第三十六話 二人の休日
正式に黒魔術師部隊『クロス』の隊長に任命されたシャドーレは、それから毎日のように訓練所に通った。非常勤だった特別顧問とは違い、隊長職はとても忙しい。隊員達の指揮を執るだけではなく、書類仕事も沢山あった。
「シャドーレ様、私もお手伝い致しますよ」
引き続き副隊長を務めているウィリアムがそう言ってシャドーレの所に来る。彼はダーク隊長が休養している間に様々な職務をこなしてきたから、書類仕事にも慣れているのだ。
「ありがとう、ウィリアム」
「とんでもないです!貴女様のお役に立てるなんて光栄にございます」
ウィリアムは仕事に没頭するシャドーレが心配だった。彼女が今もダーク隊長の死を引きずっているのは目に見えて分かるが、決してそれを口に出すことはない。自分は傍で見守り、こうしてともに仕事を続けるより他ないのだとウィリアムは思った。
ヒカル王も時々訓練所に現れてはこっそりシャドーレを見守っていたが、その度に自分が彼女の為に出来ることは何もないのだと思い知るのだった。
ゴーレム討伐からしばらく経っても、エアネ離宮からの連絡はない。ミノリ嬢の治療は今も続いているのだろう。それもあって、シャドーレは次第に『クロス』の宿舎に泊まることが多くなっていった。
紅一点のシャドーレは当然個室だが、すぐ隣の部屋からは隊員達の騒ぐ声が聞こえる。
(国王陛下直属の部隊だというのに…本当に落ち着きのない子達ですわね)
結成当時はシャドーレも若かったし、同年代の者も多かった『クロス』だが、今では圧倒的に年下が多く、20代の若者がほとんどである。それに対し、シャドーレは36歳。魔力は衰えるどころかさらに力を増しているが、退き際はいつなのだろうかと考えることがたまにある。
(そういえば、明日はウィリアムの誕生日…)
彼は明日で30歳。今思い出したので贈り物を用意する余裕はないが、30代仲間が増えるのをなんとなく嬉しく思うシャドーレだった。
「おはようございます、シャドーレ様」
次の日、ウィリアムは書類仕事に追われる隊長の執務室に現れた。今日も手伝う気満々のようだ。
「おはよう、ウィリアム。お誕生日おめでとう」
シャドーレが微笑みながらそう言うと、ウィリアムは突然泣き出した。
「あ、ありがとうございます…。私の誕生日を覚えていて下さるなんて…シャドーレ様だけですよ…」
「あら、そうなの…?ごめんなさいね、泣かせてしまったみたいで」
「いえ、滅相もございません。シャドーレ様からそのようなお言葉を頂けるなんて、ウィリアムは幸せにございます」
仕事をしながら聞いた話によれば、ウィリアムは伯爵家の三男で、誰からも可愛がられることなく育ったとか。
「父は私に黒魔術の適性があるのをいいことに、全寮制の魔術学校に入学させました。卒業後、黒魔術師部隊に入ってからは帰ってこないでいいと言われて…。私は誰からも必要とされない存在なのです」
シャドーレとは真逆の理由で黒魔術師になったウィリアムだが、冷たい父親を持ったという点は同じである。
「ウィリアム…。貴方がどう思っているかは分からないけれど、少なくとも私は貴方を必要としています。それに『クロス』の皆も貴方を兄のように慕っているように見えますわ。…私も父に勘当されてからというもの、自分の居場所はどこにもないような気がしていました。でも『クロス』には皆がいる。それに『クロス』を頼りにして下さっている国王陛下がいらっしゃる。私は桜色の都を守る為にここにいるのだと、ずっと自分に言い聞かせてきましたの」
「シャドーレ様…」
「貴方は我が国の精鋭黒魔術師部隊の副隊長にして、この私の大切な部下。それを忘れてはいけませんわよ?」
シャドーレはそう言ってウィリアムを抱きしめた。
「貴方を必要とする人は沢山いますわ」
彼女の優しい声に包まれて、ウィリアムは違った意味で涙を流す。
「シャドーレ様…ありがとうございます…!」
ウィリアムはシャドーレの腕の中で泣いた。
本当に今まで甘えられる相手がいなかったらしく、子供のように泣きじゃくった。
シャドーレはもう何も言わずにウィリアムを抱きしめていた。
「ウィリアム。貴方、何か欲しい物はありませんか?」
「欲しい物にございますか…?」
「ええ、少し遅れてしまいますが、貴方にプレゼントを贈りたいのですわ。だって、誕生日ですもの」
そんなシャドーレの言葉を聞くと、ウィリアムの涙腺がまた緩む。
「ごめんなさい、シャドーレ様ぁ…」
「気にしないで良いから、好きなだけ泣きなさい。ここには貴方と私しかいませんわ」
泣くなとも落ち着けとも言わず、シャドーレは彼の寂しさを全て受け止めるように優しく声をかけた。
やがて落ち着いた彼は、真剣な顔でシャドーレに聞く。
「シャドーレ様、本当にプレゼントを下さるのですか…?」
「ええ、貴方は何が欲しいの?」
全く予想がつかないので、シャドーレは彼の言葉を待つ。
「えっと…出来たら……その……」
「何ですの?」
「あ、貴女様と二人でお出かけとか……って、駄目ですよね。申し訳ございません」
歯切れが悪い上に速攻で謝るウィリアムに、シャドーレは訝しげな視線を向ける。
「はっきりしませんわね。…つまり、二人だけでどこかに出かけたいと?」
「は、はい…」
ウィリアムはそう答えると頬を染める。
彼にとってもシャドーレは憧れの人。叶うならば『クロス』の外でも会ってみたい。
ウィリアムは小さくなっていたが、
「休みの日なら構いませんわ。行き先は貴方が決めて下さいね」
「ほ、本当に?本当によろしいのですか?」
「ええ。貴方の好きな場所に行って、二人でゆっくり過ごすとしましょうか」
シャドーレはそう言って微笑む。
(やったー!シャドーレ様とデートだー!!)
ウィリアムは憧れのシャドーレとお出かけの約束が出来て有頂天になる。
その日の書類仕事はなかなか進まなかった。
「シャドーレ様…今日はどんな服装で来るのかな…。絶対に私よりカッコいいだろうな…」
ウィリアムは精一杯おしゃれしてきたつもりだが、イケメンシャドーレに敵うわけはない、と思っていた。
そこへ、聞き慣れた綺麗な声がする。
「待たせましたわね、ウィリアム」
「いえ、とんでもございません、シャドーレ…様!?」
「あら、ウィリアム。私服も素敵ですわね」
そう言うシャドーレは品の良いブラウスにフレアスカートといった出で立ち。女性らしからぬ髪を隠すようにつばの広い帽子を被っているが、美貌は隠しきれていない。
その洗練された立ち居振る舞いと気品に満ちあふれた佇まいで、彼女が現れた瞬間、周りの空気まで華やかなものにしてしまった。
「シャドーレ様…そのお姿は…」
「いつものような服装ではとても女には見えないでしょう?貴方もプライベートな時間まで男装の女と並んでいるのは嫌でしょうから」
「シャドーレ様…!」
ウィリアムは彼女の美しさに魅了され、しばらく何も言えなかった。
「あら?いつもの服装の方がよかったかしら。ウィリアム、大丈夫ですか?ウィリアム!!」
「はい!!大丈夫にございます!!」
シャドーレに見とれて放心状態だったウィリアムはようやく我に返る。
「貴女は…本当に美しい女性ですね…」
「褒めても何も出ませんわよ?…さあ、参りましょう。この先に新しく出来たカフェがあると聞きましたの」
結構デートに積極的なシャドーレさん。これはウィリアムが立てたデートプランではないな。
「あの…シャドーレ様」
そう言いかけるウィリアムの唇に人差し指をあてるシャドーレ。
「それでは私が『クロス』の隊長だとバレてしまいますわ。今日は、そうですわね…私のことはメアリーと呼んで下さい」
『メアリー』は彼女のミドルネームだ。
「畏まりました。では、メアリー様。…か、可愛い……」
最初こそウィリアムはぎこちない様子だったが、シャドーレと喋っている間に緊張も解れたのか、楽しそうな顔を見せるようになった。
「ほら、こちらですわ!この公園の薔薇は有名ですのよ!」
かなりデートに積極的なシャドーレさん。華やかな薔薇のアーチの前でウィリアムを呼ぶ。
「メアリー様、待って下さい!」
二人はまるで恋人同士のように寄り添って公園の中を歩き、今を盛りの美しい薔薇を見て、楽しい休日を過ごした。
「メアリー様は…今日はお邸に戻られるのですか?」
日が暮れる頃、少し寂しげにウィリアムが訊ねる。
「ええ、そのつもりですわ」
「そうですよね…」
帰る家のないウィリアムは『クロス』の宿舎、つまり社宅に戻るしかない。
「…ウィリアム。今夜は私の邸に来ますか?」
「えっ…」
「宿舎より落ち着いて過ごせるかもしれませんわ。貴方、疲れているでしょう?」
「メアリー様…今ご自分が何をおっしゃっているか分かっていますか?」
今は単身住まいと聞いている彼女の邸に誘われたウィリアムは顔を真っ赤にする。
「そんなこと言われたら…我慢出来ないではありませんか」
そう言うと、ウィリアムは急にシャドーレを抱きしめる。
「えっ…」
今日は終始ウィリアムを楽しませることに必死だったシャドーレは、一瞬それがどういう意味か分からなかった。
「シャドーレ様、ずっと貴女のことが好きでした。一日だけ貴女と二人きりの時間を過ごせたら、それだけで十分だと思っておりました。しかし…」
ウィリアムは勇気を振り絞って告げる。
「私は諦められません。今日限り貴女への想いは封印するつもりでいたのに…私には無理です…!」
どうやら『クロス』の隊長と副隊長としていつも一緒にいるようになってから、ウィリアムのシャドーレに対する想いは募るばかりだったらしい。そんな時に誕生日プレゼントは何が良いかと聞かれ、一日だけシャドーレと二人の休日を過ごしたら、それきりこの気持ちに区切りをつけようと思っていた。なのに。
「申し訳ございません、シャドーレ様。貴女の部下という立場でありながら、このような下心を…」
「構いませんわ」
「えっ…」
「構わないと言っておりますの。だって…副隊長だった頃の私はダーク隊長と交際しておりましたから…」
そういえばそうだった。ウィリアムは思い出す。
「しかし…貴女の心には今もダーク隊長が…」
「ええ。決して忘れることは出来ませんわ」
シャドーレはそう言ってから、
「けれど、いつまでもダーク様を想って泣いていたところで彼は帰ってきません。彼の死に際を思い返して後悔するより、ともに戦いともに過ごした日々を思い出して懐かしみたいと考えるようになりましたの」
「シャドーレ様…」
彼女なりに前を向いて進んでいるようだ。
「ですから、ウィリアム…」
「はい、シャドーレ様…」
「貴方が私をそんな風に思ってくれるのはとても嬉しいです。私のような女で良ければ…これからもずっと傍にいてくれますか?」
シャドーレは甘えるような声で言う。
「私は一人では生きていけない弱い女ですわ。いつでも誰かを愛したいし、愛されたいのです」
これが恋多き魔術師の真相。
「分かりました、シャドーレ様。では、改めて告白させて頂きます。…私は貴女のことが大好きです。どうか私の恋人になって下さい…!」
ウィリアムが真面目な顔でそう言うと、シャドーレは微笑みながら即答した。
「はい、ウィリアム。喜んで」
日が暮れた街角で、二人は初めてのキスを交わした。
ずっと自分の存在価値を見出せなかったウィリアム。
ダークを失った悲しみに囚われていたシャドーレ。
二人はお互いの心の傷を癒やし合い、そして恋人になるのでした。
ところで、シャドーレ様の恋愛フラグはあと幾つあるの…?




