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第28話 帰れない八人を、先に帰す

 二つの頭が、同じ身体からこちらを見ていた。

 左は獅子(しし)、右は狼に似ている。背中には黒い鱗(うろこ)が重なり、前脚の付け根へ、金属の輪が食い込んでいた。


 作りものの鎧(よろい)ではなかった。

 息をして、俺たちの匂いを嗅いでいる。


「『合成獣(キメラ)』だ」


 ローズが、低く言った。


「違う獣を、魔術で一つへ繋いでいる。動くところを見ただけで、弱点を当てられると思うなよ」

「近づけないほうがいい場所は」

「頭だけを追うな。脚と尾も、別の向きへ動く」


 俺はうなずいた。

 右の頭が伏せたとき、左の頭は上がっていた。片方の呼吸が止まっても、もう片方の鼻が動く。


 ……片方が余所を見ても、もう片方が見ているのか。

 だが、脚と胴は一つだ。そこまで別々に動くわけではないらしい。俺は頭を二つ数えるのをやめ、足元へ目を戻した。


 その奥に、石の扉が見えた。

 内側から、小さく叩く音がした。


 俺は剣を抜いた。


「俺が、こいつを横へ動かす。扉のところへ行けるか」

「合図を見てから。リゼ、走る場所を先に確かめよ」


 二人が、柱の陰へ入った。

 俺は、少し音を立てて前へ出た。


 ◆


 狼の頭が、先に動いた。

 真っすぐ噛みついてくる。その首を外へ避けると、もう一方の頭が、身体を回さず横から来た。

 剣の腹を牙へ当てて首を逸らすと、重い衝撃が腕へ戻った。その下では、前脚が動いている。


 爪が、脇のすぐ横を通った。

 俺は後ろへ飛び、石の長椅子を越えた。追ってきた獣の前脚が、椅子を踏み砕く。

 跳ねた石片が服を裂き、脇を浅く擦った。着地してから、細く熱が残った。


 俺は広間の柱と、奥の扉を見比べた。獣を転がすなら、六人が押さえる扉から離す必要があった。


 俺は滑る砂を一歩ぶん避けた。

 左へ足を出すと狼が追い、獅子の首は逆側から回る。二度見れば、曲がる順番はわかった。


 次の爪を剣の腹で受けず、手首に当たる部分を左手で押した。重い前脚が、獣自身の進む先を塞ぐ。前のめりになった胸の下へ入り、脚を持ち上げた。

 扉とは反対側へ、一体ぶんの重さがずれる。


 俺は床へ叩きつけなかった。向きを変えられれば、それで二人の通る幅ができる。

 狼の牙が、俺のいた空間を噛んだ。俺は既に脚の外へ出ていた。


「こっちだ」


 柱の外側へ回った。

 起き上がった獣が追う。身体を横へ向けるため、四本の脚がそれぞれ床を蹴った。

 後ろの通路が空いた。

 俺は、左手を一度上げた。


 ローズとリゼが、壁沿いに走った。

 獅子の頭がそちらへ向きかけ、俺は鼻先へ剣の柄を叩き込んだ。

 怒りの声が、広間へ響いた。

 俺を見るなら、それでいい。


 ◆


 扉の向こうにいたのは、六人だった。

 リゼが名を呼ぶと、中から隊長のカシムが返事をした。落ちた閂(かんぬき)を内側から支えているので、すぐには開けられないという。

 ローズが扉へ肩を当て、動かす方向を聞いた。


「我らが外から支える。最初は指一本ぶん、それ以上は勝手に開けるな」


 リゼは扉の蝶番の側へ楔(くさび)を入れ、開けた分が勝手に戻らないようにした。

 ああ、そこは二人で開けられるのか。

 俺が戻る場所を空けておく必要は、もうないらしい。獣を広間の奥へ引き、扉の前から離れさせた。


 『合成獣(キメラ)』が、今度は跳んだ。

 重い身体を正面から受けず、横へずらす。背へ刃を入れると、黒い鱗が割れた。

 手応えは、あった。

 だが、傷の縁が青く光り、閉じ始めた。


 俺は、剣を戻した。

 皮膚の外を、細い光が走っている。背の金属輪と、左右の肩の輪が、少しずつ違う間隔で明滅していた。心臓の鼓動とも揃わない。


 作った者が、外から足したものがある。

 そこまで見えたが、どう働くのかまではわからなかった。


「再生する!」


 ローズが、扉を押さえたまま声を返した。


「まず退路を空けよ! 何度斬れるかを、そこで試す必要はない!」


 俺は、わかったと答えた。

 出口へ続く通路は一本だった。二人と六人を先に通せば、今度は広間で大きく動ける。


 ◆


 正門側から、イリスが戻ったと声がした。俺はそちらへ返事をせず、獣の鼻先を広間の奥へ向けた。


 六人が、一人ずつ扉から出た。

 立てない者はいなかったが、二人は肩を借りなければ歩けなかった。カシムは片腕を布で吊り、最後に部屋を出ると、扉を閉め直した。


「中には、もういないな」


 俺が声をかけると、男は強くうなずいた。


「全員だ。荷物も、残していいものしかない!」


 カシムが、薄い包みをリゼへ渡した。閉じ込められる前に写した図と、保管室の位置だという。


「奥は墓じゃなかった。人を寝かせる台に、魂を入れる筒の図があった。あの獣も、そこで守ってるものがあるらしい」


 リゼは包みを自分の袋へ入れ、六人を正門側の部屋へ案内した。

 ローズが最後尾につき、足の遅い者を急かさず歩かせる。

 俺は、獣の首を通路と逆へ向け続けた。


 獅子の牙が、剣を噛んだ。

 引き抜こうとすると、狼の頭が腕へ来る。

 俺は柄から片手を離し、左の首を押した。二つの頭が触れ合い、片方の顎(あご)が緩む。その隙に剣を抜いた。


 刃の端が、少し欠けた。

 ……そうか、石みたいな歯へ噛ませると、こっちも傷むのか。剣を作った職人に、後で事情を聞かれそうだ。次の牙は、刃へ触れさせずに外した。


 脇から、血が落ちた。

 深い傷ではないと思った。だが、思うだけで済ませず、手で押さえて量を確かめる。

 浅く擦れたところへ布を押し当てる。右肩の縫い目は、開いていなかった。


 八人を出すあいだなら、このまま動ける。

 剣を持ち直し、足元を見た。


 ◆


 先に出した二人へ、六人を続かせる。

 イリスが怪我を確かめ、入口で待つ現地隊へ歩く順番を伝えた。俺は通路の狭いところへ下がり、追ってくる獣を柱の外へ押し戻していた。


 獣は、俺の後ろにいる人間を知っていた。

 今ここで離れれば、入口へ向かって走る。


「先に出てくれ」


 俺はカシムへ言った。


「詰所までは、現地の隊がついてくれる。先に出した二人と合流したら、全員の名前を確かめてくれ」


 男は、すぐにはうなずかなかった。


「救助に来たお前らを、置いていけるか」

「置いていくんじゃない。帰すのが、今回の依頼だ。出口で戻った人数を確かめてもらわないと、報酬も受け取れない」


 男の顔が、少しだけ歪(ゆが)んだ。

 イリスが、その背へ手を当てた。


「今は、歩けるうちに歩いて。私がつく。途中で悪くなれば、ここへ戻るより大変になる」


 カシムは、ようやくうなずいた。

 ローズは担架へ毛布を掛け、リゼは残す薬と持っていく薬を分けた。

 ローズが全員の名を読み、返事を聞いた者から正門へ向けた。最初の二人も含めて、イリスが名簿へ印を揃えた。


 隊の足音が、通路を遠ざかっていった。

 俺は、それが聞こえなくなるまで後ろを見なかった。

 ローズとリゼが戻ってきた。


「六人、正門を出た。先の二人と合わせて八人。イリスも、現地隊も外よ」


 リゼが言った。

 ローズは、俺の脇の赤いものを見て眉を寄せた。


「今度は、汝を帰す番だ。ここで格好をつけるつもりなら、先に叱っておくぞ」

「つもりはない。だが、こいつも入口を覚えた」


 通路の奥で、獣が肩を押しつけた柱に、細いひびが走った。

 剣を構え直す。

 逃げ道を、牙と一緒に村まで連れていくわけにはいかなかった。


 リゼは、入口を閉め直す案も考えていた。だが、枠は落石で歪んでいる。人が通れる隙間を戻しても、獣が力をかければ、先に枠が崩れるという。


 外の隊から、引き渡しを終えた合図の鐘が三度鳴った。今なら俺が広間へ戻っても、八人を同じ場所へ巻き込まない。


 俺は、ほかに帰る道を塞がず止める方法がないか、二人にも聞いた。

 ローズは、広間なら左右へ逃げられると答えた。リゼは、再生を起こすものを見たいと言った。

 俺は、広間へ戻る角を決めた。


「石を一つ壊してみる。再生が止まらなければ、同じことは続けない」


 獣が前脚を振り上げた。

 今度は、受け止める必要がなかった。


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