73 オロギラス 三匹目3
ブクマありがとうございます!
今日も頑張って働ける。
「ここから出て!早くっ!」
必死に頼むがゴドウィンは言う事を聞いてくれない。
「姫様、外には蛇がいます。ゆったり過ごすにはテントの中の方がいい」
蛇と聞いて身体をビクつかせる。どこにも行けず、彼からも離れられない。
「うっ……うわぁ〜〜!!」
声を上げて泣き出す私を抱きしめながらゴドウィンがアーネストにテントから出るように言った。
「アーネスト様、今は姫様も冷静ではありません。お願いですから少し時間を頂けませんか?」
「そんな……私はリアーナの傍についていてあげられないのか……こんな状態の彼女から離れるなんて出来ない」
アーネストが動揺したように話し、背中に触れられた感触がしてブルッと身を震わせた。
「イヤッ!」
激しく頭を振り彼を拒否する。
「さぁ、行きましょう。落ち着けば大丈夫ですよ」
エミリオの声がし、二人でテントから出ていったようだ。
ゴドウィンがしばらく抱き上げたまま私が泣き止み落ち着くのを待った後、私の頭をポンポンと叩く。
「さぁ、もう誰もいませんよ」
そう言われさっき眠っていた場所へ下ろされる。被っていた毛布を少しだけずらしてゴドウィンの顔を見た。
「子供の頃以来ですね。あんな大きな声で泣き叫ぶ姫様は」
泣きすぎてしゃっくりが出ている私はぼうっとしたまま俯いた。
「だって、うぅ……ヒック」
しゃっくりのせいで上手く話せない。
「会いたくありませんか?」
ゴドウィンの言葉にコックリ頷く。
「あの姿を見られたからですか?」
また頷くとボロボロと涙が溢れてきた。
見られたくなかった。大猿なのも、男の身体なのも。こんなの酷すぎる。こんな私なんてやっぱりアーネストの隣に相応しくない。きっと嫌われた、恋人との邪魔をして怒って城を飛び出した上、こんな変な身体になった私なんて……
「前に大丈夫だって言ったじゃないですか。アーネスト様は魔物も見慣れてるし、気持ち悪いオロギラスならともかく、ただの猿ですよ」
「大猿、だもん。ヒック」
ハハッと笑われワシワシと毛布越しに頭を撫でられる。
「むしろ珍獣扱いで大事にされるかもしれませんよ、オレは可愛いと思いますよ」
「嘘つけ、ヒック」
「まぁ嘘ですけど」
嘘かよ。
「だけど、湖から姫様を必死に助け出したのはアーネスト様ですよ。オレは手を離してしまって、焦ったけどその印のイヤリングの魔力を頼りに沈んでいた姫様を見つけたんですから。もう少し遅かったらどうなっていたことか」
アーネストに貰って封印されたイヤリングには彼の魔術が封じ込められているためどこにいても居場所が感じられるらしい。そのお陰で遠く離れた私を追跡出来たようだ。
「ちょっと、ヒック、気持ち悪い、ヒック」
「ですよね、オレもそう思います。あんなふうに周りから『月冴ゆる君』なんてもてはやされているけど、まだまだ余裕ないガキだなって思いますよ、クックックッ」
ゴドウィンがニヤリと笑い意地悪そうに閉じられたテントの出入り口を見やる。
「余裕ないって、どこが?」
アーネストはいつも冷静で、計算して動いたり先回りしたりする切れ者だと評判なのに。
ゴドウィンに毛布をずらされ顔を出されたがそのまま話し続けた。
「そりゃ、姫様の心を掴みきれて無くて焦って無様に立ち回っているところですよ、いやぁ、若い若い」
「何言ってるのよ、アーネストが私の心なんて気にしてないわよ」
「姫様も相当ですよね」
「なによ」
意味はわからないが馬鹿にされていることはわかる。
「そろそろちゃんと話しては如何ですか?ビビってばかりじゃ先へ進めませんよ。恋も仕事も」
「貴方に言われたくないわ。遊んでばかりで母上にちゃんと向き合ってないんじゃないの?今も好きなんでしょ」
余裕で笑っていた顔を急にきゅっとしかめる。
「オレはもういいんです。それより姫様は……」
「良くないくせに。いいじゃない、もう母上は独りになったんだし。下手すればまた領地の為に他の誰かと結婚するかもしれないわよ。母上はまだまだ綺麗だし」
ゴドウィンはさっきまでの態度とは一転し、ゴクリと喉をならした。
「ハハ……まさか、いや、でもあの人なら」
「ほら、自分だって余裕ないじゃない、偉そうに」
私が鼻で笑ってやると彼はため息をつきこう提案してきた。
「ではお互いに根性見せるってことにしましょう。姫様は今、ここで、アーネスト様にちゃんと向き合う。
オレは帰ってから……王位継承問題が片付いて、姫様が結婚して、子供を産んで……」
「駄目、王位継承問題が終わってすぐ、わかった?約束よ」
伸ばし伸ばしにしようとする根性無しのゴドウィンとしっかり約束を交わし、私は決心した。
「はいはい、じゃあ、呼びますよ」
ゴドウィンが立ち上がりテントから出ていった。
渡されたカップを手にずっと黙り込んでいた。
アーネストがすぐ前にいるが横を向いて一言も口を聞かず、目も合せていない。手にしたカップの中身は随分前に空っぽになっていたが両手に握りしめたまま底に微かに残る雫を眺めていた。
偉そうにゴドウィンに言ったが何も話せていない。アーネストも時々ゴソゴソと動いているが何も話さない。
このままじゃ永遠に終わらないと思った私は話しかけようと口を開いた。
「あのね」
「すまない、リアーナ」
同時に話しだし、声がかぶってしまう。
「あ、なに?」
「いや、そっちこそ」
気まずく譲り合ってしまい更に気まずさをます。
「その、さっきはすまなかった。君を傷つける気は無かったんだ」
悲痛に顔を歪め深々と頭を下げた。
「そんなのいいよ、知らなかったんだし」
アーネストが魔術で放った氷の矢で私は射抜かれて危うく命を落としかけたらしい。
「いや、ゴドウィンが止めてくれなかったらきっと取り返しがつかない事態になっていた」
騎士団でもエリートだったアーネストの狙いは正確だ。頭を射抜かれていたら流石に死んでいただろう。
チラリと彼を見ると握った拳を震わせギリギリと歯を食いしばり後悔と悔しさを耐えているように見えた。
私は被っていた毛布から手を出すとその手に重ねそっと握った。
「大丈夫だよ、私は生きてる。そのための護衛なんだから」
彼の負担を少しでも軽くしてあげたくて笑顔を見せた。
「リアーナ、ありがとう」
硬かった表情を少し緩ませ握っていた手を広げると私の手を握った。だけど何だか落ち着かない気分になりそっと手を引っ込めた。
「私こそごめんね、エベリーナ様とあんな風に喧嘩させちゃって」
オロギラスの為にイーデンバッシュに来なくてはいけなかったが二人の仲をこじらせるつもりはなかった。
「いや、もう別に構わない。イスラ殿下にも忠告されたしな」
「姉さまに?」
「あぁ、あれからすぐに呼び出されて言われたんだ。『妹を泣かすな』と。エベリーナ様も相当キツく言われていた。勿論領主モージズも。娘を甘やかせるのもいい加減にしろとな」
王位を争う姉さまがなぜそんな事を言ってくれたのかよく分からなかった。
「どうしてそこまで……」
「私達の仲を裂いてまで手に入れたい支持者じゃないと仰られた」
「あぁ、アーネストとエベリーナ様の」
私がそう言うとアーネストは急に大声を出した。
「今の話のどこがどうなってエベリーナ様と私の仲が疑われたんだ!君と私に決まっているだろ!」
「婚約してること?大丈夫だよ、ちゃんと解消するつもりだったから」
アーネストが頭を抱えてガックリと肩を落としたが数秒後に起き上がり私の両腕を掴むと目の前に顔を寄せた。
「いい加減にしてくれ!私が愛しているのは君だけだ!これまでも、これからも君しか愛さない!!」
「……………………………………え?」




