【終】王宮の鳥籠
エーヴェルトの気味の悪い執着心はどこへ向かうのか。
エーヴェルトがスイーツ店に突撃した翌日、私は王宮のエーヴェルトの部屋へ侍女アンナを伴って訪れていた。
何回も来ているはずの王宮が何だかやけに華やかに見える。
アンナが気合を入れて支度を整えてくれたので、ルビーの嵌め込まれた髪飾りが異様に重く感じた。
緊張しているせいもあるかもしれない。
「エーヴェルト殿下、アシュリン様が来られました」
案内してくれた執事がそう声を掛けると同時に扉が開き、笑顔のエーヴェルト本人が出迎えた。
「お待ちしておりました。さぁ、こちらへ。アシュリン様のお好きなフルーツを使ったお菓子をご用意してあります」
エーヴェルトが私を椅子までエスコートすると、傍で控えていた侍女たちが紅茶を淹れてくれた。
机の上には色とりどりの旬なフルーツを使ったお菓子が用意されており、まるで宝石のような輝きを放っている。
「こんなに美味しそうなお菓子をたくさん。ありがとうございます」
「アシュリン様のために特別に取り寄せた最高級品種のフルーツばかりです。南方の国で作られるライチが特にお好きと聞いたので、グレープフルーツと合わせたムースケーキを作らせました。お気に召して頂けると良いのですが…」
エーヴェルトは少し照れたように頬を掻いて言った。
ピンク色のグレープフルーツが載ったムースケーキはキラキラと煌めいている。
私はケーキに目を奪われながらふと気付いた。
アップルパイが好きなことはよく言っているが、ライチが好きなことを知っているのは侍女のアンナくらいだ。
何故、エーヴェルトがそれを知っているのか不思議に思っていると、エーヴェルトはニコリと微笑んだ。
「実は、アシュリン様が兄上の婚約者となった日から密かに影の者にアシュリン様を護衛させておりました。食べ物の好みなどはそこから。ライチの他に美容に良いとキウイや無花果がお好きなこと、刺繍の他にヴァイオリンが得意なこと、寝るときは抱き枕があるとよく眠れること、など」
何でも知っていますと微笑むエーヴェルトを前にして、私は背筋がゾクリと震える心地がした。
これあれだ、前世でもよく見たやつだ。
好きな相手にただならぬ執着心を見せる、いわゆる『ヤンデレ』というもの。
エーヴェルトは幼い頃に怪我を手当した私に対して特別な感情が芽生え、それが暴走しているのかもしれない。
冷や汗が出てきたのを誤魔化すように、私は話題を変えることにした。
「そ、そういえば先ほど迎えに来てくださった護衛騎士の方が手を怪我なさっていたから傷薬をお渡しして手当しましたの。あのときエーヴェルト殿下に使ったのと同じ傷薬ですのよ」
あの傷薬はフラハーティ公爵家の菜園で育てた薬草を使ったものだ。
幼い頃から小分けにして持ち歩いていた。
フラハーティ公爵家に迎えに来た護衛騎士のうちの1人が、誤って馬車にぶつけたとのことで手を怪我していた。
私はすぐに傷薬を取り出してアンナに清潔な包帯を持って来させて手当をした。
幼い頃のエーヴェルトを癒した懐かしい傷薬の話をしたつもりだが、エーヴェルトは笑顔のまま固まってしまった。
「…それはつまり、護衛騎士の手にアシュリン様が触れたということですか?」
笑顔のままだが目が笑っていない。
絶対零度の瞳で虚空を見つめているエーヴェルトの周りにブリザードが出来ている。
まずい、話の選択を間違えた。
冷や汗が滝のように額から流れる。
「え、えーと、でもお怪我をなさっていたから手当をしないといけませんでしょう?」
苦しい言い訳をしながら微笑んでみるが、エーヴェルトの瞳は一向に光を取り戻さない。
「そもそも護衛騎士とあろう者が、注意散漫で馬車に手をぶつけて怪我をするなんて騎士の名折れにも程があります。それに、貴族のご令嬢に手当をさせるとは何という不敬でしょう。いや、護衛騎士の分際でアシュリン様の麗しい御手に触れたのは許し難い所業では…」
話しながらだんだんとエーヴェルトの瞳が虚ろになっていく。
やばい、これはやばい。
どうにかせねばと、私は目の前に置かれたライチとグレープフルーツのムースケーキをひと口食べ、「とても美味しいですわ!エーヴェルト殿下もぜひ!」と勧めた。
やっとこちらに意識を戻したエーヴェルトは柔らかく微笑んでくれた。
「喜んで頂けて良かったです。これからはアシュリン様のお好きなものを何でも揃えて差し上げますからね」
何とか話を逸らせることが出来て私は胸を撫で下ろした。
エーヴェルトの愛が重すぎる。
このままでは私の心臓が持ちそうにない。
しかし、私を見つめるエーヴェルトの瞳は暖かく慈愛に溢れていて、しょうがないなと許したくなってしまう。
エーヴェルトと私は同い年の18歳だが、ふとした瞬間の笑った表情が初めて出会ったあの頃と変わらなくて少し胸がドキドキした。
(変ね。ヤンデレ趣味は無かったはずなんだけど)
こんなに一途に想いを向けられるのは初めてなので戸惑ってはいるが、全く嫌悪感を覚えない。
今まで浮気癖、モラル無し、デリカシー無しのトリプルパンチ野郎と話してきたせいで、エーヴェルトのこちらを気遣った優しい接し方に安心しているのだ。
ある意味、気苦労は多いが…。
お茶会が無事に終わり、帰りの馬車に乗り込もうとしたとき、エーヴェルトから花束を渡された。
向日葵やガーベラ、バラなど黄色い花を中心にした明るい花束だ。
「とても綺麗だわ。ありがとうございます」
「アシュリン様が黄色い花がお好きと伺ったので喜んで頂けて何よりです。ご希望でしたら庭園ごとフラハーティ公爵家へお送り致しますが」
「それは大丈夫ですわ」
危ないところだった。
うっかりしているとエーヴェルトの話に流されてしまう。
ここで私が迂闊に「はい」と頷いてしまったら、エーヴェルトは本気で王宮の庭園をフラハーティ公爵家へ持ってくるつもりだ。
あと、何の違和感もなく流してしまったが、当たり前に私の好きな花の色を知っているエーヴェルトにまた冷や汗が出てきた。
影の者に私を護衛させていると言っていたが、一体いつどこで見ているのだろう。
花束のお礼をもう一度言って私は馬車に乗り込んだ。
エーヴェルトは馬車が見えなくなるまでずつと見送っていた。
馬車に乗ってから気付いたが、迎えに来たときの護衛騎士と人選が違う。
手を怪我した件の護衛騎士がおらず、どうしたのだろうと不思議に思った。
まさか、エーヴェルトが何かしたとか?
叱責される程度ならまだしも、護衛騎士を辞めさせられていたりして?
「まさかね…」
小さく呟いた声は、馬車の車輪の音に紛れて消えていった。
***
エーヴェルトとの婚約が正式に決まった日から、私は彼とのお茶会のために度々王宮を訪れていた。
お茶会の度にエーヴェルトは私への贈り物を欠かさず持って来た。
耳飾りや髪飾り、腕輪や指輪など細々とした装飾品から、日傘や絹のハンカチ、手袋など日用品まで最高級のもので揃えていた。
どれも私好みの色や形の物ばかりで、使い心地もとても素晴らしいものだった。
この日もエーヴェルトは大粒のエメラルドが嵌め込まれた花の形が連なった髪飾りを贈ってくれた。
髪飾りはもうジュエリーボックスに入り切らないほど頂いているが、どれもデザインが異なっていて選ぶのに迷ってしまうくらいだ。
「ありがとうございます、エーヴェルト殿下。ですが、私ばかりこんなに頂いてしまって申し訳ないですわ。何かお礼をさせてくださいな」
「お礼だなんて。あなたが傍にいてくだされば私は充分に満たされます。ですが、アシュリン様がそう仰るなら、どうか刺繍作品を作って頂けませんか?」
「分かりましたわ。ぜひ、作らせて頂きます」
それならお易い御用だと私はすぐに頷いた。
貴族の令嬢は刺繍を嗜むものだから、私も幼い頃からお母様や家庭教師に仕込まれてきた。
エーヴェルトは男性だから、ハンカチやネクタイなどに刺繍するのが良いだろう。
どんな模様を刺繍しようかと思案していると、エーヴェルトが私の傍に来て跪いた。
「アシュリン様、改めて申し上げます。どうか私と結婚し、生涯の伴侶になってください。あなた様とここで末永く暮らせるよう、私は努力を惜しまない覚悟です」
熱い眼差しで求婚するエーヴェルトを前にして、私の顔は真っ赤に染まった。
スイーツ店で出会ったときとは違い、お互いを知るようになってからの求婚は重みがあった。
エーヴェルトは私に対して優しく丁寧で、いつだって尊重してくれた。
時折、愛が重すぎて暴走しかけるときもあるが、私を傷付けることは絶対に無い。
この人となら結婚生活も幸せなものになるだろうという確信が持てた。
「はい、喜んでお受けいたします」
私が笑顔で応じると、エーヴェルトは泣きそうな表情で私を抱き締めた。
たまらないというように頬擦りをして、嬉しさのあまり相好が崩れている。
「本当に、本当に一生大事にします。ずっとずっと愛し続けます」
ぎゅうぎゅうに抱き締められて私は困ったように微笑みながら、ふと「あれ?」と首を傾げた。
今、エーヴェルトは「"ここで"末永く暮らせるように」と言った。
"ここ"とは王宮のことだ。
エーヴェルトは王太子であるオーウェンの弟君なので、いずれ王宮を出て新たに屋敷を建てるはずだ。
なのに何故、王宮を指して"ここ"と言ったのだろう。
疑問が顔に出ていたのか、エーヴェルトは私の顔を覗き込んで微笑んだ。
「実は私、陛下から正式に王太子に指名されたのですよ。アシュリン様は王太子妃になるのです」
「……はい?」
私の脳みそは盛大におバグり遊ばせた。
エーヴェルトが王太子で、私が王太子妃?
王太子はあの頭スカスカ浮気野郎のオーウェンではないのか。
私は混乱で目眩がしてきたのを、エーヴェルトが支えてくれた。
「申し訳ありません。もう少し早くにお伝え出来れば良かったのですが、色々とゴタついておりまして。ようやく片付いたので申し上げたのです」
「で、でも!オーウェン殿下はどうなさったのですか!?」
私がそう聞くと、エーヴェルトは途端に冷めた目で不気味に微笑んだ。
「兄上は婚約者のオリヴィアと共に逮捕されました。今朝のことですがね。国の情報を他国に流そうとした国家反逆の罪です」
衝撃の事実に私は絶句し、息さえも止まった。
オーウェンの頭の悪さは知っていたが、まさか罪まで犯すほど愚かだったとは。
しかも、あの男爵家令嬢のオリヴィアまで関わっていたのか。
それでオーウェンは王太子の地位を剥奪され、異母弟のエーヴェルトが指名されたのだ。
「そうだったのですね…」
オーウェンとオリヴィアの罪は自業自得だ。
きっと金銭と引き換えに情報を寄越せと言われたのだろう。
単純なオーウェンはそれに応じてしまった。
「アシュリン様が兄上と離れていなければ、アシュリン様も罪に問われていたかもしれません。本当に良かった」
エーヴェルトは安心したようにまた私を抱き締めた。
私も内心で安堵しながらエーヴェルトに身を預けた。
これからさらに王太子妃として勉強をしていかなければならない。
きっと厳しいものになるだろうけれど、エーヴェルトとなら乗り越えていけそうだと勇気が出た。
「エーヴェルト様、これからどうかよろしくお願いします」
私は頬が赤くなるのを自覚しながら、エーヴェルトを正面から見つめた。
「こちらこそ。私はアシュリン様を必ず幸せにしてみます。どんなときも、お傍を離れず守り続けると誓います」
エーヴェルトの顔が近付いてくるのを私は静かに受け入れた。
心臓が高鳴ってエーヴェルトの温もりが伝わる。
私たちが永遠を誓い合う瞬間、部屋にふわりと風が吹いて飾られていた花が揺れた。
それはまるで祝福してくれているようだった。
***
エーヴェルトは心の底から安心と幸福を感じていた。
愛しい婚約者はとうとう自分のもの。
おまけに王太子、次期国王という地位まで手に入った。
これを計画したのはエーヴェルトだ。
エーヴェルトはオーウェンとオリヴィアを排除するべく、慎重に計画を練った。
新しい婚約者を手にして浮かれ切っているオーウェンに、国王の部屋から持ち出した国の情報が書かれた書類を見せた。
見せたと言っても机の上に置き、それをオーウェンの目に入るように促しただけ。
書類の内容としては大したことは書かれていない。
しかし、大したことはなくとも国の情報であることに変わりはない。
普通なら見なかったことにして国王に伝えれば良いのだが、馬鹿なオーウェンはそれを婚約者のオリヴィアに話した。
そしてオリヴィアもまた、不倫関係にあった自分の護衛騎士に漏らしたのだ。
護衛騎士はこの情報が金になると踏み、他国に送る手紙に書いていたところを取り押さえられた。
オーウェンがオリヴィアに話すのも、オリヴィアが護衛騎士と不倫関係にあり、情報を漏らすのもエーヴェルトは全て想定済みだった。
あとは護衛騎士を監視させて確たる証拠が出た瞬間を取り押さえれば良い。
愚かなオーウェンは顔を真っ青にして罪を否定した。
オリヴィアは罪がバレただけでなく、護衛騎士と不義密通を行っていたことも暴露され、膝から崩れ落ちていた。
病床に臥す国王は、日頃から態度の悪いオーウェンの罪に激怒して、即座に王太子としての地位を剥奪。
処刑は免れても追放はされるだろう。
愛しいアシュリンを傷付けた愚兄は婚約者と共に仲良く檻の中だ。
エーヴェルトは満足そうに微笑んだ。
「これでもう、アシュリンとの仲を邪魔する者はいない」
愛しい愛しいアシュリン。
アシュリンが以前、「王宮の中庭はお花が綺麗で本当に素晴らしい」、「ここはとても居心地が良い」と褒めていたから、アシュリンのためにエーヴェルトはオーウェンたちを排除し、王宮を自分のものにした。
アシュリンのためなら国だって何だって手に入れ、邪魔をする者は誰だって排除してみせる。
「もう絶対に手放さない、アシュリン」
12年もの間、積もりに積もったアシュリンへの恋心は、いつしか誰にも止めるのことの出来ない執着心へと変貌していた。
王宮という鳥籠の中でアシュリンを一生閉じ込めておこう。
特別に誂えさせたアシュリンへのドレスや装飾品の数々に混じって、銀色に輝く『首輪』と『足枷』が見えた。
愛するアシュリンとのこれからの日々を思い描き、エーヴェルトはたまらず身震いした。
読んで頂き、ありがとうございます!
エーヴェルトの気持ち悪さを表現出来てたらいいなと祈って書きました。
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