74 オロギラス 三匹目4
顔を真っ赤にしたアーネストが真剣に私を見ている。
表情は全くもって真剣だが顔はこれ以上ないくらい赤い。首まで赤い。
「あ、あい、愛し……てる?……わたし、を??」
熱を感じるほど真っ赤な顔のアーネストは新鮮でちょっと可愛くさえ思えるが言葉の意味は飲み込めない。
頷く彼は一瞬横を向き大きく深呼吸した。ちょっと冷静になるために息を整えたようだ。
「わかったか?」
深呼吸して熱が少し冷えたのか、若干赤味がひいた顔でまた私を見つめる。
「アーネストはエベリーナ様とお付き合いしてるんじゃないの?」
「してない!したこともない!したいとも思わない!!」
話す勢いがちょっと異常じゃない?
「だけど、前に夜会でコッソリ会ってたのを見たわ。抱き合ってたし」
「はぁ!?……そんな事あったか?……まぁ、あったかもしれない。あの方は何かにつけ近づいて話しかけてきたりアピールされていたからな。だがそんな事、いちいち覚えていない」
「覚えていないほど抱き合っていたと?」
「抱きつかれたことはあったろうが抱き返したことはない。領地ぐるみの付き合いがあるから無下に振り払うわけにはいかず必死にやんわりと引き離すだけだ。だがもうウンザリだ」
確かにこの前は後ろから無理矢理抱きしめて来ていたように思える。
すると彼は私をそっと抱き寄せた。
「私が抱きしめたいのも、触れたいのも君だけだ」
ふんわりと抱きしめられ髪を撫でられる。なんだか現実味がないがこれは現実か?
私は慌てて彼を押し退け身体を離したが腕を掴まれたまま近い距離を保たれる。
近すぎる、これじゃ男の身体だとハッキリわかってしまうし、なんだかイチャついているみたいだ。
「じゃあ、他の噂も嘘なの?」
彼の胸を押し退けながらこれ以上近づいて来ないように頑張りつつ話をする。
学院では有名なアーネストの事はよく聞く。特に講師でもある騎士コースで。まぁ私が騎士コースにずっといたせいだろうけど。
「学院に通っていたころ同期と下級生と同時に付き合っていたとか」
「そんなわけ無いだろ。ただの噂だ」
アーネストが余裕な様子で髪を撫でてくる。こっちは腕の力が限界でぷるぷるしてきているというのに。
「じゃあ、留学生と付き合いがあったとか」
「な、どこからそんな話を。そんなの、嘘だ、デタラメだ」
急に表情が少し固まる。
ん?
「他にも外国から来た年上の美人講師と親しかっ……」
「姫様ぁ!まぁまぁ良いではないですか、若気の至りですよ」
突然ゴドウィンがテントの中へ乱入してきた。エミリオも申し訳無さそうな顔で後ろから続く。きっとテントの外で聞き耳を立てていたに違いない。
私は慌てて彼の手を髪から離し横に並んで座った。
「な、なによ若気の至りって」
アーネストとイチャついてる風なところを見られた恥ずかしさで顔を熱くしながら尋ねる。
「まぁまぁ、姫様。お腹すいたんじゃありませんか?お話はまた領地でゆっくりとなさればいいではありませんか」
私達は小さなテントの中で向かい合って座るとエミリオが用意してくれていた簡易食を手渡され食べ始めた。
「エミリオの言う通りだ、早く食べよう」
アーネストがなんだかホッとしたような顔でいう。皆して話をそらそうとしてるのがわかる。『まぁまぁ』なんて白々しい。だけどこれ以上追求してもきっと私にいいことはないだろう。
食事を終え、エミリオが見回りに行っている間にこれまでの事情をアーネストに話した。
「そんな事になっていたのか……何故すぐに言ってくれなかったのだ?」
アーネストはまるでとても大切な物のように私の頬をそっと撫でる。こんな扱いをされたのは初めてだ。目の前のゴドウィンが生ぬるい目でこっちを見てる。
「だって、もうずっと長い間まともに一緒に過ごすことも無かったのに」
熱くなった頬から彼の手を離した。
「それは……本当にすまない。私の考えが至らなかったせいだ。君とは婚約しているのだから大丈夫だと思っていたんだ。年に数回、夜会や晩餐会でエスコートしている時間を楽しみにしていたんだが、リアーナがそんな気持ちになっていたとは気づかなかった」
「アレコレお忙しかったのでしょうね、でもアレを見て以来、当時はそれで良かったんです」
騎士コースや文官コース、その他にも沢山の資格を取り大変だっとは聞いている。だから最初は必死に会うのを我慢していた。
だけど、エベリーナとの事を見てからは会うのが辛かったので、会えない時間が有り難かった。
「いや、浅はかだったよ。キチンと話し合っていれば君にそんな気持ちを持たせることも無かった」
そう言ってまた抱き寄せられそうになったがグイッと拒否した。
「とにかく、少し時間を下さい。急に態度を変えられても受け入れられません」
「リアーナ……」
辛そうに顔を歪める彼を見ているとこっちまで辛くなった気がする。
「ごめんなさい。でも私の中では破婚するんだと決めていたから」
「そんな、いや、君は私を責めることなく耐えていたのだから今度は私の番だな。きっと君の心を取り戻して見せる」
真剣に見つめられ本当の気持ちを話してくれているように見える。
信じていいんだろうか?
「あぁ、申し訳ありませんが、その話は帰ってからしていただいても宜しいですか?今は時間がありません、先ずはオロギラスです」
イイ感じに持っていきそうだったアーネストを遮りゴドウィンが割って入ってきた。
そこにいたのね。
今の時点で水蛇は逃してしまっている。手負いになった魔物がいつまでも同じ所に留まっているとは考えにくいため捜索は湖全体となってしまうだろうと思っていた。
「そこでなんですが、姫様はオロギラスの気配を感知出来るんですよね」
えっ!と驚くアーネストの視線を感じ、身体を包んでいた毛布が少しでもズレないように中からぎゅっと合わせ目を掴み顔をそらした。
目が覚めてからずっと毛布で身体を隠したままだった。この下は男の服装をしている。
見た目だけでなく変な特技まで知られてしまうなんて最悪だ。
「リアーナ、そんなに怯ないでくれ」
なんと言われたってアーネストには知られたくなかった事だ。私は黙って俯いた。
「アーネスト様、無理ないですよ。姫様はアーネスト様だけには知られたくなかったんですから」
ゴドウィンにそう言われ急に恥ずかしくなってきた。
そうだ、アーネストだけには知られたくなかった。こんな変な私を見れば……
アーネストは急に嬉しそうに私を見る。
「リアーナ……何度でも言うよ、こんな事で私の気持ちは変わらない。これからきっと証明してみせる」
「ハイハイ、もういいですか?本当に時間がないんで」
二人の世界に入りかけるとすぐにゴドウィンが切り崩してくるのがちょっと有り難かった。アーネストの態度の変わりようが私にはまだ受け入れられない。
エミリオが戻ってくると報告を始めた。
「さっき崖下へ行ってきたのですがやはり水蛇の気配は感じられませんでした」
エミリオもかなり近づけば魔力の気配を感じることができる。
「ですが崖下を湖畔沿いに少し北上した所に奴の棲家と思われる洞窟を発見しました」
入口付近に血痕があったらしい。
「じゃあ、その中へ探しに行くのね」
意外とすぐに見つかる可能性が見えてきた。
「それが、入口は大丈夫なのですが奥はすぐに水没しています。奴の棲家は水中の様です」
ゴドウィンと私の口からため息がもれた。どこまで深いかわからない水中へは行けない。するとアーネストがフッと笑う。
「探しに行けないなら出てこさせればいい、行くぞ」




