表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

【番外編】似たもの同士

結婚して迎えた親善パーティーで、エーヴェルトの執着は加速していく。

 

「アシュリン、『ルアールローズ』という新品種の薔薇が庭園で咲いたんだ。今度ふたりで見に行こうね」



 夫のエーヴェルトが私の手を優しく取り、軽くキスして笑った。


 ここは王宮にある私たち夫婦の部屋。


 私は窓辺に座って編み物をしながら、時折外の景色を眺めていた。



「ええ、楽しみですわ」



 私は穏やかに微笑みながら、チラリと自分の右足首に目をやる。


 そこには銀色に輝く足枷が私の足首に嵌っていた。


 もちろん鎖付きである。


 エーヴェルトに求婚されたときから感じていた不気味な違和感は確信に変わっていた。



(ヤンデレに足枷と監禁はお決まりよね)



 結婚したその日から、エーヴェルトから王宮にいる間は特別なとき以外、この部屋から出ないで欲しいとお願いされた。


 行動するときは常にエーヴェルトと一緒。


 私が部屋にいる間も不安なのか、エーヴェルトは私に足枷を付けたのだ。


 結婚式の日の夜に笑顔のエーヴェルトが足枷を持ってきたとき、私は冷や汗が滝のように流れていた。


 足枷をカチリと嵌めたときのエーヴェルトの嬉しそうな顔ったらもう…。


 さすがに首輪は全力で拒否したら許された。


 私の身の回りのお世話をする侍女数名以外はこの部屋に入れない。


 護衛騎士はいるが、部屋の外で待機するのみだ。


 エーヴェルトは他の男性が私の傍にいるのがとにかく許せないらしく、私が男性と話をしようものなら物凄い剣幕で追い払ってしまう。


 そんなこんなで軟禁生活中ではあるが、不思議と不自由さはあまり感じなかった。


 必要なものはエーヴェルトが全て揃えてくれるし、外へ行きたいと言えばエーヴェルトが一緒ならどこへでも行けた。



(こんな暮らしに慣れている私の方が異常なのかもしれないけれど)



 心の中でそっと呟く。


 嫉妬深すぎる性格なのを除けばエーヴェルトは常に私を想って尽くしてくれる最高の夫だ。


 エーヴェルトを変に刺激しないよう私はなるべく大人しく過ごすことを心がけていた。


 来週には王宮で定期的に開催される親善パーティーが行われる予定だ。


 名だたる貴族たちが参加するパーティーなので、王太子妃であるアシュリンも出なくてはならない。


 国王は現在病床に臥しているため、エーヴェルトが代理としてパーティーを主催する。


 私は『今回も』エーヴェルトが特別に誂えたオートクチュールのドレスを着る予定だ。


 私には既製品のドレスを着せたくないらしく、全部エーヴェルトが指定したデザインのドレスだった。


 どれも私好みの素晴らしいデザインのドレスばかりなので特に不満はないが、そのドレスを着たときのエーヴェルトの微笑みが怖い。


 キラキラを通り越してギラギラした視線を感じる。


 恐ろしく整った顔立ちだから余計に不気味さが際立っている。



「紅茶の準備が整いました」



 侍女のアンナがティーワゴンを押して部屋に入ってきた。


 エーヴェルトが私に手を差し出す。


 私が立ち上がって歩き出すと、足首の鎖がジャラリと音を立てた。



 ***



 親善パーティー当日、エーヴェルトから贈られたドレスは首元がV字に開いたタフタドレスで、ふわりとした袖の部分に花の刺繍が施されていた。


 薄桃色のドレスに合わせて装飾品はピンクダイヤモンドを使ったもので、ウエストのリボンにはピンクサファイアが揺れている。


 選んだのは私だが、装飾品のデザインも全てエーヴェルトが考えたものだ。



「アシュリンは肌が白いからピンク色が映えると思ったんだ。宝石店にお願いして最高級品を作らせたよ」



 私のためなら金を湯水の如く使うエーヴェルトだ。


 今身に付けている装飾品の総額を聞いたら気絶しそう。


 素敵なドレスにアンナが気合を入れて整えてくれた化粧の効果もあって、王太子妃らしく上品な見た目になった。



「とても素敵だよ、アシュリン。女神も嫉妬するくらいの美しさだ。あぁ、なんて素晴らしいんだろう」



 エーヴェルトは頭を抱えて悶え始めた。


 このままにしていたら他の貴族たちに目撃される恐れがある。



「エーヴェルト様、そろそろ会場へ向かいましょう。お客様がきっとエーヴェルト様をお待ちですわ」



 努めて穏やかにエーヴェルトを諌める。


 ヤンデレの妻もラクじゃねぇっすわ。


 パーティーが始まる前から疲弊しながら、エーヴェルトのエスコートで会場入りをした。


 既に多くの貴族たちで賑わい、皆シャンパンを片手に和やかに談笑していた。


 王宮主催のパーティーは何度か来たことがあったが、今回はより華やかな装飾が多い気がする。


 何故かと思ったら壁に飾られている花が多いことに気付いた。


 どれも黄色やオレンジの明るい色の花ばかり。


 思わず見蕩れていると、私たちの登場に周りから歓声が上がった。



「エーヴェルト様だわ!相変わらずお美しい方ね!」


「アシュリン様も素敵なドレスを着ていらして輝いていらっしゃるわ」


「仲睦まじくて羨ましい」



 令嬢たちは頬を染めてエーヴェルトを眺めてうっとりしている。


 しかし、エーヴェルトは先ほどからずっと私の方しか見ておらず、令嬢たちの挨拶もガン無視状態だ。


 私としては何か問題が起きたらどうしようと気が気ではない。



 そのとき、ひとりの令嬢かフリルたっぷりのドレスを揺らしてこちらに向かってきた。



「エーヴェルト様、お久しぶりでございます。アールグレーン伯爵家のリーナですわ。パーティーにご招待頂き、ありがとうございます」



 リーナは淑やかに微笑んでカーテシーを披露した。


 エーヴェルトには挨拶したが、隣の私にはチラリと視線を寄越すだけで無視である。


 アールグレーン伯爵家と言えば、昔から王家との繋がりがある由緒正しい家柄だ。


 リーナは一時期エーヴェルトとの婚約も話に上がっていたらしく、何かと私を目の敵にしていた。


 エーヴェルトと出会う前の私だったら淑女の微笑みで躱していたが、今はただエーヴェルトの反応が怖い。


 リーナ様、逃げるなら今ですよと心の中で必死に叫ぶがもう遅かった。



「王太子妃であるアシュリンに挨拶もしない不敬な者は覚えが無いな。お前は誰だ?アシュリンに対する無礼は王太子である私への無礼だ」



 先ほどまで私を見ていたとろりと熱い眼差しが、氷点下のブリザードになっている。


 リーナは突然豹変したエーヴェルトに恐怖で腰を抜かしていた。


 お約束の展開に私は額を手で押さえる。



「リーナと言ったか?確か、オリアン伯爵家の次男と婚約しているが、王国騎士団の分隊長とも不倫しているという話だったな。その分隊長なら昨日クビにしたが知らなかったのか?」



 真っ青だったリーナの顔が白茶けたものに変わる。


 何も言わずとも肯定したのも同じだ。


 エーヴェルトは温度の無い表情でリーナを見下ろしながらさらに追い打ちをかける。



「アールグレーン伯爵家も虚偽申告や脱税の疑いがかかっている。王立保安隊から捜査が入るだろうな」



 トドメの一発は効果覿面だったようだ。


 リーナは失神寸前まで追い込まれ、涙をボロボロ流しながら衛兵に引き摺られて行った。



「ごめんね、アシュリン。汚いものを見せてしまって。アシュリンに無礼を働く奴はみんな消すから安心してね」



 エーヴェルトは氷点下のブリザードから打って変わって、煌めく太陽のような表情で私に笑いかけた。


 爽やかな笑顔なのに言ってることが不穏すぎる。


 私は口を引き攣らせながら微笑んだ。



 さて、切り取り直してウエルカムドリンクのシャンパンを受け取ってひと口飲む。


 しゅわしゅわと心地良い喉越しが気分を新たにしてくれた。


 私はエーヴェルトと共に貴族たちに挨拶回りをしていった。


 王太子妃として貴族の家族構成や名前、特技や趣味を把握しておかなくてはならない。


 覚えるのは難儀したが、エーヴェルトのサポートもあってスムーズに挨拶が済んだ。


 一通り挨拶回りが終わって落ち着いた頃、近習のひとりが慌てた様子でエーヴェルトに耳打ちした。


 エーヴェルトは眉を顰めて何やら近習と小声で言い合っていたが、観念したようにため息をついた。



「アシュリン、すまないが少し席を外してもいいかい?父上に呼ばれてしまってね。アシュリンを連れて行きたいが、父上は私とふたりで話したいと仰せなんだ」



 私と離れるのが心底嫌なようで、実の父親に対して不遜とも取れる態度だ。



「きっと大事なお話なんですわ。私なら大丈夫ですから行ってきてくださいまし」



 私がそう言ってもエーヴェルトはなかなか行きたがらない。


 近習たちから早くしろと急かすオーラが見えてくる。



「…絶対すぐ戻ってくるから、アンナから離れないで。誰から話しかけられても反応しなくてもいいからね。ここで待っててね」



 最後にアンナに必ず私を守れと言い含め、エーヴェルトは渋々会場から出て行った。


 アンナとふたりで会場に残されたが、貴族たちは各自談笑していてこちらを見る者はあまりいない。


 気付いた者がいたとしても、先ほどのリーナとのやり取りを見ていれば、エーヴェルトの私への異常な執着心を理解して、迂闊に近寄ろうとはしないはずだ。


 と思っていたのだが、うっかり話しかけてきた貴族がいた。



「初めまして、アシュリン様。エングダール侯爵家のアルノルドと申します」



 にこやかに話しかけてきたのは、艶やかな黒髪を撫で付けた爽やかな見た目の青年だった。


 エーヴェルトから話しかけられても反応しなくていいと言われたが、無視するのも失礼である。


 どうしたものかと悩んで、困ったように微笑みながら頭を下げた。


 アンナも何とかアルノルドを追い払おうと説得している。


 これで引き下がってくれれば良いと思ったが、アルノルドは私が反応したのが嬉しかったのか余計に話しかけてきた。



「アシュリン様は相変わらずお美しい方ですね。今日のお召し物もとてもお似合いです。私はひと目見たときからアシュリン様のお美しさに心を奪われておりました。今日こうして出会えたのも何かの運命ではないでしょうか!」



 マシンガントークが止まらないアルノルドに冷や汗が出た。


 こんなところエーヴェルトに見つかったら大惨事になる。


 私の心配とは裏腹にアルノルドは私を見てうっとりと頬を染めた。


 ひたすらに私の美しさを褒め讃え、「別室で紅茶でも飲みませんか」と誘ってくる始末だ。


 さっきのリーナとのやり取りを見ていないのかこいつはと、若干苛立ちを覚えてきた。


 返事をしない私に痺れを切らしたのか、アルノルドは強引に手を引こうと私の手首を強く掴んだ。


 ――はずだった。


 アルノルドの手だったものは次の瞬間、床に落ちていた。


 何が起きたのか分からなかった。


 確かにアルノルドは私に手を伸ばしてきたはずだ。


 それが何故か床に落ちて血を撒き散らしている。


 すぐさま私を後ろから抱え込み、血溜まりから離してくれた者がいた。


 エーヴェルトは私を抱き締めたまま、悲鳴を上げて泣き叫ぶアルノルドを冷ややかな目で見つめていた。


 片手には血塗れの剣を握っている。


 これがアルノルドの手を切り落としたのだ。



「エーヴェルト様…」



 さすがに絶句して何も言えない私にエーヴェルトはいつものように穏やかに微笑んだ。


 その笑顔で僅かに安心してしまう。



「ごめんね、アシュリン。汚いものはもう見せないと誓ったのに。すぐに片付けるからね」



 エーヴェルトが合図するとすぐに衛兵たちが集まり、アルノルドを拘束して連れて行った。


 ちゃんとアルノルドの手も回収された。


 私は汚れてしまったドレスを着替えるために別室へと案内された。


 着替え終わってエーヴェルトの元へ戻る。



「アルノルドを含めたエングダール侯爵家には、人身売買の嫌疑がかかっていたんだ。いわゆる奴隷売買だね。この国では奴隷は禁止されているけど、隣国では奴隷制度があるから密輸していたらしい」



 紅茶を飲みながら世間話のように語るエーヴェルトの話の内容に私は呆然とした。


 捜査によってエングダール侯爵家への嫌疑が確信に変わったので逮捕に踏み切ったということだった。


 アルノルドは金で雇った男たちに街で年頃の少女に声をかけさせ、路地裏に連れ出して売り飛ばしていたらしい。


 エーヴェルトが嫉妬でアルノルドの手を切り落としたのかと思ったが、そういうことだったのかと納得した。



「人身売買の件もあるけれど、汚物の分際でアシュリンの麗しい手に触れようとしたのは大罪だからね。到底許せる行為じゃない。本当だったら体ごと八つ裂きにしても足りないくらいだよ」



 気の所為じゃなくて100パーセント私怨だった。


 ヤンデレの恐ろしい執着心を侮っていた私は今さらながらに震えた。


 人目があったらあれだけで済んだが、そうじゃなければアルノルドは今頃あの世に行っていただろう。


 いや、エーヴェルトならエングダール侯爵家ごと破壊しに行ってそうではある。



 パーティーはその後何とか進行し、無事に終わらせることが出来た。


 後片付けなどを済ませて部屋へ戻る。


 エーヴェルトはずっと私に張り付いていて離れる気は無いらしい。


 ずっと私を後ろ抱きにしたまま、あっちへこっちへ付いてくる。


 さすがにはお風呂には付いてこなかったが、ネグリジェに着替えて部屋に入るとすぐさま捕獲された。



「エーヴェルト様、髪が梳かしにくいです」


「アシュリンの髪は梳かさなくてもサラサラで綺麗だよ」



 こりゃダメだ。


 何を言っても私にしがみついて離れてくれない。


 仕方がないので髪を梳かすのを諦めてエーヴェルトの顔を見る。



「何かご不安なのですか?」



 エーヴェルトがこうなるのは決まって彼が何か不安を抱えているときだ。


 仕事で忙しいときなど私に会えない時間が続くとこうなる。



「…エングダール侯爵家のクズがアシュリンに触れようとしたのが許せなくて。もし俺があと少し遅かったら、アシュリンが誘拐されていたかもしれないと思うと恐ろしいんだ」



 なんだ、そんなことかと思ったが表情には出さない。


 エーヴェルトは本気で私を心配してくれている。


 一人称がいつもの『私』から素の『俺』に変わっているのが何よりの証拠だ。


 アルノルドに触れられたことより、私がいなくなることの方がエーヴェルトにとっては何よりも恐ろしいのだろう。



「もう大丈夫ですよ。私はここにいます。私だって自分の身くらい自分で守れますし、いつもはエーヴェルト様が守ってくださるでしょう?」



 少しでも安心させたくて目を合わせて微笑んだ。


 エーヴェルトは泣きそうに表情を歪め、私をぎゅうぎゅうに抱き締めて顔を埋める。


 そのまま深呼吸し始めた。


 猫吸いならぬ、アシュリン吸い。


 しばらく吸って満足したのかエーヴェルトは顔を上げた。


 私を横抱きにしてベッドまで運ぶと、隣に並んで抱き枕のように包み込んだ。



「アシュリンのことは命を賭けても守るからね。どんな奴も絶対に近寄らせないから」



 何かを決心したようなエーヴェルトの表情に、これからの生活が『軟禁』から『監禁』になりそうな予感がする。


 しかし、足枷をしている時点でもう遅いかと納得して眠ることにした。




 最初の頃、エーヴェルトのヤンデレ具合は歪んでいると思っていたが、素直に受け入れている私も大概歪んでいるのかもしれない。


 エーヴェルトの体温に安心しながら私は瞼を閉じた。


読んで頂き、ありがとうございます!


執着心全開のエーヴェルトとそれを素直に受け入れるアシュリンの物語でした。

愛が重めの男を書くの楽しかったです。


ブクマや評価、感想など頂けましたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ