七話
会計を済ませて店を出ると、陽向くんはまた壁にもたれていた。私の姿を見ると離れて、こちらに向かってくる。
「終わった?」
「うん、お待たせ」
「んじゃ、別の店見るんだろ? 次はどこだ」
いいながら、陽向くんはさりげなく私の手から、買ったばかりの服が入った紙袋を取っていく。その動きがあまりにもスムーズすぎて、私はなにもいえなかった。乙女心はわからないくせに、どうして女の子を喜ばすことができるのかなぁ。
その後もお店を色々回っていく。主に見るのは私ばかりで、陽向くんはそれに付きあうだけ。陽向くんは欲しいものないの? と聞いても「俺は十分」なんて、ヘンな答えが返ってきた。
休日のショッピングモールはやっぱり混んでいて、私はしょっちゅう人にぶつかりそうになる。よろめいたりつまずいたりも。そのたびに陽向くんが、ぶつかりそうになった人に謝りながら、私を助け起こしてくれた。
そんなことが五回も続くと、さすがの陽向くんもため息をついてあきれ顔。うぅ、面目ない。
「紫央、ちゃんと足元見て歩けよ」
「ご、ごめんなさい……」
「はしゃぐ気持ちはわからなくもないけどさぁ。ったく」
いつになく機嫌の悪そうな陽向くんに、私はびくりとしてしまう。陽向くんは目元が鋭くて、もともと少し怖い顔をしている。だからこうしてイライラしているのを見ると、嫌われてしまったんじゃないかって怖くなる。
うつむいて陽向くんの顔を見ないようにしていた私の前に、なぜか陽向くんの腕が差し出された。
「な、なぁに?」
「つかまってろよ。手だけじゃやっぱ心配。俺の腕にしがみついてろ」
ぶっきらぼうながらも力強いセリフに、顔が熱くなってくる。そ、それって、腕を組めってことだよね……?
「わ、私はいいけど……。陽向くん、恥ずかしいんじゃないの?」
「俺のことを気にする前に、自分のことを考えろよ」
「だって……」
「さっきも、よろけてぶつかったおっさん、ヘンな目でおまえのこと見てたし。少しは自覚しろよ。紫央はその、か……、か、可愛い……ん、だからさ」
かぁっと音がしそうなほどに、陽向くんの顔が真っ赤になった。呼応するかのように、私も身体中の体温が顔に向かっていく。
可愛いって、いわれちゃった。どうしよう。心臓がバクバクいっている。こんなにうれしい言葉をいわれたの、生まれてはじめてかもしれない。
あまりにもうれしすぎて、私は無言でこくんとうなずくことしかできなかった。そのまま黙って、陽向くんの腕に自分の腕を絡める。ただ手をつなぐよりも密着する部分が増えて、心臓がドキドキいいっぱなし。
気づけば触れ合う肌からも、陽向くんの高い体温を感じ取れる。陽向くんはまだ赤い顔をしたまま、ぶつぶつと文句をいっていた。
「大体、なんでそんな薄着なんだよ。それじゃあ野郎どもが見るに決まってんじゃねえか。あのおやじ、エロい目で見てきやがって……」
顔もさることながら、口調もかなり悪い。すれ違う人々が、一瞬ぎょっとした目で陽向くんを見ている。これは違う意味で恥ずかしいかも。
それに、薄着といわれるほどの格好をしているつもりもない。今日はアイスブルーのノースリーブトップスにレースのひざ丈スカート。それに白いカーディガン。足元はシルバーのミュール。気合を入れて、ブルーのペディキュアをしている。長い髪は編み込んでスッキリさせて、お気に入りの水玉リボンのバレッタで留めている。
別に肌の露出は激しくないし、いたって夏らしい服装だと思う。
陽向くんはなにが気に入らないのか、次の店に着くまではずっとそんな感じだった。私が急いで手近な店に連れ込んだおかげで、どうにかぶつぶついうのはやめてくれた。
入った店は、メンズもレディースも取り揃えている、人気のショップだった。さっきの店よりも男性の姿も多い。
私は陽向くんの腕をがっちりつかんだまま、メンズファッションの方に進んだ。
「ねえねえ陽向くん、これカッコいいよ」
「んぁ?」
不意を突かれたのか、陽向くんは間の抜けた声を出した。私は彼に、七分袖のネイビーのジャケットを見せた。今陽向くんが着ている薄いグレーのTシャツにもあうと思う。
陽向くんは驚いて目を少し見開かせた。そして私が持つジャケットをしばし見つめたあと、無言でそれを押し返した。
「どうしたの?」
「いや……。気ぃつかわせちゃったなって思ってさ。おまえには怒ってないから。ごめん」
「でも」
「今日は紫央のために来たから、俺のことは気にしなくていいよ。おまえが見たいもん見ればいいだろ」
陽向くんは頑として、自分の買い物をしようとはしない。確かに、今日ここに来たいといったのは私だ。でも、私は陽向くんと一緒に買い物を楽しみたいと思っていた。これでは陽向くんはただ、私のお目付け役で来たようなものじゃない。私はそんなの、望んでない。
ふいっと顔を背ける陽向くんに、私はチェックの半そでシャツを向けてみた。
「これも似合いそうだよ。あっ、でも陽向くんなら、青より赤の方がいいかなぁ」
「だから、俺はいいって……」
「私の好きなもの見ていいんでしょ? 今は無性に、陽向くんの洋服選んであげたい気分なの!」
唖然とする陽向くんに私はいい切ると、別の服も眺めた。
陽向くんは爽やか系とは程遠いイメージだけど、ワイルド系な服は似合いそう。寒色系よりも断然暖色系。
「これがいいんじゃない?」
あきらめたのか、陽向くんは「どれ?」と聞いてくる。私が選んだ服を見せると、微妙な顔つきになった。
「俺、こんなの着たことないけど」
「えー、絶対似合うのに。ね、一回着て見せてよ。試着室あるしさ」
「やだよ」
「ケチ!」
さっき可愛いっていった女の子の頼みを、わずか〇、五秒で振るな。唇を尖らせながらにらむと、思いのほか効果はあった。陽向くんは一瞬目をそらすと、私が持っていた服をばっと取り上げた。
「着りゃあいいんだろ、着りゃあ! 絶対似合わねえけどな」
「似合う似合う! やったね」
心底嫌そうに試着室に向かう陽向くんの背を押して、私は思わず足が弾む。無理やりだったけど、陽向くんが私がコーディネートした服を着てくれる。ちょっぴり照れくさくて、すごくうれしい。あっ、そうだ。
陽向くんが個室の一つに入るのを見届けてから、私はお店をこっそり出て化粧室に入った。
五分ほどたってからお店に戻ると、試着室の個室から陽向くんが顔をのぞかせてきょろきょろあたりを見回していた。私は急いで、でも陽向くんが怒らない程度の早足で近づいた。
「ごめんね、ちょっとトイレにいってて」
「紫央! そういう時は、一言ぐらい……」
そこまでいって、陽向くんはふいに言葉を切った。乙女心はまるでわからない陽向くんでも、見た目の変化には気づいたらしい。
私は陽向くんに選んでもらって買ったシフォンブラウスの裾をつまんだ。
「えへへ、着替えちゃった。これなら陽向くんも、私に見せるの恥ずかしくないでしょ?」
「そ、そう……かな」
「陽向くんはどう?」
陽向くんはほんの少ししか開けていなかったドアを、ゆっくり押した。そこには、私が選んだ服に身を包んだ彼がいる。
顔をまた赤くさせながら、陽向くんは視線を下に向ける。
「に、似合わなけりゃ素直にそういえよ」
紺のクロップドパンツに、ワインレッドのポロシャツ。襟と袖がグレーのチェックになっているのがポイント。シンプルだけど、ポロシャツが重ね着しているみたいでオシャレ。
なにもいわない私になにを勘違いしているのか、陽向くんは苦い顔をしている。
「もういいだろ、着替える。どうせ俺は目つきの悪いヤンキーまがいだし。こういうシャレたもんは似合わねえんだって」
「ちょ、ちょっと」
すねたようにドアを閉めようとする陽向くんを、私はあわてて止めた。
「まだなんもいってないじゃん! せっかくカッコいいのにもったいない」
「か……っ。からかうな!」
「からかってないし。その服すごく似合うよ。それ買えばいいのに」
「買わねえよ。俺のことはだからいいって」
「よくない! それに今の言葉、私のセンスを疑ってるってことになるんですけど」
腕を組んでじとっと見ると、陽向くんは言葉に詰まる。
その時、近くを通りかかった店員さんが甲高い声でいった。
「あらぁ~! お客様、そのポロシャツすっごくお似合いですぅ」
「ど、ども」
陽向くんは店員さんのテンションについていけないのか、低い声で短く返す。大抵の人はこれで結構ビビっちゃうんだけど、さすがは接客のプロの店員さんは、めげることなくまくしたてた。
「今夏の大感謝祭セール中なんで、二着買うと二十パーセントもお得なんですよ。もちろんトップスもボトムスも全部まとめて。クロップドパンツもお似合いですし……いかがです?」
「い、いや、俺ちょっと」
「彼女さんも、デートの時彼氏さんがカッコいい服着てたら自慢ですもんねぇ! 「私の彼超オシャレじゃない?」ってなりません?」
まだ若い店員さんはいいながら自分でキャーなんて叫んでいる。つい引いてしまいそうになる。
だけどここは粘りどころだ。私は思いきり笑顔を作って店員さんに調子を合わせた。
「そうですよねえ! やっぱ隣を歩く彼がオシャレだと、こっちもうれしくなりますよね!」
「そうそう!」
「このポロシャツ、デザインが凝っててカッコいいから、彼にぜひとも着てほしかったんですよ」
店員さんの目がきらりと光る。獲物を捕らえたとばかりに陽向くんに食って掛かる。
「聞きました、彼氏さん! 彼女さんてばなんて彼氏さん思いなの。おねえさん感動しちゃう」
オーバーなしぐさで店員さんはうなずいている。
「やっぱり女の子は、彼氏さんがオシャレだと自分もうれしいんですよ。それに好きな人がコーディネートしてくれた服を着るなんて、彼氏冥利に尽きるじゃないですか」
まさしく自分が考えていたことを口にされて、わずかに顔が熱くなる。陽向くんはまだ戸惑っていたけど、私と自分が着ている服を見て、しばらく考え込んでいた。
「……買います」
やがて陽向くんは、小さな声でいった。店員さんが目を輝かせた。
「ありがとうございますっ。ではお着替えの方を……」
「あの」
陽向くんは、一瞬迷ったように目を揺らしてから、意を決したようにいった。
「このまま着てってもいいですか?」
「はい?」
「えーと……着替えるのも面倒だし、ここでタグ取ってもらえればなぁなんて」
店員さんはきょとんとしたが、すぐに営業スマイルに戻った。
「かしこまりました。ではお背中の方失礼いたしますね」
胸ポケットに入っているハサミで、服に着いたタグをちょきんと切った。その時、店員さんが小さい声で、陽向くんの耳になにかをささやいた気がした。陽向くんの耳が真っ赤になったのを見て、胸がざわりとする。
店員さんはにこにこ……というより、にやにやしながらタグをレジの方へ持っていった。陽向くんは靴を履きなおしている。なにをいわれたのか問い質したいところだが、ぐっとこらえた。
「本当に買ってくれるとは思ってなかった」
「まあな」
陽向くんは靴に視線を落としたまま答えた。
「俺だって、買うつもりはなかったよ。ただ」
「ただ?」
「……紫央が、俺が選んだ服、着てくれたから。それが嬉しかったから」
陽向くんはちらりと私を見て、それからまた目をそらした。
「やっぱおまえは可愛いよ。……その服も、似合ってるし」
顔を赤く染め、陽向くんは口元を隠している。それが嘘偽りないことをいっているのだと証明しているようで、急に照れ臭くなった。
思わずくすりと笑いだした私に、陽向くんも同じように笑みを浮かべた。互いに選んだ服に身を包みながら、私たちは微笑みあった。




