九話
再び視点が変わります。
陽向視点です。
紫央がずっといきたいといっていたショッピングモールに出かけることになった。俺は人混みとか買いものとかはあまり好きじゃないけれど、紫央が望むならまあいいか、と思った。
本当は二人きりでいきたかったけど、話を聞いた雄大がいくといってきた。紫央の友だちの悦美までついてくる始末。紫央は「大人数の方が楽しい」っていってたけど、週末デートとかって浮かれてたの俺だけ?
出かける日の朝、俺はいつもの休日よりもだいぶ早く起きた。最近は紫央と一緒に登校しているせいか、すっかり寝坊癖がなくなった。前までは起きなきゃと思ってもちっとも身体が動かなかったのに、紫央が待っていると思うとパッと目が覚めるんだ。不思議なもんだ。
リビングでトーストをかじっていると、凛香もおりてきた。部活が休みらしい。まだ眠たげに目をこすっていたが、俺を見るなり妙な顔で問いかけてきた。
「お兄ちゃん、なにか用事でもあんの?」
「別に」
俺はとっさにそう答えた。なにせ妹は紫央のことが大好きで、会ったらべったりで離れやしない。この前も紫央がうちをたずねてくれた時、二人きりになる時間すら与えてくれなかった。
今日のことを教えたら、絶対ついてくるに違いない。せっかくの休日デートを邪魔されてたまるか。
だが凛香は疑っている様子で、寝起きの顔をしかめた。
「腕時計してる。出かけるんでしょ?」
「おまえに関係ないだろ」
「紫央おねえちゃんも一緒?」
どうして女っていうのはみんな、男に都合が悪いことにばっかり鼻が利くんだろう。凛香は目が覚めてきたようで、眉間にしわを寄せつつも俺に詰め寄ってきた。
「ほら、ギクッとしてる! どこいくの、ねえ」
「うるせえなぁ」
「私もいきたい! 連れてって」
「やだよ」
「ケチ!」
なんとでもいえ。俺はふんと笑った。なんといわれようが、今日はこいつを連れていくつもりはない。ただでさえプラスαと、βがいる状況。この上Γが来るなんて冗談じゃない。
俺が頑として口を割らないでいると、凛香は顔を歪めた。ああほら、またそんな顔する。こいつは昔からそうだ。泣きそうな顔さえすりゃ、面倒になった俺がすぐにいうことをきくって。兄貴をなめやがって。
「私も一緒にいく」
「連れてかねえっての。ついてきてどうすんだし。年上ばっかのとこにまぎれたって、おもしろくもなんともねえだろ」
「紫央おねえちゃんに会いたいもん」
次第にぐすぐすと涙声になりだす妹。演技だとわかっていても、非常にめんどくさいことこの上ない。妹の涙におろおろしたのなんて、もうはるか昔の出来事だ。
いっそのこと無視してこのまま出ていくか。そう思った俺だが、トーストの最後の一口を口に入れたところで、母さんがリビングに入ってきた。母さんは泣いている凛香と俺を見て、一瞬にして状況を理解したらしい……凛香の都合のいい方へ。
「陽向! あんたってやつはまた凛香を泣かせて!」
「俺じゃねえし。勝手にこいつが泣いてるだけだよ」
「黙れクソガキ。男なら男らしく謝れってんだ、ボケ!」
いいながら母さんは、俺の頭をげんこつで殴る。かなり痛い。
「いってえなクソババア!」
「誰がババアだ洟垂れ小僧! 女泣かす野郎なんざ男の風上にも置けないね。土下座して謝んな」
「なんで俺がそこまでしなくちゃなんねえんだよ」
「つべこべいわず頭さげろ!」
母さんの指が俺の頭にめり込み、無理やりぐいっと頭をさげさせられた。一瞬、凛香が両手で顔を覆いながらも、こっちを見てわずかにニヤッとしたのが見えた。と思ったら、今度は母さんに向かってしおらしい声を出す。
「ま、待ってよお母さん。お兄ちゃんが可哀想だよ」
なにが可哀想だ。自分がこういう状況に追い込んだくせして。
凛香は目をウルウルさせながら母さんに訴えている。
「凛香がいけないの……。お兄ちゃんが紫央おねえちゃんと遊びにいくっていうから、凛香もいきたくなっちゃって。でもお兄ちゃん、凛香がいたら遊べないもんね。わかってるよ。凛香が悪いの」
そういうことかい、といわんばかりに母さんが横目でにらんできた。俺はふいっと目をそらした。
「今日はあきらめるよ。凛香もお兄ちゃんに迷惑かけたくないもん。紫央おねえちゃんには会いたいけど、今日は我慢する……」
「ああもうっ、わかったよ! 連れていきゃあいいんだろ」
これ以上凛香の『悲劇のヒロイン』の一人芝居を見ていられなくて、俺はやけになって叫んだ。
「でもこれから三十分後には出るからな。紫央たちと駅で待ち合わせてんだ。それ以上支度に時間かかるようなら、遠慮なく置いていくぞ」
「はーいっ」
途端に凛香はケロッとした顔をして、喜々として自分の部屋に戻っていった。
毎度のことながらまた約束させられてしまった。舌打ちを軽くしながら俺も着替えようと席を立つ。すると母さんがガシッと俺の肩をつかんできた。
「ちょいと待ち、陽向」
「なんだよ。ババアっていったことは謝んねえぞ」
あのゲンコ相当痛かったし。
だが母さんは、もう怒ったような顔はしてなかった。むしろぎらぎらと目を輝かせている。
「紫央ちゃんとデートなの?」
「デっ……違えし!」
「よくやった! 紫央ちゃんみたいないい子、あんたにはもったいなさすぎるけど、こんなのの嫁に来てくれるんなら大歓迎。がっちりハートつかんで来い!」
がっちりって……。表現古くね?
その後、俺が着替え終えて寝癖を直していると、凛香がトーストをくわえたまま走ってきた。
「お兄ちゃん、まだ? 私もう支度できたよ、早くいこう」
「もうかよ」
あれからまだ十五分程度しか経ってない。ここまでだと逆に、今日の俺の予定を最初から知っていたんじゃないかとさえ思う。
とはいえ、約束は約束。俺ははしゃぎまわる妹を連れて、渋々、仕方なく、嫌々ながらも家を出た。
待ち合わせ場所にいくと、すでに雄大と悦美がそろっていた。家が近所だという二人は一緒に来たらしい。
悦美はさばさばと大人びた女子で、バレーボールをやっているせいか背が高い。そのうえ今日はかかとの高いハイヒールみたいなやつを履いているから余計。その悦美が俺と、連れ立ってきた凛香を見て眉をひそめた。
「陽向くん、その子は?」
「妹の凛香。今日のこと聞いたらひっついてきたんだよ」
「ウソ、似てなっ。ちゃんと血繋がってる?」
「繋がってるわ、失敬な。俺は母親似で、凛香は父親似。そんだけの話だろ」
「いや、にしても似てない。美女と野獣みたい」
悪かったな、ヤンキー顔で。いや、俺は野獣顔なのか?
美女呼びされた妹は、うれしそうに顔を赤らめている。我が妹ながら、確かに俺に似ず可愛くはある。たぶん。
そうこうしているうちに、紫央が階段をあがってくるのが見えた。悦美が「紫央、遅いぞ」なんていうと、紫央はあわてたように走り寄ってきた。
「ごめんごめん!」
「バカっ」
俺は思わず紫央に駆け寄った。紫央はいつも、なにもないようなところで転んだりする。危なっかしくて、とても見てられない。
「走るな。この前だって転んだばっかだろ」
「あ、そ、そうだったっけ」
紫央はばつが悪そうに笑った。そんな顔も可愛くて、ついドキッとしてしまう。
普段は学校の登下校に会うことが多いから、今日はたまにしか見られない貴重な私服姿。水色のシャツに白のカーディガン、ふわふわしたスカート。足にはキラキラしたサンダルはいてて、爪が可愛くネイルされている。おまけに、いつもおろしている髪をうしろで留めていて、めったに見れないうなじがさらされている。思わず心の中でガッツポーズをした。
紫央の登場で、おとなしかった凛香が騒ぎ出した。
「お兄ちゃんに詰問して聞き出しちゃった!」
紫央は一人っ子のせいか、とてつもなく凛香に甘い。現に今もうれしそうな顔で、姉妹みたいにぎゅうっと抱き合っている。紫央の胸に顔をうずめている凛香が横目で俺を見て……フッと笑った。
こいつ、すっげえむかつく。なにどさくさに紛れて紫央に抱き着いてんだよ。ていうか顔を埋めるな、ヘンタイか、おまえは。
腹いせに紫央をベリッと妹から引きはがしてやった。あくまで凛香はおまけでついてきたんだよ、おまけで!
そんな意味も込めて俺は、すました面している妹をにらむ。
「迷子になっても知らねえぞ」
「いいよ、私おねえちゃんにちゃーんとくっついてくから」
そういって、凛香は紫央に「ねっ」なんて同意を求める。紫央もまんざらでもなさそうにしているのが余計に癇に障る。
なにかいい返してやろうと思っていた俺に、時刻表を眺めていた雄大が声をかけてきた。
「陽向。もう電車来るぞ。早くいこうぜ」
「ああ」
雄大は悦美と一緒にさっさと改札口を抜けていく。そのすぐうしろを紫央とそれにまとわりつく凛香、しんがりに俺が続いた。
電車に乗り込むと、凛香は紫央を連れて、さも当然といわんばかりに隣り合って座った。いつもの癖で俺も紫央の隣にいこうとしたが、思いとどまった。なんだか今日の俺、紫央に全然相手にされてない。言葉を交わしたのは最初のあれだけ。しかも俺「バカ」とかいっちゃったし。あれじゃあ紫央も怒るかもしれない。そもそも今日のお出かけがデートだなんだと期待していたのは、やはり俺だけだったようだし。それを知られるのはイタいし恥ずかしいし、なんとしてでも避けたい。
なんとなく動きづらくなり、仕方なくドアの近くに立ったまま。雄大と悦美がすぐそばに座っていて、自然と二人の会話に耳を傾ける形になっていた。
「あのショッピングセンターって、いろんなブランドがそろってるから便利でいいのよね。ちょっと珍しい海外のブランドとかも買えるし」
悦美が高校生らしからぬ発言をしたが、隣の雄大はピンとこない表情。
「ブランド? 金髪美女とか」
「それはブロンドでしょ、バカ。なんで私が金髪の女性がたくさんいるって喜ぶわけ? あと金髪女性がみんな美人だと思ったら大間違いよ」
相変わらずのバカな雄大と、頭が痛そうな悦美の会話は聞いていて面白い。だけど意識はどうしても、離れた場所に座る紫央たちの方へ向かう。
同じ電車に乗っているのにバラバラに座るなんて、紫央と出会ってからは一度もなかった。それは紫央が二度とあんな目に遭うことがないようにっていう俺なりの配慮でもあり、ただ単に俺が紫央と離れたくないっていうわがままでもある。どちらかといえば、後者の方が大きいかもしれないけど。
だからかな、こうして紫央のいない空間は、そこだけが穴が開いているかのように感じた。
「お兄ちゃん」
考えにふけっていると、ふいに凛香の声が飛んできた。はっと我に返ると、凛香が嫌々ながらも手招きしていた。
「ここ空いてるから座んなよ」
妹がそんな優しいことをいってくれるとは夢にも思わず、俺はつい聞き返した。
「あ、ああ……いいの?」
「誰も悪いなんていってないじゃん。ほら早く」
凛香は不機嫌も露わにそういった。悪いとは口にしてはいないが、明らかに態度に出してるよな、おまえ!
だけど妹に対するわずかな不満は、その隣の紫央を見てすぐにしぼんだ。紫央はどこか寂しげな目をして、俺の方を見ていた。心もとなさそうに、手を握ったり開いたりしている。その手はいつも、俺がしっかり握っている手だ。
俺と同じようなことを、紫央も考えてくれてたんだろうか。そうだと願いたい。それがたとえ、俺の十分の一程度の思いだったとしても。
ふと視線を感じてそちらを見ると、雄大がにやにやと笑って俺を見あげていた。悦美までもが同じような顔をしている。俺はうろたえた。
「な、なんだよ」
「別にぃ」
雄大は相変わらずにやけたままいった。
「なんだかんだでうまくいってそうだなぁって」
「は? どういう意味だよ」
「なんでもねえよ。ほら、早くいけよ」
雄大がいうと、悦美も同調する。
「そうそう。私たちのことは全然気にしなくていいから。さっさといって」
むしろ追い払うかのように、手でシッシッとやられる。野獣の次はハエ扱いか。
だがなにはともあれ、いつもと同じ位置に腰掛けることができた。俺にとってのいつもの場所、それは紫央の隣。そこに紫央がいれば、俺はそれだけで満足なんだ。隣り合って座って、他愛もない会話をしたり、ただ二人でボーっとしたり。そんな傍から見れば大したことじゃないようなことが、俺にとってとてつもなく重要なことなのだから。
ここから陽向の視点でのデート編をお送りいたします。
紫央が表現すると魅力的だった彼女の私服が、陽向の手にかかりゃ平平凡凡な服に……。
ぜひとも比べてお読みくださいませ<(_ _)>
陽向&凛香の母は、元レディース総長という裏設定です。




