第四百十五話 超高温
ポッカリと開いた穴をくぐると紅蓮な炎道が現れる。炎道と言っても巨大な日輪に開いた穴である。その大きさは直径1㎞はあると思われた。
その巨大の穴を弁財天とともに奥へと向かう。紅麗様が確かにここに存在している。それがわかる。周りの空間にある紅麗様の気配が重さとなって圧力をかけてきている。圧倒的な存在する力で体が押しつぶされそうだ。
紅麗様の気配までかなり遠いのがわかった。日輪は大きく、あまりにも巨大であるため、紅麗様の場所まで、本来なら感知できないほど離れた気配だが、あまりにも巨大すぎる気配のためにすぐに位置がわかった。
《最後まで体力と魔法力がもつか……》
穴に入った瞬間から体の表面が燃えては再生を繰り返した。人型から鳳凰型に変化し、それでも体が赤く燃え続け、火の鳥のようになっている。俺は今、【超速再生】があるから、エネルギーが続く限りは再生できる。
だが尽きれば、すぐにでも燃え尽きてしまいそうだ。想像以上に厳しい環境……かつて一階層で味わった日差し。あれは暑いと感じていたが、
《あまりにも違う》
人間の生きられる状況ではなく、生きているのが不思議なほどに、穴の中は高温の炎が揺らめいていた。
《祐太君。急ぎましょう。下手に時間をかけるべきではないわ。あなたは仲間たちのところに、私は子供たちのところに生きて帰らなきゃいけない》
《ああ、急ごう》
【鳳凰飛翔】を使って開いてくれた穴をどんどん奥へと飛んでいく。巨大な日輪に開いた穴は、日輪の中心部へと続いているようだった。まっすぐはつなげないらしく、俺と弁財天はカーブを旋回していく。
今の俺はどれぐらいの速度が出せるんだろう。自分でももはやわからないが、行く手を遮るように炎の柱が何度も立ち上り、速度が出過ぎているためにそれを避けるのも結構な命がけになった。
まともに炎に触れればおそらくその瞬間死んでしまう。これについてきている弁財天を見ると、飛ぶのは不得手なはずだが、背中に俺の鳳凰の翼と似た翼が生えていた。
《それは?》
【意思疎通】を使いながら会話した。
《【幻影の円環】を使っているの。祐太君の鳳凰としてのスキルを幻影として表しているわけね》
《幻影なんだよね?》
《そうよ》
俺の不思議そうな問いかけに弁財天が頷いた。
《いや、頷いてるけど日本語おかしくない? 幻影なのに実際飛ぶことにも使えるのか?》
《使えるわ。【幻影の円環】は究極の催眠術とでも言うか、人間の頭にも完全にそれがあると思い込ませることができるし、周りの全ての物体にも干渉してそうだと思わせるの。だからこれで剣を生み出して大地を斬ればその大地は実際に斬られたと思って傷つくわ》
《それって現実なんじゃ……》
幻影なのに現実。意味のわからない現象に俺は鳳凰の首をかしげた。
《まあそういう反応になる気持ちはわかるけど、サファイア級のアイテムになると効果は意味不明よ。理屈を超えて事象に干渉してくる。実際千年郷だって今までのアイテムと比べたら意味不明なほど効果が大きいでしょう?》
《まあ……確かに。何しろ日本人丸ごと呑み込んで宇宙に浮かんでるんだもんな》
それはかつて俺がアニメで見たスペースコロニー。それをはるかに超えた超科学で再現された空間。いや魔法と言うべきか。千年郷のことでもこれほど不思議なものはないと感じたことを思い出した。
《祐太君。だからこそ私たちはそれを取りに今ここにいる。そうでしょ?》
《ああ、そうだった》
《サファイア級の中でも、最高ランクの三種の神器だけど、その中でも特に戦闘に適していると言われているのが【黄泉孵りの卵】なのよ。それは、前に教えたわね?》
《覚えてる》
《だからこそ手に入れたいの。前の持ち主であり、たぬきの神様、隠神刑部も何度か使用したことがあるからその性能も有名なのよ。隠神刑部は芸能神で、お笑い大好きの神様だったけど、【黄泉孵りの卵】を使うと完全な戦神になったもの》
《……》
多分これがどんな意味を持つのか俺にはまだだ正確に認識することができなかった。
《それを使うことができれば、確実にあなたはセラスという不自然に存在する神に対抗することができるわ》
【黄泉孵りの卵】
これさえ手に入れることができれば本当の本当に何とかなる。
焦りながら全力の速度で深部へと向かっていく。奥からは以前感じた紅麗様の気配。このエネルギーの塊である日輪の中でも、それでもまだはっきりと感じられる強い気配。
気配を感じただけでも体に燃えそうだ。何よりも奥に向かうほど温度が上がっていた。ただ速く奥へと向かっていくだけなのに、あまりにも熱すぎてそれが苦行を伴う。
横の弁財天を見る。炎が得意なわけではない弁財天だが【火除けの神衣】と【幻影の円環】のサファイア級アイテムがある。おまけに本人も神の領域に到達している。俺より平気そうだ。だから俺の方に向かって、
《大丈夫?》
心配そうに聞いてくる。一番の得意分野で心配される。ユグドラシルの頃から成長するために一生懸命走ってきた。人よりもその速度は早かったはずだ。
《正直ちょっと悔しいよ。得意分野ぐらい弁財天に勝ちたいんだけどな》
《あなたは自前のスキルだけだもの。それで私より熱帯性が強かったら、私の立場がないわ。無理せずに私の【火除けの神衣】の効果範囲に入れてあげる。こっちへ来て手をつなぎましょう》
《……》
その方が理屈では正しいのだろう。でも意地を張りたくなった。
《今はつなぎたくない。ユグドラシルの時は弁財天たちに頼りっぱなしだった。今回は自分の力で最後まで行きたいんだ》
いろんな人たちの思いの上にここまで来ている。そしてこの体が溶けて蒸発してしまいそうなほどの炎の中をゆく行為が、自分の中の試練のようにも感じる。
《……でも死にそうなら助けるわよ?》
《死にそうでも助けないでくれ。そうしないと自分が何をしているのかわからなくなる》
弁財天が困ったような顔している。それでも俺の言うことを聞いてくれる。そういう人だ。困らせるだろうがどうしても意地を張りたかった。噴出する炎に少し羽が触れる。
その瞬間、燃え盛る体が翼から炭化し、全身にその熱が伝わってきた。俺は慌てて翼を自分から切り離したが、止まるわけにはいかない。もし止まれば、さらなる紅蓮の炎に飲み込まれてしまう。
だから急いで新しい翼を再生させた。炎が迫ってくるのを感じながら、俺はそれをかわした。もし当たったら、死んでしまうと思いながら。
《ゆ、祐太君大丈夫!?》
《だ、大丈夫だっ》
やばい。大丈夫じゃなかった。死にかけた。冗談抜きで本当にナチュラルに死んでしまう環境だった。普通この環境で生物は等しく死ぬのだ。
《無理して死んだらもっと意味がないわ》
《馬鹿なこと言ってるとは思う。でも最後まで自分で行かせてくれ》
飛ぶのには十分な空間だが、吹き出てくる真っ赤な炎が問題なのだ。奥に行けば行くほど触るとそれだけで終わりそうだ。昔、迦具夜と融合して放った統合エネルギーによる一撃よりもまだはるかに強力な炎が至る所で渦巻いた。
紅麗様に近づいてきて、紅麗様の力が次から次へと吹き出ているのだ。ダンジョンの全てのエネルギーの中心地である日輪。神の争奪戦の時、条件は分かりきっている日輪に信長ですら挑もうとしなかった。
それぐらい死ぬのが当たり前の場所だったのだ。そのことが改めて実感させられる。紅麗様まで、まだかなり距離があると感じる。もっと熱くなってもっと炎も激しくなるとしたら本当に到達できるか?
《あっ》
さらに奥へと向かうと今度は弁財天が体が炎に包まれた。
《弁財天!?》
弁財天の無事を確認しようと見つめるが、俺自身も厳しい状況に追い込まれていた。自分のことに集中しなければ、その瞬間、炎の中に呑み込まれてしまう。まるで昔やっていた弾幕ゲームのようだ。炎の隙間はわずかしかない。
その狭い隙間を超高速で抜けていく必要がある。しかし、炎に触れていないのに、体はすでに燃えている。どうやって奥に進めばいいのだろう? もしかして、奥に向かわずに解決する方法はあるのだろうか?
いや、これはゲームではない。本来なら無理ゲーでも、時間をかければクリアできるように設計されているはずだ。しかし、もしかしたらクリア不可能な状態かもしれない。信長たちも何度も挑戦したが、成功しなかったのでは……。
《祐太君……》
弁財天が声を届けてきて、俺はそちらを見た。あちこち焼け焦げているが、まだ飛んでついてきてくれた。俺はほっとする暇もなかった。炎が消えることはなく、炎に触れなくてもあまりの高熱で体がついに炭化し始めた。
ある瞬間一気に体の崩壊が進み出した。俺の体全体が完全に燃え出したのだ。SPが底をつきたのだ。その瞬間【超速再生】が発動しなくなった。超高温への対抗措置ができていない。
このまま燃えて死んでしまう。落ち着け。まだ一度だけ復活はできる。しかしその後が続かない。奥へ行けば行くほどもっともっと熱くなる。それに完全な形の蘇生役は美鈴たちに渡してしまった。
死ぬことができるのは一度だけだ……。
俺は後々のことを考えると使いたくなかったがエリクサーを使った。実を言えば既に3個ほど消費していた。急激に体の力が戻ってくる。SPも復活しているから【超速再生】も使えるようになった。
それが長く持てばいいのだが、体が燃えるのが止まらない。
どんどんそのペースが早くなるのに、さらにこの奥へ向かってどんどん自分たちで超高温地帯へと行くしかない。それに対抗するために【超速再生】が働き、MPもSPもHPもガリガリとなくなっていく。
《これは無理だわ……》
弁財天の口から諦めの言葉が漏れた。さらに彼女は続けた。
《まだ紅麗様の気配がある場所まで半分ほどしか来てない。祐太君がここで限界なのに、今と同じぐらい進まないと到達できない。条件がもっと厳しくなるなら、後半分の距離なんてとてももたないわ》
そう口にしている弁財天も【火除けの神衣】の端が燃え出していた。意味がわからないほど不思議な効果を発揮するはずのサファイア級のアイテム【火除けの神衣】でも燃えてきている。
俺は鳳凰の姿のまま呆然とした。
「ぐう」
俺は悔しさに声が漏れた。その喉が焼き切れていく。
《これでもだめなの……》
弁財天もかなりショックを受けた顔をしている。単純に熱い。ダンジョンの光と熱を司る日輪。そこに紅麗様がいる。この2つがいてそばに近づける生物など存在するわけがない。
《弁財天。俺はゴールドエリアで紅麗様と会ったことがある。その時はこんなに熱くなかった》
《それは紅麗様の本体ではないのよ。紅麗様は世界を巡る時分身体を使っていると聞いたことがあるわ》
《分身……》
これ以上進むのか? アイテム全て注ぎ込んで進めてあと1割……。そしてそこまで進んでしまったらおそらく帰ることすらできなくなる。帰る時のエネルギーがないから、日輪の出口にたどり着く前に燃え尽きて死んでしまう。
《限界ギリギリまで頑張りたい》
《そんなことをしても紅麗様までたどり着かない。感覚的に祐太君でも分かっているでしょ? 祐太君だけじゃない。私でもこれ以上進んだら死んでしまう。死ぬ前に引き返すしかないならガチャから出たアイテムができるだけ残っているうちに引き返した方がいいわ》
当たり前のことを言われた。誰が考えても同じ結論だ。しかし俺はカッと頭に血が上った。そして叫んでいた。
《それだと何もできないんだ! わからないのか!?》
ありったけの感情を込めて【意思疎通】で怒鳴っていた。
《で、でも……》
《でもじゃない! このまま帰ってどうする!? 帰った頃には2週間も経ってるんだぞ! 何の力も持たずに帰って、伊万里も仲間も助けられず! それで一体何がいいんだ!? 何も良くない!》
《それはでも、仕方ないことだし……死んだら終わりよ》
《わかってる! だから何か方法がないか考えてるんだ!》
《それは……そうだったんだ。うん……ごめんなさい……》
《ちっ》
思いっきり舌打ちしてしまった。弁財天に怒鳴ったところで仕方がない。弁財天は当たり前のことを言ってくれただけだ。どう考えてもレベルが足りないことをしようとしてる。明らかに俺の能力を上回っている。
こんなことどれだけ挑戦してもうまくいかない。
《……》
頭の中をどうすべきかが掛け巡る。起きていることは単純だ。俺たちが高温に耐えきれない。紅麗様は俺の到達できる限界のもっと奥にいる。
少しぐらいならまだなんとかなるけど、そうじゃない。そして起きていることが単純なだけに、解決方法もない。
《紅麗様! こちらに出てきてください! 俺はそこまで行けない! どうかお願いします!
どうにかできる部分があるとすれば紅麗様の心に訴えかけるしかない。
《俺はここで帰るわけにはいかないんです! どうか! どうかお願いします!》
返事がある様子はない。奥から感じる巨大な気配が動く様子はなかった。
《無理よ祐太君。紅麗様がこの高温の原因なのよ。たとえ紅麗様が私たちに近づきたいと思ってくださっていたとしても、ここで耐えられない私たちが、それに耐えられるわけないわ》
《じゃあどうするんだよ!》
《それは……》
弁財天は引き返すしかないと言いたいのだろう。弁財天にはその余裕がある。神様としての寿命にはまだまだ先がある。しかし俺にはそんな余裕はない。ルビー級としての寿命まだまだあるが、引き返したら全て終わりだ。
何の力も手に入れず、【黄泉孵りの卵】すらも持たず、バカもいいところだ。
ホロスに手も足も出なかった。そのことが俺にとってショックだった。それと同時に大きなレベル差でまともにぶつかると、ここまで理不尽なのかと思わされた。セラスはホロスのさらに上だ。
米崎の見解でも、セラスはまだ強くなる仕掛けを用意しているようだった。向こうが強くなってこっちはアイテムだけ消費して、弱くなる。最悪だ。それならガチャを回した時点ですぐに戻っていればまだ……。
こんな後悔をしても仕方がなくて首を振った。実を言えばまだ方法は1つだけ残されているのだ。できればこれはしたくなかったが、背に腹は変えられない。
《弁財天。少し待っててくれ。最終手段に出る》
《最終手段?》
弁財天が不思議そうに俺を見るが、俺は意識を“自分の中”に移した。
《レダ》
俺は自分の中にいるできれば声をかけたくなかった同居人の彼女に声をかけた。
《死ぬまで声をかけないのではと少し心配したぞ》
意識がすぐにレダの目の前まで引っ張られた。
《……交渉したい。レダ。俺を紅麗様のところまでたどり着かせてくれ。対価を払う》
レダは宿代として知識はくれた。しかしそれ以上はくれなかった。それ以上の何かが欲しければ対価を支払う。その条件だった。このギリギリになるまで俺はその対価を払いたくなかった。この悪神は、対価が重いのだ。
《……六条。やはりお前といると面白いな。あの時あの判断をした私を本当に褒めてやりたい》
相変わらず優雅に花畑で椅子に腰掛けているレダは楽しそうに妖しく笑う。
《そんな話はどうでもいい。どうなんだ? お前なら俺と弁財天を紅麗様のところまで生きてたどり着かせることができるか?》
《ある意味では……可能だ》
彼女は余裕を持って頷いた。“ある意味”という言葉が気になったが、俺は花園の中で土下座した。
《それなら頼む! 俺は絶対に奥まで行かなきゃいけない! それが可能であるなら対価は惜しまない! 俺の寿命でも何でもいいから持って行ってくれ!》
《ふむ……》
俺の必死さとは対照的にレダが優雅に紅茶を飲んだ。しかしどういうわけかいつもの笑顔が表情から消えた。目を細めてこの女らしくもない。考え込んでいるようだった。
《もったいぶらずにできるなら早く!》
《うるさいやつだ……。ふむ……ここか……》
俺が必死なのにレダは考え込むのをやめない。思考加速をしているから外ではほとんど時間が経っていないが、それでも状況的に焦った。
レダは平気で俺を待たせた。思考加速の中で目を閉じて半日ほど黙っていた。最初俺は寝てるんじゃないかと思い何度か声をかけたが目覚めないので、今度は死んでるんじゃないかと心配しだした頃、彼女は目を開けた。
《六条、お前と私の利害は一致しているようだ》
《何の話?》
《お前のこれからする行動。それと私の求める結果。それが一致している。そう言ったのだ》
《だから何? それなら望みは叶えてくれるって事か?》
《利害が一致しているのだ。よかろう。望みは聞いてやろう》
真剣な顔から満面の笑みを浮かべたレダ。なんだか一気に胡散臭くなった。いつもちゃんと言ってくる対価も何も言ってこない。それが余計に妖しかった。本来助けを求めてはいけない悪神。いや、これしかなかったんだ。
俺は自分にそう言い聞かせた。





