第四十話 これから
ようやく取り戻した記憶。
マヤリィに愛された日々の優しい思い出…。
あれはいつのことだっただろうか。
そんなに昔のことではないのに、今は遥か遠くに感じられる。
(私は確かにマヤリィ様と話した。あれは、あの御方が病に伏せっていらっしゃる時のことだ…)
その時の会話をルーリは思い出す。
マヤリィ様の顔も、今ははっきりと思い出せる。
以下、回想シーン。
「ルーリ、愛してるわ。世界も次元も超えて、貴女に出逢えたことは運命としか思えない。私は本当に幸せよ」
そう言ってマヤリィは美しい微笑みを向ける。
「マヤリィ様…!わ、私も貴女様にお逢い出来たことはこの上ない幸福にございます…!愛しいマヤリィ様。どうか、この先もずっと、私のご主人様でいて下さいませ…!」
ルーリは笑顔のつもりだったが、瞳からは涙がこぼれてしまう。
「貴女様がいなければ…ルーリは生きてゆけません…。どうか、これからも…」
その言葉の途中でマヤリィはルーリを抱き寄せる。
「大丈夫よ、ルーリ。私はどこへも行かないわ。貴女を悲しませるようなことはしない」
そして、指先でルーリの涙の雫を受け止め、
「貴女を置いてどこにも行けるわけがない。…たとえこの國を離れることがあろうと、いつまでも私達は一緒よ。約束する」
「マヤリィ様ぁ……!!」
優しくルーリを抱きしめるマヤリィ。
「…誰かに似てるからじゃないわ。他の誰でもないルーリだから、私は好きになったの」
優しくルーリに語りかけるマヤリィ。
いつも気付けば遠くにいるような気がしていたご主人様の心が、今はとても近くにあることをルーリは感じていた。
「マヤリィ様…大好きです…!」
優しくルーリを受け止めるマヤリィ。
「私も貴女が大好きよ、ルーリ…!」
「どうして…私は一番大切なことを忘れてしまったんだ…!?マヤリィ様は…あんなにも私に優しくして下さったというのに…。決して離れないと誓ったのに…私自身がマヤリィ様を裏切ってしまった……」
(違うわ、ルーリ。貴女のせいではないの)
「マヤリィ様…!?」
どこからか聞こえてくるマヤリィの声。
(貴女は記憶を封じられこの國の女王に仕立て上げられていた。ただそれだけなのよ)
その声は『宙色の耳飾り』から聞こえる。
「本当に、マヤリィ様なのですか…!?」
(いいえ、私はマヤリィが置いていった魔力の残滓。言わば幻のようなもの。…けれど、マヤリィならルーリにこうやって話しかけるはずよ)
まるでマヤリィの心が乗り移ったような『宙色の耳飾り』を前に、ルーリは涙を流す。
「申し訳ございません、マヤリィ様。私は貴女様の側近でありながら、流転の國を守ることが出来ず…それどころか皆を傷付け、沢山の人を殺してしまいました…」
(言ったでしょう、ルーリ。貴女のせいではないのだから、自分を責めるのはやめて頂戴)
「されど、マヤリィ様……」
その時、ルーリは思う。『宙色の耳飾り』ならばマヤリィの行方を知っているのではないか。
「畏れながら、マヤリィ様。貴女様は今どちらにいらっしゃるのでしょうか…?」
(ごめんなさいね、それは分からないわ。私は長い間マヤリィと一緒にいた為に彼女の心が分かるようになっただけなの。だから、本物のマヤリィがどこにいるかは私にも分からない…)
「手がかりはないのでしょうか…?」
(ごめんなさい、それも分からない…。今の私はただの耳飾り。宙色の魔力を使うに相応しい者がいなければ、何の役にも立たないのよ…)
『宙色の耳飾り』は点滅を繰り返している。
「水晶球は、耳飾りを装着することが出来るのはマヤリィ様だけだと言っておりました。されど、私達はマヤリィ様を探すどころか、この國から出ることすら出来ません」
ルーリは言う。
(いいえ、違うわ。今の貴女は流転の國を出ることが出来る。つまり、桜色の都にも行けるのよ)
「それは…本当にございますか?」
(ええ。水晶球は記憶を戻すと同時に、貴女をこの國から出られるようにしたみたいね)
耳飾りはマヤリィの声で話し続ける。
それを聞いたルーリは前にミノリが言っていたことを思い出す。
「ミノリが言うには、マヤリィ様は桜色の都にいらっしゃるとのことにございました…!」
(…そう。それが確かなら桜色の都に行くべきね)
「どうか教えて下さいませ。どうしたらマヤリィ様を見つけ出すことが出来るのでしょうか…?」
(ごめんなさい。私には分からないわ)
「生きていらっしゃることは確かなのですよね…?」
(ええ。マヤリィが死んだらその魂は流転の國に戻ってくるけれど、同時に私も壊れるわ。そして、流転の城は崩れ始め、そうなってしまえば誰も助からない…)
水晶球が壊れても城は無事だったが、マヤリィが死に『宙色の耳飾り』が壊れたら今度こそ流転の國は終わる。
「マヤリィ様は…流転の國に帰ってくることを望んでいらっしゃるのでしょうか…?」
彼女を追放してからかなりの月日が経っている。
今頃、マヤリィはシャドーレと一緒に桜色の都で幸せに暮らしているかもしれない。
(それは分からないわ。…けれど、大切なのは貴女がマヤリィに会いたいかどうかではないかしら)
「私が…マヤリィ様に…?」
(ええ。流転の國の為ではなく、貴女の気持ちを優先して頂戴。マヤリィならきっとそう言うわよ)
「っ…」
(どうなのかしら、ルーリ?)
「会いたいに決まっております!!」
(ふふ、マヤリィも同じ気持ちだといいわね)
そう言うと、耳飾りは急に光らなくなった。
「マヤリィ様!?…の耳飾り!!もっと声を聞かせて下さいませ…!」
ルーリは耳飾りに向かって呼びかけるが、応答はない。マヤリィの魔力の残滓が完全に消え去ったのか、いくら話しかけても答えは返ってこない。
「マヤリィ様ぁ……」
今は決して開かれることのないマヤリィの部屋の前でルーリは泣き続けた。
次の日、ルーリは玉座の間に集まった皆の前で『宙色の耳飾り』との会話について話した。
耳飾りにさえマヤリィの居場所は分からないということ、しかしマヤリィが生きているのは確かだということ、そして今の自分達は桜色の都に行けるということ。
「ならば、一刻も早く桜色の都に参りましょう!そして、出来れば国王陛下に協力要請を…!」
一番に反応したのはクラヴィスだった。彼はずっとヒカル王の心配をしているのだ。
しかし、ルーリは首を横に振る。
「いや、それは簡単なことではない。友好国だった桜色の都との盟約を一方的に破棄したのはこちらだからな。…これも私のせいなんだが」
「確かに、今頃になって再び友好国になってくれと言うのは都合が良すぎるわ…」
ミノリも難しい顔をする。
そんな彼女にシロマが聞く。
「ミノリ様は『長距離念話』のマジックアイテムをお持ちなのですよね?今もそれは使えるのでしょうか?」
「そういえば、前にシャドーレと連絡を取ったことがあったな」
ルーリも思い出す。
しかし、ミノリは悲しそうな顔になって、
「あれから何度も試してるけど、全然繋がらないの。壊れてるわけじゃないみたいだから、たぶんシャドーレが魔術具を装着してないのよ」
ジェイが作った『長距離念話』のマジックアイテムはワイヤレスイヤホン型。それを互いに装着し、話しかけることによって発動出来る。
しかし、それが繋がらない今、シャドーレを頼ることは出来ない。
「…ならば、改めて桜色の都に使者を送り、事情を話した上で正式な会談の場を設けてもらい、再び『守護者』となることを約束する以外に方法はないようだな」
マヤリィが女王だった頃、流転の國と桜色の都は友好国だっただけではなく、有事の際に都を守る『守護者』となることを約束していた。それは、桜色の都に比べて、流転の國は桁違いの強さを持っているから。たとえ桜色の都が総力を挙げて流転の國に攻め込んできたとしても、ルーリひとりで蹴散らすことが出来るだろう。
ゴーレム討伐の際、ヒカル王が助けを求めたいと思いつつ、逆に関係性を悪化させてしまう可能性を懸念して連絡を取らなかったのはこの為である。彼にとって、流転の國を敵に回すのは何より怖いことなのだ。
「でも、流転の國の使者だと名乗ったところで受け入れてもらえるかしら。こちらから盟約を破棄した以上、信頼を回復するのはなかなか難しいと思うわ。…ミノリは桜色の都まで行くことすら出来ないし」
ミノリはかつて流転の國の使者として桜色の都に赴き、当時の国王ツキヨとマヤリィを会わせることに成功している。
だが、今も彼女の身体にはクロネの『猛毒連射』の後遺症が残り、それは『宙色の魔力』なくしては治らないだろう。
「…では、先に書状を送るというのはどうでしょうか?」
クラヴィスが言う。
「私の名を出せば、もしかしたら国王陛下に謁見することが出来るかもしれません」
「確かに、桜色の都の英雄と呼ばれたクラヴィスなら、受け入れてもらえる可能性がありますね」
シロマも言う。
昨年、桜色の都が得体の知れないモンスターの群れに襲われ危機に陥っていた際、流転の國は都の『守護者』として彼等を救った。その時、クラヴィスは前線で群れに立ち向かって見事に任務を果たし、都の英雄としてヒカル王直々にもてなしを受け、語らったことがある。
そのことはルーリも覚えているので、少しの沈黙の後、クラヴィスに言った。
「分かった。全てお前に任せる。面識のない私よりも、以前語り合ったことのあるお前の方が陛下も受け入れやすいかもしれない」
「はっ。畏まりました、ルーリ様。叶うならば直接お会いし、こちらの事情をお話しする機会を設けて頂けるよう、力を尽くしたいと存じます」
「頼んだぞ、クラヴィス」
「はっ!」
その後、長い時間をかけてクラヴィスは書状を作成した。シロマの助言も受けながら、なんとかして再び繋がりを持ちたいという願いを込めて、彼は書状を完成させた。
一方、ミノリは日に日に身体の自由が利かなくなっていった。ルーリはそんな彼女に寄り添い、マヤリィと過ごした日々の思い出話をした。
「ルーリ、お願いがあるの」
「なんだ?」
「どこか別の部屋にミノリを連れて行ってくれない?」
今、ミノリがいるのは自分の部屋だが、正確に言えばシャドーレと二人で過ごせるようにとマヤリィから与えられた広い部屋である。何しろ、二人は正式にマヤリィから認められた恋人同士なのだ。
「もう二度とシャドーレに会えないかもしれないと思うと、この部屋にいるのがつらいの。…どこか空き部屋はないかしら」
ミノリは目に涙を溜めてルーリに言う。
「空き部屋か…。あるにはあるのだろうが、私はそういった管理をしたことがないからな…」
ルーリは腕を組んで考えていたが、
「お前が嫌でなければ、私の部屋に来るか?私は寝なくても大丈夫だから、ベッドは好きに使ってくれて構わない」
悪魔種のルーリは特別睡眠を必要としない。限界まで魔力を消費した場合は別だが、基本的に夜中も起きている。
「ルーリの部屋に…?いいの…?」
恐縮するミノリに、ルーリは笑顔で言う。
「何言ってるんだ。良いに決まってるだろう?とりあえず行ってみて、気に入らなかったらまた考えるとしよう」
そして、すぐに『転移』を発動するルーリ。
「ここが…ルーリの部屋……」
自分の部屋とはまるで違うとミノリは思った。
最高級の家具、美しい調度品、全てが整った洗練された空間…。
どこを見ても、この部屋の住人のセンスの良さが感じられる。
「さすがはルーリ。部屋まで素敵ね…」
そう言いながらベッドに運ばれるミノリ。
「ベッドも大きい…寝心地もいいわ…!」
ミノリを寝かせたルーリは彼女の身体に優しく毛布をかける。
「苦しくないか?」
「大丈夫よ。…ミノリ、こんなに気持ちのいいベッドで寝たの初めて…!」
「それならよかった。私はここにいるから、必要な物があれば何でも言ってくれ」
そう言って微笑むルーリは女神のように美しかった。
「ルーリ…ありがとう……」
ミノリは安心したらしく、まもなく眠りに落ちた。
先ほどよりも穏やかな表情だ。
しかし、
「ミノリ…すまない…」
記憶を失っている間に自分が犯した所業を思い出し、ルーリは俯く。
「私はマヤリィ様にお会いしたい。…だが、今はそれ以上にお前を助けたいよ、ミノリ…」
ルーリは死んだように眠るミノリの傍らで、いつまでもその寝顔を見守っていた。
マヤリィに愛し愛され、彼女が頻繁にルーリの部屋を訪れるようになってから、内装は少しずつ変わっていきました。
流転の國に顕現したばかりの頃は、皆に比べて少しばかり洒落た内装にしていただけの部屋でしたが、いつマヤリィ様が来ても良いようにと最高級の家具を揃えるようになりました。
今作でルーリの部屋が登場するのはこれが初めてです。




