第三十五話 戦の女神
「我が国を脅かした貴様らを許すわけにはいかない!!」
断髪の女兵士シャドーレは最後の戦いに挑みます。
翌朝、国境線一帯は朝日に包まれた。
シャドーレは隊員達を集める為、狼煙を上げる。
「見ろ、きっとシャドーレ様だ…!」
『クロス』の者達は狼煙が上がっているのを見て、それぞれの野営地から次々と集まってきた。皆の期待通り、目的地にはシャドーレの拠点があった。
「シャドーレ様…!」
「やはり来て下さったんですね!」
「信じて待ってましたよ!」
皆はシャドーレの顔を見るなり安堵の表情を浮かべ、中には涙ぐむ者もあった。
「皆、昨日はご苦労でした。霧の中で戦うのは本当に大変だったことでしょう。…しかし、もう心配は要りませんわ。任務は今日中に終わらせます」
シャドーレは声を張り上げて言う。
「ここには、陛下のご意志に従って戦線離脱した者を除く全員が集まっているはずですが、今一度班ごとに人数を確認するように!足りない場合はすぐに捜索にあたりましょう!」
しかし、その必要はなかった。
まもなく、全ての班から全員無事との報告が上がってきたのだ。
(よかった…本当に……)
シャドーレは一瞬だけ笑顔を見せたが、すぐに真剣な表情になって『シールド』を張る。
「えっ…」
「これは…『シールド』?」
「大きすぎないか…?」
戸惑う隊員達を前に、シャドーレは告げる。
「貴方達は安全な場所にいなさい。ゴーレム共は私が全て片付けます。…手出しは無用ですわ」
「シャドーレ様!?待って下さい!!」
「落ち着け。これはシャドーレ様の命令だ」
慌てて後を追いかけようとする隊員達を制したのはウィリアム副隊長だった。
このことは昨夜のうちから決まっていたのだ。
「ようやく姿を現したか…」
昨日の霧が嘘のように東の森は晴れ上がり、ゴーレムの残党が現れた。その巨体は木々では隠れず、彼等もそれを分かっているのか、総攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。ひと所に固まって、たった一人で現れた人間を見下ろしている。
「裏切り者め…」
殺気に満ちたシャドーレは迫ってくるゴーレムを前にして『暗黒のティーザー』を構える。
「国境線の警備を放棄し、仲間を殺し、我が国を脅かした貴様らを許すわけにはいかない!!」
シャドーレはそう叫ぶと、ゴーレムを撃破した。一体、また一体と、粉々になってゆく。
「私を敵に回したことを後悔しながら死ね!!」
黒魔術を纏った長い槍はシャドーレの思いに応えるかのように容赦なくゴーレムを破壊した。
晴れ渡った空の下、彼女の戦いは『シールド』の中にいる隊員達からも見えた。
(本当にシャドーレ様ですよね…?)
一番近くで待機していたウィリアムには声も聞こえたが、その言動は普段の彼女からはとても想像出来ないものだった。
桜色の都を守る為に戦場に立つ時、シャドーレは情け容赦のない好戦的な性格に変わる。
敵を一人残らず殺すまで、彼女は決して止まらない。
(シャドーレ様…本当に一人で全てを終わらせるつもりなのですね…)
ウィリアムは昨夜のことを思い出すと、切なく悲しい気持ちになる。
「えっ!?一人で戦われるというのですか!?」
昨夜、シャドーレから作戦を聞かされたウィリアムは動揺した。
彼女は隊員達を集め、彼等を『シールド』で保護し、一人でゴーレムを片付けると告げたのだ。
「ええ。明日はきっと晴れる。そうなれば、ゴーレムの残党を処理するのは私一人で十分ですわ。これ以上、私の大切な仲間を傷付けさせるわけには参りません」
シャドーレは横目でダークを見た後、哀しみを押し隠すように話を続ける。
「皆、今日の戦闘で疲れていることでしょう。それに、野営地では十分な睡眠が取れないかもしれません。疲弊した身体では、怪我を負うリスクは高まります」
「しかし…貴女様とて疲れていらっしゃるのでは…?」
ウィリアムは心配そうに言うが、シャドーレは首を横に振る。
「私は大丈夫ですわ。……貴方にだけは伝えておきますが、私は王都を発つ時、無事に帰る約束は出来ないと陛下に申し上げました」
「えっ…」
「けれど、貴方達は陛下のご意志に背いてはいけません。…私はもう誰にも傷付いて欲しくない。もう誰も失いたくないのです」
そう言って、たった今ウィリアムに刈り上げてもらったばかりの頭を触るシャドーレ。
「でも…シャドーレ様…」
ウィリアムは今にも泣き出しそうな顔でシャドーレを見る。
「ウィリアム。私のことは心配しないで下さい。…むしろ、ゴーレム達の心配をした方が良いと思いますわ」
そう言って彼女は微笑んでいたが、あの時は既にいつものシャドーレ様ではなかった、とウィリアムは思い返す。
私は陛下に約束していないと言って、皆を安全地帯に残し、自分だけは命がけで敵に挑むシャドーレ。
しかし、彼女には勝つ自信があるのだろう。
シャドーレの強さをこの目で見たウィリアムはそう思う。
(ふふ、私は男に産まれるべきだったかな…)
ダークと同じようにと切ってもらったシャドーレの髪は、風に靡かないほど短く刈り込まれていた。それが、今の彼女には心地よかった。
(いや、私はレイヴンズクロフト家の娘。そして、桜色の都の黒魔術師だ…!)
散々暴れ回り、一度として反撃を許さず、敵を葬ってきたシャドーレは最後の一体と対峙する。
「貴様で最後か…」
目の前で繰り広げられた惨劇を前にしてゴーレムは後ずさるが、シャドーレは不敵な笑みを浮かべて漆黒の槍を構える。
「安心しろ。すぐに同胞の元へ逝かせてやるよ」
シャドーレは殺気をあらわにして、ゴーレムに襲いかかる。
もはや逃げられないことが分かると、ゴーレムはなりふり構わずシャドーレに向かって腕を振り下ろしたが、逆に『暗黒のティーザー』の一撃を食らってひっくり返った。
そして、シャドーレはゴーレムの上に立ち、死刑宣告をする。
「くたばれ、裏切り者」
次の瞬間、ゴーレムは粉々に砕け散った。
もう二度と再生することは出来ない。
「やったぞ!あれが最後の一体だ!」
「本当にお一人で討伐してしまわれた!」
「シャドーレ様はやはり物凄い御方だ!!」
戦いの様子を見ていた隊員達は歓声を上げた。
シャドーレはそんな彼等の元に戻ると、まず『国境線の黒魔術師』マンスに声をかけた。
「マンス。凶暴化し仲間を殺したとはいえ、あのゴーレム達はこれまで貴方の指示に従い、貴方とともに国境線を守ってきた者。…つらいでしょうが、陛下に報告する為、我々と一緒に王都まで来るように」
「はっ!畏まりました、シャドーレ様。お気遣い頂き、感謝致します」
マンスは涙ながらに頭を下げる。
先ほどまで喜びの声を上げていた隊員達はそれを見て、黙り込んでしまった。
その微妙な空気を一掃するように、
「只今をもって討伐任務を完了とする!皆、ご苦労でした!」
シャドーレは皆に呼びかける。
「これより王都に帰還する!何らかの異変に気付いた場合は速やかに報告せよ!」
「はっ!!」
シャドーレの号令で、隊員達は整列した。『クロス』の隊員とマンスの他に、先に派遣された二名も一緒に帰途に就いた。
「王都に着くまで気を抜くな。あと、国王陛下の前で大騒ぎするんじゃないぞ」
列の先頭に立ったのはウィリアム副隊長だった。彼はそう言って皆を導きながら、シャドーレの心配をしていた。
「まさか、ダーク隊長が亡くなるなんて…」
『クロス』のトップであるシャドーレは一番後ろから、一人の隊員とともにダークの遺体を運んでいた。
「隊長……」
『クロス』の中でもひときわ力の強い彼が、シャドーレと一緒にダークの遺体を運ぶ係に選ばれた。簡易的に作られた担架の上、ダークは二人がかりで王都へ運ばれた。
「全ては私の責任ですわ…」
シャドーレは涙を堪えて、王都までの道のりを歩いた。あれだけの戦闘の後だというのに、シャドーレの力は全く衰えていなかった。その細腕のどこにそんな力が秘められているのか、皆は不思議でならない。
王都では、ひと足早く到着したウィリアムの報告を受け、ヒカル王が笑顔で皆を迎えた。
避難指示が出るかどうかというところまで情報が開示されていたので、王都に住む住民達も出てきて桜色の都を救った英雄達の凱旋を祝った。
「シャドーレ…!」
ヒカルは一番後ろにいたシャドーレの姿を見るなり、駆け寄ってきた。
「陛下…。只今、帰還致しました。ゴーレム討伐は完了にございます」
担架を置き、その場に跪いて頭を下げるシャドーレ。
「しかし、ダーク隊長を死なせてしまいました。彼を守ることが出来ず、大変申し訳ございません。全ては私の責任にございます」
そんなシャドーレにヒカルは優しく声をかける。
「シャドーレ、貴女が全てを背負う必要はありません。皆を死地に送ったのは私なのですから」
「陛下…」
「彼の遺体はすぐに安置室に運ばせます。…葬儀を執り行うまで、皆が弔問出来るよう、彼の棺を安置したいと思います」
ヒカルはそう言うと、今度は隊員達に向かって呼びかける。
「今日は貴方達の凱旋を祝って宴を開きます。此度の想定外の危機に対して『クロス』は立派に役目を果たしてくれました。まずはゆっくりと身体を休めて下さい」
「はっ!!」
その後、ウィリアムが危惧した通り、隊員達が騒ぎ始めたのは言うまでもない。
(皆が無事でよかった…。けれど……)
その夜、生きて帰れたことを喜び、宴を楽しむ隊員達を横目で見ながら、シャドーレは一人離れた所で夜風に当たっていた。
そこへ、
「一番の功労者がここにいて良いんですか?」
副隊長のウィリアムがやってきた。
「隊長の死は、白魔術師を連れてくるのが遅れた私の責任にございます。決して、貴女のせいではありませんよ」
「それでも、ですわ…」
確かに、自分は出来る限りのことをした。それでも、もう少し早くダーク班が戦っている現場に辿り着いていたら、彼を敵の一撃から守ることが出来たかもしれない。
「私は…もっと急ぐべきでした…」
そう言って俯くシャドーレの元へ、
「ワインでもいかがですか?」
ヒカルがわざと明るく現れる。
しかし、シャドーレは頭を下げると、
「いえ、お気持ちだけ有り難く頂戴致しますわ。…ウィリアム、飲みなさい」
ヒカルから受け取ったグラスをウィリアムに押し付けるシャドーレ。
「お酒は嫌いですか?」
「…苦手なだけですわ」
「貴女にも苦手なものがあったとは」
ウィリアムは気を遣って離れていったが、ヒカルは意地でもシャドーレの傍にいようとする。
「シャドーレ。貴女の髪は短くなる一方ですね」
昨夜、ウィリアムに整えてもらった髪はダークと同じ長さ。桜色の都の女性としては有り得ない髪型だが、いつものことといえばいつものことだ。
そう言われたシャドーレは哀しそうに微笑んで、
「ええ。もういっそのこと坊主にしてしまおうかと思っておりますの」
つまらない冗談を言う。
(いや、この人ならやりかねないな…)
と思いつつ、ヒカルは彼女の横顔を見ていた。どんな髪型であろうと、シャドーレの美しさは変わらない。
「隊員達から聞きました。貴女は戦の女神のようだったと」
「…私は自分が為すべきことをしたまでにございますわ」
ヒカルがどこまで聞いたかは知らないが、シャドーレが詳細を語ることはなかった。
「今、何を考えていますか?」
「陛下こそ、何をお考えですの?」
憂いを帯びた碧い瞳がヒカルを見ている。
いつの間に誂えたのか、今夜のシャドーレは貴族の令息のような装いをしていた。抜群のプロポーションと優美な立ち居振る舞い。まさに男装の麗人といった風情だが…。
「男装も良いけれど、ドレス姿の貴女も見てみたいと思っていました」
ヒカルは正直に言う。
「陛下のご命令とあらば着用しますが、この髪ではとても似合いませんわ」
そう言って自身の髪に触れたシャドーレは、本当に短くしてしまったのだと実感した。
ヒカルは彼女の輝くプラチナブロンドを見て、触ってみたいと思うが、とても言い出せない。
(シャドーレ…。出来るなら、私はもっと早く生まれたかった…)
彼女に求婚出来ない年齢差が恨めしくなる若き国王。
そんなヒカルの心情も知らず、シャドーレは急に真面目な声で言う。
「陛下」
「な、何でしょうか…?」
「折り入って、陛下にお願いしたいことがあるのです」
「はい、何でしょうか?」
真剣な表情のシャドーレを前にして、彼女に見とれて浮かれていたヒカル王は姿勢を正す。
「私を『クロス』の隊長に任命して頂けないでしょうか?」
「えっ…」
「亡くなったダーク様の後を継ぎたいのです」
シャドーレは彼のことを『ダーク様』と呼んだ。
「私を特別顧問という形で『クロス』にいさせて下さった陛下にはとても感謝しております。…されど、私は此度の任務で仲間を死なせてしまった。そんな自分がどうしても許せないのですわ」
シャドーレはそう言うと、跪いて頭を下げる。
「本来ならば特別顧問の職を辞して『クロス』からも去るべきなのかもしれませんが…。叶うならば、彼の代わりに隊長の責務を果たすことで、償わせて頂きたいのです」
「シャドーレ…。貴女は自分を責めすぎです。彼の死は貴女の責任ではありません。なぜ、そんなにも自分を追い詰めるのですか?」
ヒカルは戸惑うが、その理由は分かっている。
(貴女は…ダーク隊長を愛していたのですね…)
「……分かりました。『クロス』の特別顧問は廃止としましょう。そして、貴女を次期隊長に任命する。…これで良いでしょうか?」
しばしの沈黙の後、ヒカル王はそう言った。事実上は彼女を降格させることになるが、それでも『クロス』のトップであることに変わりはない。
「はっ。陛下のお取り計らいに感謝致します」
シャドーレは深く頭を下げた。
愛する男性の後を継いで魔術師部隊の隊長を務める。
ある意味、彼女らしい弔いの方法だとヒカルは思った。
昨夜、ダークと同じ長さに切ってもらった髪。
シャドーレはその時から、彼の後を継いで隊長になることを望んでいました。
比較的自由な立ち位置の特別顧問に対し、隊長は全てを統括する忙しい役職です。
ヒカル王は愛する女性の心が全く自分に向いていないのを寂しく思いつつ、彼女の願いを受け入れるのでした。




