第29話 再生するなら、仕掛けごと砕く
振り下ろされた前脚の下へ、俺は入った。
爪の内側を抜け、金属の輪へ左手をかける。床を蹴り、獣の背へ回った。
輪の中央で、青い石が光っていた。
拳を落とす。
石は、金具ごと砕けた。
……こっちは、普通に殴れば壊れるのか。光の出る道具だからといって、全部が剣で切る仕事ではないらしい。俺は手袋の上から指を曲げた。
獣の背が跳ねた。俺はその動きを使って離れ、柱の外へ着地する。
石の欠片に、光は戻らなかった。
だが、背の傷は、まだ閉じていた。
「一つでは、止まらない」
俺が言うと、リゼが壁際からうなずいた。
「左右の肩にもある。今は、そっちが光ってる」
狼の頭が吠えた。音を聞いた獅子の頭まで、同じ方向へ向く。
俺は、その外へ走った。
倒すだけなら、さっきより広く動ける。だが、逃げる相手の後ろから斬れば、獣の進む先は正門になる。
帰り道を背にさせず、広間の中央へ追わせた。
◆
金属輪に、細い管が走っていた。
背と肩を結ぶ一本の管。そこを切れば、三つの石がまとめて止まるようにも見える。
リゼは、カシムから渡された包みを開いた。
布には、調査隊が写した図面が入っていた。輪が三つ、その間を走る管。各々の輪の内側にも、小さな丸が描かれている。
「背中から左右へ送ってるんじゃない。三つとも、別々に力を持ってるわ。外の管は、働く順番を揃えるためのもの」
「切っても、肩の二つが残るか」
「たぶん。それに、この図では、補助の管が失われると、各々で回復を続ける形になってる」
砕けた背の輪から先は、管が切れている。それでも、肩の石は光っていた。
図にある説明と、目の前の動きが一致する。
「肩も砕く。それで確かめる」
剣を一度、鞘へ戻した。
欠けた刃を、石へ叩きつける必要はなかった。
ローズが、こちらを見た。
「汝の拳にも、替えはないぞ」
「知ってる。金具の外へ、石が出ている」
「よし。ならば、顔を噛まれるな。我の説教が長くなる」
俺は手袋を握り、指が動くのを確かめた。
肩の石は、どちらも頭の後ろにある。狼のほうへ回れば獅子が追い、獅子へ寄れば狼が首を曲げる。
二つの頭を、同じ方向へ向ける。
最初の一撃は、そのために使うことにした。
◆
狼の鼻先へ、俺は剣の鞘を見せた。
噛みつく直前に右へ引く。狼の首が伸び、獅子の肩が遅れて回った。
そこで大きく退かず、一歩だけ、歩幅を縮めた。
獅子も俺を正面に捉える。
両方の目が、同じ場所を見た。
俺は、そこから消えた。
床を蹴り、曲がった狼の首の外へ出る。肩の金具を蹴り砕き、その反動で背を越えた。
青い欠片が散る。
まだ光る最後の石へ、右の拳を短く打ち込んだ。
骨まで響く音がした。
拳ではなく、石が割れた音だった。
着地する俺へ、尾が走る。
振られる先を追わず、根元のほうへ踏み込んだ。太い部分を脇へ抱え、腰を落とす。
重さが来た。
俺は足を止めず、そのまま一回転した。
「離れてろ」
言う前から、二人は柱の後ろへ退いていた。
俺は獣を持ち上げ、天井ではなく、何もない床へ返した。
石が割れた。広間の壁から砂が落ちる。
入口を支える柱までは、届いていなかった。
獣は、まだ動いた。
金具の下へ走っていた光は、戻らない。傷も、もう閉じなかった。
よし、壊す場所は合っていた。次は、いつもの剣の仕事だ。俺は柄を握り直した。
「三つとも、消えた!」
リゼの声を聞き、俺は剣を抜いた。
狼の首が床を離れる前に、その付け根へ刃を通す。獅子の頭が回る。牙を正面から受けず、伸びた首の下へ潜った。
二度目の刃は、戻らなかった。
重い息が、途切れた。
最後に尾が床を叩き、止まる。
俺は離れた場所で待ち、目と脚と、三つの石をもう一度確かめた。
「終わった」
声に出すと、柱の陰で、ローズがゆっくり息を吐いた。
◆
ローズが俺の右手を取った。
手袋には穴が開いていなかった。指を一本ずつ曲げると、自分の指も一緒に曲げて確かめる。
「石より硬い手を買った覚えはないのだがな」
「手袋は、出発前に買った」
「そちらの話ではない」
リゼが、俺の脇へ布を当てた。
押さえている間に、どこで擦れたかを聞かれた。砕けた椅子の破片だと答えると、破片が残っていないか、外でイリスに確かめてもらうことになった。
「あの管を切らなくて、よかったわね」
「肩の石が光ったのを、お前が見ていた」
足元の青い欠片を指した。そこに残る印は、封緘資材課。
ハンナが照会を出した部署の名だった。
リゼは布を持ち替え、欠片を拾った場所を記録した。砕けたものを全部持ち帰るのでなく、印の残る一つだけを袋へ入れる。
ローズは、獣の脚に残った輪へ目を落とした。
「働かせ続けるために、傷だけを塞いだか」
俺は奥へ灯りを向けた。
こんな獣を残して、何を守らせたのか。作った者が来ないなら、せめて、残っているものだけでも確かめておく。
リゼは三つの台座を描き、回復石は一つずつ壊す必要があったと添えた。帰ってから、エッダにも見せるという。
◆
保管室は、カシムの図にあった。
広間へ入る前に彼らが調べ、獣が動き出して戻れなくなった場所だ。入口から遠くなく、今度は通路を遮るものもいない。
俺たちは部屋の外から灯りを入れた。
石の台が、三つ並んでいた。
棺のように見えたが、蓋の裏に留め具がある。人の手首と足首の幅に合わせて、動かせる形だった。
壁には、筒を収める穴が並んでいた。どれも空で、師匠の図面に似た細い溝だけが残っている。
いちばん手前の台に、名があった。
『勇者ラウル。討伐完了。処置完了』
俺は、その下の二つの印を見た。
討伐の日と、処置の日は、三日違っていた。
「墓なのに、手を留める場所がある」
俺が言うと、ローズが灯りを下げた。
「死んでから入れるなら、そこまで動かぬようにする必要はないな」
リゼは、勝手に触れず、部屋の形から描いた。
扉の横には、三枚の薄い銅板を留めた目録があった。カシムが途中まで写したのは、これだろう。
脇には、保存と修復の取り口を描いた古い図も留めてあった。上の説明は削れているが、下の調整順は残っていた。二重の輪と短い線の印を、リゼが見つける。
「首輪の原図と、同じ底印ね。こっちも写して持ち帰る」
俺は板へ触れず、灯りを向けた。図の横には、カシムたちが先に写した紙の端が残っていた。
表には三つの台の番号。裏へ回すと、細かな文が刻まれている。普通の墓の供物や清掃の記録にしては、手順が多かった。
「調査隊の回収品にする。持ち出した位置も、残しておくわ」
リゼが目録を包んだ。
俺は廊下から入口へ呼びかけた。現地隊の返事があり、救助した者は全員、詰所への道にいると確かめられた。
これ以上の調査は、別の人員を呼んでからにする。
帰る前に一度だけ、声の受け口を開いた。
もう一人のデルタへ、石の台にあった二つの言葉を伝える。
少し待って、声が返った。
「討伐と、処置……そうだ。帰ったら、最後の処置があるって言われた」
俺は、もう一度、手首の留め具を見た。
旅を終えた勇者を寝かせ、動けなくするための台。
五年前、俺が剣を置いた白い部屋には、何の名がついていたのだろう。




