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流転の國 vol.7 〜幻と記憶が交差する宙色の物語〜  作者: 川口冬至夜


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第三十四話 私のダーク様

ダーク様、私を置いていかないで下さいませ…!

拠点に結界を張り、その中にダーク隊長、ウィリアム副隊長、隊員三名、そしてシャドーレはひとまず落ち着いた。


シャドーレはゴーレムに取り囲まれた際に負傷した一人を戦線離脱させる為、同じ班の二人に警護を任せることを決めた。

「怪我といっても大したことはありません。この先も一緒に戦わせて下さい」

軽傷の彼はそう言ったが、シャドーレは首を横に振った。

「此度の任務は討伐だけではなく調査も兼ねています。貴方達はひと足早く王都に戻り、現在の状況を陛下に報告しなさい。これは大切な仕事ですわ」

シャドーレに厳しい声で命じられ、警備を任された者が先に頭を下げた。

「畏まりました、シャドーレ様。彼を王都に送り届け治療を受けさせるとともに、我々は陛下に現状を報告致します」

「よろしく頼みますわよ。万一の際は『シールド』を張って凌ぎ、必ず王都に帰還しなさい」

「はっ!!」

だんだんと霧が晴れてきたこともあり、二人は負傷した一人を連れて、速やかに来た道を引き返していった。

「これで彼のことは安心…して良いのですかね?」

「ええ。信じて任せましょう。人命第一といった陛下のお言葉に背くわけには参りませんわ」

あれ?命に代えても国を守るって言ってたのは誰でしたっけ?

「ですが、問題は……」

背後からゴーレムの強烈な一撃を受けたダーク隊長を見て、ウィリアムは頭を抱える。

応急処置は施したものの、動くことは出来ない。かろうじて意識は保っているが、一刻も早く白魔術師を呼ぶ必要がある。

「ウィリアム。これから私は関所に行き、白魔術師を連れてきます。貴方はここでダーク隊長を見ていて下さい」

「いいえ、シャドーレ様。私が関所に参ります。ダーク隊長のお傍にいるのは貴女様の方が良い気がするのです。…霧も晴れてきましたし、必ず関所に辿り着いてみせます」

ウィリアムはそう言って、シャドーレを拠点に留めようとする。

「…分かりました。貴方に任せましょう」

彼の力強い言葉を聞いて、シャドーレは許可を下した。

「では、行って参ります。シャドーレ様、ダーク隊長」

「頼みますわよ」

「はっ!!」

ウィリアムは笑顔で頷くと、拠点から駆け出していった。


「ダーク様、苦しくありませんか?」

二人きりになると、シャドーレはダークをそう呼んだ。

「シャドーレ……」

ダークは朦朧とした意識の中、シャドーレの手を握った。

「私に何か出来ることがあればおっしゃって下さい」

シャドーレがそう言うと、ダークは何かささやいた。

「ええ。今ここには私しかいませんわ。ウィリアムは白魔術師を呼びに行きました」

ダークは頷くと、今度はシャドーレの頬に手を触れた。

「ダーク様…」

逞しく優しい手。何度となく自分を抱きしめてくれたダーク様の手…。

シャドーレはそのままダークの唇にキスをした。

「ダーク様…もう一度、私を抱いて下さいませ。私を初めて女として見て下さったダーク様…。貴方様のお陰で、私は……」

シャドーレは初めて彼と結ばれた夜のことを思い出す。あの時、自分は副隊長だった…。

ダークとの日々を思い出せば懐かしいことばかりだ。天界との戦が終わり、黒魔術師部隊の結成に向けて奔走し、やがて『クロス』の隊長と副隊長の立場に落ち着いた。シャドーレが流転の國に引き抜かれたことで途絶えてしまった関係も、今では完全に修復されている。恋人であり戦友でもある。その関係は変わっていないと、お互いに思っている。

「ダーク様…」

祈るような気持ちで彼の名を呼ぶ。

「シャドーレ……」

涙でうるんだ碧い瞳に見つめられ、ダークは微笑む。

(お前は…世界で一番美しい女だな…)

薄れゆく意識の中で、ダークはそう思う。

(俺なんかとは釣り合わないのに…お前は…)

「ダーク様、聞こえませんわ。何とおっしゃいましたの?」

シャドーレは耳を近付ける。

すると、ダークはか細い声でささやく。

「シャドーレ…愛してる……」

それが今一番シャドーレに伝えたい言葉だった。

「ダーク様…私も貴方様を愛しておりますわ。…ああ、どうか目を閉じないで下さいませ。ずっと私を見ていて下さい…」

しかし、次第にダークの目は虚ろになってゆく。

「ダーク様ぁ…!もう少しです。もう少しで白魔術師が来るのです。待って下さい、ダーク様…!」

シャドーレは必死の思いで呼びかける。この手を離したら彼は遠くへ行ってしまいそうだ。

「私の…ダーク様……」

その時、ダークの唇が動く。

もう声は出せなかったが、彼の言葉は彼女に届いた。


『ありがとう』


唇は確かにそう告げた。

同時に、彼は目を閉じる。

「ダーク様…?」

彼が動かなくなったのを見て、シャドーレは叫ぶ。

「ダーク様、目を開けて下さい!私を置いていかないで下さいませ!ああ…ダーク様ぁ…!」

シャドーレはもう分かっていた。

ダークが二度と目覚めないことを。

彼女はそれでも呼び続ける。

「ダーク様!!」

あふれ出す涙を止めることもなく、シャドーレはダークの身体を上から抱きしめた。

「ダーク様…!私を置いていくなんて…!」

彼女は声を上げて泣いた。誰に聞かれようがどうでもよかった。もう何も考えられず、彼女は泣き続けた。

「ダーク様、私は……」

涙に濡れた顔を上げたシャドーレは『暗黒のティーザー』の穂先を自身の首に当てる。

「貴方を失うなんて、考えたこともなかった…」

そう呟くと、シャドーレは……………

思い直して魔術具を下に置いた。

「ダーク様、私は貴方をここに置いていくわけには参りません。我が国を脅かす全ての敵を倒し、貴方と一緒に王都に帰還します」

シャドーレは魔術具で首を斬る代わりに、小さなナイフを取り出して自分の髪を切り、ダークの両手を組んでそれを持たせた。無造作に切られた彼女のプラチナブロンドの髪は花束よりも美しく見えた。


そして、シャドーレがようやく落ち着いた頃、ウィリアムが白魔術師を連れて戻ってきた。

ダークの身体はもう冷たくなっていた。

「シャドーレ様、申し訳ございません…。私がもっと早く関所に着いていれば、隊長を救うことが出来たのに…」

涙を流すウィリアムに、シャドーレは優しく言った。

「貴方のせいではありませんわ、ウィリアム。隊長は、もう分かっていたようです。自分が…助からないことを…」

「シャドーレ様…」

ウィリアムは涙を拭いて立ち上がると、ダークの前に座り、その顔を見てまた泣き始めた。

「隊長!!貴方を助けることが出来ず、本当に申し訳ありません…!」

ウィリアムはしばらく泣いていたが、少し落ち着くと、不思議そうにシャドーレに訊ねる。

「シャドーレ様、もしや隊長が握っていらっしゃるのは貴女様の御髪にございますか…?」

「ええ、そうですわ。他に何もありませんから」

桜色の都には、愛する人を亡くした女性が自分の大切な髪を切り、その棺に納めるという風習がある。

「…これでは格好がつきませんわね」

何も考えずに髪を切ったシャドーレは、小さな鏡を取り出して自分の姿を見る。無造作にナイフで切り落とした髪はひどい有り様だった。

「もう暗いですから、今夜はここで休むとしましょう。シャドーレ様、すぐに寝床をご用意致します」

すると、シャドーレはいつになく可愛らしい声で言う。

「ウィリアム、その前にお願いがあるの。…いいかしら?」

シャドーレは小さなナイフを差し出す。

ウィリアムはその意味が分かったらしい。

「私は鋏を持っていますよ。…隊長とお揃いでよろしいでしょうか?」

「ええ。ありがとう、ウィリアム」

ダーク隊長と同じように短く切られてゆく髪。

その間、シャドーレは哀しそうな微笑みを浮かべていた。

ダークを失ったシャドーレは後を追う代わりに、自分の髪を切り、彼への手向けとしました。

しかし、それは本来ならば愛する夫を亡くした女性がすること…。


ウィリアムが戻ってきたのはシャドーレが落ち着いてからのことでしたが、不揃いになった彼女の髪を見てその胸中を察します。

そして「隊長とお揃い」になるよう彼女の髪に鋏を入れるのでした。

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