【2】ヤンデレ王子の計画
区切りの良いところを選んでいたらこうなりました…
エーヴェルトの突然の求婚に、周りの客たちも息を呑んでこちらを見ている。
何故、エーヴェルトに求婚されたのか全く理解出来ない。
エーヴェルトとは子供の頃に何回か挨拶をしたぐらいだ。
それからはほとんど会っていないし、エーヴェルトをパーティーなどで遠目から見るくらいだった。
交流なんて無いに等しいはずなのに、エーヴェルトは熱い眼差しで私を見つめている。
「…失礼ですが、理由をお聞きしても?」
とりあえず落ち着いて深呼吸をし、頭の中を整理しようと考えた。
エーヴェルトは私の手を優しく握ったまま、ポケットからあるものを取り出した。
それは、アシュリンの名前が刺繍された絹のハンカチだった。
「それは…」
「覚えていますか?幼い頃、私が怪我をして蹲っていたところをあなたが助けてくださったのです」
覚えている。
というより思い出した。
そうだ、あれは今から12年前、私とエーヴェルトが6歳の頃だ。
お父様に付いて王宮に来ていたとき、中庭の方から微かに泣き声が聞こえてきた。
気になって見に行くと、小さな男の子が膝に擦り傷を負って泣いていた。
「大丈夫?今、手当するわね」
私はたまたま持っていた傷薬を塗り、ハンカチを巻いて簡単に手当をした。
「はい。応急処置だから帰ったらお医者さんに診てもらうのよ」
私は目の前の男の子がまさかエーヴェルト王子だなんて知らなかったので、どこかの貴族の子供だろうと思っていた。
「…ありがとう」
男の子はようやく泣き止んで僅かに笑った。
「あの、」
男の子が何かを言いかけたとき、遠くから私を呼ぶお父様の声が聞こえてきた。
私は慌てて立ち上がり、男の子に「じゃあね!」と微笑んで立ち去った。
男の子とはそれきりだと思っていたが、まさかエーヴェルト殿下だったとは。
「あのとき、私はあなたが天使に見えました。気高く美しい癒しの天使です。私はひと目で恋に落ちました。それからはあなたを求めてずっとずっと待ち続けていたんです」
あのときエーヴェルトは私に一目惚れをし、それから12年間もハンカチを肌身離さず持ち歩いていたらしい。
エーヴェルトは王太子である兄の婚約者になった私を諦めることなく待ち続け、婚約破棄されたの聞いて飛んで来たと言った。
「どうか私と結婚してください。必ずあなたを幸せにします。私と共に歩んでください」
再び求婚のセリフを口にするエーヴェルトに、私は困惑しながらも嫌な気持ちではないと思っていた。
今までオーウェンのモラル無し、デリカシー無しの姿を見てきたせいで、結婚や恋愛に関して諦めの境地に至っていた。
前世でも彼氏の浮気に憤慨することもあり、男性に対して不信感を抱いていたくらいだった。
それなのにこんなにも私を想い続け、熱っぽく求婚するエーヴェルトに心が動かされている。
アンナが隣で手を組んで祈るように私を見つめていた。
私は覚悟を決めてエーヴェルトの手を優しく握り返した。
「分かりました。謹んでお受けいたしますわ」
ひとまず婚約者になる、ということで落ち着いた。
エーヴェルトは私の返事に飛び上がるように喜んでいた。
「あぁ!何度このときを待ち詫びたことか!絶対にあなたを幸せにします。もう兄上のようにあなたを失望させる者はおりません」
エーヴェルトは私を抱き締めようとして後ろにいた近習たちに取り押さえられていた。
もしかしたら自制が効かないタイプなのかもしれない。
近習たちは疲労の積もった表情をしている。
スイーツ店に押しかけたのも、エーヴェルトが突っ走ったせいなのだろう。
エーヴェルトはニコニコと満面の笑みで王宮に帰ってすぐに婚約の準備をすると言って帰って行った。
最後まで私に微笑み、手を振りながら近習たちに引きずられて行くエーヴェルトを私とアンナは並んで見送った。
「とんでもないことになったわね…」
私は遠ざかって行く馬車を見ながら小さな声で呟いた。
すっかり冷めてしまったダージリンを飲み干し、私とアンナは公爵家に帰ることにした。
フラフラと部屋に戻ると、さっそくお父様に呼び出される。
着替えてお父様の書斎に向かうと、ウキウキと興奮した表情のお父様がわたしを出迎えた。
「今しがた王宮から使者が来て、エーヴェルト殿下との婚約が決まったと聞いたぞ!しかも、エーヴェルト殿下からだそうじゃないか!」
お父様は日頃からオーウェンよりエーヴェルトの方が王太子に相応しいと言っていた。
王家の者が聞いたら不敬と謗られるが、オーウェンの不真面目さは有名なので誰も咎める者はいない。
お父様は贔屓目に見ているエーヴェルトと私の婚約をとても喜んでいた。
私はお父様にエーヴェルトと幼い頃に出会った話をした。
それを聞いたお父様は納得し、「お前の優しさがこの運命を引き寄せたのだな」としきりに頷いていた。
私はようやく気持ちが落ち着いてきて、エーヴェルトとの婚約を素直に受け入れられるようになっていた。
エーヴェルトは優しく誠実な性格で、誰にでも分け隔てなく接する紳士だと社交界で評判になっている。
幸せにしますと言ったのはきっと口先だけでは無いだろうと信じられた。
私はお父様の部屋を辞して自分の部屋へ戻る。
アンナに紅茶を淹れてもらいながら、明日からどうなることやらと楽しみ半分、戸惑い半分の気持ちでいた。
***
エーヴェルトは王宮に帰り、すぐに父である国王にアシュリンとの婚約の許可をもらった。
先日にオーウェンから婚約破棄されたばかりなのに、エーヴェルトの行動の速さに国王はしばし絶句していたが、特段却下する理由も無いので許可をした。
エーヴェルトは自室に帰るとソファに座り、窓の外の夕陽に目を向けた。
「…ようやく、手に入れた」
思わず口から零れる言葉にエーヴェルトは口端を歪めた。
ここまで長かった。
あのときからずっとずっと12年間も、アシュリンを待ち望み続けた。
ハンカチを持ち歩き、ときには天に掲げて祈りを捧げた。
幼かったエーヴェルトはアシュリンが公爵家の令嬢とは知らず、ただハンカチを眺めて過ごしていた。
大きくなったら必ず迎えに行こうと心に決めた4年後、なんとアシュリンは義兄であるオーウェンとの婚約が決まったと使用人から聞かされた。
エーヴェルトは絶望した。
よりにもよってあの愚鈍な兄の元へ愛しいアシュリンが嫁ぐなんて。
オーウェンの下品な顔の隣に立つアシュリンを想像してエーヴェルトは嘔吐した。
成長してアシュリンに会う機会が何回かあったが、エーヴェルトはまともにアシュリンの顔を見れなかった。
「俺の、俺のアシュリンがあんな奴と結婚するのか…?」
エーヴェルトは信じられず、何度も頭を振って思考を途切れさせた。
そんな日々が続いたあるとき、王宮で開かれたパーティーに出席しているオリヴィアを見つけた。
オリヴィアは下級貴族の令嬢で、豊かな胸を強調させる下品なドレスに身を包んで歩いていた。
豪華な装飾品をゴテゴテに飾り付けた姿はまさに豚に真珠、宝の持ち腐れだ。
いかにもオーウェンが気に入りそうな娘だと内心毒づく。
「いや、待てよ」
エーヴェルトはふと思い付いた考えに、思わず顔がニヤけるのを我慢した。
さっそくエーヴェルトはオーウェンを見つけると、あそこに美しい娘がいると教えた。
オーウェンはオリヴィアをひと目で気に入り、シャンパン片手に話し掛けている。
パーティーが終わってからもオーウェンはずっとオリヴィアと話し、休日は王都へ買い物に出掛けるまで仲を深めていた。
お揃いの腕輪を買ったのだと自慢されたときには、エーヴェルトは微笑みながらも目は笑っていなかった。
やはりこいつはアシュリンを蔑ろにして下級貴族なんかにうつつを抜かす愚鈍な奴なのだ。
誠実さも欠片も無い。
だが、今はそれでいい。
オーウェンがさっさとアシュリンを手放してくれないと、エーヴェルトはアシュリンを手に入れられない。
こんな下半身に脳みそが付いているような奴はアシュリンに相応しくない。
「俺が絶対に幸せにしてあげる」
オーウェンがパーティーでアシュリンとの婚約を破棄したと聞いたとき、エーヴェルトは手で顔を覆った。
その中で口元を歪め、目は爛々と輝いていた。
ハンカチをポケットから取り出し、うっとりとした表情で見つめた。
そこにはアシュリンの名前が刺繍されている。
エーヴェルトはハンカチに軽くキスをすると、立ち上がって部屋を出た。
翌日、アシュリンが侍女と王都のスイーツ店にいると調べ上げ、近習たちが止めるのを振り切って向かった。
久しぶりに正面から見たアシュリンは輝かしいほどに美しかった。
金色にうねる豊かな絹髪、エメラルドのように透き通った瞳、白い肌はキメ細かくて触れたら消えてしまいそうなほど儚い。
ずっと待ち焦がれていた女神のような女性に、エーヴェルトはたまらず跪いて求婚した。
どうにかして彼女を自分のものにしたい。
オーウェンなんかよりエーヴェルトが相応しいと思って欲しい。
熱く見つめ、アシュリンに懇願した。
アシュリンが戸惑いながらも承諾してくれたとき、まさに天にも昇る心地だった。
やっと、やっと手に入れた。
12年もの間、恋焦がれ続けた愛しの人を自分のものに出来た喜びにエーヴェルトは酔いしれていた。
近習たちに止められたが、エーヴェルトはあのときアシュリンを抱き締め口付けしたかったくらいだった。
歪んでいると自分でも分かっている。
だが、この気持ちを止められるはずもない。
明日からアシュリンと毎日お茶会をする計画を立て、そこで徐々に仲を深めていこうと思い立つ。
ようやく手に入れられたのだ、逃してなるものかとエーヴェルトの瞳は燃えていた。
読んで頂き、ありがとうございます!
ヤンデレ風味になってるかな?と不安になりながら書いてます。




