第3話 お前の値段では、もう誰も動かない
第3話です。それでは、本編をどうぞ。
少年は、声を出せなくなっていた。
首の赤い輪を両手で押さえ、倉庫の床へ膝をついている。奥の檻には、同じ輪をつけた者が十人いた。
商人ドルンは、短い杖を握って笑った。
「買った品へ不満があるなら、相談してくれればよかったのに」
「返品に来たのではない。我が直々に、不良品を片づけに来た」
ローズの言葉へ、ドルンの親指が動いた。
少年の首輪が強く光る。
俺は彼女の前へ腕を出した。ローズも、その先へは進まなかった。
「一歩、近づくごとに一人。意味はわかりますね」
俺は杖を見た。
握った手を斬れば、指が突起を押す。商人が倒れるだけでも、同じことになる位置だった。
リゼが、俺の左へ寄った。
「壁の箱へ送ってる。あれが首輪をまとめて動かす装置よ」
「箱を壊すと」
「最後に受けた命令が、首輪へ残ることがある。店で何度も点検した。杖との登録を外せば、箱は待機に戻る」
箱には、杖と同じ印があった。
俺は二つの間へ目を通した。何を何から切り離すのか、その順番だけを確かめる。
ドルンは俺の剣へ視線を落とし、杖を高くした。
「それを抜いたら、どうなるか――」
刃は、言葉より先に通った。
「断絶」
杖も箱も、形は変わらなかった。
同じ組として登録された、そのつながりがなくなる。杖から出た力を、箱はもう命令として受け取らない。
赤い光が薄れた。
少年が、床へ手をついて息を吸った。
「……動け」
ドルンが杖を振った。
もう一度、突起を押す。箱の前の針は動かず、十一人の首輪も暗いままだった。
「故障か。こんなときに、ふざけた――」
「支払いの相談なら、売った者へ持っていけ」
ローズが言った。
俺はドルンへ踏み込み、杖を手ごと押さえた。リゼへ渡すと、彼女は突起へ触れず、箱の蓋を閉じる。
ローズは、もう檻のほうへ行っていた。
◆
金庫の横で、大きな鎧が起き上がった。
人の倍はある腕。胸の中で、歯車の鳴る音がする。
ドルンが、少しだけ元気を取り戻した。
「それには金貨五十枚かかってる。首輪の術具とは違うんですよ」
拳が、檻のほうへ向いた。
俺は下へ入り、その腕を肩から押し返した。鎧の足が床を削る。誰もいない卓へ向かせ、胸の板を剣の峰で叩いた。
内側で、何かが砕けた。
鎧は座り込み、腕を一度動かして止まった。
「修理は、いくらだ」
振り返ると、ドルンは鞄をつかんでいた。
答えずに裏口へ走る。俺が先に扉の前へ立つと、男は床へ尻をついた。
「待て。金なら、もっと出せる」
鞄が開き、金貨が何枚かこぼれた。
ローズが、檻の鍵を回しながらそれを見た。
「我には三枚の値をつけ、汝の道は黄金で買うか。ずいぶん、身びいきな鑑定であるな」
「十倍でも払う。そいつより、役に立つ女も――」
俺は鞄を拾い、リゼの足元へ置いた。
ドルンの手が空になった。
「鍵は、全部あるか」
「あと三つ。番号を確かめているところよ」
ドルンは金貨を集めようとしたが、腰を上げるたび俺が扉を塞いでいるのを見て、また座った。
……何故、まだ金の話をしているんだろうか。
俺が欲しいのは檻の鍵で、鍵ならもうローズが持っている。ドルンはそれでも鞄へ手を伸ばした。話が、どうにも噛み合わない。
十一人目が出たとき、表から衛兵が来た。
ドルンはそちらへ鞄を指した。誰も拾ってはくれなかった。
◆
支部長ガルドは、医者も連れてきていた。
肩幅の広い男が、首輪へ触るなと指示を出す。リゼが止めた装置を説明し、医者は一人ずつ息と傷を確かめていった。
少年は、空の木箱へ座らされた。
ローズが水を渡すと、両手で受け取った。
「俺、カイルです」
俺へ向けて、少年が言った。
その先は続かなかった。礼を言いたいのかと思ったが、違うかもしれない。
「デルタだ」
名を返すと、カイルは何度もうなずいた。
ローズが水の器を傾けないよう、少年の手の下へ指を添えた。
大きな声は、出さなかった。
リゼは帳簿を衛兵へ渡した。
偽の鑑札と、失踪届にある名が重なる。自分の署名のある頁も、隠さず出した。
「この日に気づいたの。それでも仕事を続けた」
「事情を聞く。来てもらえるな」
「ええ。ただ、先に未払いの給金も記録して。私が証言したからといって、ドルンの借りを消さないで」
ガルドの太い眉が、一度上がった。
ローズも彼女を見た。リゼは眼鏡を直し、帳簿の端を揃えている。
「謝る話と、給金の話を、一つにしたくないだけよ」
「よい。我の三枚も、その欄へ混ぜるでないぞ」
あれ、俺の三枚まで取り合いになってるのか。
手元へ戻る金は一つもないのに、気をつける欄だけが増えている。商人の仕事は、どうも剣より難しそうだ。
手帳を出すと、二人が同時に、今はしまっておけと言った。
◆
ギルドへ移ると、ガルドは、この地方を巡回している監察官にも商会の記録を送ると言った。あとから被害者を脅されないよう、上からも調べさせるという。
そのあいだに、回収依頼の原本が見つかった。
最後の送金は先月。ハンナ名義の継続指示が添えてあり、五年前の残金で続いているだけではなかった。
リゼは、棺の待機料まで読み上げた。
「今も受け取る準備をしてるわ。王都の仲介所へ、生存している本人が連絡を求めていると送れる」
「送ってくれ。俺も行く」
俺は署名した。
質問の欄へ、裏切った理由と書いた。ローズが横から、自分の首輪も忘れるなと指を出す。
「俺の用が済んでも、お前の用が残るなら帰らない」
「先に済むつもりでおるな。我が先に問い詰める」
「順番を、書いておくか」
「依頼書でまで、汝の次へ並ばせるでない!」
職員が新しい紙を出した。二人ぶん、別々に送れるという。
ローズは自分の用紙を引き寄せ、首輪をはめられ、売られた経緯を説明せよと書いた。最後に置いた名は、俺の字より少し大きかった。
ガルドが金貨三枚を置いた。
商工会が出していた失踪者の捜索報酬だった。俺は一枚ずつ、二人へ寄せる。
「同じでいいか」
「異議はない」
ローズは、誰より先に取った。
硬貨を指で弾き、光へかざす。それからガルドへ両替を頼んだ。
「王都への馬車代にも、足りるはずよ」
リゼが言うと、支部長は地図を広げた。
東の街道に、赤い線が引かれている。
岩鎧竜が居つき、討伐隊が退いた。乗合馬車は止まり、水車小屋には小屋の家族と御者、負傷者を合わせて八人が残っているという。
「迂回すれば、十日かかる。今夜の宿は、こちらで用意する」
俺は地図を見た。
道が開けば、王都へ行ける。小屋の八人も戻れる。
「明日、竜のところへ行く」
「汝一人で決めるな」
ローズが、卓へ銅貨を置いた。
三枚だった。
俺が彼女を買った分だと告げ、返事を待たずにこちらへ押す。
「我が働いた金で返す。これで、買われた借りはない」
彼女の指が、俺の内ポケットを指した。
売買証のある場所だった。
「次は、それだ。明日の行き先を決める前に、我へ返せ」
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