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流転の國 vol.7 〜幻と記憶が交差する宙色の物語〜  作者: 川口冬至夜


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第二十三話 恋多き魔術師

「あら?」

「どうかなさいましたか?シャドーレ様」

不思議そうな顔で『長距離念話』の魔術具を確認するシャドーレに、メイドのミノリ嬢が首を傾げる。

「壊れているわけではなさそうですわね。…確かに向こうの声が聞こえたような気がしたのに、うまく繋がらなかったのです」

「大丈夫でしょうか…?」

「ええ。もう一度やってみますわ」

その後もシャドーレは何回か『長距離念話』を発動してみたが、応答はなかった。

「…あちらも忙しいのかもしれませんわね。私も人のことは言えませんけれど」

シャドーレはイヤホンをしたまま、今日の出来事を思い出していた。

(明日は…久しぶりにダーク様が……)

そう思うと、胸の鼓動が早くなった。


今日、いつものように『クロス』の訓練所にいたところ、国王陛下が現れた。

一斉に跪く隊員達を前に、ヒカル王は明るい笑顔で言った。

「そんなに畏まらないで。今日はとても良いニュースを持ってきたのですから」

「良いニュース…にございますか?」

「そう。実は、記憶喪失で長らく休養していたダーク隊長の具合が良くなったらしくて、明日にも復帰出来るとのことなのです。突然のことで私も驚きましたが、一刻も早く君達に伝えたくて」

ダークは『クロス』の中でも高い実力を誇り、結成当初から隊長を務めてきた。しかし、訓練中の魔力事故によって記憶喪失になり、精神が不安定になったこともあって長期の休養を取っていた。そんな彼がようやく戻ってくるというのである。

「よかったです。隊長は再起不能になってしまったかと思ってましたから」

「ええ。シャドーレ様が流転の國に行ってしまわれてから、物凄い落ち込みようだったんですよ」

シャドーレはその時初めてダークが記憶喪失で休養中だったということを知った。

(ダーク様も貴族の出身。てっきり結婚なさったのかと思っておりましたわ…)

「シャドーレ様が戻ってきたと知ったら、隊長は喜ぶんじゃないですか?」

「お二人が恋人同士だったこと、俺は忘れてませんよ?」

「ああ、こんなことなら隊長が帰ってくる前にシャドーレ様に告白しておくんだったー!」

国王陛下の御前だというのに騒がしい隊員達。

(全く、陛下がいらっしゃるというのに…!)

シャドーレが叱り付けようとすると、

「シャドーレ…貴女は…」

先ほどの笑顔はどこへやら、ヒカル王が元気なさそうに言う。

「ダーク隊長と…そういう関係にあるのですか?」

「えっ…」

「いや、初めて聞いたから…驚いてしまって」

憧れの女性に恋人がいるとは知らなかったヒカル王にはとてもショックだったらしい。

「確かに一時期お付き合いしておりましたわ。されど、私が流転の國に行ってからは自然消滅と言いますか、全く会えなくなってしまったので…。今頃、隊長は私のことなど忘れていると思いますわ」

『クロス』にいた頃はダーク隊長(男)と交際し、流転の國では書物の魔術師ミノリ(女)と恋人関係にあり、今はメイドのミノリ・アルバ嬢(女)を誑かしているシャドーレ。因みに、ヒカル王(男)は歳の離れたシャドーレを何とか妃に迎えられないものかと口実を考え続けている。

「けれど、懐かしいことには変わりませんわね…」

ショックを受けるヒカル王と、騒がしい隊員達をよそに、シャドーレはダークの顔を思い出すのだった。


明日のことを考えると落ち着かないので、シャドーレは一度イヤホンを外し、ミノリ嬢に言った。

「ミノリ。これから髪を切りますわ」

「はい。そろそろそうおっしゃる頃だと思っておりました」

今、シャドーレの髪はメイドのミノリ嬢が手入れしている。王都の理髪師から贈られたバリカンを使って、ミノリ嬢は器用にシャドーレの髪を刈る。

初めこそ女性であるシャドーレの髪にバリカンを入れるのに抵抗を示したミノリ嬢も、今ではすっかり慣れて、切っている最中からその美男子ぶりに惚れ惚れしている。

(この御方が本当に男性だったら…)

結婚したかったのに。とミノリ嬢は思った。

しかし、夜はそんなことを考えている余裕はない。

「ミノリ。流転の國では同性愛など当たり前のことですのよ?…お願い、私を癒して欲しいの」

「シャドーレ様…!わ、わたくしの身体でよろしければいくらでも…!」

キスを交わし、服を脱ぎ、一糸纏わぬ姿で抱き合う夜。だが、朝になれば、それらが夢だったかのようにシャドーレは全くその話をしない。

(わたくしは本気でシャドーレ様に恋をしているというのに…!)

見た目は男装の麗人。中身は貴族の令嬢。

そして、国王陛下から認められた最上位黒魔術師。

ヒカル王がシャドーレに『特別顧問』という新しい役職を与えてから、彼女の知名度は格段に上がった。

男尊女卑社会のこの国で、女性が精鋭黒魔術師部隊のトップを務めているという話は今や全国に広がっている。その為、シャドーレ・メアリー・レイヴンズクロフトの名を知らない国民はいないだろう。

「…終わりました、シャドーレ様」

「ありがとう、ミノリ。貴女は本当に上手ですわね」

「勿体ないお言葉にございます」

プラチナブロンドの髪をすっきりと刈り上げたシャドーレはいつにも増して凛々しく美しい。

そんな彼女に見とれるミノリ嬢。

(シャドーレ様…桜色の都でも同性愛が認められる日が来たら、わたくしは…!)

いや、来ないと思うよ。


次の日。

『クロス』の訓練所にダーク隊長が現れた。

現在、副隊長を務めているウィリアムが笑顔で迎える。そして、その場にはシャドーレもいた。

「ダーク隊長、ご無沙汰しておりますわ」

「お前は…シャドーレ!?」

「はい。流転の國から帰って参りました。現在は陛下直々に『クロス』の特別顧問という役職を与えられ、隊員達の指導にあたっておりますの」

つまり、ダークよりも偉い。

「シャドーレ様にご指導頂いて、我々もかなり腕を上げたのですよ」

ウィリアム副隊長が笑顔で言う。

「そ、そうか…。いえ、そうだったのですね、シャドーレ様。レイヴンズクロフト伯爵令嬢とは、貴女のことだったのですね」

『クロス』副隊長時代にシャドーレが名字を告げたことは一度もなかったので、ダークは不思議に思っていたようだが、すぐに笑顔を見せる。

「『クロス』に戻ってきて下さってとても嬉しいです。シャドーレ様、改めて、これからよろしくお願い申し上げます」

「ええ。こちらこそ、よろしくお願い致しますわ」

そう言って二人は握手する。

ダークはシャドーレの強さをよく知っているので、彼女が自分より高い立場にあることを素直に受け入れた。

しつこく言うけど桜色の都は昔から男尊女卑社会。だから、どんなに実力があっても人望が厚くても女性がトップに立つことは出来なかった。ダークよりも強い魔力を持つシャドーレが長年『クロス』の副隊長に留まっていたのもその為だ。そんな中、特別顧問という新しい役職を作り、それを女性に任命したヒカル王は新しい時代を切り拓く先駆者となるだろう。


「ダーク様……」

夜になって訓練所に二人きりになってしまったシャドーレとダーク。

そんな時、うっかり以前の呼び方をしてしまう。

「シャドーレ……久しぶりだな、本当に」

「ダーク様ぁ…!」

シャドーレは堪らずにダークの腕の中に飛び込む。逞しい男性の身体が長身痩躯の彼女を受け止める。

「相変わらず、短髪を続けているんだな」

「ええ。私の髪を初めて切って下さったのは貴方様ですわ」

以前『クロス』の宿舎で、都の女性としては当たり前の腰を超える長さのロングヘアを隊員達と同じように切って欲しいと懇願したシャドーレ。ダークは戸惑いつつも彼女の美しい髪に鋏を入れ、バリカンで刈り上げ、希望通りの短髪にしたのだった。

「似合うよ、シャドーレ。綺麗な刈り上げだ」

「ダーク様…!」

首筋を撫でられ、シャドーレは快感に浸る。

「気持ちいいですわ」

「ああ。ジョリジョリとして、触ってる方も気持ちがいい」

その時、ダークがキスをした。

「ダーク様…!」

「すまない。つい…」

何と言っても二人は恋人同士(だが暫定自然消滅)。

「ダーク様、よろしければ、もう一度…」

そう言って今度は自分からキスをするシャドーレ。

「シャドーレ、これ以上はやめておこう。…我慢出来なくなる」

「ダーク様、私はもう…我慢出来ませんわ」

シャドーレさん、また浮気ですか?

「抱いて下さいませ、ダーク様。前みたいに」

「い、いいのか?今のお前は『クロス』の特別顧問。俺とは…立場が違う」

しかし、シャドーレの熱っぽく美しい瞳に見つめられ、ダークは抗えなかった。

「シャドーレ、愛してる…!」

「あんっ…私のダーク様…!」

結局、その夜シャドーレは『クロス』の宿舎に泊まった。そして、二人は明け方まで身体を重ね、存分に愛し合ったのだった(暫定男女関係続行中)。


次の日。

「では、本日はこれにて失礼致しますわ」

「はいっ!ありがとうございました!」

「シャドーレ様、またいつでも来て下さい!」 

今日は午前中で上がるシャドーレに、隊員達はいつものように挨拶した。

「あ、シャドーレ…様」

ダークは思わず昨夜と同じように話しかけそうになったが、シャドーレの顔つきを見て慌てて様をつける。

「どうかしましたか?ダーク隊長」

シャドーレの方はいつも通り、というか昨夜の名残りを微塵も感じさせない対応である。

「あ、いえ…。これからもよろしくお願い致します」

「ええ。早く調子が戻ると良いですわね」

「はい…。ありがとうございました」

そう言ってシャドーレを見送った。

(それにしても、切り替え早すぎないか?)

ダークは昨夜の出来事は夢だったのではないかと思い始めた。


「シャドーレ様、寂しかったです…」

邸に戻ると、メイドのミノリ嬢がしょげた顔をしていた。

マヤリィもジェイもいない今、この広い邸に住んでいるのはシャドーレとミノリ嬢だけ。

「ごめんなさいね、ミノリ。昨日は色々と忙しくて泊まってきてしまいましたの」

「今日は…どこにも行きませんか?」

「ええ。ずっと貴女の傍にいますわ、ミノリ」

「シャドーレ様…!」

ミノリ嬢の相手をしたり、ダークとヨリを戻しつつあったり、忙しいシャドーレ。

彼女が落ち着いて流転の國と連絡を取れるようになるのは、もう少し先のことになりそうだ。

正式名称:シャドーレ・メアリー・レイヴンズクロフト伯爵令嬢

職業:桜色の都国王直属精鋭黒魔術師部隊『クロス』特別顧問

・国王陛下から認められた最上位黒魔術師

・流転の國のルーリに匹敵する絶世の美女

・貴族の令嬢らしい言葉遣いと綺麗な声の持ち主

・身長190cm。華奢な体格ながら物理戦も得意


…で、貴女の本命は誰なんですか?

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