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きみが見つめる世界は  作者: usa
出会い
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4/20

四話





 翌朝起きて、俺はいつもより静かであることに気づく。なぜこんなに静かなのかと考えて、ふと目覚ましがまだ鳴っていないからだと思い当たった。

 ごろんと寝返りをして時計を見ると、まだ七時前だった。いつもならあと二十分ぐらいは寝ている。たとえ一度目が覚めても、起きあがるなんてことはしない。

 だけど今日は無性に目が冴えて、跳ね起きずにはいられなかった。


 枕元に置いていたスマホを手に取った。夕べは帰ってきてからもそわそわしてしまって、ずっとスマホの画面をちらちら見ていた。それに気づいた凛香がまた「兄貴のにやけ顔が超絶キモい」とかいってたけど、そんなことは気にするまい。

 ボタンを押してみたが、通話アプリにはメッセージが届いていなかった。少しがっかりするけど、俺もあのあとなにも返事をしていなかった。期待するのは難しいか。


 部屋から出て顔を洗って歯を磨いた。テンプレ並みに毎日ついている寝癖を、今日は少しばかり丁寧に直す。なにせ時間があるからな。

 部屋に戻ろうとした時、ちょうど家を出る時間たったらしい凛香が、テニスラケットを背負って部屋から飛び出してきた。凛香は俺を見るなり、幽霊でも見たかのような顔つきになった。


「お兄ちゃん、なんか夕べからおかしくない?」

「んなことないけど」

「だって普段こんなに早く起きないじゃん! お母さーん」


 凛香は叫びながら階下に降りていった。失礼なやつだ。


 その後、制服を着てリビングにいった俺を、母さんまでもが不気味そうに見ていた。妹の姿はもうない。


「あんた、具合でも悪いんじゃないの?」

「なんだよ、みんな揃って」

「当たり前じゃない。普段なら目覚まし五個鳴らしたって起きない子なんだから」


 そのあと父さんも起きてきて、俺を一目見てぎょっと目をむく。ちなみに父さんは今は制服ではなく、ごく普通のスーツ。ネクタイはしてない。


「陽向、学校でなんかあったのか?」

「父さんまでなんなんだよ」

「いや、まさかおまえが俺より早く起きてるとは……」


 珍しく、妹を除く三人での朝食だった。いつもはパンをジュースで流し込むだけだけど、今日はプラス目玉焼きとソーセージにもありつけた。久々のきちんとした朝食だ。

 しっかりそれらを胃袋におさめてから、リュックを手に取って両親に告げた。


「んじゃ、いってくる」


 母さんは時計を見た。


「まだいつもより二十分も早いじゃない。あんた、時計の見方忘れちゃったんじゃないの?」

「忘れてねえし。ちょっと早く学校にいくだけだよ」


 そういっても、両親の疑わしい目は変わらない。逃げるように俺は家を出た。


 駅についてホームへ降りると、電車はまだ来ていなかった。いつもと同じ車両の位置にいこうとして、俺はやめた。なんとなく……そう、ただなんとなくだが、別の車両に乗ってみるのもいいかもと思ったのだ。

 二分ほど待った頃、電車が来た。相変わらずの混み具合。だけどいつもよりは、高校生の姿が少なく感じた。ま、一本早いのに乗ったんだから、それもそうかもしれない。


 たった今降りていった人のおかげで、いくつか空席ができた。さっさと乗り込んだ俺はそこに滑り込むと、スマホを出した。やっぱりメッセージはない。


 いつもよりも電車の速度がやたらと遅く感じる。スマホの時計までもが、連動してなかなか時を刻まない。時計と車内の電光掲示板をかわるがわる見る。早く着かないかな。

 やけに長かった一区間が、ようやく終わりを迎えた。徐々にスピードを落とした電車が、隣駅のホームに停止する。俺は座席から振り向きたいのをこらえた。


 そもそも彼女が、この電車に乗るとは決まっていない。勝手な推測で俺が乗ったにすぎない。それに車両だって、もしかしたらまったく別の場所に乗っているかもしれない。それなのにバカみたいに彼女を待つ俺は、自分でも滑稽だった。

 目の前に座っていた二人組の高校生が立って、電車を降りていった。とっさに俺はそこに座りかえる。カバンをさりげなく隣においた。周囲の人が迷惑そうに俺をにらみつけたが、気づかないふりをしておいた。


 こちらの方はわざわざ振り向かなくてもホームが見える。俺は少し首をのばして、わらわらと電車に乗り降りする人々を眺めていた。

 こんな人混みじゃ、たとえ彼女がいても見えやしない。半ばあきらめかけた俺は、視線を別の方へ向けた――その時。


「あ……」


 俺が乗っていたのとはまた別の車両の列に、紫央の姿が見えた。ほんの一瞬だったけど、間違いなく彼女だ。だけど彼女の方は気づくことなく(当たり前だけど)、前の人に続こうとしている。俺は思わず立ち上がっていた。


「紫央……っ」


 小さな声で、彼女の名を思わず呼んでしまう。聞こえるはずがないのに。

 だけど驚いたことに、彼女はこちらを見た。その目が一瞬まんまるく見開かれる。次の瞬間、紫央は並んでいた列を抜けて、こちらの車両に飛び込んできた。

 ほかの乗客の間を縫うようにして、紫央はようやく俺の元までたどり着いた。彼女の顔を間近で見れて、また頬がだらしなく緩むのを感じる。


「陽向くん」


 紫央はまだ驚いたような顔のまま、俺の名前を呼んだ。今朝はまたメガネをかけている。

 俺はカバンをどけると、できた空席を叩いた。


「座れよ」


 紫央は微笑むと、そこに腰を下ろした。


「もしかして待っててくれたの?」


 ズバリいわれ、どう返答しようか迷う。あーとかうーとかいい淀んだ挙句、素直にうなずいた。


「まあ……」

「そうなんだ。ふふっ」

「な、なに?」

「だって陽向くん、私が別の車両乗ろうとしてんの見て、超焦ってたんだもん。こういう風になるのは考えてなかったの?」


 心底おかしそうに笑う紫央に、俺は恥ずかしくなって頬をかく。


「そりゃ、少しは考えたけど」

「じゃあラインで連絡してくれればよかったのに」

「それだとなんていうか……。押しつけがましいっていうか、下心あるやつみたいだし」


 まあ、確かになくはないけど。


「とにかく、そう思われんのが嫌だったんだよ」

「陽向くん、ヘンなとこでマジメだね」

「悪かったな」


 少しむっとすると、紫央は「ウソウソ」と笑った。


「心配してくれてたんだよね。昨日みたいなことになんないように」

「ん……まあ、そうかな」


 間違ってはいない。


 紫央は朝からキラキラした笑顔で、朝に弱い俺にはすごくまぶしかった。思わず何度も目を細めそうになるけれど、見ないのはすごくもったいない気がする。だけど直接目を見てしまうと、よこしまな考えがすべて見透かされそうでちょっと怖かった。


 さっきまではやけにのろのろとしていたはずの電車なのに、あっという間に降りる予定の駅についてしまった。俺は彼女の手を引いて、はぐれないようにしながら下車する。

 混雑を抜けると、ようやく大きく息を吸えるようになる。俺は紫央の方を見た。


「紫央、大丈夫?」

「うん、平気」

「そっか」


 電車を降りたあとも、ついつないでしまった手はそのままだった。恥ずかしいけど、離すのは名残惜しい。彼女が嫌がらないのをいいことに、俺からはなにもいわない。

 駅から五分ほど歩けば、桜花女子と四葉東高への道は別々になる。その分かれ道の交差点で、俺はようやく紫央の手を離した。


「それじゃ」

「うん、またね」

「おう」


 ここで次の約束なんかをしないあたり、俺はヘタレなんだろう。だけど彼女の笑顔を見るだけで幸せになれちゃう俺は、それ以上は手を伸ばせない。

 紫央は別れの言葉を口にしても、なかなか立ち去ろうとしなかった。ただ俺の顔を見て、なにかいいかけては口をつぐむ。


「……どうかした?」

「え、えーと……あの」


 紫央はわずかに頬を上気させていた。大きな目がほんの少し潤みだす。


「また明日も、あの電車に乗る?」

「へ?」

「そ、それなら明日も会えるかなって、思ったから……」


 もじもじして恥じらうようにうつむく紫央。ハキハキ喋っている時とのギャップにくらっとやられそうになる。


「いいよ」

「ほんと?」

「ああ。また明日、同じ電車の同じ車両で会おう」


 紫央は一瞬目を輝かせたが、すぐに小首をかしげた。


「明日の朝かぁ……。なんだか長く感じるね」

「そ、そうか?」


 彼女が期待している言葉は想像つくけれど、勇気がなくてなかなかいえない。そうこうしているうちに、だいぶ時間が過ぎていった。

 紫央は焦れたようにため息をついた。


「ヘンなこといってごめん。もういかないと」

「ああ……」

「またなにかあったら連絡するね。バイバイ」


 そういわれて俺はちらっと紫央の顔色をうかがった。怒っているかもと思った。だが彼女は怒ってはいなかった。ただちょっぴり悲しそうに、視線を下に向けている。


「それじゃ……」

「あっ、あのさ」


 背を向けかけた紫央に、俺は衝動的に叫んでいた。


「今日の放課後も会えるかな。も、もしよかったら」


 紫央は目を瞬かせて俺を見た。かと思うと急に花が咲いたかのような笑顔になった。


「うん! いいよ」


 その日から俺と紫央は、特に約束のない日も登下校を一緒にする仲になった。ただ他愛もない話をして、時々寄り道をしたりもする。俺の友だちや、彼女の同級生とも知り合った。


 自分が紫央に対して抱くこの気持ちも、時が経つほどに無視できなくなる。雄大からさっさと告っちまえなんていわれるが、おいそれと口にできない。今のままで十分幸せに感じていた。なのに俺がその言葉を告げたら、紫央が離れてしまいそうな気がした。

 気持ちを伝える勇気が出るまでは、どうかこのまま。俺はそう願いながら、彼女のもとへ今日も向かった。







一章はこれにて終了です。

次話より視点が入れ替わります。


明日からはお昼12時に更新に変わりますので、ご注意を!


評価・感想お待ちしております<(_ _)>



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