72 オロギラス 三匹目2
ヘラっと笑われて腹が立つというか、恥ずかしいというか。
「ギャー!」
叫んで不満をあらわすと水蛇目掛けて走り出した。
別にビビってたわけじゃないもん!
水蛇がエミリオの魔術で固められていた胴を藻掻いて破壊する寸前に飛びついて押さえつけた。
「そのまま捕まえてろ!」
すぐ後ろからゴドウィンが来ると例の剣『魔獣殺しビルギスタ』を水蛇の腹を突き刺す。
「姫様、お目覚めでしたか」
エミリオも再び崩れかけた箇所を更に魔術を重ねがけすると水蛇の動きを封じる。ゴドウィンが突き刺したところから引き裂こうと力を入れた時、奴が頭部を私へ向けて口を開いた。
「シャーー!!」
その瞬間、前回、風蛇に噛まれて毒されフルールに治療された時の事が頭に浮かんだ。繰り返し腕を切り裂かれるような痛みに耐え気を失うことも許されなかったあの恐怖の時間。
あれは……もう嫌、出来ない、やりたくない……
「ぐあっ!!」
押えていた水蛇の胴体から手を離すと暴れた勢いでゴドウィンが坂の下へ吹き飛ばされていった。奴は私に食いつこうと突っ込んできたがエミリオの魔術による礫で攻撃され怯んだ。私は恐怖で座り込み逃げ出す事も出来ず呆然としていた。
「クッ、こっちだ!」
エミリオは私が逃げ出せないと気づいたのか自分の方へ水蛇を引きつけようと攻撃を仕掛け、上手く気を引くと坂の上に向かって駆け出た。
「エミリオ!そっちへ行くな!!チッ!」
ゴドウィンがなんとか戻ってくるとエミリオを案じ後を追う。それを見て動揺しながらも私も付いていこうとすると止められた。
「戦えないならここにいろ!」
その表情からゴドウィンは私を責めているわけじゃなく、心配しているのだとわかる。このままついて行っても邪魔になるだけかもしれないという思いが過ぎった。
「うわぁ!」
怖くて怯んでいたが坂の上からエミリオの叫ぶ声が聞こえ反射的に駆け出してしまう。
エミリオが危ない!!
いつの間にか辺りに大粒の雨が降り注ぎ、地面を打ち付ける激しい勢いに水飛沫が立ち霧のように視界を遮る。
坂を登り切ると水蛇がエミリオに尾を叩きつけ吹き飛ばしていた。大粒の雨は水蛇の魔術攻撃で、激しい渦を伴う水攻撃で一帯は嵐の直撃を受けたような惨状だった。
奴は豊富な魔力を持っているのか水攻撃を続けざまに放ち、駆けつけたゴドウィン諸共その水流に巻き込まれそうになった。咄嗟に彼を掴むと一旦下がり回り込んでエミリオが倒れている場所へと急ぐ。
「姫様、離してくれ!」
うっかり掴んだままだったゴドウィンを離すとキッと睨みつけられた。
「握り潰す気ですか!」
アハハ、ごめん、ごめん。
なんとかごまかしエミリオを救出してゴドウィンがポーションを与えた。
「姫様、大丈夫ですか?」
優しく気遣われ胸が痛くなる。死にかけたのはエミリオなのに。
自分のせいで二人を危険に晒した事に段々と腹が立ってきた。
「ギャー!」
今度こそやっつけてやるんだから!
私は叫ぶと水蛇を睨みつけた。
「いいですか!無闇に突っ込んでいかないでください、合図しますから」
暴れまわっている水蛇も流石に魔力が尽きかけているのか、様子を窺っていると水流の力が弱まってきた。
「今だ!」
ゴドウィンの合図に勢いよく飛び出し水蛇の胴体にしがみついた。エミリオが魔術で固めようとするが暴れまくって狙いが定まらない。
これまでのオロギラスより力が強く押さえきれない奴を何とかしようと、足を踏ん張り思い切って力一杯地面に叩きつけた。一瞬動きが鈍ったところで頭部を押さえようと手を伸ばし掴んだ。
タイミングを計ってゴドウィンが突っ込んできていたのが見えたが、思わぬ方向から尾を叩きつけられ、くらっとすると奴を押えていた手が緩んだ。私の手から逃れると奴はゴドウィン目掛けて口を開き噛みつこうする。
間に合わない!ゴドウィン!!
必死に鱗に包まれた胴体を掴んだが引きずられ、あと少しでゴドウィンにその悍ましい牙が届くという時、冷たい空気を纏う鋭利な矢の様な物がキラリと光りながら空を切り裂き水蛇の口をかすめていった。既のところでゴドウィンは攻撃から逃れ、水蛇は血を撒き散らす。
「ゴドウィン!!大丈夫か!?」
声のした方向を見てしまい心臓が止まりそうになった。
そこには銀色に輝く髪をグッショリと濡らし、美しい蒼い瞳を光らせている男が鋭い眼光で次の攻撃に備え魔力を練り上げている。
「リアーナはどこだ!無事か!?」
アーネスト!!
血の気が引くのを感じた。
見られた!アーネストに見られた!!
私は頭が真っ白になるとパニックになった。水蛇を掴んでいた手も離したのか、手負いの魔物は体をうねらせて暴れると木々をなぎ倒し私もそれに巻き込まれ倒された。
「姫様!」
エミリオが叫ぶ声が聞こえたが居場所がわからず、とにかくここから逃げ出そうとしていた。
「なんだアレは!?」
アーネストの声がし、私は必死に這いつくばりながら闇雲に逃げ出す。
「待て!逃げるな!」
ゴドウィンの声も聞こえている気がするが思考が働かない。気がつけば水蛇ともつれ合いながら崖の上に立っていた。ふらつき数メートル下の湖に吸い込まれそうになる。
「早くこちらへ!」
エミリオが手を差し出してくれそこへ手を伸ばそうとしたが、同時に水蛇が彼に攻撃しようと襲いかかった。
「エミリオ危ない!」
「攻撃しては駄目です!!」
アーネストがエミリオを助けようと数発の氷の矢を打ち出した。それは真っ直ぐに私と水蛇へ向かって来る。
「姫様ぁーー!!」
ゴドウィンが叫びながら幾つかの氷の矢を叩き落とす。
急に時間がゆっくりと流れ出したかのように一つ一つのことがハッキリと見える。
グラリと身体が後ろへ倒れ、横を見ると水蛇が湖に飛び込もうとするのが見えた。エミリオが私に手を伸ばしてくるが全然届きそうにない。
ゴドウィンが何かエミリオに叫んでいる。と、同時にゴドウィンの足元が盛り上がり勢いよく飛び出すと私の伸ばした手の指を掴んだ。
ゴドウィン、ちっちゃいなぁ……
そう言おうと口を開くとゴボッと真っ赤な血を吐いた。頭から崖の向こうへ落ちながら自分の胸に氷の矢が深く刺さっていることに気づいた。
遠くで誰かが叫んでいるのが聞こえる。
身体を揺さぶられるが力が入らず何をされているのかもよくわからない。感覚もなくこのまま叫び声も聞こえなくなるのかと思っていたら、声が近づいてきた。
その途端身体が震え始めたのがわかった。何も感じていなかったのに痛みと寒さを感じる。目もよく見えず、耳もよく聞こえないが誰かが私を抱きしめているのがわかった。
だれ?……アーネスト……
気がつくと毛布に包まれ横たえたられていた。服は着せられ野営用のテントの中らしく周りが囲まれ外の様子はわからない。
身体を起こそうとしてズキリと頭が痛み、筋肉痛のようなきしみが全身を走る。
「イタ……誰か、いないの?」
何とか起き上がり痛みを堪えてテントの外へ手を伸ばそうとするとサッと出口が開かれた。
「リアーナ、気がついたのか」
心配そうな顔のアーネストがそこにいた。ずいっと中へ入ってくると傍へ近寄ってくる。
「いや……いやぁーー!!」
私は叫び声をあげると後ずさった。毛布を頭から被り悲鳴をあげ続ける。
「いやぁ!!向こうへ行って!」
「リアーナ、私だ!アーネストだ!」
彼は近づき私を引き寄せようとする。
「離して!いや!ゴドウィン、エミリオ!!」
バタバタと音がするとふわっと抱き上げられる。必死で抜け出そうと暴れているとぎゅっと抱きしめられゴドウィンの声がした。
「姫様、落ち着いて下さい。私です」
抱き上げているのがゴドウィンとわかり彼にしがみついた。




