第二十四話 訪問客
《こちらミノリ。シャドーレ、聞こえる?》
《こちらシャドーレ。…久しぶりに繋がりましたわね、ミノリ》
流転の國のミノリから『長距離念話』を受け、シャドーレは安心する。
最近は『クロス』の訓練所に行くことも増え、ワイヤレスイヤホン型のマジックアイテムを装着している時間も減っていたので、なかなか流転の國と連絡が取れなかったのだ。
《今、流転の國はどうなっていますの?》
《色々あったけど、とりあえず安心して。ルーリはもうミノリ達の敵じゃないわ》
《ルーリが…?それは、記憶が戻ったということですの?》
《ううん。全ての記憶を取り戻したわけじゃないけど、以前のような優しいルーリに戻ったのよ》
ミノリの嬉しそうな声を聞いて、今の流転の國は安全なのだとシャドーレは思った。
《でも、安心してばかりもいられないわ》
真剣な声でミノリが言う。
《水晶球は流転の國の女王をルーリからマヤリィ様に戻そうとしているの。『宙色の魔力』を持つに相応しい人物はマヤリィ様の他にいないとようやく分かったらしいのよ。…でも、水晶球の魔力探知をもってしてもマヤリィ様の行方は分からない》
《水晶球って…何のことですの?》
しばらく連絡を取っていなかったから、シャドーレはミノリの説明についていけない。
《えっと…マヤリィ様に最初に『宙色の耳飾り』を授けたのが水晶球よ。どうやら、耳飾りを与えたり剥奪したり出来る存在らしいの》
《では…ルーリが『宙色の魔力』を使えるようになったのも…その水晶球の仕業ということ?》
《ええ。だけどルーリは今『宙色の耳飾り』を持つに相応しくない人物だとみなされて、水晶球は再びマヤリィ様を女王にしようとしているわ》
そこまで聞くと、シャドーレは頭が痛くなった。
ようやく流転の國が元通りになるというのに、肝心のマヤリィが行方不明のままなのだ。
《マヤリィ様が桜色の都にいるのは確かなのよね?》
《ええ、恐らくは。…ですが、いまだに足取りが掴めない状態ですわ》
そもそも最近のシャドーレは別件で忙しいので、マヤリィの捜索を中断していた。
《…分かった。今、ミノリ達は桜色の都へ行けない状態だけど、皆で協力して色々考えてみるわ》
ミノリはそう言ってから、
《それと『能力強奪』魔術の件だけど、あれは絶対に使わないで。魔術適性を奪う為に使えば、発動した側が命を落とす危険な禁術だということが分かったの。…ルーリも落ち着いたことだし、禁術のことは忘れてね》
《分かりましたわ、ミノリ…》
シャドーレは例の魔術書を読んでいないのでどういうことかよく分からなかったが、使う理由がなくなった今、これ以上考える必要はないだろう。
その時、
「シャドーレ様!伯爵夫人がいらっしゃいました…!」
メイドのミノリ嬢の声がした。
シャドーレは慌てて、
《ごめんなさい、これから少し忙しくなりそうですわ。また連絡しますわね》
そう言うと『長距離念話』を終わらせた。
「シャドーレは…桜色の都のことで忙しそうね」
何とかしてマヤリィを見つけて欲しいと強く言うことも出来ず、ミノリは寂しそうにため息をついた。
「叔母様、ご無沙汰しておりますわ」
彼女の訪問はいつも突然なので、シャドーレも特に驚くことなく温かく迎える。
「ええ。久しぶりね、シャドーレ。貴女の活躍は聞いているわ。『クロス』の特別顧問としての評判も良いようね。貴女はレイヴンズクロフト家の誇りよ」
シャドーレの叔母にあたる伯爵夫人はメイドのミノリ嬢が淹れた紅茶を飲みながら、楽しそうに話を続けた。
「なぜかしら、貴女はとても美しい女性なのに、短い髪がよく似合うわ。美女の条件は顔立ちだけでなく綺麗な長い髪だと言うのにね」
ジェイがいたら、ここは昔の日本か!と呆れたことだろうが、シャドーレは生まれも育ちも桜色の都。この国の女性にとって長い髪が何にも変え難い大切な物であることは幼い頃から知っている。…今となっては知っているだけだが。
「そうそう、貴女にお願いしたいことがあるの。近々、我が家の書庫を改築することになってね、これを機に使わない魔術書は王立図書館に寄付しようかってあの人と話していたのよ」
「そうだったのですか…。叔父様の魔術適性は確か…」
「特に珍しくもない白魔術よ。腕も大したことないし、魔術書の良し悪しも分からないの。…それで、貴女に頼みたいと思ったのよ。貴重な魔術書を新しい書庫に引き継ぐ為に、品定めをして欲しいの。貴女も知っている通り、お義姉様が遺した黒魔術書は勿論、我が家の書庫には様々な種類の魔術書が眠っているわ」
つまり、書庫の整理の依頼らしい。
「貴女が手元に置いておきたい書物があれば、この邸にも書庫を作ってそこに置けるようにしましょう。…シャドーレ、お願いよ。どうか引き受けてくれないかしら」
それなりの広さがあるレイヴンズクロフト本家の書庫を整理するのは大変な作業だが、王立図書館に寄付されてしまっては気軽に読むことも出来なくなる。
「分かりましたわ、叔母様。責任を持って整理させて頂きます」
シャドーレとしても、亡き母が遺した黒魔術書は残らず引き取りたいところだ。
「ありがとう、シャドーレ。本当に助かるわ。貴女になら安心して任せられる」
夫人は嬉しそうに笑うと、一冊の魔術書を取り出した。
「これはメイドさんの為に持ってきたの。この間久しぶりに書庫に入った時、たまたま目に入ったのよ」
それは、雷系統魔術の基礎が書かれた魔術書だった。
「珍しい適性を持っているからなかなか魔術書も見つからないのではないかと思って、忘れないうちに持ってきたの」
「ありがとうございます。…本当に珍しい本ですわね。これがあれば、ミノリも魔術を使えるようになるかもしれませんわ」
受け取った魔術書をそのままミノリに渡すシャドーレ。
「えっ…これは貴重な魔術書なのでございますよね?お借りしてよろしいのですか…?」
ミノリは本を大事そうに両手で持つ。
「返す必要はないわ。最初からこれは貴女にあげるつもりだったの。古くて申し訳ないけど、使ってくれたら嬉しいわ」
「っ…!ありがとうございます…!大切に使わせて頂きます…!」
今まで、雷系統魔術を習うどころか、魔術書さえ読んだことのなかったミノリ。初めて自分の適性について書かれた魔術書を手にして、嬉しそうに頭を下げる。
「叔母様、ありがとうございます。私は黒魔術しか使えないので、ミノリに魔術指導が出来ずに困っていましたの」
シャドーレは嬉しそうに魔術書を抱えるミノリを見て、先ほどの『長距離念話』を思い出していた。
(以前、確かに私は流転の國のミノリに『能力強奪』魔術について教えて欲しいと言った。…けれど、魔術書をもらってこんなに喜んでいる彼女から適性を取り上げようとしていたなんて)
シャドーレはミノリ嬢に対して『能力強奪』を使い、雷系統魔術の適性を得て、ルーリに対抗しようとしていた自分を思い出す。
(ごめんなさい、ミノリ…)
シャドーレは自分がいかに残酷なことをしようとしていたか痛感した。
(あの時、ルーリのことを悪魔だと思ったけれど、私も同じでしたわね…)
伯爵夫人は、シャドーレの都合に合わせて来てくれれば良いと言って、その日は帰って行った。
「本家の書庫の整理と、黒魔術の指導、それと…ミノリの魔術訓練も見守りたいですわね」
ますます多忙になるシャドーレであった。
久しぶりに繋がった『長距離念話』ですが、シャドーレが聞けたのは、ルーリが敵ではなくなったということと水晶球の話だけ。
桜色の都での仕事が忙しくなるにつれ、流転の國から遠ざかってゆくシャドーレ。
女王を見失った流転の國はこれからどうなってしまうのでしょうか…?




