第2話 元魔王の食費は、救出費用の倍だった
続けて読みに来てくださり、ありがとうございます。第2話です。
俺の死体を探す女と、ローズへ首輪をはめた女。
同じ名前だとわかったあとも、腹の音は止まらなかった。
リゼが宿の食堂へ入り、三人分の煮込みを頼んだ。
「食事代は立て替える。働いて返して。利息はつけないわ」
「いくらだ」
「三人で銅貨六枚」
ローズが席につく手を止めた。
「我を二度買える額ではないか」
「そういう食事なのか」
「食事を疑う前に、我の値段を疑え!」
俺は手帳へ六枚と書いた。
ローズの売買証とは別の頁にした。そこまで見届けてから、彼女は椅子へ腰を下ろした。
リゼは依頼書を広げ、受付番号を指した。
「王都の仲介所が窓口。ドルン商会が、この町での取次先よ。本人の居場所は公開されてないけど、連絡の経路は残る」
「ドルンは、さっきの商人か」
「ええ。会計を見ていたから、帳簿の置き場所ならわかる」
今朝、金庫の整理をしたという。
その際に見つけた写しを、俺の顔を見て持ち出したらしい。
「先月の更新は、本人が決めたのか」
「それを調べるには原本が要る。自動更新の契約もあるから」
リゼは言い終えると、窓から商会のほうを見た。
そこへ戻るのは、気が進まないようだった。
「鞄だけ持って辞めてきたの。あの男なら、今月の給金は払わないと言うでしょうね」
「取りに行くか」
「その腕で請求されると、私まで捕まりそう。まず話をする」
ローズが鼻で笑った。
「話の通じる者なら、裏口へ斧を用意せぬ」
「そうね。だから食べてからにしましょう」
話が終わるのを待っていたように、皿が三つ来た。
ローズはすぐに匙を取ったが、食べる前に俺の皿を見た。次に、リゼの皿を見る。
「何か、違うか」
「……我も、同じものなのだな」
手帳には、一緒に食べる相手へ同じものを用意するとあった。
俺がそう伝えると、ローズは煮込みを数え始めた。
「汝の肉が二切れ多い」
一切れ移すと、彼女は満足した。
リゼが自分の皿を少し遠ざける。
「私の分まで数えなくていいから」
「厳正な分配を妨げるでない」
「あなたがいちばん真剣ね」
返事がない。食べるほうが大事らしい。
ローズは一口目を食べた。
そのまま二口目へ進み、三口目で急に匙を止める。俺とリゼを見たあと、今度は少しゆっくり食べた。
「熱いなら、冷ませばいい」
「味を確かめておるのだ。急ぐ理由などない」
俺がパンへ手を伸ばすと、ローズの匙がまた速くなった。
皿の縁に、まだ温かい水滴が並んでいた。
◆
食堂の扉が開き、六人が入ってきた。
誰も席につかない。窓の外にも、同じ赤い紐を腕へ巻いた男がいた。裏へ回る足音まである。
「ドルンの私兵よ」
リゼが帳面を膝へ下ろした。
先頭の男は紙を卓へ叩きつけ、彼女へ手を伸ばす。
「店の帳簿を持ち出したな。そこの女も返せ」
「私の帳面よ。女の子の代金も払ってる」
「契約は無効だ」
ローズが匙を置いた。
「買わせ、取り戻し、また売るか。汝ら、二度目の客にも同じ斧を使うつもりであったな」
「奴隷は黙ってろ」
男の手が、ローズの皿へ伸びた。
俺はその手首をつかんだ。皿はまだ動いていなかった。
「食べ終わってない」
「放せ、てめえ――」
「外で話す。店の物を壊すと、高くなる」
主人へ客を奥へ移してもらい、俺は男を連れて通りへ出た。
表に二十四人、裏へ回った者もいる。弩を宿へ向けている男が四人いた。
「三十人よ。右の路地にもいる」
リゼの声が窓から届いた。
男が笑う。
「聞いたか。黙って従えば――」
言い終える前に、手首を少し上げた。
男はつま先立ちになり、命令を続けられなくなった。
「弩を、店から逸らせ」
別の男が、撃てと怒鳴った。
俺は一人目を壁際へ座らせ、飛んできた矢を鞘で落とす。槍の間を抜け、次の矢を取る列へ入った。
弦を断つ。肩を押し、二人を座らせる。
三人目が弩を逆さに振り上げたので、その柄を取り、四人目の膝へ当てた。
盾の列が、後ろから来た。
俺は借りた弩を地面へ置き、一枚目の盾へ手をかけた。持ち主の腕を引かない角度へ回すと、隣の盾と重なった。
そのまま押し戻す。
四人が、足を絡ませて倒れた。
「何だよ、こいつ!」
窓の上で、ローズが口を開いた。
「右の荷車の下だ。見えておるぞ、姑息な!」
低い位置から出た剣を踏み、荷車を横へどかした。
隠れていた男が、空になった頭上を見上げる。俺は剣を取り、荷車とは別の場所へ置いた。
その男が、後ろの三人へ叫んだ。
「無理だ、逃げろ!」
逃げる先に、まだ客がいた。
俺は先に路地へ出て、三人を止めた。武器を置いて座るよう伝えると、今度は皆、言われたとおりにした。
◆
食堂へ戻ると、俺の皿には肉が減っていた。
ローズは、自分のパンをとても慎重に割っていた。
「二切れあった」
「残された供物の冷却を防いだ」
「食べると、冷めないのか」
リゼが水を飲み、むせた。
ローズは俺の皿へ、自分のパンを半分置いた。
「借りにはせぬ。今、返したぞ」
俺はパンを受け取った。……いや、肉とパンでは重さも値段も違うんだが。
ローズはもう、こちらの皿を見ない。どうやら決着したことになっている。まあ、食べられるなら、今はそれでいいか。
宿の主人は、衛兵とギルドへ使いを出していた。
リゼが男たちの紙を確かめ、徴税の用紙だと言う。俺たちを拘束する許可など、どこにも書かれていない。
先頭の男は、黙っていた。
「ドルンは、どこにいる」
「……店を閉めるところだ。鑑定士が逃げたなら、荷も早めるって」
リゼの手が止まった。
膝の帳面を開き、運搬の日付を確かめる。
「裏倉庫。今夜、十一人を運ぶ予定だった」
名前と、売られる値段が並んでいた。
リゼは一つの欄へ触れた。別の村から来たはずの書類なのに、どの役人の名も同じ筆跡だという。
「気づいていたのか」
「ええ。確かめれば、今の仕事を失うと思った」
彼女は帳面を閉じず、椅子から立った。
ローズも煮込みを食べる手を止め、匙を置く。
「その十一人も、まだ店の客を待っておるのだな」
「ええ」
「では、給金を取りに行くついでに、檻の鍵も持ち出せ。汝の手に余るなら、こちらへ渡せばよい」
リゼは鞄へ工具を入れた。
主人へ倉庫の場所を伝え、衛兵を回してくれるよう頼む。
俺たちが店を出ると、ローズが先に歩いた。
「道は、そっちじゃないわ」
「わかっておる。裏へ回る者が残っていないか、見ただけだ」
なんだ、やっぱり道は知らなかったのか。
だが、本人はもう振り返らない。俺も何も言わず、リゼの指したほうへ曲がった。
倉庫の窓から、赤い光が漏れていた。
少年の叫びが、途中で切れる。
俺は二人を追い越し、閉まりかけた扉をつかんだ。
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