第四百二十一話 紅黒の神
【黄泉孵りの卵】の意識空間。そこは時が停止したような、とても静かな場所だった。いざ融合が始まると、マークさんや大鬼の酒呑童子と、魂を交わすような対話ができるものとばかり思っていたが、現実はもっと機械的な理の世界だった。
頭の中に直接流れ込んでくるのは、二人の人格や記憶といった人間味ではなく、ただ二人が、主に酒呑童子が長い時間、磨き上げてきた力の使い方のみ。
マークさんには申し訳ないが大鬼酒呑童子のそれは別格だった。
金棒の一振りで空間ごと歪ませ、大地を存在ごと粉砕する。徹頭徹尾、純粋なる暴力と破壊の連鎖で世界を蹂躙するその戦い方。それはあまりにも血生臭い、戦いの連続、戦場を渡り歩いて培われた、禁断の果実だった。
恐ろしく強い。これほど圧倒的な力を、人間がその体に宿せばどうなるのか。通常の人間であれば、力に振り回されて終わるだけ。俺も元は通常の人間である。こんなものに触れたところで使いこなせはしない。
もし使いこなそうと思えば、膨大な時間をかけて慣れていくしかない。
しかし当然そんな時間はない。
【通常なら不可能なこれらを主様が理解し、力だけを抽出する。それが黄泉孵りの卵の真髄となります】
脳裏に直接響くヨミの声。【黄泉孵りの卵】の恐ろしいところはそこだ。本来なら俺が扱えるわけのない力の真髄を、ヨミという完全に戦闘に特化したサポートシステムにより理解してしまえるのだ。
【じゃあ、蘇った酒呑童子やマークさんと話しながら戦うことはできないのか?】
てっきり俺はそういう形なのかと思っていた。
【残念ですが私はそういう役目のものではありません。それはまた全く別のアイテムを必要とします。私は、過去に存在した者たちの『純粋な力』を、この世に編み直すために作られた存在ですので】
【つまり、相手の感情や精神までは蘇らせない。そのことで、後々安全に融合を解除できるというわけか?】
【ご明察です。聖徳様は、魂の完全なる融合において切り離しを困難にする最大の因子が『人の情』であると突き止めました。ですから、力以外は蘇りません。ただ、主様、肝に銘じてください。相手のレベルが主様を超えている場合、私の力があっても『同意』がなければ融合は成立しないのです。つまり主様の力の使い方が気に食わなければマーク様はともかく酒呑童子様は簡単に融合を解除することができます】
【そうか……迦具夜の件は、やっぱり向こうが相当譲ってくれてたんだな】
【はい。月の姫の記憶……。失礼ながら今確認しました。これは非常に特殊かつ例外的な事例です。私のシステムにおいて相手の許可さえあれば、例え死した神であってもその力を引き出せる。これは他のアイテムには真似できない能力ですが、本来のリスクは極めて高いのです。水の精霊そのものであった迦具夜様であったからこそできたのだとご理解ください】
そう考えると、水の精霊云々といった枠を超え、死者と自在に融合を繰り返していた米崎は、やはり怪物的な天才だったのだろう。それにしてもこの卵。強すぎる。戦闘に特化したサファイア級のアイテムとはここまで恐ろしいものか。
争奪戦の最中にこの【黄泉孵りの卵】が他勢力に渡っていれば、その時点でゲームセット。そんな話は聞いていたが、それは確かに嘘偽りのない真実だ。
【千年郷】【幻影の円環】、そして【黄泉孵りの卵】。三種の神器が桃源郷の神の座を守るための『条件』として大事にされてきた理由も理解できる。これらを掌握することこそが、絶対的な力の証明だったのだ。
【さすがに借りっぱなしにはできないな……。ヨミ、持ち主が変わるとお前も生まれ変わるのか?】
【千年郷のシステムとは異なりますので、私はそうではありません。ただ、千年の周期をもって私も『生まれ変わる』。桜千とは少し違いますが、それは同じです】
【ヨミ、今いくつだ?】
【機械に年齢などと、おこがましい話ですが873歳となります】
【アイテムにも寿命があるか……】
【アイテム自体は基本的にございませんが、私たち人工知能にはあります。桜千は究極の管理システムとして、『主人と一蓮托生であること』が前提です。主人が入れ替わるたび、システムそのものが再構築されるのです。私はそうではないため、1000年ごとの更新となります】
だからこそ、彼らは忠誠という名のプログラムに縛られ、時に変な行動へ走るのか。
【まあいい。ともかく、ヨミのおかげで考えられる『最強の自分』にはなれた】
これで伊万里との戦いは、言い訳の利かない純粋な決着になる。誰のせいでもない。どちらが死のうと、それは俺の責任だ。……その覚悟が、ようやく心の中で確固たるものとなった。
【主様。私はシステム状、融合中はほぼあなた様と心を共にします。先に確認しておきますがお嫌ではございませんか?】
【問題ない。よろしく頼む】
【ありがたき言葉です。では融合中は力の運用に関して、何かあればいつでもお尋ねください。もちろん私からも声をかけることは多いと思います】
【遠慮なく頼らせてもらうよ】
【主様……では、目覚めの時です】
全身に、溢れんばかりの力が満ちていく。ドロドロと混ざり合っていた感覚が一つに収束し、卵という揺り籠の中で、新しい『俺』が完成していく。――自分は今、黄泉から孵ろうとしているのだ。
目の前が眩しい光に塗りつぶされた。
【魂の融合完了。鬼神・酒呑童子、銃王・マーク・レジナルド・ハリスの自我を眠らせることに成功しました。
鳳凰神:2、鬼神:7、銃王:1
本人たちの強さの比率に基づく融合となります。主様、お目覚めの時間です】
俺はゆっくりとまぶたを開いた。飛び込んできた夕陽の光の先で、弁財天が息を呑むような顔でこちらを見つめている。俺が大丈夫だというように微笑むと、彼女は安堵に大きく息を吐き出した。
「祐太君……。姿は変わったけれど、間違いなくあなたなのね?」
「ああ、そうだ」
周囲に飛ばした外からの目を通じて、自分の変化を確認する。……自分の姿ながら、その異形さと禍々しい威圧感に、思わず息が詰まった。
「……とにかく、強そうだな」
ものすごく凡庸な感想が漏れた。
「ええ。圧倒的な威圧ね。……私でも近寄るだけで、肌が焼けるような感覚があるわ」
夕焼けの空は血のように赤く染まり、静寂が屋敷の庭を満たしている。ここは桃源郷の六条屋敷。全長1kmを超える姿を縮小させた赤様が、俺の目覚めを待っていたかのように、面白そうにその瞳を細めていた。
「なるほど。噂には聞いていたが、面白いアイテムだな」
美しさと恐怖が同居する姿。ステータスを確認すると、
【紅黒の神】
と命名されていた。肌は鳳凰神の特性を受け継いだ深い紅色で、体内で燃え盛るマグマをその身に纏っているような輝きがある。筋肉は以前とは比べ物にならないほど高密度に鍛え上げられ、身長は2m50cmに達している。
背中からは赤と黒の紋様を描く翼が広がり、右の瞳は炎の赤と、左の瞳は深い漆黒に染まっている。
【残念ですがマーク様の特徴は、外見には反映されませんでした。その代わり、融合した武器にすべてを凝縮させています。後ほどお確かめを】
【わかった。ヨミ、比率からすれば俺の力は酒呑童子の3分の1以下だ。それなのに、これほどまでに『俺』が残っているのか?】
【残っていて当然です。主人格は、紛れもなく主様なのですから。それに……そうしなければ、彼らに静かに眠っていてもらうことはできません。あくまで主導権は私の主様であるとご理解ください】
【なるほど、それでこうなるわけか……】
【主様、有効時間は1時間です。それを超えれば、融合によるデメリットが出ますので強制的にパージを開始します】
【了解だ】
警告を受け流し、俺は再び弁財天たちの方へ意識を向けた。
「弁財天、屋敷に着いてから時間はどれくらい経った?」
「赤様にそのままここに降りてもらって、まだ1時間も経ってないわ。……赤様も帰りは少し早く着いたと言っていたし、祐太君が【黄泉孵りの卵】に入ってしまってから、6日と12時間35分。まだ1週間も経ってないくらいよ」
弁財天が、きっちり測ってくれていたようで時間を告げてくる。その数字を脳内で反芻する。融合は計画通りに完了した。俺は一度大きく息を吐き出し、張り詰めた神経を落ち着かせようと努める。
《米崎。……いるのか?》
ふと、死んだと言われている仲間の面影が脳裏をよぎり、期待を込めて【意思疎通】を飛ばした。米崎がいるとすればラボがあるここである可能性が高い。しかし、返事はなく胸に寂しさが広がるだけだった。
米崎については生きてるのか死んでるのか疑念はあるが、今はそれを気にする余裕はない。俺は首を小さく横に振って、強引に思考を切り替えた。
「話もせずに悪いんだけど、弁財天」
「……もうすぐに出るの?」
「制限時間もあるしね。ぐずぐずはしていられない。急ぐことにするよ」
俺は言いながら、庭の端で巨大な体を縮めて休んでいる赤様を見やった。俺の行動を気にしていたのか、赤様がゆっくりと巨大なまぶたを開く。
「行くのか?」
「はい。赤様、ここまで運んでいただきありがとうございます。急ぐ気持ちもあるのですが……正直に言うと、自分でも生きて帰れる自信がありません。何かお礼をしたいと思っているのですが、何か必要なものはありますか?」
俺の問いに、赤様は悠然と、全てを見通しているような穏やかな目で俺を見つめた。
「実を言えば、お前から礼は欲しい。だが私は、お前が急いでいるなら後でいいと思っている。私はここでのんびりと、お前の帰りを待つとするよ」
「……帰ってこられないかもしれません。勝てる保証がないまま、戦いに向かおうとしていますから。俺がもしここに帰ってこなければお礼もできません」
今までのクエストは、常に計算し、未来を読み、死なないように生きてきた。だが今回ばかりは、そのロジックがない。自分の心の奥底で、今回の戦いは帰ってくる可能性が極めて低いと理解してしまっている。
「答えは同じだ。待っている」
その龍の言葉には、揺るぎない確信があった。何度問い返しても、その瞳は同じ言葉を繰り返すだろう。俺はそれ以上何も言えず、深く、静かに頭を下げた。
「弁財天、赤様がそう言ってくれるなら、もう行くよ」
地面を蹴り、足がゆっくりと宙へ浮き上がる。重力から解放された体が、融合した鬼神の力で脈動する。
「気をつけて……必ず戻ってきてね」
「それについては、あんまり自信がないな。……赤様、弁財天。じゃあ、行ってくる」
「必ず帰ってこい。そして、私にちゃんとお礼をするのだ」
えらくお礼を望むな。何のお礼を望んでるんだろう? ともかく、もう一度頭を下げると、俺は背中の翼を羽ばたかせた。風を切り、空高くへと舞い上がる。まだ外に出したままの瞳を通じて見える二人の姿は、次第に小さくなっていく。
赤様は再びまどろみの中に沈み、弁財天は俺の影が見えなくなるまで、ずっとその場に立ち尽くしていた。複雑な心境は抱えたままだった。けれど体が万能感に包まれていた。この力は本物だ。
俺は【転移駅】を通り抜け、【千年郷】へと舞い戻った。行き交う住民たちが、俺の禍々しくも美しい姿に目を奪われ、道を開ける。誰も話しかけてこない。
今の俺からは、常人にはない圧倒的暴力の気配と神の威圧が放射されているからだろう。
ふと南雲さんがいるのを感じた。向こうもこちらに気づいていた。そう感じる。ちょっとだけ待っていると南雲さんが目の前に現れた。一瞬その姿を夢かと勘違いするほどあっさりと目の前にいた。
いつも通り俺が一番安心できる顔をしてくれていた。
「南雲さん……会えたらいいなと思っていたから、良かったです。俺のこと、監視してます?」
サングラスをかけ、無造作に革ジャンを羽織ったその姿は、最初に出会ったあの日から何一つ変わっていない。この人が、泥沼の戦場を生き抜いて今ここにいてくれることが、俺にとっては世界の何よりも嬉しいことに思えた。
「俺に向かって、そんな口を利くようになったじゃねえか」
南雲さんが、鋭い視線をサングラス越しに投げてくる。
「そうですね。本当、あの日から考えて、信じられないことばかりです。まるで全部が夢の中みたいに、早く通り過ぎていく」
「バカ言え。これから死にに行くみたいなこと言うんじゃねえよ。……しかしお前、1週間前にいきなり『こっち側』に入ってきたと思ったら、何でもう俺より強くなってんだ?」
場所はゴールドエリアの入り口に近い、木漏れ日の美しい公園だ。ゲートの手前で、好奇の視線が集中する。俺たちは自然と【機密保持】のスキルを使用し、周囲には俺たちの会話が届かないようにした。
探索者としての、習性である。そうするとなぜか周りからどんどんと人がいなくなっていく。ふと、桜千から声が届いた。
【主様。不備があり申し訳ありません。どうぞお二人でお話ください。誰一人近づくことを禁止しました】
桜千の配慮に感謝しつつ、俺は南雲さんに視線を戻した。
「【黄泉孵りの卵】を手に入れました。一時的なパワーアップですよ」
「へえ、あれがそんなことできんのか。俺も使ってみていいか?」
「弁財天からの借り物なので、残念ながら無理です。というかダメです。彼女には桃源郷の神として、その力を最大限に保持し続けてもらわないと」
「面白そうだが、確かにそうだな。あの人には迷惑かけすぎてる。これ以上わがままも言えんな。……てかお前、あの人に借りすぎだろう。さっさとサファイアガチャを回せるようになれよ。何かいいもん出してくれ」
「……努力します」
俺が少しだけ苦笑いを浮かべると、南雲さんの顔に影が差した。どこか寂しげなその表情に、胸が痛む。
「……次はセラスか?」
察しのいい人だ。俺は深く頷いた。
「はい。セラスを排除し、伊万里をなんとかしたい。この強さなら、セラスさえ殺せば状況は一変するはずだ」
「なるほどな。お前がそう考えたのには納得がいく。……でも、悪い知らせだ。聞いておいた方がいい」
「……」
南雲さんの顔を見てると聞くのが怖く感じた。米崎がゴールドエリアである聖勇国を探し回り、その果てに辿り着いた結論は、決して明るいものではなかった。そしてあいつの予測はよく当たる。
「あっちからの連絡はぱったり途絶えた。玲香ですら一度も帰ってきていない。桜千も、向こうの自分とは【意思疎通】を完全に遮断されたままだ。この時点で……正直、かなり嫌な感じがする」
「簡単には、いかないでしょうね」
「まあ、ダンジョンなんてそんなもんだ。気張るしかねえ」
「言えてる」
南雲さんは少しの間だけ沈黙し、不意に別の話題へ切り替えた。俺が予想もしなかった名前が、その口から出てきた。
「……それと、こっちはお前にとってはいい知らせかもな。お前のところのエヴィーから『ニューヨークで12英傑会議を開かない?』と打診が来ている。開催日は1週間後だ。……で、お前、英傑認定されたってことでOKだな?」
「はい。それで構いません」
「じゃあお前もそれに参加しろ」
「俺がですか?」
もしそうなら、俺がクーモと約束した日付とほとんど重なる。エヴィーは、意図してその日取りを選んでくれたのかもしれない。
「お前がだよ。お前、今自分が英傑だって自覚してるよな?」
「えっと、もちろんですが」
「他人事みたいに言いやがって。お前、本当にもう……信じられんな」
「はは、自分が一番ピンと来ていないんですよ。英傑なんて、自分には遠い世界の言葉のように聞こえますから」
「しっかりしろよ、祐太。雷神に、お前に、そしてあの伊万里。次々に英傑が決まってきている。死神は急に死んだみたいだが、即行でロシアからまた新たな英傑が誕生した。俺の予感だと、1週間後には全員12英傑の枠が埋まってる。そんな気がしてならねえ。だから、12英傑会議は単なる顔合わせ以上の意味がある。それぞれの英傑が、互いの力量と『格』を確認し合う場になるはずだ。……まあ、俺はもちろん、お前という最強の英傑を周りに自慢したい意味もある。だから……」
「……だから?」
「いなくなんなよ。絶対にな」
その言葉を口にしながらも、南雲さんは何か分かっているようだった。
「……南雲さん。お願いしたいことがあるんです」
「お願い……」
「はい」
「そういうのはやめろよ。ババアの最期を思い出すだろうが。縁起でもねえ」
「いつも無理なお願いばかりしてすみません。でも、俺がもし死んでしまったら、どうしても一つだけお願いしておきたいことがあるんです」
「勘弁してくれ」
南雲さんは心の底から嫌そうな表情を浮かべた。しかし、俺にとってこれだけは、誰にも言えない最後の賭けであり、譲れない一線だった。
「誰にでも頼めることじゃないんです。南雲さんなら確実だと思います。だから、聞いておいてください」
「言っておくが、あの頃と違って今の俺は、お前より圧倒的に強いなんてことはねえぞ? 正直、今の状況じゃ俺も影からサポートなんて一切できん。お前、前に俺に頼み事をした時、それも計算に入れてただろ?」
「まあ、そうですね。俺はずるいですから、池本なんかに殺されてあげるつもりは1ミリもなかったですよ。でも今回は違う。南雲さんの話を聞く限り、伊万里のやつ、サファイア級になったんですね?」
「……まあな」
南雲さんが絞り出すように答えた。その事実は重い。
「何の冗談かわからんが、ランキング1000には『レベル1999』と記載されているぞ。今のランキング1位は神勇者・東堂伊万里だ。……まあ、今のお前なら真っ向からの勝負にはなるだろうが、あっちを気遣って戦うとか、そんな甘い考えは捨てろ。気を抜いた瞬間に、お前は確実に死ぬぞ」
「俺だって、みすみす死ぬ気はありませんよ。でも、もし俺が死んだら……伊万里のこと、お願いしますね」
「またそれかよ……」
南雲さんは本当に困り果てたように、頭をガシガシと乱暴にかいた。
「でも、そっちは放っておいても南雲さんがちゃんとしてくれそうだから、お願いというほどのものじゃないんです。本当のお願いは、別です。これは俺の……最後の賭けです」
一つだけ、胸に秘めていた策があった。成功率は未知数だが、試す価値はある。
「賭け?」
「はい」
「面白いことか?」
「試してみる価値は、十二分にあると思っていることです」
「なるほど……嫌だが面白そうだな。いや、うーん、嫌だが何でもやってやるよ」
南雲さんが不敵に笑ったので、俺は腹を割って詳細を打ち明けた。話を聞き終えた南雲さんは、一瞬呆気にとられ、次の瞬間——。
「ぷっ、お前マジかよ!?」
声を上げてゲラゲラと笑い出した。何かが完全に壺にはまったようだ。
「そんなに笑うことですか?」
「いや、本当……あのクソガキがずいぶんとデカくなって、俺より背が高くなりやがって……! 生意気なやつだよ、全く!」
南雲さんが、俺の肩を力強く、かつ懐かしそうに思い切り叩いた。
「これは一時的ですよ。【黄泉孵りの卵】が解けたら、元の身長に戻ります」
「祐太。いろいろと言いたいことはあるが、やめておこう。自分で決着をつけてこい。そんでまた、その顔を俺に見せろ」
「頑張ります」
「ああ、それとこれを渡しておくぞ」
「うん?」
俺の手に赤い飴玉のようなものが乗せられた。当然のごとく見覚えがあった。
「ルビー級の【倍加薬】だ。千代女から『使わなかったから返しておいてください』って伝言らしい。じゃあな」
南雲さんの姿が、【転移】で消えた。後はこの人に任せておけば、俺がどうなろうと大丈夫だろう。俺は静かに、次に桜千へと連絡を入れた。
【桜千、お前は今の俺の話を聞いていたな?】
【……申し訳ございません。千年郷の中で起きたことは、たとえ耳を塞ごうとしても意識の中に入り込んでくるのです】
桜千の声は、どこか震えていた。
【怒ってなんていない。これからの段取りと、俺にもしものことがあった時の段取りは分かっているな?】
【……新しい主に変わらぬ忠誠を誓うと、心に誓います】
【それでいい。間違っても自分を破棄するなよ】
【……主。私は……泣いてしまいそうです】
そんな弱気な言葉も聞こえたが、俺はそれ以上何も返さず、回線を切った。前を向くと、おそらくかなり末期的な状態になっているのであろうゴールドエリアへの入り口が、無機質に口を開けていた。
迷うことなく、俺はそのまま歩いてゲートをくぐっていく。そしてその瞬間、神の視点を持っているかのように、聖勇国ほどの規模の国の内情が頭の中に入り込んでくる。
完全に崩壊しそうな世界を、各地で支配した【管理球】に潜り込んだ美鈴たちが必死に支えている。クミカもそちらにいるようだ。連絡を取ろうかと思案した瞬間、ひときわ神々しく、そして巨大な気配が感じ取れた。
「南雲さんの言葉通りだ。今の俺と同じか、それ以上……。伊万里、ずいぶんと無理をしてるんだな」
しかし頭の痛い問題がある。それは伊万里だけじゃない。それ以上に大きな問題がある。
『ロキじゃ』
白蓮様の言葉に嘘があるとは思えない。伊万里の後ろには何かがいる。ロキ。今の俺の全力を以てしても、おそらく勝てる見込みのない相手。だとすると白蓮様に任せるしかない。すでに聖勇国の中に入り込んでいるのか……。
それならいいが、正直どこにいるのか全くわからなかった。まあ俺に分かるようでは話にならないのだろう。その上で、俺が取らなければいけない行動を導き出していた。
ちゃんと頭の中に答えがあることを確認した俺は、一歩を踏み出す前に大きく深呼吸をした。向こう側でも、伊万里が俺の来るのを待っているのが感じられる。
「行くか」
ギガノス大陸があった場所へと意識を集中させ、一気に【転移】した。





