五話
視点がかわります。
短めです。
陽向くんに会って、私の生活は一変した。
朝は二人で、ちょっと早めの電車に乗る。先に電車に乗ってくる陽向くんが、私のために席を空けておいてくれるの。同じ車両に乗り込んで彼を見つけると、私は心底ほっとする。
電車を降りてからも、途中までは一緒に歩く。時々陽向くんの同級生の雄大くんや、私の友だちの増田悦美も一緒になることがある。みんなでわいわいしながら歩くのもとても楽しい。
帰り道はまた陽向くんと二人きり。陽向くんはぶっきらぼうで口が悪いけど、心はとても優しい。私が帰りたくなさそうにしていると、それを察してよく寄り道に付きあってくれる。どちらかというと私は帰りたくないんじゃなくて、陽向くんと一緒にいたいだけなんだけど。そこまでは察してくれない彼が、ちょこっとだけ憎たらしい。
平日だけじゃなく、休日にも会うことが多くなった。映画を観たり買い物にいったり、恋人同士みたいなデートをした。
彼の家族にも会った。警察官のお父さんは温厚そうな人だった。お母さんは快活で、大きな声で笑う人。妹の凛香ちゃんはまだ中学生。私のことを気に入ってくれたみたいで、最近では「おねえちゃん」と呼んでくれるようになった。私には兄弟がいないから、ちょっと嬉しい。
今日は前から私がいきたがっていた、少し離れたショッピングモールに、陽向くんが連れてってくれる約束だった。一緒に雄大くんと悦美もいく。気になる店がたくさんあるからとても楽しみ。
待ち合わせ場所にいくともう全員ついていた。背が高い姉御系女子の悦美が、こちらに向かって手を振ってくれている。
「紫央、遅いぞ」
「ごめんごめん」
慌てて駆け寄ろうとして、陽向くんが飛び出してきた。
「バカ、走るな! この前だって転んだばっかだろ」
「あ、そ、そうだったっけ」
最近気づいたけど、陽向くんはとても過保護だ。私との出会いが痴漢事件だったということもあるんだろうけど、私が少しでも無茶しようとすると、こうやって駆けつけてくる。それが少し嬉しいような、子ども扱いされているようなで複雑。
陽向くんに改めて手をぎゅっと握ってもらって、みんなの輪の中に入る。するとメンバーに組み込まれていなかったはずの凛香ちゃんが、ニコッと笑ってブイサインをしてきた。
「お兄ちゃんに詰問して聞き出しちゃった」
陽向くんは顔をしかめていた。
「こいつ、紫央と会うっていったら勝手についてきやがったんだよ」
「いいじゃん別に。私も紫央おねえちゃんに会いたいもん」
唇を尖らせていう凛香ちゃんが可愛くて、ついぎゅっと抱きしめてしまう。あー、妹っていいなぁ。
自分より一回り小さな身体を抱きしめていると、うしろから強い力で引き離された。びっくりして振り返ると、陽向くんが不機嫌そうに凛香ちゃんを見おろしていた。
「迷子になっても知らねえぞ」
「いいよ、私おねえちゃんにちゃーんとくっついてくから」
凛香ちゃんは笑って、また私の腕にぴとってくっついてくる。可愛いなぁ、もう。
気のせいか、陽向くんの顔がさっきよりも険しくなっている。
「おまえなぁ……」
「陽向ぁ」
その時、電車の時間を見ていた雄大くんが声をかけてきた。
「もう電車来るぞ。早くいこうぜ」
「ああ」
そこからは五人でまとまってホームに降りて、来た電車に乗り込んだ。席にゆとりはあるものの、五つ隣りあわせとまではいかなそうだった。雄大くんと悦美は一緒に隅の空いている場所に座った。
私は凛香ちゃんに手を引かれるまま、そこから少しだけ離れたイスに向かった。いつも電車で手を引いてくるのは陽向くんだった。ちょっと新鮮な感じがする。
うしろを振り向くと、陽向くんはドアのそばに寄りかかるようにして立っていた。悦美や雄大くんと、なにか話して笑っている。ほんの少しだけ胸がちくりとした。
「おねえちゃん、ここ座ろ。……紫央おねえちゃん?」
「あ、ごめん」
凛香ちゃんが不思議そうな目でこちらをのぞき込んでいることに気づき、はっと我に返る。だけど目はどうしても、離れたところに立つ陽向くんを追ってしまう。電車に乗ったら、いつも彼と隣同士だった。おしゃべりなんてなくても、陽向くんはただ隣で手を握ってくれていた。それがすごく安心できて、私は好きだった。
でも今の陽向くんは、私の隣にいない。別の子のそばで、いつもと同じように笑っている。それが少し悔しくて、寂しい。
横から心配そうに凛香ちゃんが見てくるのがわかって、私はどうにかなんでもないような顔を作った。だけどそれを見て凛香ちゃんはますます不安げな顔になった。
「しょうがないなぁ」
「え……」
「お兄ちゃん、ここ空いてるから座んなよ」
突然、凛香ちゃんが私の反対隣りを指さして、陽向くんに叫んだ。陽向くんはびっくりしたように凛香ちゃんを見て、次いで私を見た。
「あ、ああ……いいの?」
「誰も悪いなんていってないじゃん。ほら早く」
凛香ちゃんはどこかすねたようにいうと、私を横目でちらりと見た。
「お兄ちゃんがいないと寂しいって目してた。紫央おねえちゃんわかりやすい」
「そ、そうかな」
「うん。お兄ちゃんみたい」
陽向くんが、空けていた私の隣に腰掛ける。やっぱりこれが一番しっくりくる。私の隣は陽向くんでないと。
思わずにやけてしまうと、陽向くんが怪訝な顔をした。
「どうかした?」
「ううん、別に。ショッピング楽しみだなーって」
適当にごまかして、私は凛香ちゃんと「ねっ」なんて顔を見合わせる。陽向くんは鈍感なのに、どうして妹の凛香ちゃんはこんなに鋭いんだろう。
電車がゆっくり動き出し、いつもの登下校とはまた違った景色が見えはじめる。学校とは正反対の方向にあるから、いくのははじめて。洋服も見たいし、雑貨屋さんにもいきたい。クレープも食べたいし、プリクラもみんなで撮りたい。お休みの日に友達と出かけたことがあまりない私は、内心でとてもはしゃいでいた。
ショッピングモールにいくには、電車を降りたあとバスに乗る必要があった。人混みでよく転んだり躓いたりする私は、誰かに手を引いてもらって歩くことが多い。誰かって主に陽向くんだけど。
電車の中ではずっと凛香ちゃんがべったりくっついていたけど、降りた瞬間陽向くんに手を取られたからびっくりした。陽向くんはさも当然といわんばかりに私の手を握っていたけど、こっちは心の準備をなにもしていなかったからドキドキしてしまった。
陽向くんはズルい。女の子慣れしてないとかいって、こうしてさりげなく私を喜ばせたり落ち込ませたり、ドキドキさせるのが上手。それを平然と、しかも無意識でやってしまうのだから小憎らしい。
バスに乗るまで、陽向くんは私の手を離さなかった。悦美が気づいてにやにやしながらこっちを見ていたけど、緊張のあまりそれどころじゃない。手をつなぐのはしょっちゅうあることだけど、陽向くんは知り合いの前ではそうしたがらない。今日は友だちも妹もいる前で、堂々と手を引いてくれている。胸がくすぐったい。
でも、こうして私を特別扱いしてくれることがうれしい。だって陽向くんは、悦美とも友だちだし、凛香ちゃんは大切な妹だけど、手をつなぐなんてことはしない。私たちはただの友だち……だけど、少しは『特別』な枠に入っているんじゃないかって。そんな気がする。
無意識のうちにまた顔がにやけてしまう。それを悦美たちに悟られないように、私は必死で表情を抑え込んだ。




