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きみが見つめる世界は  作者: usa
出会い
2/20

二話



 その日の放課後、俺はなぜだか職員室に呼び出されていた。理由が思い当たらない。最近は良くも悪くも目立つことはなにもやってないはずなんだけど。……まさか、もう今朝の痴漢撃退という名の八つ当たりがバレたんだろうか。

 教室からはちょっと離れた場所にある職員室。そこの扉をコンコンと叩いてから、俺は入室した。


「失礼しまーす」


 俺の声に振り向いたのは、担任と学年主任の先生二人。それと、この学校では見かけることはまずない姿が一人。俺はぎょっとして立ち尽くした。

 今朝会ったばかりの桜花女子高の女の子が、俺を見て一瞬目を背けた後、小さくお辞儀をした。


 担任の先生が俺を見るなり、笑顔で駆け寄ってきた。え、なにこれキモい。いつも覇気のねえおっさんが、めちゃにこやかに笑ってんだけど。


村瀬(むらせ)。聞いたぞ。今朝、駅で痴漢取っ捕まえたんだって?」

「え? ああ……まあ」

「やるじゃないか。被害者の子がわざわざ礼をいいに来てくれたんだ」


 女の子はおずおずと進み出て、再びぺこりと頭をさげた。今はメガネを外している。


「今朝は本当にありがとうございました」

「いや、俺は特になにも……」


 俺はただ自分の無実を証明して、ついでに痴漢野郎を蹴っ飛ばしてすっきりしただけだ。なのに本当にわざわざお礼をいいに来るなんて。

 彼女はどう思っていたのかわからないが、首を振って続けた。


「私、怖くてうしろ向けなくて、本当は誰が痴漢だったのか知らなくて……。電車降りた時、すぐうしろからあなたが降りてきたから、てっきりあなただと思っちゃったんです。同じ高校生だと思ったらつい」


 強気になって手を捻りあげたと。ありゃ結構痛かったぜ。


「あなたが本当の痴漢見つけてくれなかったら、私ずっと後悔してました。それにあなたが捕まえてくれたおかげですっきりしましたし。とても感謝してるんです」


 そこではじめて、彼女は笑みを浮かべた。まだ少しこわばった感じだけど、こちらをドキリとさせるには十分に可愛かった。


 学年主任が咳払いをした。


「駅からも先ほど連絡がきた。痴漢の犯人は警察に突き出されたらしい。警察署はきみを誉めていたぞ。さすがはベテラン警察官の息子だってな」


 俺はばつが悪い思いだった。彼女が、俺が痴漢を蹴っ飛ばした、なんていってくれなくてよかった。そんなことをしたとバレたら、さすがに先生たちもいい顔をしないだろう。


「もしかしたら感謝状をもらえるかもしれないぞ。いやぁ、優秀な生徒をもって俺ぁ幸せだな!」


 担任が上機嫌にいいながら、俺の肩を叩いて去っていった。話は以上らしい。学年主任も「気をつけて帰るように」とだけいって、自分の席に戻っていく。

 彼女は居心地悪そうにたたずんでいた。自分の学校じゃないし当たり前だった。俺は仕方なく話しかけた。


「あー……、よかったら途中まで一緒にいく?」


 途端、彼女はぱあっと顔を輝かせてうなずいた。この瞬間、ちょっとドキッとしたことは内緒だ。


 職員室を出て、俺たちは一緒に校門へ向かった。その間、ようやく彼女は名前を教えてくれた。蒔田紫央(まきたしお)。桜花女子高の一年生。俺より一つ年下だった。

 紫央はお嬢様っぽい見た目とは裏腹に、快活に笑うハキハキした子だった。そうじゃなけりゃ、痴漢を素手で捕まえようなんて考えないか。


 俺も彼女に自己紹介をした。


「村瀬陽向(ひなた)。ここの二年」

「二年ってことは……えっ、年上?」

「そうだな」

「やだ、私普通にタメ口きいちゃってた」


 眉を寄せてしまった、という表情になった紫央に、俺は笑いかけた。


「別にいいよ。俺はそういうの気にしないし。先輩ってガラじゃないだろ?」

「うん、確かに」

「だろ? って、おい。そこはちょっとは否定しろよ」

「えぇっ? 自分でいったくせに」


 紫央はいいながらくすくすと笑う。慣れると結構よく笑う子だ。


「そういえばさっきの先生がいってたけど、お父さんがおまわりさんなの?」

「一応、ベテラン格の制服警官やってる。でも家じゃ威厳ゼロ。紫央の家は?」

「よくわかんない。お父さん、仕事の話ってあんまりしてくれないし。IT関連だったと思うけど」


 いずれにせよ、うちより裕福な家庭には違いなかった。そうでなけりゃ、あのお嬢学校に通えるわけがない。

 ほかにも色々なことを話した。学校のこと、友だちのこと、趣味のこと、家族のこと……。時間が過ぎていくごとに、紫央はキラキラした顔で話をしてくれた。


 駅までおしゃべりしながら歩いていく。紫央の家の最寄りは、俺が降りる駅の一つ手前らしい。時間を見てみると、次の電車まで十五分以上待たなくてはならなかった。紫央は腕時計を見つめていった。


「少し時間あるね」

「そうだな」

「つ、疲れちゃったし、どこかで座りたいな」

「ホームに降りればベンチあるじゃん」


 俺がそういうと、紫央は少しむっとしたような顔になった。


「……どうかした?」

「別に」


 ツンとそっぽを向かれ、意味がわからず混乱する。会話が途切れて気まずくなっていると、すぐ近くをしゃれたデザインのカップを持った女の子たちが数人、歩いていった。あれは確か、駅のすぐ下にあるコーヒーショップのカップだ。少し高いけど、味に間違いはない。

 ふと紫央の方を見ると、彼女はその女の子たちを横目で見つめていた。


「……コーヒーでも飲んでく?」


 思いきっていってみると、紫央は再び笑顔になってうなずいた。


「やった! あそこのカフェモカ、大好きなんだ」

「俺はカプチーノの方が好き」

「カプチーノって飲んだことないなぁ。ねえ、早くいこう!」


 紫央はうれしそうに俺の腕を引いた。腕を引かれるのは本日二度目だが、今はなぜか今朝よりもドキドキしている。

 のぼってきたばかりの駅の階段に向かって、紫央に引かれるがまま歩いていく。紫央は少しはしゃいでいたのか、階段を踏み外してがくんと体勢を崩した。


「ひゃっ」

「あっ……ぶね」


 俺が手すりをつかんだため、転げ落ちるようなことはなかった。


「おまえ、意外にどんくさいな」

「ご、ごめん。ありがと」


 紫央はちょっと青くなって立ちあがった。


「びっくりした……。いきなり階段なんだもん」

「よく足元見とけよ。メガネかけてたよな? 今もかけた方がいいんじゃねえの」

「ううん。それは大丈夫……ごめんね」


 紫央は今度は慎重な足取りで、ゆっくり一段ずつ降りていった。


 コーヒーショップは下校時間帯なこともあって、近隣の中高生が多かった。俺の知り合いも何人かいる。桜花の制服もちらほらいるから、紫央の友達もいるかもしれない。

 注文の列に一緒に並びながら、紫央がなぜかくすっと笑った。困惑して「どうした?」と聞くと、彼女はちらりと俺を見てささやいた。


「デート中のカップルとかに見られちゃったりして」


 ……確かに。下校中に男女が一緒にカフェなんて入ったら、デート中に見えなくもない。だけどそんなことを考えてもみなかった俺は、可能性を示唆されてドキッとした。


「そ、そうかな」

「勘違いされたらどうする?」

「えっ」


 からかうようにたずねてくる紫央を見返して、顔が少し熱くなる。どうするっていわれても……。


「べ、別に……」

「ふーん。私はかまわないけどね」

「は?」


 紫央はニコッと笑うと、店員さんが差し出してくれたメニューを真剣な顔で眺めはじめた。大きな目をきょろきょろと動かしている。

 年上をからかってんのか。そう思うと少し不愉快だったが、それ以上に心臓がうるさかった。俺は小学生のガキか。


 紫央は好きだといってたカフェモカを頼んでいた。俺も同じくカプチーノをセレクト。店員さんに告げて財布出そうとしたら、先に紫央が千円札を出していた。


「一緒に会計してください」

「紫央、俺の分……」

「いいから。私のおごり」


 紫央はそういって、俺が出しかけた財布を押しとどめた。


「今日のお礼だから、気にしないで」

「朝のことならもういいって」

「それもそうなんだけど……。今、陽向くんと一緒に帰れて、とっても楽しかったから」


 だからいいの。そういって紫央は、俺に決して払わせようとしなかった。男が女におごられてるなんて、母さんが知ったらきっと嘆くと思う。情けないったらありゃしない! って。でもここで拒んだら、紫央は別のことでお礼をしてきそうだと思ったから、俺はおとなしく受け入れることにした。




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