六話
バスに乗ると、全員で一番後ろの席に並んだ。同時に手は離れた。今まであったぬくもりが消えていくのは寂しいけど、今度はさっきよりも距離が近い。手をつないだ時以上に心臓が大きく高鳴って、すぐ隣の陽向くんの顔が見れない。
だけどバスの中では、雄大くんがずっとなにかしらしゃべり続けたおかげで楽しかった。雄大くんは陽向くん曰くバカだけど、とても面白い子だとは思う。確かにバカだけど、うん。
「なあなあ、陽向。モールの中に新しい帽子の専門店できたんだけどさー。一緒に入ろうぜ」
「帽子ぃ?」
「そっ。俺ら今年修学旅行で沖縄いくじゃん? 紫外線防止」
サイクリングが趣味だという、浅黒く日焼けした雄大くんが、そういってニカッと笑う。こういうところがちょっとおバカさんなんだよね。
陽向くんは小さくうなりながら答えた。
「うーん……別に俺はいらねえけど。紫央はどこ見たい?」
いきなり話を振られ、私はえっと声を裏返らせた。
「わ、私? 私は、えーと……」
「今日いくのは紫央のリクエストだから、俺は紫央に合わせるよ」
ふいにかけられた優しい言葉に、胸がきゅんとする。悦美なんかは、「あれのどこがいいか理解できない」なんていうけれど、こういうところがたまらなくいい。無愛想と見せかけて、実は周りのことをよく考えてくれている。本当はすっごく優しい人だから。
「やっぱり、洋服とかが見たい、かな」
「んじゃ、まずそっちいこう。雄大のリクは時間が余ったらな」
「あ、あとね、クレープが食べたい!」
思いきって付け加えると、陽向くんはわずかに渋い顔をした。甘いものがあんまり好きじゃないんだよね。
「……わかった。でも昼飯食ってからな」
「やった」
絶対に嫌だっていわないあたりが陽向くんらしい。つい小さく手を握りしめていると、端に座っていた悦美と目が合った。悦美はなんともいえないぬるーい目をこちらに向けて、口元をゆがめていた。まるで、大笑いしたいのをこらえてるみたい。
それからも陽向くんは私の意見を聞いて、時々悦美や凛香ちゃんのリクエストも確認した。悦美はスポーツショップ(彼女はバレー部の所属)、凛香ちゃんは中学生に流行っている、文房具屋さんにいきたいらしい。
陽向くんは難しい顔をしながらも、わかったといった。
「あそこは広いから、そんなに希望がバラバラだと全部は回りきれねえな。別行動にするか?」
「私、紫央おねえちゃんと一緒にいく!」
真っ先に凛香ちゃんが手を挙げた。それに思わずにっこりしかけるが、直後に悦美が突っ込む。
「でも、妹ちゃんがいきたい店とファッションエリアって、だいぶ離れてるわよ」
「え、そうなの?」
「そうでしょ、雄大」
悦美が同意を求めると、隣にいた雄大くんは首をかしげた。
「えー、そうだっけ……ってぇ!!」
「でしょー雄大。あんたもそう思ったでしょ? スポーツショップの方が近いから、妹ちゃんと雄大は私と一緒。紫央は陽向くんと、はい決定」
急に雄大くんは自分の足を抑えて涙目になっている。それに対し悦美は、なぜだか上機嫌に笑っている。なんかヘンだけど、突っ込むのが怖い……。
「ってか、なんで俺まで悦ちゃんと一緒なわけ!?」
「当たり前でしょ。女二人だとなにかと物騒じゃない。それに今日は陽向くんの大事な妹ちゃんもあずかってるわけだし、ね」
有無をいわさぬ笑みで、悦美は雄大くんの肩をポンポンと叩いている。悦美は背が高くて大人びているから、傍から見ると気の強い姉と、姉に逆らえない弟みたい。私たちの方が年下なのに。
悦美は腕時計を見た。
「じゃあ、十三時になったら、フードコートで待ち合わせしよう。それでいいよね、陽向くんたちも」
陽向くんは一瞬ぽかんとしていたけど、すぐに我に返った。
「あ、ああ、俺は別にいいよ。紫央さえよけりゃ」
横目でちらっと見られ、ドキッとした。
「私も……。陽向くんがそれでいいなら」
照れながらも答えると、悦美はパンと手を打った。
「んじゃ決まり。ほら、もう着くよ」
その言葉に全員で窓の外を見る。そこには広告で見たままのショッピングモールがあって、胸が躍った。
バスが停留所にゆっくり止まると、私たちは立ち上がって順番に降りた。地面はカラフルなタイルが敷きつめられていて、歩いているだけでも楽しくなる。
悦美の提案通り、私たちは二手に分かれて行動することになった。心底悔しそうに顔をゆがめる凛香ちゃんを引きずるようにして、悦美が雄大くんを従えていく。姉弟っていうより、女王と下僕って感じかも。
すれ違いざま、悦美が私の耳元でささやいていった。
「キスぐらい奪ってやれよ」
まさかの発言にカッと顔が熱くなる。それに悦美はにやりとして去っていった。
思わぬところで二人っきりになって、いつもより緊張が高まってきた。学校の帰りに寄り道するのとはまた違う。今日は二人とも私服だし、休日だし、来たことのない場所。周りにいる人たちは、家族連れ、友達同士、それにカップル……。
デート中のカップルとかに見られちゃったりして。はじめて会った日、私は冗談でそう口にした。でも今は、そんなことをいえるほどの余裕がない。
陽向くんもどこか照れくさそうに、私をちらりと見て視線を外す。そしていつもよりちょっとうわずった声でいった。
「そんじゃ……いこうか」
「う、うん」
手はいつもと同じく、ぎゅっと絡めた。
入り口に置いてあったモール内の地図を見て、陽向くんは歩を進めていく。
「女の子向けの服って、こっちだよな」
「うん。あっ、ここだ。この店見たい!」
ファッションエリアに入って早々私が声をあげると、陽向くんは地図をカバンにしまった。
「いいよ。俺ここで待ってるからいってこいよ」
「えっ、一緒に入ってくれないの?」
陽向くんは壁に背中を預けて、休憩モード。ついきょとんとしてしまう。
すると陽向くんは、苦い顔つきになった。
「いや、さすがにこんな店、俺入れないって」
「そうかなー」
私は入ろうとしたショップの中を見る。確かに女子中高生向けの店ではあるけど、男の子の姿もちらほら見える。たいていは彼女と一緒だけど。
私は陽向くんの腕を引っ張った。
「大丈夫だよ。私と一緒なら全然不審じゃないし」
「でもなぁ……」
「それに私、一人で洋服選びなんてつまんない。誰か一緒じゃないと」
「わ、わかったよ」
駄々をこねると、陽向くんはあっさり降参してくれる。もっと粘るかと思ったが……意外。
陽向くんを引っ張ったまま、私は店内に入った。最近になって流行りだしたブランドで、リーズナブルだから中高生のお財布にも優しい。デザインは大人可愛い服がメイン。パステルカラーが目立っている。
私は一番はじめに目についた、袖がフリルになったイエローのシフォンブラウスを手に取った。
「ねえ、これ可愛くない?」
「いいんじゃねえの」
陽向くんは気もそぞろに答える。目は落ち着かなげに、店内のあちこちに向いている。
「陽向くん、ちゃんとこっち見てコメントしてくれない? 似合うかなあ」
「うん、似合う似合う」
「見ろってば!」
私が怒鳴ると、ようやく陽向くんの目がこちらに向く。それに満足して、私はブラウスと、近くにあったブルーのワンピースを手に取った。
「ねえ、これとこれ、どっちがいいかな?」
「どっちもいいと思うけど」
「はっきりいってくれなきゃ決めらんないよ」
「迷ってんなら、両方買えばいんじゃね?」
首をかしげて、陽向くんは不思議そうにいう。こういうところ、陽向くんは乙女心わかってないなぁって思う。
「陽向くんが可愛いって思った方買う」
「は?」
「どっちか選んで!」
私のわがままに、陽向くんは弱り切った顔をする。
「そういわれても……。俺、女の子の服なんてわかんねえし」
「直感でいいの。早く答えて」
「えーと、じゃあ……こっち」
陽向くんが指したのは、最初に手に取ったブラウス。私はワンピースを戻した。
「じゃあこれにする。レジ並んでくるから待っててね」
「はっ? 本当にいいのかよ」
「だって陽向くんがこれ選んだんじゃん」
「そうじゃなくて……。紫央の好きなもの買えばいいだろ」
やっぱり陽向くん、乙女心がわからないんだなぁ。なんで私がこんなことをしたのか、ちっともわかってくれない。
「……好みに合わせたいって、思うじゃん」
「え、なに?」
「なんでもないです!」
もう一度なんて、絶対にいってやらない。せいぜい悩め!
首をまだひねっている陽向くんを尻目に、私は彼が選んでくれた服を持って、レジに並んだ。




