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【1】婚約破棄とスピード求婚

前編・後編で分かれています。

 

 何やかんやあって王太子から婚約破棄された。



 お決まりの展開すぎてあくびが出る。


 私の婚約者だった王太子殿下は、しがない男爵家令嬢に惚れ込んでおり、今も腕に抱いて幸せそうな表情をしている。


 男爵家令嬢は勝ち誇ったように私を見下ろして鼻の穴を広げていた。



(もう帰ってもいいかな)



 男爵家令嬢との運命的な出会いや、どれだけ愛しているかを熱く語っている王太子、オーウェンを白けた目で見てしまう。


 私は由緒正しい公爵家の令嬢として、幼い頃にオーウェンとの婚約が決まった。


 慎ましやかな淑女として日々努力し、王太子妃に相応しくなるべく勉強してきた。


 私が前世を思い出したのはそんな日々の中、オーウェンとのお茶会でのことだった。


 王宮の中庭のガゼボで向かい合って座り、いつものように紅茶を嗜んでいたときだった。


 オーウェンが見たこともない豪華な装飾の腕輪を付けていた。



「殿下、そちらの腕輪とても素敵ですわね」



 私がそう言うと、オーウェンは嬉しそうに腕輪を撫でながら「オリヴィアと揃いで買ったのだ!」と言い放った。


『オリヴィア』とは先の男爵家令嬢の名前だ。


 婚約者の目の前で、他の女とお揃いの装飾品を買ったと言える度胸がすごい。


 いや、単に頭が悪いだけなのかもしれない。


 オーウェンは日頃から勉強をサボって遊び呆けていると、近習たちが愚痴っているのを聞いたことがある。


 オーウェンは悪びれもなく、オリヴィアはとても素晴らしい女性なのだと流暢に語り始めた。


 その瞬間、私はオーウェンへの愛想を尽かしたのと同時に、前世の記憶を思い出した。



 私の前世は日本の会社員だった。


 24歳の頃に交通事故で亡くなり、公爵家の令嬢アシュリン・フォン・フラハーティとして生まれ変わったのだ。


 前世で読んだ悪役令嬢ものや、異世界転生ものの漫画や小説の内容と酷似している世界観に、私は妙に納得していた。


 これはオーウェンがオリヴィアと婚約するから、私との婚約は無かったことにする流れだ。


 それを覚悟していたからか、パーティーの日に大勢の前で婚約破棄を宣言されても私は何も感じなかった。


 それどころか内心安堵さえしていた。


 これでもうこの脳みそスカスカ浮気男と縁が切れる。


 婚約破棄されたということは、私は自由だ。



「殿下、婚約破棄の件、謹んでお受け致しますわ」



 私は笑うのを我慢しながら真剣な顔付きでそう言い、パーティー会場を後にした。


 私があまりにもあっさり引き下がったからか、オーウェンもオリヴィアも呆気に取られた顔をしていた。


 王宮を出た私はスキップしたいのを堪えながら馬車に乗り込み、ようやく肩の力が抜けた。



「あぁ〜疲れたぁ!明日から何しようかなぁ。しばらく甘いもの我慢していたから、スイーツ店巡りとかしよっかなぁ?」



 ウキウキと肩が弾む。


 私は身長165センチの体重52キロ、平均体重より少ない痩せ型なのだが、オーウェンはもっと細い方が良いと言って私にダイエットを強要してきた。


 そのせいで大好物のアップルパイも、クリームたっぷりのシフォンケーキもおあずけ。



「体重が50キロ以上の女性ってありえないんだよねぇ」



 ある日のお茶会でオーウェンにそう言われたとき、私の心は凍りついていた。


 モラルも無ければデリカシーも無い、最低な婚約者に愛想を尽かすのも納得だろう。



「王太子殿下との婚約が破棄になって、お父様やお母様はきっとがっかりするだろうな」



 私は一転、肩を落としてため息をついた。


 いずれ王家との繋がりを得て、さらにフラハーティ公爵家は家名を揚げることが出来たのに。


 怒鳴られるのを覚悟して家に帰ると、侍女のアンナが出迎えてくれた。



「お帰りなさいませ、お嬢様。旦那様と奥様がお部屋でお待ちです」



「分かったわ」



 やっぱり呼び出しを食らった。


 私が婚約破棄されたことは早々に耳に届いたらしい。


 貴族の情報網の速さを侮ってはいけない。


 アンナに先導されてお父様の部屋へ向かう。



「失礼致します、お父様」



 お父様とお母様はソファに座っていた。


 厳しい顔付きでこちらを見ているので、やはり怒られるのだろうなと俯いた。



「アシュリン、座りなさい」



 お父様に促されて向かい側のソファに座る。


 私は即座に頭を下げて目を閉じた。



「お父様、お母様、本当に申し訳…」


「アシュリン、良かったな」


「へ?」



 お父様の言葉に私の思考は一瞬停止した。


 今、お父様は「良かったな」と仰った?


 私ははしたなく口をあんぐりと開けてお父様を見つめた。



「お父様、今なんと?」


「良かったな、と言ったんだ。婚約破棄されたのだろう?オーウェン殿下の浮気癖の酷さは聞いていた。おまけに下級貴族の令嬢に入れ込んでいるというではないか。そんなふしだらな男の元へ大事な愛娘をやれるものか」


「アシュリン、もう我慢しなくても良いのですよ。これからあなたに合う殿方を見つければ良いのですからね」



 お父様もお母様も怒るどころか安心したように微笑んでいる。


 予想外の展開に私は何と返事して良いのか分からず、曖昧に笑うしかなかった。


 どうやら私が思っている以上に、オーウェンの悪評は広がっていたらしい。


 そういえば、幼い頃の婚約もオーウェンから持ち掛けられたものだったと思い出す。



「君は特別美しい見た目をしているね。僕の婚約者に相応しいな!」



 当時10歳とはいえ、その頃からオーウェンは人を見た目で判断するようなデリカシーの無さだった。


 お父様もお母様もそんなオーウェンとの婚約を内心快く思っていなかったそうだ。


 しかし、王家からの婚約なので蹴る訳にもいかず、渋々了承したということだ。


 安堵につぐ安堵で私はソファに背中を預けて力を抜いた。



「正直、怒られるかと思いました…」



 素直にそう告げると、お父様は「そんな訳ないだろう」と苦笑した。



「私もフィオナもオーウェン殿下との婚約なんて最初から反対だったんだ。アシュリンはずっと努力してきたのに、オーウェン殿下は遊び呆けて浮気三昧なんて許せる訳がないからね」


「明日はゆっくり休みなさい。ストレス発散に王都のスイーツ店に行ってきたら?たまには甘いものをいっぱい食べるのも良いでしょう」



 お母様が侍女にチラシを持ってこさせる。


 そこには王都に最近オープンした話題のスイーツ店の情報が載っていた。


 最高級品種の苺をふんだんに使ったタルト、桃とリンゴのコンポート、卵たっぷりのクレームブリュレなど。


 見ているだけで涎が出そうになる。



「ありがとうございます!お父様、お母様!」



 温かい両親に恵まれて私は幸せだと、チラシを抱き締めて微笑んだ。




 ***


 次の日、私は侍女のアンナを伴ってさっそく王都のスイーツ店に向かった。


 婚約破棄され自由になり、両親から温かく慰められて安心したせいか、ぐっすりと眠ることが出来てすこぶる調子が良い。


 今日は我慢せず、お腹いっぱい大好きなスイーツを食べようと上機嫌で支度を整えた。



「お嬢様、着きましたよ」



 御者に告げられて馬車を降りると、王都の賑やかな街並みが広がっていた。


 話題のスイーツ店は大通りの奥にある。


 近くには精緻な細工の装飾品が並ぶ店があり、帰りに寄ろうと思い立った。


 見えてきたスイーツ店は、メルヘンな可愛らしいデザインの建物だった。


 扉を開けて入るとエプロン姿の店員が出迎えた。



「いらっしゃいませー!」



 元気よく挨拶する女性店員に案内されてテラス席に座った。


 テラスには大きな屋根が付いているので日焼けの心配が無い。


 メニューを開くと新メニューとしてリンゴをふんだんに使ったアップルパイが載っていた。


 大好物のアップルパイに思わずゴクリと喉が鳴る。



「アップルパイとダージリンをお願いします」



 アンナにも何か頼むよう促すと、恐縮しながらもアンナもアップルパイを頼んだ。



「実は私もアップルパイが好物なんです」



 恥ずかしそうに言うアンナが可愛らしくて私は微笑んだ。



「今日は無礼講よ。アンナもいっぱい食べましょ」



 内緒話をするように人差し指を唇に添えて言うと、アンナは顔色を明るくして頷いた。


 しばらく待っていると先ほどの女性店員が熱々のアップルパイを持って来て机に並べた。


 焼きたてのアップルパイは甘く香ばしい香りがしてお腹がグウと鳴る。


 バニラアイスが添えられており、溶けたアイスがアップルパイに染み込んでいて、ひと口食べると甘酸っぱさとフルーティーな風味が広がって思わず唸ってしまう。


 しばらくアンナと感動に打ちひしがれていた。


 アップルパイを食べ終わり、ダージリンを飲んでひと息ついていると、店内から歓声が聞こえてきた。



「何かしら?」



 私が店内の方を見ると、場違いなほど綺麗な身なりの美しい男性がこちらに向かって歩いてくるところだった。


 逆光で顔がよく見えなかったが、近付いてくるにつれ、だんだんとハッキリ見えてくる。


 私は男性の顔を見て呆気に取られた。



「エーヴェルト殿下!?」



 アンナは慌てて立ち上がり、頭を下げる。


 私も思わず後退って軽く膝を曲げた。


 エーヴェルト殿下はオーウェンの腹違いの弟君だ。


 勉強も剣術も苦手なオーウェンとは違い、エーヴェルトは成績優秀で剣術の腕も素晴らしいと王宮内で評価されていた。



「こんなところでどうなさったのですか?」



 突然の王族登場に店員や他の客たちは度肝を抜かれたような表情をしている。


 エーヴェルトはニコッと微笑むと、ゆっくり片膝をついて跪き、私の手を恭しく取った。



「アシュリン様、どうか私と結婚してください」


「………はい?」


 突然の登場に、突然の求婚。


 私の思考は追いつくどころか停止した。



読んで頂きありがとうございます!

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