみせる。が、さっき鏡に映っていた女が自分とは思えず、落ち着かなくて仕方がない。
頭が軽い。頭が涼しい。それが寂しい。
(やっぱり…似合わないのかな…)
そんなことを考えていると、ミノリはもう一度ルーリを抱きしめた。
「ルーリ、貴女の大切な物を手放してまでミノリを助けてくれて本当にありがとう。…この髪、凄くカッコいいよ」
思わずルーリは泣きそうになるが、それを誤魔化すように、部屋の隅にいるシロマを呼び寄せる。
「お前を救う為には、シロマの協力が必要不可欠だった。最上位白魔術師の力がなければ、この計画を始めることも出来なかった。…シロマがいてくれたお陰で、お前は助かったんだよ」
ルーリの首には今も『悪魔のチョーカー』が装着されたままだ。
「いえ、只今の魔術はルーリ様でなければ発動することは出来ませんでした。私には、そのマジックアイテムを装着することも不可能でしたので」
そう言って傍まで来たシロマの手をミノリは握った。
「シロマ、ミノリを助けてくれて本当にありがとう…!もう治らないかと覚悟してたけど、貴女の白魔術のお陰で自由に動けるようになったわ!」
ミノリの手は力強く温かった。身体は完全に治ったのだ。
「ミノリ様がお元気になられて何よりです。本当によかった…!」
シロマは目に涙を浮かべながら微笑む。
その時、クラヴィスが今日の計画を心配していたことを思い出した。
「そうだわ、クラヴィスにもミノリ様のことを報告しなければ!」
そう言って突然立ち上がるシロマ。
「彼は自分には何も出来ないと言って嘆いていましたが、いつもミノリ様の心配をしていました。…これから、クラヴィスの所へ行って参ります」
「そうだったの…。よろしく伝えてね、シロマ。ミノリはクラヴィスが桜色の都の国王陛下に会うと聞いて、本当に嬉しかったのよ」
桜色の都との国交回復。それを誰よりも願っていたのはミノリだったかもしれない。
「畏まりました、ミノリ様。クラヴィスがそれを聞いたら喜ぶと思います」
シロマはそう言うと、
「ルーリ様、此度は本当にお疲れ様にございました。ミノリ様、今しばらくお身体を休めて下さいませ。…では、私はこれで失礼致しますね」
深くお辞儀してから『転移』した。
しかし、内心は複雑である。
(クラヴィスに、なんて説明すればいいかしら…)
魔術適性の交換をしてミノリを救う計画のことはクラヴィスにも話してあるが、あまりよく分かっていない様子だった。そもそも彼は魔力を持っていないので『雷系統魔術適性』の宝玉を作ると言ったところで理解するのは難しいだろう。…だからこそ、ルーリは『魔術適性の交換』という方法を選んだのだが。
しかし、白魔術師としての自分を失ったシロマは、ルーリとは全然違う意味でアイデンティティクライシスに陥っていた。
(私は…雷系統魔術を使いこなせないかもしれない…)
回復魔法しか使ったことのないシロマは、攻撃魔法を使うのが怖かった。しかも、手にしたのは流転の國で一番の実力を持つルーリの『雷系統魔術適性』である。
(この力が…『閃光』の宿ったこの身体が…私は怖い)
強大な魔術を使役出来るという期待よりも、誰かを傷付けてしまうことへの恐怖を感じるシロマであった。




