第1話 報告と依頼
「――というわけで、スラムで色々ありまして」
「色々ありすぎではありませんこと……?」
呆れたような、心配しているような。ノエラのそんな表情を見て、リーネは思わず笑ってしまった。
「まあ、暇つぶしにはなりましたよ」
「暇つぶしって……リーネ様は相変わらずですわね……」
オカルト研究部の部室。
久しぶりに顔を出したノエラに、リーネはここしばらくの出来事をひと通り話し終えたところだった。
スラムに行ったこと。友だちができたこと。人さらいの組織を見つけたこと。子どもたちを助けたこと。
そして、怪しげな帳簿が出てきたこと。
ノエラが家の事情で忙しくしている間に、リーネは新たな事件に巻き込まれていたのだ。
「……それで、帳簿に載っていた売り先がまずいものだったというわけですね」
「ええ。貴族や商人に混じって、魔道具会社の名前がいくつか。あ、ノエラのところはありませんでしたのでご安心を」
「それは良かったですが……魔道具会社が人を買って一体何に使うのでしょう?」
「さあ? 普通に考えれば労働力なんでしょうけど、わざわざ人さらいから買う必要があるかは疑問ですね」
リーネはお茶を一口飲んだ。
(これにはきっと表に出せない事情が絡んでいるに違いないでしょう)
その謎がどういうものなのかはわからないけれど、リーネとしてはいい感じの暇つぶしができそうだと思っている。
「リーネ様が探していたという方は見つかりそうなんですの?」
「神父ですね? 神父の売り先ももちろん記述してありましたよ」
「なるほど、では見つかりそうなんですのね?」
ノエラの言葉にリーネは首を振った。
「死神教団、と書いてありました」
「死神……教団?」
「レイヴン様によると、死神を崇拝しているカルト教団らしいですよ。他国では有名みたいですが」
ノエラが怪訝な顔をしている。
「そんなものがこの国にあるんですの?」
「さあ。だから今、レイヴン様に調べてもらっています」
(死神を崇拝する教団ね)
確かに死神も神の一柱だ。信仰の対象になっていてもおかしくはない。
しかし、本来それは死神ギルドが行うものであって、現状、死神教団なんてものは怪しげなカルト以外の何物でもないはずだ。
レイヴンの調査の結果が待たれるところだ。
(私に手間をかけさせて、見つけたらどう償わせましょうかね)
ふふ、と笑うリーネ。
「あ、そういえば……」
そんなリーネの怪しげな雰囲気を感じ取ったのか、ノエラが話題を変えた。
「スラムでお友達ができたんですわよね? どんな方ですの?」
「アリアは教会のシスターです。まだ私たちとそう変わらない年齢ですよ」
「シスター……そんな若い子がスラムで?」
「元々スラムの出身でね。母親を亡くしてから、教会の神父に引き取られたそうです」
ふと、少し前のことを思い出した。
(助けてくれると信じていました、でしたか)
洞窟の中で、アリアはそう言った。根拠なんて何もないのに、ただリーネを信じていた。
ああいう真っ直ぐさには、いまだに慣れない。
なんだか少しくすぐったい気持ちになる。
「……ふふ、なんだか嬉しそうですわね、リーネ様」
「そうですか? そんなつもりはないんですが」
「そんなつもりはなくても顔に出ていますわよ」
(出ていますか。それは困りましたね)
「まあ、いい子ですよ。ノエラとも気が合うんじゃないかと思いますけど」
「あら、それは興味がありますわね。今度ご紹介してくださいな」
「ええ、機会があれば」
スラムのシスターと伯爵家の令嬢じゃ、普通は接点なんてないだろう。紹介したらアリアは目を丸くするかもしれない。
「それで孤児院の方は大丈夫なんですの?」
「ええ、今は、ミゼリオール家の支援が入りましたのでかなり余裕があるみたいですよ。近々、カルド商会の支援も再開する予定みたいですし」
カルド商会とは色々とあったけれど、あれは息子が悪いだけで、商会自体が悪いわけではない。
「カルド商会……聞いたことがありますわね。うちの実家も魔石の取引でお世話になっていますの」
「へぇ、そうだったんですか。あの商会は魔石の取引もしているんですね」
「ええ、なかなかに手広くやっておられますわよ……」
ノエラはお茶のカップに視線を落として、しばらく考え込んでいるようだった。
カルド商会に何か思うところがあるようだ。
そんなノエラを見つつ、リーネはお茶の残りを飲み干して、窓の外に目を向けた。
いい天気だった。
(帳簿、死神教団、魔道具会社……)
点がいくつかある。でも、それを結ぶ線はまだ見えてこない。
(思うところはありますが、想像の域を出ませんね……そういえば……)
ふと、叔父のことを思い出した。
叔父が断罪されたことで、事件自体は片付いた。でも、まだ解けていない謎が残っている。
(叔父に両親の殺し方を教えた人物……あれも結局、何もわかっていないんですよね)
叔父が独力で思いつくとは思えない。それらしい関係者もいなかった。じゃあ、誰が教えたのか。
あの時はそれ以上追えなかったし、今もまだ手がかりは何一つない。
(……まあ、いつか出てくるでしょう。こういうものは追っても出てこない時は出てきませんからね)
「リーネ様?」
「いえ、なんでもないですよ」
リーネはいつも通りの笑みを浮かべた。
「ただ、面白くなってきたなと思っただけです」




